2019年02月05日

神様を「天の父母様」と呼ぶようになった理由(わけ)?!  《6年前の天暦1.1のみ言》



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第52回
「天の父母様の日」
おめでとうございます!


今日は一般的には旧正月であり、
天の摂理から見るならば、
天一国7年天暦1月1日となります。

今から6年前、天一国元年の
天の父母様の日に、お母様は
次のようなみ言を語られています。


今日はお父様のみ言を訓読しながら
多くのことを感じたと思います。

お父様は神の日を決められながら
すでに神様の解放を置いて
基元節を考えられながら
神様を天の父母様と
呼ばれるようになった。

今、お父様の祈祷、
皆さん、聞いたでしょう?

そうなんです。
神様の願いは、父母になることであった
私たちはこのことのために
60余年をかけて蕩減の道を行きながら
父母様に侍って歩んできた者です。


2013年 天一国7年天暦1月1日
第46回天の父母様の日記念敬礼式


この時、1968年真の神の日の
真のお父様のみ言と祈祷を
金孝律補佐官が代読されました。

お母様が「皆さん、聞いたでしょう?」
と言われたのは、
特にこの最後の部分でしょう。


ともに天の真の父母と
地上の真の父母が
一体になるこの場を通して
懇切に宣布、宣布、宣布いたします。
アーメン(アージュ)



お母様が語られているように、
すでにこのとき(1968年)にはすでに、
真のお父様は、神様に対して
「天の真の父母」
という風に語られていたのです。

そうなんです。
ですから、神様のことを天の父母様と
最初に呼称したのは、
真のお母様ではなく、
真のお父様だったのです。

そして、お母様は、お父様が聖和された後、
神様に対して、「天の父母様」
そのように呼称するよう公文を発表され、
また先駆けて「真の神の日」を
「天の父母様の日」に変更されました。

ですから、神様を天の父母様と呼びたい・・・
その真のお父様の悲願を
真のお母様が実現された、
そういうことになるのだと思います。


さらに付け加えると、
「父母」と呼ぶことが出来るというのは、
どういう状態なのかといえば、
子女、すなわち子供がいて
初めて成り立つ言葉です。

ですから、私たちはあまりにも
足りない立場ではありますが、
天の前に、子女として
立つことのできる
資格を与えられた者たちなのです。

聖書には14万4千人の群れが
初穂として天に贖われたと
記録されています。(下記)

まさに、私たちが天の初穂として、
神様に選ばれた祝福家庭なのだ。。。
そのことをもう一度自覚し、
そして、心から感謝して、
責任を果たす者になっていきたいです。


なお、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っていた。
また、十四万四千の人々が小羊と共におり、
その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた。

またわたしは、大水のとどろきのような、
激しい雷鳴のような声が、天から出るのを聞いた。
わたしの聞いたその声は、琴をひく人が立琴をひく音のようでもあった。

彼らは、御座の前、四つの生き物と長老たちとの前で、新しい歌を歌った。

この歌は、地からあがなわれた十四万四千人のほかは、
だれも学ぶことができなかった。

彼らは、女にふれたことのない者である。彼らは、純潔な者である。
そして、小羊の行く所へは、どこへでもついて行く。

彼らは、神と小羊とにささげられる初穂として、人間の中からあがなわれた者である。

(ヨハネの黙示録第14章1節から4節)







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posted by ten1ko2 at 07:10 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする