2018年12月16日

♪「私がいる間にがんばりなさい」 神様、父母様は片思いの王様! 《文姸娥様》



2018082702pl_05.jpg


10月の愛知青年学生大会で来日された際、
訓読会で青年たちに語られた、文姸娥様のメッセージ。

「私はあなたたちを、愛しているのですよ」
真の父母様の愛を伝えてくださいました。


「(私が)いる間に頑張りなさい(있을 때 잘해)」という歌を聞いていて
涙が流れたことがありました。
皆さんも「無条件」の歌を歌いながら涙を流したことがあると思います。

2016年のことですが、世界平和国会議員連合のワシントンでの大会が終わって、
ニューヨークに行かれた真のお母様は、
マンハッタンセンターで食口を集めて集会を開かれ、
そこからイーストガーデンに向かう途中の車の中で、
この歌を歌い始められたことを覚えています。

真の父母様の心情を皆さんが感じ始めたら、
私たちは普通の歌の歌詞の中からでも
たくさんの神様の心情を感じることができるようになるのです。
真のお母様が「無条件」という歌を好まれるのは、歌詞の内容のためです。

歌の歌詞には、私たちに必要なメッセージが含まれていることがあるのです。
そういう歌を歌いながら、歌詞を思いながら、
私たちが歌詞の内容をよく理解して、そのように行動できるようになりましょう。


181216.jpg


「(私が)いる間に頑張りなさい(있을 때 잘해)」という歌を通して、
天の父母様は私たちに何を願われているのでしょうか。

「私は、あなたをこんなにも愛していますよ。
そして、あなたが戻ってくるのをこんなに待っているのですよ」という、
私たちに抱いておられる片思いの気持ちが、ひしひしと感じられるのです。

私が思うのは、神様、真の父母様は片思いの王様であるということです。
神様のほうが、ひまわりのようにずっと人間を見つめ、愛してこられたのです。
そういう心情が感じられて、私は涙が流れました。

真のお母様はこんなことをおっしゃいました。


「私はあなたたちを愛しています。
ただ体は一つだから、全世界に同時には行けません。
すべての人に同時に会うことはできないけれど、
そういう思いで愛しています」



そう言われながら、もう一言付け加えられました。


「もしかすると、あなたたちは
直接会っているわけではないから、
感じないかもしれないけれど、
それでも私はあなたたちのことを愛しているのですよ」


と。
あなたたちが感じていないだけで、真のお母様は愛しておられるということです。

この真のお母様のみ言を覚えておいてください。
いつも真のお母様が愛してくださっているということを忘れないでください。
そして、真のお母様は、皆さんが立派に成長することを願っておられます。



181216 20181022.jpg

愛知成和寮(第3地区の青年学生の寮)
訓読会のみ言 10月22日

『ムーンワールド』12月号
文姸娥様のメッセージ より抜粋
( 読みどころ紹介@)


「片思いの王様」・・・
なるほどな、と思います。

「基本的に」と定義してしまいますが、
親と言うのは、子供に対して、
「片思い」ですよね。

よく、「親の心、子知らず」と言いますが、
これは時代と空間を超え、
万国共通なのだと思います。

真の父母様は、本当に
私たちを愛してくださってます。
かつてのお父様もそうでありましたが、
今現在のお母様も、本当にそうなのです。

直接的に、実体的にはそうでなかったとしても、
私たちを子女として愛してくださっているということが
どれほど感謝であるか知れません。

愛は無限なる力を与えてくれます。
「お母様から愛を受けている私だ」
そのことを感じたならば、
み旨に対して、爆発的な力で
向かっていけるのでは、と思うのです。




にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:35 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

参加者が3度熱狂した、アフリカサミット、真のお母様の史上最高のスピーチ!



181215 20181122.jpg


南アフリカサミットのお母様のみ言が、
今までの講演で一番素晴らしかった──(徳野会長 談)

こう聞いて、確認したくなりました。

先日のインターネット礼拝での、
世界巡回報告のポイントを参考に、
抜粋して紹介してみたいと思います。


アフリカ人たちの心をしっかりつかみ、何度も大きな
体中で表現するような拍手喝采を受けたお母様だったといいます。


皆さんは、この独り娘という言葉を
聞きなれていないかも知れません。
今日人類が解放されることのできる
宇宙の母のことを意味します。

いくら偉大な男性でも、
女性を通じなければ子女を持つことができないのです。
それは、生命の誕生は女性から出発するということです。

今日、世界文明史やキリスト教的な面から見る時、
男性を主として発展してきましたが、
どこか足りません。
不足なのです。バランスがあわないのです。



ここにおいて、男尊女卑の中で苦しんできた
女性指導者たちが、熱狂的な声援を送ったとのこと。

さらに、以下のところでは、男女ともに
大変な盛り上がりだったといいます。


天の摂理において6000年ぶりに誕生した独り娘と、
また来ると語られた再臨メシヤが、
1960年の聖婚を通して
真の父母の位置に進み出るようになったのです。

キリスト教文化圏においては、
このとてつもない奇蹟のような事件が
理解できませんでした。
真の父母が顕現する時、アフリカ大陸の
多くの国々が植民地から解放されるようになりました。

キリスト教は多くの過ちを犯してきました。
どうして「あなたの隣人をあなた自身のように
愛しなさい」と語られたイエス様の教えの前に、
皮膚の色が違うと言って、人種が違うと言って、
ありえない事を犯すことができますか。

キリストの名前で宣教にきた宣教師たちによって、
アフリカで奴隷貿易が始まりました。
このような事があり得るでしょうか。
このような状況では
平和な一つの世界が成就することができません。



この大陸にも偉大な人物がいました。
特にネルソンマンデラは、どれほど自由を望み
平和を愛したのか、私たちは知っています。

今までいたる所で人間の力と努力によって
平和世界を追求してきましたが、
平和になるという結果には結びつきませんでした。

それは人類が、原因者を知らなければいけない
ということです。
宇宙の主人は創造主・神様です。
その天の父母様から離れては答がないのです。

私とともに、真の父母を通して
新しく生まれかわる祝福を受けた国と大陸として、
世界の前に光であり、燈になる
アフリカ大陸を作りますか。

聖書に「先の者が後になり、後の者が先になる」
というみ言があります。
このみ言のように祝福を受けた
皆さんの立場であることを知って、
独り娘、真の母とともに実践するように願います。

天一国 6年天暦 10月 15日(陽 2018.11.22)
南アフリカ共和国 ケープタウン国際コンベンションセンター
2018 アフリカサミット開会式でのみ言より
(抜粋編集、文責ten1ko2)


徳野会長は本当に感動したので、
大会の後、お母様に
「お母様、今回のスピーチは本当に感動しました。
今までの中で、一番良かったです」
そのように申しあげたら、お母様は、
「じゃあ今まではどうだったの?」(笑)
そのようなやり取りがあったとのこと。

お母様のみ言に感動したVIPの中に、
南アフリカの国会議長(女性)がいました。
彼女は、お母様のみ言を聞いて、
「このスピーチは国会でも紹介しなければならない」
そのように話していたそうです。

お母様は何度も同じみ言を語られていますが、
対象に合わせて、微妙なニュアンスを変えています。
霊肉ともに精誠を捧げて、備えておられるのだと思います。

「先の者が後になり、後の者が先になる」
それも真の父母様と一つになる、
ということが第一条件なのだと思います。

真のお母様、ありがとうございます。
このみ言の詳細は
下に掲載しています





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)



2018 アフリカサミット開会式でのみ言(速報版)


親愛なる内外貴賓、32ヶ国から参加された最高指導者、紳士淑女の皆様!

今日私たちは、真正なる平和をどのように成就することができるのかについて、
深く悩んでいます。この国だけ見ても、またこの大陸だけ見ても多くの正義の人々が、
自由で平和な世界のために努力して来ました。
特にネルソンマンデラの誕生100周年になるこの年にそのお方が努力したことを、
どのようにして現実化させるのかに対して皆さんはよく考えていらっしゃいます。

今日、全世界で起きている問題を見る時、大きな国であれ小さな国であれ
平和を願っています。しかし人種問題、宗教問題、思想問題、文化の壁、国境線など、
言葉にできない壁が、一層もっと増えているのです。
しかし果して人間として、これに対する回答と結論を出すことができると思いますか?

創造主天の父母様の夢と真の父母の顕現

私たちは宇宙の主人が誰であるのかを、はっきりと知らなければなりません。
創造主・神様、そのお方は私たちの天の父母様です。創造主には夢がありました。
そして天地万物を創造されて、人間先祖になり得るアダムとエバを創造されました。
彼らには成長期間において責任を下さいました。責任です。
神様と絶対的に一つになった立場で成長しなければならなかったのです。
しかしそのようになることができずに、今日のような多くの問題を抱いている
世界、人類を作ってしまいました。

創造主は全知全能なるお方です。始まりと終りが同じお方です。
絶対に失敗がありえないお方です。問題は、創造原則について見てみる時に、
人間に責任を下さったということです。それで天は
大変で困難な蕩減復帰の救援摂理歴史を導いて来ざるをえなかったのです。
4000年という悠久な歳月の蕩減を通じて、
私の息子と言える独り子イエス・キリストを誕生させました。神様の独り子です。

神様の創造は、男と女です。そうだとすれば独り子を誕生させた環境圏は、
イエス様の前に独り娘を準備して、イエス様が独り娘に出会うように
しなければなりません。しかしその責任が果たせなかったのです。
4000年ぶりに人類の前に真の父母として来られたメシヤ、イエス・キリストを
十字架に追い払ってしまいました。キリスト教を信じる人は、
イエス様の十字架の聖血によって救援されると信じて来ました。
これがいかに過った考えでしょうか。真の父を十字架に掛けてしまうようにした
その民族がどのような蕩減を払ったのか、私たちは歴史を通じて見て来ました。

イエス様は十字架に掛かりながら「また来る」と言われました。
また来て小羊の婚宴をすると話されました。その言葉の意味は、
人類の父母になるということです。
天はその時に探し立てることができなかった独り娘を、誕生させることのできる国を
準備されました。そして 1943年、韓国で独り娘、真の母が誕生したのです。

皆さんは、この独り娘という言葉に聞きなれていないかも知れません。
今日人類が解放されることのできる宇宙の母のことを意味します。
ここに集まった方々は全員家庭を持っているはずです。いくら偉大な男性でも、
女性を通じなければ子女を持つことができないのです。
それは、生命の誕生は女性から出発するということです。

今日、世界文明史やキリスト教的な面から見る時、男性を主として発展してきました。
男性を主として発展してきた今日の現象についてみる時、どこか足りません。
不足なのです。バランスがあわないのです。

真の家庭を通してのみ、人類の未来があるのです。それで天の摂理において
6000年ぶりに誕生した独り娘と、また来ると語られた再臨メシヤが、
1960年の聖婚を通して真の父母の位置に進み出るようになったのです。
それは人類にとって、大変希望的な事件です。
しかしキリスト教文化圏においても、このとてつもない奇蹟のような事件が
理解できませんでした。真の父母が顕現する時、
アフリカ大陸の多くの国々が植民地から解放されるようになりました。

ために生きる人生と真の愛を絶え間なく実践する真の父母と食口達

イエス様の十字架事件以後に、キリスト教は聖霊の役事で復活した使徒たちによって
始まりました。初めには多くの迫害を受けました。
313年ローマに公認され、キリスト教が活発に動くようになります。
イタリア半島を中心としてヨーロッパ大陸を通じてイギリスの島国にまで
到逹する/ようになりました。
17世紀にはキングジェイムズによってヘブライ語だった聖書が英語に翻訳され、
一般信者たちが聖書のみ言に接することができるようになりました。

その間キリスト教は多くの過ちを犯してきました。
どうして神様を信じるというキリスト教圏から、神様が死んだと言う共産主義が
出てくるようなことがありえるのでしょうか。一言でキリスト教は、神様を
説明することができず、神様が分からなかったのです。

イエス様の本質も分かりませんでした。どうして人類の真のお父様として来られた
お方を2000年もの間十字架にぶら下げておきながら、
十字架の聖血によって救援されると言うことができますか。
愚かな姿です。真実は明かにされなければなりません。

人類文明史についてみる時、イギリスを中心とするいくつかの国々が
世界に向かって出ていきました。その国々もイエス様の本質が分かりませんでした。
どうして「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」と語られた
イエス様の教えの前に、皮膚の色が違うと言って、人種が違うと言って、
ありえない事を犯すことができますか。
キリストの名前で宣教にきた宣教師たちによって、アフリカで奴隷貿易が始まりました。
このような事があり得るでしょうか。
このような状況では平和な一つの世界が成就することができません。

彼らはキリストの名前で世界に出ていきましたが、結果は自国の利益を優先にして
植民地の品物を略奪していました。
結局はキリストを伝えたのではなく、奪って来る文明になったのです。
そして大西洋文明圏は門を閉じるようになります。
ヨーロッパは産業革命を通じて外的には豊かになったのかもしれませんが、
内的な面、精神的な面、信仰的な面では剛愎(ごうふく;頑固で人の話を聞かない、意地っ張り、の意味)になりました。

第2次大戦を前後にして共産主義が世界を制覇し、勢力を広げて行きました。
そのような渦中に何らの環境圏もできない立場にありましたが、真の父母なので
世界を代表し民主主義を代表するアメリカを通して世界を救援しようと考えました。
真の父母は1971年にアメリカに渡り「アメリカが病んでいるので私は医者として来た。
アメリカの家庭が火事になっているので、私は消防士として来た」
と語りアメリカを教育しました。

アメリカは本来、再臨メシヤの環境圏を作るために天が祝福してくださった国です。
それは世界人類のためにです。
ところでアメリカはその責任を忘却し、家庭破綻、退廃文化により青少年の紊乱、
麻薬問題が起りました。
共産党が鼻先にまで来ているのにアメリカを守れる指導者がいない時に、
真の父母なのでアメリカに来ました。
首都ワシントンに新聞社が一つしかないということは、話になりません。
それで保守紙としてワシントンタイムスを創建しました。
そして南北米において共産化され得るような脅威に瀕している国々を、
ワシントンタイムスを通して守りました。そのひとつの例がニカラグアです。

世界はますます予測することのできない心細い状態に来ていますが、
キリスト教は眠っていました。
そのような状況で一番下から汗と涙と血を流すような実践を通してアメリカの
多くの若者達を訓練させ、世界宣教師として派遣しました。
この大陸にも多くの宣教師がいます。
特にきょう、天宙平和連合主催で行事が進行されているのですが、この大陸の責任者
であるキャッシー・リグニーは1975年アフリカに派遣された宣教師です。
今までこの大陸のために苦労してきました。

これが、キリスト教が見せてくれなければならない姿です。
真の父母の思想が分かった人々は、お互いに食口と言います。
彼らは真の父母様を模範として、ために生きる人生と真の愛を絶え間なく実践する、
天の父母様の子女たちです。

摂理史の真実を正しく知り氏族メシヤとして真の家庭運動を実践しなさい

この大陸にも偉大な人物がいました。特にネルソンマンデラは、
どれほど自由を望み平和を愛したのか、私たちは知っています。
今までいたる所で人間の力と努力によって平和世界を追求してきましたが、
結論とは無縁であり、平和になるという結果には結びつきませんでした。
それは人類が、原因者を知らなければいけないということです。
宇宙の主人は創造主・神様です。その天の父母様から離れては答がないのです。

ですから悠久なる6000年の天の父母様の摂理は、人間として勝利した
真の父母が誕生されるまで待たざるを得なかったのです。
なぜなら堕落した人類は神様の前に進み出ることができないからです。
家系図が違います。
ですから真の父母が来られて、真の父母を通して祝福を受けた立場で
責任を果たすことによって、天の父母様の真の息子娘になるのです。

真の父母は世界70億人類に対して、多くの分野で彼らが早く天の摂理を
知ることのできる環境を作ってあげるために努力してきました。
その中の核心が、祝福です。私たちは神様を中心とする人類一家族を夢見て来ました。
しかしそのようになるまでの方法が分からなかったのです。

世界に200個を超える国々がありますが、大きい国であれ小さな国であれ
現在の立場では自国の利益を先に考えます。
ですから70年前に創立された国連もその役割を果たそうと努力して来ましたが、
一つになることができません。一言も言い出せずにいるのです。

それならば、どのようにしなければならないでしょうか。答は簡単です。
人種を超越し宗教を超越して70億人類が「私たちの父母様は創造主、天の父母様だ。
その天の父母様の前に進み出ることができるように手伝ってくださるお方が真の父母だ」と言うことを分からなければなりません。

世界平和統一家庭連合は祝福を重要視しています。
恩讐関係にある国々の子女たちが祝福を通じて一つに、ひとつの心に集まっています。
真の家庭運動だけが平和世界に通じる近道であり、真の家庭こそが
地上天国を成就することのできる基本単位になるのです。

現在に処している皆さんの立場から見る時、過去を無視することはできません。
過去があるので、皆さんがいるようになったのです。
そして皆さんを通して未来を見る時にも、皆さんは重要な立場にいます。
それならば天の父母様が抱くことのできる子女になるためには、
祝福を受ける道しかありません。

祝福を通して、真の家庭運動を通して
皆さん自らが、氏族のメシヤにならなければなりません。
今まで数千年の間に来て行った皆さんのご先祖が、皆さんを通じて
祝福の道に進むためにこのホールに一杯に集まっています。

今日の集会は普通の集会ではありません。人類歴史において、
天の父母様の夢を成就し人類の願いを成し遂げる、
とてつもない祝福を受けた奇蹟のような日であることを肝に銘ずるように願います。

無知には完成がありません。学ばなければなりません。
過去に恋恋と未練がましくしていては、希望に満ちた未来は来ることができません。
皆さんはどのようになされますか。
私とともに、真の父母を通して新しく生まれかわる祝福を受けた国と大陸として、
世界の前に光であり、燈になるアフリカ大陸を作りますか。

聖書に「先の者が後になり、後の者が先になる」というみ言があります。
このみ言こそ祝福を受けた皆さんの立場であることを知って、
歴史の真実、摂理史の真実を正しく知り、そのように実践するように願います。
独り娘、真の母とともに実践するように願います。

天一国 6年天暦 10月 15日(陽 2018.11.22)
南アフリカ共和国 ケープタウン国際コンベンションセンター
posted by ten1ko2 at 10:31 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月14日

両親が愛し合っていると、子が祝福を希望?! 手が掛からない子にこそ… 《蝶野》



1812142020181124.jpg
南アフリカの祝福式☆


広島の人気講師、蝶野(ちょうの)講師の講演の続編。

「家がきれい」「喜びの中での敬拝や訓読」に続く、
3つ目のポイントです。



〈夫婦で侍り合う姿が子供に感動を与える〉

3つ目のポイントは「夫婦で侍り合う」ことです。

現場で「父母会」に関わって分かったことは、
夫婦がお互いに侍り合うことに難しさを感じる家庭が多い
ということでした。

夫か妻、どちらかの立場が強い場合が多いようです。
けんかはしなくても、一方が我慢していることが多いのです。

年を取ってから夫婦の関係や生活習慣を改めるのは簡単でない場合があるので、
家庭をもつ前からお互いを尊重する努力をしましょう。


子供は小学1、2年生くらいになると、口では表現しなくても、
お父さんとお母さんが接するときの姿勢や、
2人が育んできた関係性を見ながら多くのことを感じ取っています。

夫婦げんかをしないことは素晴らしいですが、
一方の我慢を背景にして成り立っている関係に子供が感動することはありません。

けんかをしない≠ニいう夫婦は世の中にもいますが、
お母さんがお父さんに侍り、お父さんも
お母さんに侍っている夫婦は、そうはいません。
子供は、そのような両親の姿に感動するのです。

そして、侍り合う両親が信仰生活を送る姿を見ながら、
「両親が一つになれるのは、『神様』という中心があるからだ」
と自然に教育されていくので、
子供は善なるもの≠ニして神様や真の父母様、信仰に関心をもち始めます。

また子供たちは、友達が親の悪口を言ったり、
家族の関係が壊れた寂しさを吐露したりするのを学校で目にした場合には、
「友達の言う親の姿と、うちの親の姿は違う」と感じるでしょう。

そうなれば、「祝福を受けるべきだ、受けるのが正しい」と悟るようになるのです。



〈子供は愛を育むために信仰をもちたいと思う〉

祝福家庭の中にも、乳幼児への言葉かけや、
能力を引き出すための一般教育に力を入れる家庭があります。

それはもちろん重要ですが、一般的な知識の収集だけに偏ると、
「子女が信仰をもって祝福を受け、祝福家庭として
神様の夢を実現していく」という天の願いを見失う可能性があります。

イスラエル民族のように、カナンの風習や価値観に
天の願いや信仰の伝統が侵食されてしまうならば、
天の深い悲しみとなってしまいます。

たとえ本人がとても優秀で、いくら親子の関係に問題がないと思っても、
祝福を受け、いざ家庭を出発してみると、
「信仰は面倒だ」となることもあります。
自らに信仰の動機がないと、信仰生活や十一条を守る気が起きないのです。


ただ、「信仰は嫌だ」という子供はいたとしても、
「愛が嫌だ」という子供はいません。

ですから、両親は信仰がもたらす愛≠与えれば良いのです。
そうすれば子供は、愛を育むために信仰をもちたいと思うでしょう。
これが本質です。

夫婦がお互いに侍り合う愛の関係を築いていれば、
子供に対する心が耕され、自然と接し方も良くなっていきます。
しかし、ほとんどの夫婦は「侍り合う」ことから目をそらし、
子女への対処法≠ノばかり関心をもつ傾向があるのです。

その場しのぎ≠繰り返し、夫婦が問題と向き合わなければ、
子女たちの家庭にツケが回ることになります。

そのことを考えると、「私たちから真の愛の伝統を出発させたい。
私たちを通して子供に神様の愛を伝えたい」
との思いに至るのではないでしょうか。

結局は夫婦の問題です。
信仰と愛情の問題を分けて考えてはいけないのです。


また、愛を育むということにおいて、夫婦の「性生活」は欠かせません。
これについて夫婦で葛藤を抱えていては、侍り合うことは難しいでしょう。

性生活に対するお互いの意見や考えを尊重し、
若いうちに問題を克服して助け合っていけば、
心は縦的にも横的にも成長します。



〈手のかからない子にこそスキンシップを〉

最後に乳幼児との関わり方ですが、
スキンシップをできるだけ多く行うことが大切です。
これは効果てきめんです。

乳児から幼児、小学生へと成長する中で、
手がかかった子供のほうが後々、親子の絆が深くなっていたり、
問題が起きても修復しやすかったりします。

ですから、手のかからない子供ほど
意識してスキンシップをする必要があります。


例えば、親にとっては、夜泣きをしない子供のほうが楽です。
しかし、夜泣きが少ないからといって、
子供にあまり手をかけないでいると、後々、問題が生じる場合があります。

赤ちゃん自身が、「私が泣いたら、お母さんにもっと苦労をかける」と思って、
遠慮して泣くのを我慢することがあるそうです。
赤ちゃんにも親に気を遣う≠ニいう感性があるからです。

親がそれに気づかずに、「手がかからない子だ、楽だ」と放っておくと、
受けるべき時期に必要な愛情を受けられず、
愛情の空白期間≠ェ生じてしまいます。

個人差もありますが、その空白を埋めるために、
思春期に特有な現象と合わさって、
大きな問題が起きることもあります。
その時、改めて「愛の投入路程」が必要になってきます。

ですから夜泣きをしない子には、
昼間にべたべたとたっぷりスキンシップをし、
夜は泣かなくても抱きしめてやります。

「手がかからなくて良い子だ」というのは、親の都合による基準です。
「良い子であっても、なくてもいい」のです。


家庭を出発し、子供を生み育てているときに、親としての自覚は芽生えます。

その新鮮な時期に3つのポイント
「家がきれい」「喜びの中での敬拝や訓読」「夫婦が侍り合う」を習慣化し、
祝福の恩恵を次世代につないでいきましょう。



『愛を育むために信仰をもちたいと思う』
この言葉は、とても重みのある、重要な言葉だと思います。
私たち一世は、真理を知り、信仰を持ち、
そして愛を育んできたように思います。

しかし、祝福二世は逆のパターンが多いのではないでしょうか。
愛を感じ、その愛を育むために信仰をもってもいいと思う、
そして、真理のみ言を学んでいく。。。

私たちとは正反対なので、信仰が必要だから、
そのように子供たちに信仰を強要することがあると思います。

実際には、夫婦が愛ある関係を築き、
また、子供たちに愛を与えることによって、
信仰が必要であることを感じてもらうのです。。。

蝶野講師もそういうパターンを多く見ているので、
その部分を強調されるのだと思います。

「家がきれい」「喜びの中での敬拝や訓読」「夫婦が侍り合う」
口癖のようにしながら、実践し、習慣化させて、
それを子供たちに善なる波動として、
与えていきたいですね。




にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)