2019年01月28日

(真のお母様の路程) すべてを語ることができない?! 断崖やいばらの道、夢の証し



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小山田先生が、「真のお母様の歩まれた道」
という証しをされています。

お母様が話してくださった夢の証しとみ言です。


今回、紹介したいのは、1992年12月、真のお母様が、
フィリピンのマニラで、千数百人の教会員を前にして証しされた内容です。
今でも印象に残っているのは、次のようなことです。

真のお母様は、この日、ある夢の話をされました。

真のお母様は、そのとき、ごらんになった夢について、
「今でも忘れることができず、
きのうのことのように思われる。」
と、語り始められました。


夢では、戦争の真っただ中、
真のお母様は、幼い孝進様を背負われ、
右手には、ようやく歩き始められた譽進様の手を取られ、
左手にはふろしき包みを持たれて、
どこまでも歩き続けられるのです。

道は険しく、茨が至る所にあるので、
服は、その茨で引き裂かれ、
血が流れているのが分かるのです。

真のお母様は、子供をあやされながら、
何かに追い立てられるようにして、
断崖や谷底を進んで行かれたというのです。

どこまでも続く道を歩きながら、
もうこれ以上、歩むことができない、
という限界にぶつかります。

その限界を越えた瞬間、夢の中で場面が変わり、
きれいなお花畑が見えてきたのだそうです。

そして、お花畑の遠方に、
真のお母様とご子女様を待っている人の姿が見えました。
そのかたが、真のお父様であられたというのです。

そのとき、ふと後ろを振り返ってみると、
真っ黒い雲の下に、谷が見えました。
“ああ、私は、あそこを越えて来たのだ。”
と、真のお母様は思われたそうです。

そして、
「よく見ると、一人、二人と、後からついて来る姿が見えた。」
といわれました。

このような夢の話をされ、だれでも、
そのような道を越えなければならないという話を、
最初にされたのです。


次に、真のお母様は、このようなお話をされました。

「普通、私を見れば、皆様には、
何の苦労もなかったように思えるでしょう。

たくさんの子供を生んで、
お父様のような理想的な夫を持ち、
夫から愛をたっぷり受けて、
何不自由のない女性のように思うかもしれません。

しかし、私には、皆さんに語ることのできない、
たくさんのことがあるのです。」


このように証しをされながら、
真のお母様は、ぴたっと、口を閉じられたのです。


私は、この場面に遭遇して、
“これは、真のご父母様しか知らない道がある。
これは、だれにも語ってはならないのではないだろうか?”
と、思いました。

真の父母のみ、ご存じであって、
子供たちは知る必要のない秘密の内容が多いのです。

2000年1月15日 ブラジル、ジャルジン
「世界平和と理想家庭のための四十日特別修練会」



お母様の夢の証しと
貴重なみ言です。

実際には、お父様は、天一国の山を肉身では
登りきることができませんでした。
お母様がその代わりに登っておられます。

お母様が「ぴたっ」と口を閉じられた
と証しされていますが、
今も同じように誰も知らないところで、
神様だけしか知らないような心情と
精誠を尽くしておられるのだと思います。

そのようなご苦労の中を歩まれているお母様の前に、
傍観者となるのではなく、
ともに歩む者になっていきたいと思うのです。。。





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posted by ten1ko2 at 10:00 | Comment(1) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

罪深い私のとなりにも、神様はおられる?! 離れることができない 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言です。


このあいだドイツのある博士が、長老派教会の招待で韓国に来ていたのですが、
その人の話がキリスト教思想紙に載ったのを読んだことがあります。

その人が韓国に来て、韓国の聖徒たちと一緒に過ごしながら礼拝を受ける時、
その祈祷する姿やみ言を慕う姿に、信仰的に大きな刺激を受けたというのです。

ドイツで感じられなかったことを韓国に来て感じて、
その生き生きとした姿を忘れることができず、
ドイツに手紙を送ったという内容でした。


それは情的な次元が違うからです。
外国の食口たちも、韓国の食口に会うと20代にしかならない青年なのに、
自分に自分の親から言われるようなことを言うというのです。

「今夜、寝床はどうするのか」と尋ねたのですが、
外国ではそんなことを尋ねる習慣がありません。
ところが韓国の食口が寝床と食物を心配してあげるのを見て、
自分の親のように感じられるという話を聞きました。


神は人間と離れていることができない方です。
ですから神は、悲しまれるのです。

初めは神が去ったと思いました。
そのように去ってどこにいらっしゃるのでしょうか?
天のあの空中にいらっしゃるのでしょうか?

現代科学がどんなに宇宙を探してみても、
この地上の原理を離れて存在する所はないというのです。
太陽光線が届かない宇宙の隅まで探していってみても、
自然法則の原理に反する所はないのです。


宇宙を征服したとしても、地上のこの原理を離れて
法則があるはずがないように、
神が堕落によって価値が低俗化した人間と
一緒におられるといっても、神は低俗化しません。

自分の体が罪を犯しても自分の体であり、
自分の心が善を行っても自分の心です。

罪を犯したといって心が体に、
「あなたが罪を犯したので私はあなたと一緒にいられない」
といって離れることができるなら、神もそうするはずです。

行動は自分(体)がしておいて、心を辱めます。
ですから犯罪になるのです。

人間が過って、神を悲しませました。
神を悲しませたので、私たちも悲しみの中から解放されずにいます。
心が喜んでこそ体がうれしいように、
神が喜んでこそ私たちもうれしくなるのです。

それで「神があなた方の内におられる」
とイエス様が教えてくださったのです。

女性の行く道 1977年10月20日 中央修練所



「私」が神様を知らなくても、
神様は「私」とともにおられるし、
もっというならば、罪を犯したとしても
ともにおられるのが、神様です。

親子の関係もそうですね。
子供が親の言うことを聞かず、親が小言を言って、
ぷいっと親を振り向かなくなっても、
親は、子供を愛し続けます。

小説家・遠藤周作は、「沈黙」という本の中で、
神様は沈黙したのだと書いています。
日本に来た宣教師が政府につかまり拷問を受けた時、
神様を求めても助かることができない、
最終的には離教したのでした。

たしかに神様は「沈黙」をしたのかも知れません。
しかし、神様はただ黙っていたのではなく、
涙を流し、黙ってみているしかなかったのでした。

神様の真の心情を教えてくださった
真の父母様に心から感謝しつつ、
その神様のために精誠を尽くしておられる
真のお母様を求め、一つになり、
今週も歩んでまいりたいと思います。





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posted by ten1ko2 at 07:09 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月26日

真のお父様の遺言、「死生決断・全力投球」のみ言、再び! 《2012真の神の日》



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真のお母様は、基元節6周年に向け、
神統一韓国時代を開門安着させるべく、
深刻で切実な日々を送っておられます。
まさに「死生決断」の歩みをしておられます。

思い起こせば、2012年の真の神の日。
真のお父様は、壇上を降りられて、
「死生決断、全力投球!」と叫ばれて、
全体で唱和しました。
その時のみ言をもう一度振り返りたいと思います。


「産苦(出産の苦痛)」に直面するお母さんたちが、
その時間を迎える時には、生死を懸けて
全力投球していることを知らなければなりません。

そのような父母たちには、
子女を愛することにおいて、
どんな困難があったとしても、
「お父さん、お母さんよりも立派になってほしい」
という願いが死ぬことなく、今も残っています。

動物の世界を見ても、
水中の魚、空の鳥、山の獣を見てもそうです。

それらが、自分の子孫を残すための努力と、
残っている息子、娘を守るための
死生決断をしているのを見ながら、
万物の霊長の主人になろうという私たちが、
全力投球、死生決断するならば、全て終わるのです。

私たちの祖国が私の前にあるのではなく、
私のあとについて来て…。神様までも、
夜の神様、昼の神様が寝ていることができず、
真の父母の勝利の日を待ち焦がれているので、
この一日を千年のように、
「産苦」を迎えたお母さん以上の日々を
過ごしているという事実。

若い娘たちよ、子供を生んでみたならば、
死生決断は何でもありません。

全力投球で一息の息遣いを乗り越える、
その力で全力投球する、
「産苦」の峠を越えたのちに生まれた子供は、
天下に「私は新しい天の息子、娘として生まれた」
として、この民族とこの国家の長孫(※長子の長子)
として生まれるのです。

その泣き叫ぶ赤ん坊の声を聞くたびに、
千倍、万倍、赦しを請いながら、
お前たちが恥ずかしくない父母になるように、
お前たちが激励してくれることを願う泣き声を、
きょう私が聞いたので忘れないでしょう。

全面的な死生決断を集めて、毎年訪ねてくる日を、
そのような決意で、前進に前進を誓うだけではなく、
盟誓の炎で天宙を爆発させようというほどの、
勝利の前進とならなければならないという決意を、
この時間、してくれることを願います!

そうするという人は両手を挙げて、
神様の前にこの日を記憶し、
その時間に恥ずかしい自分の姿とならないことを、
前進する勇ましい天の軍人たちとなり、
息子、娘となることを祈ります。

12年、元旦のきょうの心を忘れずに、
大韓民国の緊迫した事情も、皆さんの決意によって
左右されるということを覚悟して、
新しい出発を決意してくれることを願う心で、
新年に、神様の加護と祝福があることを
真の父母の名前で祝願いたします!

アーヂュ。


天基3年天暦元日(陽暦1月23日)
真の神の日のみ言


お母様がこのお父様のみ言を強調されたのが、
お父様が聖和された後の聖和40日参拝式においてでした。
この時、真のお母様は
「お父様に今まで数多く受けた愛に
恩返しする期間です」
と語られながら、
「死生決断・全力投球」
その言葉を何度も繰り返されたのでした。。。

真のお父様は、この時、涙ながらに語られました。
そして、思えば、お父様が地上で迎えられた
最後の真の神の日になったのでした。。。

この深刻な思いを私たちはどれだけ受け止めていたでしょうか。
受け止めていたならば、お父様は聖和されることは
なかったかも知れません。。。

そして、この思いを何よりご存知であり、
胸に刻み込んでおられたのが、
真のお母様だったのではないでしょうか。

今、与えられた責任分担を全うすることが、
真のお父様への恩返しであり、
お母様をお支えすることであることを信じて、
歩んでいきたいと思うのです。





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