2019年01月13日

「神統一韓国」の時は来ている!! 女将軍、真のお母様の覚悟 《1.7のみ言》



190113 20190107.jpg


元旦に韓国の食口2万名を集め、
「神統一韓国」を掲げ、
熱い祈祷と共に出発した真のお母様。

基元節に向けて、
具体的な大きな指示を出されたということ。

1月7日、韓国の幹部に語られた、
み言(一部)を紹介します。


時はいつでもあるものではありません。
摂理の完成を置いて、最後の時です。
この時を逃す指導者の皆さんとなってはいけません。

そのためには、全ての機関が
一つとならなければなりません。
唯一、父母様と一つとなった、一つの心、
一つの志、一つの行動だけが必要なのです。

今まで、6000年間、天の父母様に不孝してきたこと、
天の父母様の夢、
成して差し上げなければならないでしょう。

皆、真の父母によって見せてあげましたね。
「このようにすれば良い」と実感していますね。

ですから、この最後の一時に、この一年に、
皆さんが捧げた実績が、新たな歴史の天一国安着。

世界の前にこの大韓民国が中心国家として、
皆この場所に向かって整列する時、
灯台の下暗しであった、
この国の民が、どれだけ涙を流しながら、
ありがたく思うでしょうか。
そうでしょう。

今まで、天の摂理に協助できなかったことを、
悔い改めなければなりません。
悔い改めさせる時間です。
この年がです。
分かりましたか。

そうして一つに結ばなければなりません。
そのようにできる自信が皆ありますよね。
祝福します。

神統一韓国時代開門安着のための神韓国指導者特別集会
および ワールドサミット2019 韓国組織委員会出帆式
天一国6年 天暦12月2日(陽1.7)天正宮博物館
(HJグローバルニュースより)



この時のお母様は、「将軍のようだった」そうです。
ここのみ言にはありませんが、
「突撃しよう」
「突撃だけがある」
そのような言葉も出てきたと言われます。
完全にお父様が乗り移ったかの如くですね。

さらに言えば、み言の題目は、
「ワールドサミット2019 韓国組織委員会出帆式」です。
お母様は、基元節に向けて、
一つの節目になるようなイベントを
韓国で行うと決意しておられます。

アフリカやネパールでもできたから、
この土台で、韓国でも。。。
そのように思われたのではなく、
2020年までに韓国を立てる決意をしておられる、
そのような真のお母様だと、伺いました。

お母様と一つになれば、奇跡が起きる、
不可能を可能にできる、そのことを確信して、
私たちに訴えていかれるお母様です。

私たちも自分に与えられている天の願いに対し、
お母様の事情、心情、願いに完全に一つになって、
不可能を可能にする者になっていきたいと思うのです。

昨日(12日)朴普煕先生が聖和されました。
ご冥福をお祈りいたします。
(明日は、薫淑様のメッセージなどをお伝えします。)





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 14:56 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

言葉は必要ない?! 天国では外国人とも会話できる 《浅川先生霊界シリーズ》



190112 20110101.jpg


浅川先生の霊界シリーズ。
今回は、「天国の日常会話」です。


日本人の多くは、日本語で会話をし、
アメリカ人は、主に英語で会話します。
言葉は、地上生活では本当に必要なものであり、
言葉がなければ心が通じません。

では天国での会話はどのようになっているのでしょうか。

実を言うと、天国では言葉は必要ありません。
言葉がなくても心が通じ合える世界が天国なのです。


言葉は人間の心を完全に表現することは、できないのです。

自分のもっている複雑な心、自分の抱いている感情、
それがどうして言葉で正確に表現することができるでしょうか。
言葉にするとうそになる、言葉にしたために誤解される、
言葉の表現力が乏しくてすれ違いが生ずる、というのはよくある話です。

言葉では、心を一〇〇パーセント表現することはできません。
ですから、愛の世界である天国では、言葉は必要ないのです。

言葉が必要でないならば、どのようにして人間関係が
成り立っているのかというと、相手の心を見て会話する世界なのです。
相手の心が見えるのです。

それは具体的に、どういうことでしょうか。


ある人が朝食であなたは何を食べたのかと聞いても、
多分言葉だけでは正確には分からないでしょう。
トーストだ、目玉焼きだと言っても、そのイメージは
具体的にわかないと思います。

ところが天国では違います。
その人の朝食をイメージしてみればいいのです。
そこに朝食べた物を見ることができるのです。

ましてや、夕食は何を食べたいと思っているかと聞いても、
言葉だけでは正確に分かりません。

その人の夕食をイメージすれば、
夕食に食べたい物が映像として表れてくるのです。
ですからその人を見てイメージすれば、朝食で食べた物、
夕食で食べたい物を見ることができるのです。

天国では口で話し合うのではなくて、
相手の心を見る世界、それで確認する世界です。
これが天国の会話です。


ところで夫婦の間では、ちょっとした言葉のすれ違いや、
思惑の違いでけんかになる要素はいつもあります。

例えば、あるご主人が朝会社に出かけるときに、
「夕飯は魚が食べたいな」と言って玄関を出ていったとします。

魚を食べたいと言っただけで、どんな魚かは言いませんでした。
奥さんは自分で考えるしかありません。
それでサバの煮付けを一生懸命に作って夕飯に備えましたが、
ご主人が帰ってきて、「おれはサバが食べたかったのではなくて、
サンマの焼いた物が食べたかった」と言ったらどうでしょうか。

これではお互いの心が通じ合っていません。
言葉だけでは十分に伝えきれないのです。
ですから、言葉だけでは完全な愛は成立しないのです。

それで相手の心を見て読み取ることのできる、世界が
天国ということになるのです。


浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第二章 天国とは



天国では心を見れば通じるといいます。
そういうことを考えた時、
本当に私の心を正さないといけないな、
心が綺麗な人が天国に入れるな、
そう思わざるを得ません。

汚い心を持っていたら、
当然、天国には入れないですね。
というか、たとえ入れたとしても、
自分の醜い心が見られてしまうので、
自分から退出せざるを得ないのではないでしょうか。

本当に素直な心、正直な心、
純粋な心を持つ私となれるように、
そのためにも、日々、愛する実践、
神氏族メシヤ活動をしていきたいです。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)




posted by ten1ko2 at 09:14 | Comment(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

文総裁を裏切ろうと思ったことがある?! 李ヨハネ先生、104歳で聖和! 《後編》



190111 20150224.jpg


この1月9日に、104歳で聖和された
李ヨハネ(李耀翰:イ ヨハン)先生の100歳の時のインタビュー、
後編です。(韓国世界日報より)


(後編)


──信仰生活をしながら、どのような点が最も難しかったですか。

教会創立前に教会の看板もなく、伝道した時です。
どの宗派から来たのかと聞かれた時に言葉がありませんでした。

1954年に教会が創立されましたが、
当時の牧師や伝道師の中には神学校を出た人が皆無でした。

(多くの人は)マタイが何かも知らないまま
「新しいみ言」という意欲だけ抱いて伝道し、苦労をたくさんしました。



──信仰をしながら文総裁の使命を疑うとか、反旗を翻したことはなかったですか。

私が何を聞くか、あらかじめ知って
豊富な答えを下さるので、疑う暇がありませんでした。

何度か衝突はありました。

教会がお金を出して、地方の教会を建てなければならなかった時、
また、空気銃の製造工場を作った時です。
教会は、牧師が、地域住民の協力を得て、
自ら作ることで発展することができると提案し、また
空気銃工場より神学校を建てることが急務であると言ったのですが、
通じませんでした。

あまりにも洞察力が高い方なので、み言を破る考えはおこりませんでした。

あの方としては、復帰摂理歴史をする、財力が絶対に必要でした。
世の中の人々に支援を受けることができないと判断したので、
自分で財政確保に邁進したものであると理解しています。
ここでは、日本が最大の功労者です。



──現代人が宗教をますます遠ざけています。
  宗教が問題でしょうか、信仰者個人が問題なのでしょうか。

宗教が問題だと思います。

聖職者達が、神霊と真理の人を作れずにいます。
宗教儀式だけでは人を変化させられません。
聖職者自ら神霊的でないので、人を作れないでしょう。

聖職者は信徒たちに感動を与えることができなければなりません。
そのためには愛の奴隷であり、信徒に仕えなければなりません。
宗教がますます冷たくなって、一つの文化に転落してしまっていて残念です。



──宗教の旗を再び高めることができる解決策はあるのでしょうか。

*神の存在を新たに刻印させなければなりません。

 神は無条件に人間を助け協力する方ではありません。
 人間が神を慕って懇願するとき協助するのです。
 慕う心がなければ、神も協助しません。


*また、死後の世界(霊界)があるという事実を
 明確に知らせることができなければなりません。

 統一原理には地上世界が
 「無形実体世界(死後の世界)の影」と説明されています。
 科学が発達すると霊界を撮るカメラが出てくることでしょう。


*次に、宗教が生き残るためには
 孝と霊性を育てる場所として生まれ変わらなければなりません。

 文先生は、孝は子が親に返すのではなく、
 親が子供に返すことで開始されなければならない
 と孝の道理を革命的に教えました。

 親が子供に礼を尽くすことは容易ではありませんが、
 足りない部分は、子に理解を求めて家庭で
 孝の文化を再創造しなければなりません。


翻訳をです・ます調にして
わかりやすく編集しました
(昨日の前編も編集し直しました)
文責:ten1ko2


衝突したことはあるけれど、
お父様を裏切ろうと思ったことはないという
李ヨハネ先生でした。

「空気銃工場より神学校を建てることが急務であると言ったのですが、
通じませんでした」
この内容で思い出したことがあったので、
少し書いてみたいと思います。

かつて神学校を出た李ヨハネ先生が、
上記のことを言われたら、躓かなかったでしょうか。
私たちでも疑問に残る内容ですよね。。。

昔、本部の講師に聞いたことがあります。
これは、「蕩減銃」なのだと。

本当は人の血を流さないといけなかったけれど、
代わりにハトの血を流し、代理蕩減をした。
その摂理をしなければならなかったので、
神学校より先に作らなければならなかった。

お父様は、その時、事情を説明せずに、
やることだけを話した。
でも、信じられないようなことを信じることが、
条件になっていった。
というのです。

そう考えた時に、このように言えないでしょうか。
お母様を反対している人たちから見ると、
お父様と違うようなことをしているように見えます。
しかし、意味があってされておられるのです。
しかも、お父様のために。

話を戻しますが、李ヨハネ先生は、
上記のような様々な試練があったと思いますが、
お父様のみ言の背後を見られて、
受け止めて乗り越えていかれました。
ですから、本当の信仰者なのだと思います。

李ヨハネ先生、今までありがとうございました。
霊界で、さらにご活躍されますように。。。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:13 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする