2018年10月16日

イエスに出会った15歳の文少年が、「栄光の王冠」を得るまで! 《自叙伝・浅川先生》



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浅川先生の「自叙伝に学ぶ」
今日からは、新しい章、真のお父様がイエス様から
召命を受けた15歳の頃のお話です。


苦しんでいる人類を救い、
神様を喜ばしてさしあげなさい


「栄光の王冠」

 人を疑えば、苦しみを覚え
 人を裁けば、耐えがたくなり

 人を憎めば、もはや私に存在価値はない
 しかし、信じてはだまされ
 今宵(こよい)、手のひらに頭を埋(うず)めて、苦痛と悲しみに震える私

 間違っていたのか。そうだ、私は間違っていた
 だまされても、信じなければ
 裏切られても、赦(ゆる)さなければ

 私を憎む者までも、ひたむきに愛そう
 涙をふいて、微笑(ほほ)えんで迎えるのだ
 だますことしか知らない者を
 裏切っても、悔悟を知らない者を

 おお主よ! 愛の痛みよ!
 私のこの苦痛に目を留めてください
 疼(うず)くこの胸に主のみ手を当ててください
 底知れぬ苦悩に心臓が張り裂けそうだ

 されど、
 裏切った者らを愛したとき
 私は勝利を勝ち取った

 もし、あなたも私のように愛するなら
 あなたに栄光の王冠を授けよう



人は誰でも幸福を求めています。
人生の目的を単純明快に言えば、「幸福になること」と言えます。

人は結婚して家庭を持ち、子供、孫を育てて、
喜びを享受しながら一生を終えることを願います。
誰しも、自分と家族が幸福になることを求めています。

しかし、文鮮明(ムンソンミョン)先生は、人々に幸福をもたらすことを
人生の目的として定め、
「人々の流れる涙をぬぐい、心の底に積もった悲しみを吹き払う人」
(自叙伝、58ページ)

になるために生涯を捧げておられるのです。


では、文鮮明先生は、いつ、どこで、決意されたのでしょうか。
その時、どのような葛藤をし、そして克服されたのでしょうか。

人には人生の目的を決する場合、必ずと言っていいほど、人生の師との出会いがあります。
その人との出会いが一生を決める時があるのです。

文鮮明先生の場合、それがイエス・キリストだったのです。
文鮮明先生は、現在は北朝鮮にある平安北道定州(チョンヂュ)にお生まれになりました。

幼い頃から国を捨てて、遠く満州に逃れていく悲惨な人々の姿を見ながら育ちました。
どうしたらこのかわいそうな人々を幸福にすることができるのか、
と苦悩の日々を過ごしました。

その解答を求めて、毎日、家の近くの猫頭(ミョドゥ)山という山に登って祈祷していたのです。
そして生涯を決する衝撃的な体験をされたのです。


「十五歳になった年の復活節(イースター)を迎える週でした。
その日も、いつもと同じように近くの猫頭山に登って、
夜を徹して祈りながら、神様に涙ですがりつきました。……

祈りでずっと夜を過ごした後、明け方になって、
イエス様が私の前に現れました。

風のように忽然(こつぜん)と現れたイエス様は、
『苦しんでいる人類のゆえに、
神様はあまりにも悲しんでおられます。
地上で天の御旨(みむね)に対する
特別な使命を果たしなさい』と語られたのです。

その日、私は悲しい顔のイエス様をはっきりと見、
その声をはっきりと聞きました」
(自叙伝、62ページ)


イエス・キリストは、今から2000年前、ローマ帝国支配下のユダヤにお生まれになり、
生涯を人類の救いのために捧げ、 33歳で十字架にかけられて昇天した、
人類の救世主といわれるお方です。

そのイエス・キリストのあまりにも悲しそうな顔と言葉が、
文鮮明先生に衝撃的な感動を与えたのです。


「イエス様に会った後、私の人生は完全に変わりました。
イエス様の悲しい顔が私の胸中に
烙印(らくいん)のように刻まれ、
他の考え、他の心は全く浮かびませんでした」
(同、65ページ)


「苦しんでいる人類を救い、
神様を喜ばしてさしあげなさい」
(同、63ページ)


イエス・キリストを通して天命が下ったのです。
このとき、あまりにも重大で深刻な天命に、
文少年は、たじろぎ、恐れ、そして泣きました。

「本当に恐ろしくてたまらず、
何とかして辞退しようとして、私は
イエス様の服の裾(すそ)をつかんで泣き続けました」
(同、63ページ)


「人類を救いなさい」とは、何という大きな天命でしょうか。

私たちは、自分一人だけでも幸福になるには大変な努力が要ります。
また、夫が妻一人を幸福にすることさえ難しいことです。

父母が子女を幸福にすることも簡単なことではありません。
自分のような不幸な人生を送らせたくないと子女に愛を注ぎながらも、
親以上に悲惨な人生を歩ませてしまうこともあります。

家族の苦しみを救うことでさえ大変なのに、人類を救うとは、なんと大きな使命でしょうか。


当時の韓半島の状況から見て、韓民族だけを解放するだけでも不可能に近い大業でした。
当時の韓半島は日本に支配されていて、国そのものがありませんでした。

そのことを如実に示す事件が、文少年が天命を受けた翌年(1936年)に起こりました。

ドイツのベルリンでオリンピックが開かれ、
マラソンで孫基禎(ソンギヂョン)選手が優勝したのですが、
その胸に付けていたのは日章旗だったのです。

この韓民族にとって誇り高い勝利は、対外的には日本の勝利とされたわけです。

この素晴らしいニュースを韓民族に知らせるために
東亜日報は、孫基禎選手の写真から胸の日章旗を削除して掲載しました。
そのため、東亜日報は日本総督府から弾圧を受け、関連者が逮捕されています。

翌々年の1938年には、韓国の国語(文字)でもあるハングル教育が禁止されました。
国を奪われて苦しむ韓民族を日本から解放するだけでも至難の業だったのです。


しかし、イエス・キリストが文少年に命じたのは、人類を救うことでした。

人類には韓民族だけではなく、韓民族を支配していた日本民族も入ります。
抑圧されている人々も、抑圧している人々も共に救えということなのです。
なんと途方もない天命でしょうか。

そして、人類を救うことには、深刻で根本的な問題が横たわっています。

それが、人間の裏切りです。
それも、愛する者への裏切りなのです。

人間は、愛されても、その人に素直に従順に従うとは限りません。
人間の心の底の底に潜む罪悪性は、
自分のために命を捧げて愛した人をも、平気で裏切ってしまうのです。
「恩を仇(あだ)で返す」のです。

愛したのに裏切られたとき、それでも愛し続けることができるのか? 
それでも、変わらずに、諦めず、愛し、信じ、許し、尽くし続けることができるか? 

その問いに、確信を持って「できる」と言えない限り、
人を救うことはできません。
裏切られても変わらない真(まこと)の愛で愛さなければならないのです。

その葛藤と身もだえする苦悩の叫びが、詩となって表現されたのが
「栄光の王冠」なのです。


「いくら努力しようとも、イエス様に会った記憶から
少しも逃れられなかったのです。
泣き出したい気持ちをどうすることもできなくて、
私はその恐れを詩に書きました」
(自叙伝、63〜64ページ)

浅川 勇男・著
(光言社・刊『心の書写〜文鮮明師自叙伝に学ぶ〜』より)
【第二章】私を憎む者までも、ひたむきに愛そう


「栄光の王冠」
ご存知の方も多いかと思いますが、
何度読んでも素晴らしい詩ですね。。。

この詩は、2002年、米国で開催された国際詩人協会会議で、
最優秀作品として表彰されたのですが、
しかし、この詩は、数えで16歳の時に書かれているというのは、
本当に信じられないことです。

内面の究極を見つめていかれたお父様。
浅川先生も「人生の師との出会い」が人生を変える、
そのように言われているように、
お父様にとってイエス様との出会いは、
お父様の行く道を大きく変えました。

私たちも真の父母様との出会いにより、
人生を大きく変えました。
心から感謝いたします。

お父様は一片丹心、
生涯その決心を変えられなかったように。
私たちも不変の心情を持っていきたいです。





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2018年10月15日

26歳の再臨主が口を開くと…! 「火のようなみ言」 《金元弼先生:平壌時代》2


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先生がみ言を語り始められますと神霊の役事が起こるのです。神の心情を体恤するようになって、悔い改めながら泣き、泣いた後は心からうれしくなって喜んで歌ったり、踊ったりするので、礼拝は大騒ぎとなるのです。
金元弼先生の「伝統の源流」より。今回は、『火のようなみ言』から紹介します。
先生はその当時、先生を訪ねてくる人々にテーブルに座って話してくださいました。そのみ言はとても簡単明瞭でした。創造、堕落、復帰原理という筋で、ポイントをついて一、二時間で全部話してくださいました。一緒に周りにいた人たちは、先生の言われることに非常に感動してよく頭に入れ、うなずきながら聞いていますが、私はその人たちのごとくはっきりと分かりません。感動できません。そこでどうして私はそうならないのかと、先生のみ言を聞いて感動する隣の人に対して、非常にうらやましく思いながら、先生のみ言を聞いたことを記憶しています。私はキリスト教の教理が何も分からず、人生の問題に対する深刻な悩みを特別にもったことがなかったからかもしれません。
私はその当時、先生のお年を聞こうとも考えなかったのですが、お年が分かったのはそれから何年も経てからでした。私には先生が若くは見えませんでした。先生はこの世の人とも思えない本当に慈悲深い、そういう平和のお方であると思いました。心が先生にどんどん引かれたのは否定できません。私は先生に会って非常に平和感を覚えました。先生のみ言の一つ一つを熱心に書き付けておいて、それを覚えるくらい何度も繰り返して読みました。ただ一つ私の心から離れないのは、先生が下さったそのみ言であり、町を歩いてもどこを歩いても頭から離れないでいつもいつも思い浮べました。
先生の周りにいる食口たちは、年を取っている人や若い人たちですが、私の目にはすべての人が神様のごとく天使のごとく映りました。そこで時間があれば教会を訪ね、「帰りなさい」と言われない限り、いつまでも教会の中にいました。もちろん私に帰りなさいという人はいませんが、その当時は午前零時から通行禁止(戒厳令)になっていましたので、自分で時間を見て帰らなければなりませんでした。食口たちと一緒に、先生のみ言を通行禁止の時間になっても、それを忘れて聞いていた時にはそのまま教会に一緒に寝ました。食口たちは本当に道を求めてきた人たちでしたので、通行禁止の時間が迫ってもなかなか教会を出ようとはしませんでした。
私がこのように先生の最初の牧会のことを話しているのは、その時の先生の様子を共に皆様に想像してもらうためです。皆さん、米国では男女が同じ部屋で話し、いろいろな人が寝泊まりしていても何も言う人はいません。けれども当時の韓国では、男女が夜遅くまで同じ所で、たとえクリスチャンであっても、同じ場所で長く話し、そこに寝泊まりするということは、本当に理解し難いことでした。米国では壁と戸が全部屋にあって隣の部屋に人がいても見ることができませんが、韓国の家というのはそうなっていないので、人々がいるのを見ることができるのです。先生は、み言を与えることによって人々の生命が復活するのを願うその一念に心掛けていますので、時間が遅くなっても、人はどう見るだろうかということに気付かずにみ言を下さいました。
先生はみ言を語るにしても、お祈りをするにしても、いつもいつも涙を流しておられました。今、先生の年は中年を越えているのですが、私たちの前でみ言を本当に大きな声で熱心に語ってくださいます。26歳という若い時の先生が、小さな部屋でどれくらい大きな声で熱心に語ってくださったか想像するのに難しくないと思います。先生はみ言を語り始めると、食口たちが用事があって立たない限り、いつまでも語り続けられるのです。
また先生がお話しされる時に入神する人、予言する人、異言を語る人、その異言を通訳する人もいました。そのような雰囲気の中で、食口たちの大部分は火を受けるようになり、ある人は肩から火が入ってくるのを感じました。また、胸から火が入ってくるのを感じ、熱いながらも平和感を感じていました。先生は公席ではお話をたくさんしてくださいますが、私席においては絶対にみ言を語られないのです。そして先生がみ言を語り始められますと神霊の役事が起こるのです。そうなると声が大きくなり、その次には体がじっとしていられないのです。過去には神の心情を知らなかった人が、神の心情を体恤するようになって、悔い改めながら泣き、泣いた後は心からうれしくなって喜んで歌ったり、踊ったりするので、礼拝は大騒ぎとなるのです。
お父様がみ言を何時間も熱く語られるその姿が浮かんでくるようです。初期のお父様の証しを聞くたびに、「そこに居たかったな・・・」そんな風に思うのは、私だけではないでしょう。。。当時、火のようなみ言を語られるお父様と集まった人たちが霊的になる様子は、すごいと思いますが、その中で、お父様を尊敬し、集まる食口のことも尊敬していかれた金元弼先生の謙虚な姿勢もすごいと思います。お父様の三弟子であられる金元弼先生ですが、導かれた当初、18歳の頃、食口たちが感動しているのに、感動できなかったと語られています。あれほどの大先輩がお父様のみ言がわからなかった・・・それでも三弟子になられたのですから、相当、み言を求め、お父様の相対に立つ努力をしたのだと思います。み言を語られながら、神霊の役事をされた真のお父様。私たちもお父様と同じ心情圏に立てば、そのごとくになることを信じて、み言を伝えていきたいと思うのです。

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2018年10月14日

「神統一韓国」に向け使命を果たす、「神全羅国」の民になってください!!



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先日、韓国4地区で行われた
希望前進決意大会における
真のお母様のみ言を紹介します。


美しい、結実の季節、豊かな季節。

天苑の第4地区、全羅国の各界の指導者、平和大使、
家庭連合の祝福家庭の食口の皆さん、歓迎します。

今や、摂理の完成を見るべき、
立場に置かれるようになったのです。

今や、このみ旨を知った宗教指導者や、政治家や、
その国の最高指導者たちは、
それほどに、長い間、人類が渇望してきた、
自由、平等、平和、幸福な、地上天国の夢を、
実現することができるという
確信を持つようになったのです。

そうして、私は日本大会を皮切りに、
全ての国々、大陸が、天の父母様に侍る、
神韓国、神日本、神アメリカ、神大陸となることを
宣布してきたのです。

今や、皆さんは、真の父母様に侍る民として、
神全羅国の民とならなければなりません。

草創期に大部分の中心食口たちは、
全羅道から、多く出てきました。

私は、はじめと終わりが、美しく実を結ぶ、
全羅国を見たいのです。

今や、皆さんの前には、恐れるものは、ありません。

堂々と、独り娘、真のお母様と、共にする場には、
霊肉界が、天が、共にされるでしょう。

み旨を知らず、摂理を知らない、この大韓民国が、
神様の祖国となるべき、神統一韓国となるべき、
その使命を果たす、
全羅国の民となることを祝願します。



2018神韓国和合統一第4地区希望前進決意大会
天一国6年 天暦8月28日(陽10.7)
清心平和ワールドセンター


お母様の白いお洋服、
とてもお似合いですね。。。

お母様が、「日本大会を皮切りに」
神○○を宣布していかれた、そのことを振り返ると、
大阪大会の勝利がどれほど大きかったかと思います。

実際的には、日本自体が完全に神様に侍っているとは、
自負できませんが、
大きな精誠を立てられた方がおられたという勝利圏、
そして2世の姿に希望を感じられたのでしょう。

お母様が宣布されたということで、
神様もお父様も公認なさっているということになります。

韓国もそのような意味で、「神韓国」として、
各地区ごとに大きな大会をしているというのは、
何か、天運の中に動いているのだと思います。

行動すればできる時、
お母様と一つとなればできる時。
胸に刻み込んでいきたいと思います。




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