2019年03月22日

☆真の父母様、珠玉のみ言集・感謝☆ 昨日よりも今日、今日よりも明日さらに感謝!



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「愛しています」「感謝します」
この二つが大切だとおっしゃる真のお母様。

光言社の『祝福家庭』に掲載された
「感謝」に関する、
お母様と、お父様のみ言を紹介します。


私(お母様)の生涯の座右の銘は、
いかにしてきのうよりきょう、さらに
感謝の気持ちをもって生きていくかということです。

きのうよりきょう、さらに感謝し、あすはきょうより
もっと感謝しながら生きるために努力してきました。
日ごと、感謝の気持ちをもつことが、私の人生の目標でした。

(真の)お父様はダンベリーに出発される直前に、
「不平を言ってはいけない。
立てられた立場で感謝し、感謝することによって
完全に一つとなったとき、大きな奇跡が起きる」
と語られました。
(『真の父母経』13・4・3・1)



宗教の本質は、感謝することです。

それで、サタンを防御するための
一番重要で緊急な要件を挙げなさいといえば、
「感謝することだ」というのです。
その次に、満足することです。
(『後天時代の生活信仰』142)



私たちは常に感謝しなければなりません。
まず神様に感謝し、その次に、夫に感謝し、妻に感謝し、
隣人たちに感謝しなければなりません。

感謝すればするほど、
より深い愛が連なって流れ込んできます。
たくさん感謝をすればするほど、
その感謝に比例して、
神様の愛の量がさらに増えるでしょう。

ですから、私が死ぬときには、
感謝の言葉を世の中に残し、
愛だけをもって父のみ元に帰ります。
愛の中で永遠に生きるのです。

そのときには、どれほど神様をあがめ、
感謝しながら生きるだろうかというのです。
それが夢です。

私たちは、愛の祝福の場に行くために、
感謝する生活をしなければなりません。
不幸にぶつかれば、神様もそれを御存じです。

世界で最も不幸な状況にぶつかったとすれば、
神様がそれを記憶せざるを得ません。

その場で感謝することによって消化するようになれば、
神様が「信じられる人だ」と言われるのです。
それを越えていけば、世界にまたとない福を受けます。

(『真の父母経』 13・4・3・5)


『祝福家庭』91号(2018年冬季号)読みどころ紹介E
「天地人真の父母様の『感謝する生活』に関する御言」



一番印象に残ったのが、
「感謝することによって完全に一つとなったとき、
大きな奇跡が起きる」というみ言でした。

ダンベリーに入られる前に、
お父様が語られたみ言ですが、
真の父母様が感謝して、
この期間を乗り越えていかれたので、
キリスト教における
一つの動きがあったのではないか、
そのようにも思わされます。

興南の時にも、
12名の霊の子の基台もありましたが、
お父様が感謝していかれたがゆえに、
国連軍による、興南解放の奇跡があったのでしょう。

昔、36家庭の安昌成(アンチャンソン)先生が、
「不平不満は霊人体の毒薬です」
そのようなみ言を語られたのを思い出しました。

与えられた環境に対して、
感謝するか、恨みや不平不満を持つか、
そのことによって、霊肉共に、
大きな影響を与えるのです。

真の父母様がそのような生活をされているのですから、
私たちも子女として、
同じ道を歩み、
奇跡を起こしていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 18:58 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

朝の第一声は神様! 1歩目はお父様、2歩目はお母様、天地を象徴 《金元弼先生》



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金元弼(キムウォンピル)先生のみ言、
続編です。


先生は呼吸しても、初めの呼吸は神の呼吸であり、
朝起きる第一声を神から始めるのです。

きょうみ旨のために出発するに当たって、
この第一歩を誰のために歩むのですか。

私たちにあっては、第一歩をお父様、
第二歩をお母様のために歩むのです。
先生は第一歩を神、全部を神というように、
神を初めとして出発するというわけです。

「お父様」、「お母様」と私たちは口癖のように言っています。
けれども神が願ってきた心情で眺めた場合、私たちが唱える「お父様」と
神が願ってきた「お父様」とは相当の差があるのです。


牢屋においてさえも先生を待っている青年がいるように、
先生が行かれる道は神が摂理されました。

先生の行く道を神はどうして準備しなければならないのでしょうか。
その内容がどこにあるのだろうかということを考えながら、
先生を研究してくださるようにお願いします。

正しい心情でもって、先生をよく正しく見つめることができましたら、
短い期間であっても、十年間共についてきた人よりも
短期間のうちに、先生を推し量ることができると思います。


普通の人たちは何の気なく歩いています。

しかし誰も知らない神との時間をもつという心情で一歩を歩むのです。
こういう心情は世界に誰ももっていないだろうと。
皆さんの歩き方一つさえも意義深いものがあると思います。

天はお父様を象徴し、地はお母様を象徴するといつも言われますが、
その実感がしないことがあると思います。

実感するためには、この地はお母様であるという心情でこれを踏んでいく場合、
何の気もなくお母様を踏んだら痛いでしょう。
痛くないようにするためにはどうしたらいいのか。
その心情で歩く場合に皆さんに与えられる心情と、
何の気もなく歩く心情とは全然違うのです。



『この地はお母様であるという心情でこれを踏んでいく場合、
何の気もなくお母様を踏んだら痛いでしょう』

若いころ、万物復帰をしている時、
大きく勝利した姉妹の証しが、
まさにこのみ言と全く同じ証しでした。

その姉妹は、この元弼先生を知っていたのではなく、
本人自身が、実際に歩みながら、
実感していったのだと思います。

一日24時間というのは、万人共通です。
しかし、その時間をどう過ごすのか、
それは、本人次第です。

真の父母様は、いつも天の父母様を求めて、
生活してこられました。
そして、真のお母様は、お父様を思い、
いつも共に生活しておられるのです。

「私の責任は、真の父母様とひとつになること」
もっともっと、天の父母様を慕い、
父母様を慕い求めて、
歩んでいきたいと思います。




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2019年03月20日

家庭がなければ人は幸せになれない?! 夫婦愛が根っこ 《浅川先生の自叙伝書写》



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浅川先生の自叙伝書写講話。
今回は、「家庭は幸福の根です」を紹介します。


家庭は、神が創造した最高の組織です。
また、人類が互いに愛し、
平和に暮らすことを学ぶ愛の学校であり、
世の中に平和の王宮を建てるための訓練道場です。

(ため)に生きる夫と為に生きる妻として、
そして永遠の愛の道を行くための夫婦として、
その責任を学ぶところです。

家庭は世界平和のためのベースキャンプなので、
息子・娘が「お父さんとお母さんが
喧嘩(けんか)する姿を、生涯一度も見たことがない」と
言うようにならなければなりません。


(自叙伝、217〜218ページ)

 
人間は誰しも幸福を求めています。
幸福になるためには、健康やお金や地位、名誉、社会的成功など、
人によってさまざまな要件を必要とします。

文鮮明(ムンソンミョン)先生は、幸福は家庭以外には見いだせないと断言されています。


「幸福も平和も、家庭の外にはありません。
 家庭こそが天国です。

 いくら莫大(ばくだい)なお金と名誉を持ち、
 世界をすべて手に入れたとしても、健全な家庭を
 築くことができなければ、その人は不幸です。」


(自叙伝、218ページ)

と、はっきりと語られています。

文鮮明先生の教えによれば、神様は人間を
家庭で幸福になるようにお造りになったというのです。

魚が川や海で安楽に生きられるように、人間は愛のあふれた
(まこと)の家庭で喜びを得られるように創造したというのです。
だから、家族愛以外では本当の幸福と喜びは享受できないというのです。


現実には、人によって、家庭以外に幸福を求める人もたくさんいます。

研究に没頭して、発明発見に生涯を捧げる学者もいれば、
世界一を目指して鍛錬をするスポーツ選手もいます。
会社や団体の発展のために努力をするビジネスマンもいます。
サークル活動や観光旅行に喜びを求める主婦もいます。

確かにそれらが充足感をもたらすことは事実ですが、
心の底から末永く喜びをもたらすことは可能でしょうか?

大成功した実業家がいても、夫婦の亀裂があれば、
心の葛藤はぬぐいきれないでしょう。
容姿端麗な人気女優でも、夫婦の絆(きずな)が弱ければ、
人生劇場で幸福な演技はできないでしょう。

大きな実績を上げて会社で称賛された営業マンでも、
妻が怖くて家に帰るのが怖ければ、やはり不幸なセールスマンです。
最高の顧客は奥さんではないでしょうか。
その奥さんの心がつかめないからです。

喜んで帰る家があり、帰りを待ちわびる人がいてこそ幸福な人なのです。
家庭は愛の巣なのです。

もし家庭が単なる生活を営む場所だけならば、真の家庭とはいえないのです。
家庭は愛の貯水池であり、
愛の発電所であり、
愛の健康ランドでもあるのです。

 
仕事に生きたある実業家の悲しいながらも感動的な出来事を
テレビで見たことがあります。それは実話でした。

貧しい家で育った男がいました。
あまりにも貧乏で学校にも行けなかったそうです。
多くの人からばかにされ、卑下されたそうです。
そういう屈辱を耐えながら、いつか事業を成功させて
見返してやると、一生懸命働いたそうです。

そして結婚しました。
しかし、男にとって結婚は儀礼であって、奥さんには愛情を全く注がず、
ひたすら仕事に専念したそうです。
奥さんはずっと無視され続けたのです。
とても寂しかったに違いありません。

事業は苦労のかいあって発展し、
ついに念願の工場の開所式を迎えました。

その時、奥さんの体に異変が起きました。
すべてを忘れるという病気にかかってしまったのです。
一つ一つ忘れていって、ついに夫の名前も、自分の名前も忘れてしまいました。
生活そのものができなくなったのです。

そして、奇妙な行動をするようになりました。
夕方になると、決まって自分で玄関の戸を開けて外に出て、
どこまでも歩いて行くのです。

医者は、せめて一度でも夫に手を引いて散歩に連れて行ってもらいたいという
切ない願望の現れではないか、と診断しました。

やがて念願の工場の開所式が行われました。
社員は誰もが社長が元気な挨拶をすると思っていましたが、
口から出たのは思いもかけない言葉でした。

「俺は、きょうをもって、会社を辞める。これからのことは
君たちに任せる」と言ったのです。
社員はびっくりして社長に尋ねました。
「なぜ、これからという時に辞めるのですか。これからどうするのですか?」。

社長はこう答えました。
「なぜって? 考えてもみてくれ、俺は妻から忘れられたのだぞ。
こんな悲しいことあるか。これからどうするのかって?
決まっているじゃないか。
妻から俺の名前をもう一度呼んでもらうために生きるのだよ……」。

そして、彼は何もできなくなった奥さんのそばに寄り添い、
失われた時間を取り戻すように、箸で食事を口に入れてやります。
お風呂も一緒に入って体を洗ってあげます。
そのたびに「俺の名前は○○だ」と言い聞かせます。

そして、夕方になると、奥さんの手を引いて、
奥さんの気が済むまでどこまでも散歩をするのです。

夫婦とは何かを考えさせられる実話でした。
その後この夫婦がどうなったかは知りません。
確かなことは、ご主人は危うく最も大切なものを失いかけたことです。
それは、夫婦愛でした。

 
夫婦愛こそ永遠の幸福の根なのです。
根がなければ芽は出ず、花は咲かず、実は実りません。
夫婦愛がなければ、絶対に家庭に幸福の花は咲かないのです。
ですから、夫婦は互いに、相手の喜びと幸せのために生きなければなりません。

文鮮明先生はこう語られています。

 
「結婚は、私のためではなく相手のためにするものです。
 ……人間は、人のために生きなければなりません。
 結婚するときも、その原則を忘れてはいけません」


(自叙伝、228ページ)


浅川 勇男・著
(光言社・刊『心の書写〜文鮮明師自叙伝に学ぶ〜』より)
【第五章】家庭は天国の出発点
 



奥さんのために、自分の会社を辞められた、
社長さんの証し、とてもびっくりしますが、
素晴らしいことだと思います。

『地位・名誉・財産』、教会に来る前は、
そんな価値観をもっていましたが、
み言に出会い、真の父母様を通して、
価値転換をしていただきました。

真の父母様は、そのように大切な家族を犠牲にし、
私たちを愛してくださいました。

私たちも蕩減時代においては、
家庭より、み旨を優先することが、
多かったこともありました。

今は、実体で表す時を迎えました。
『真の家庭づくり運動』の先頭に立てるよう、
再度、気を引き締めていきたいです。




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自叙伝のみ言
 
父母は、子供たちにとって第二の神様です。
「神様が好きか? お父さんとお母さんが好きか?」と
尋ねて、「お父さんとお母さんが好きです」と答えたら、
それはすなわち「神様も好きだ」という意味です。

教育の最も大事な部分を担っているのが家庭です。
幸福も平和も、家庭の外にはありません。
家庭こそが天国です。

いくら莫大(ばくだい)なお金と名誉を持ち、
世界をすべて手に入れたとしても、健全な家庭を
築くことができなければ、その人は不幸です。

家庭は天国の出発点だからです。
夫婦が真実の愛で結ばれ、理想的な家庭が築かれたら、
宇宙と直接連結されます。



(自叙伝、218ページ)



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posted by ten1ko2 at 09:47 | Comment(0) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする