2019年05月13日

不安と怒りにどう対処したらいいか?! 具体的な事例 《大知先生のカウンセリングルーム》



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大知(おおとも)先生 「氏族伝道の心理学」より
今回は、『不安と怒りの構造』前半です。

 
では、自らのうちにある不安と怒りに対して、
どのように対処していけばいいのでしょうか。

対処への第一歩は、不安や怒りの構造を理解することです。

多くの人は、不安や怒りの原因が、環境や他者にあると思っています。

つまり、借金があるから不安だとか、
あの人があんなことを言うから腹が立つというように、
自分に原因があるのではなく、何かがあるから
不安になったり怒ったりするのだと思っているのです。

しかし、これは大きな誤りです。
結論から言えば、不安や怒りの原因は、私の中にあるのです。

まずは、不安について考えてみましょう。
具体的な例を挙げて説明します。

  
先日、「不安で夜眠れなくなり、病院に行ったら鬱と診断された」
と言う方がいらっしゃいました。

その方は、借金のことが不安で、
借金のことを考えると夜眠れなくなると言います。

その方は、借金があるから不安だ、
その借金を免除してくれるか、誰かが代わりに払ってくれて、
借金がなくなれば、不安はなくなり、
夜ぐっすり眠られるようになると考えています。
でも本当にそうなのでしょうか。

借金があっても、不安にならず、夜ぐっすり寝ている人はたくさんいます。
先に述べたように、客観的に見て、合理的に解決していけばよいのです。

今いくら借金があるのか、その返済を
少しでも減らすにはどうしたらよいのか、考えて行動すればよいのです。

借り換えローンとかおまとめローンを使って、
少しでも返済を減らすよう工夫できるでしょうし、
収入が足りなければ、通常の仕事の他に、
アルバイトを一つ増やして返済のためのお金を作ることもできるでしょう。

また、どうしても返済が難しい時には、民事的な手続きを取り、
支払い期間の繰り延べなどの方法を取ることもできます。
そのような様々な手段を使って、夜はぐっすり眠ればいいのです。

  
また、「子供が自閉性障害と診断されました。
うちの子は将来どうなるのでしょうか。
この子の将来を考えると不安になり、
いっそ心中をしようかとも考えてしまいます」
と訴えるお母さんもいらっしゃいました。

このお母さんにとっては、子供が自閉症だから不安だと思っています。
ですから、診断を受けた病院で
「申し訳ありません。誤診でした。自閉性障害ではありません」
と言ってもらうか、自閉性障害が治る薬が開発されるなりして、
自閉性障害が治れば、将来の不安もなくなり、心中も考えなくなると思っています。

確かに、子供が障害を抱えていれば、
その親は不安になるだろうということは想像に難くありません。
でも、障害をもつ子供の親がみな、
子供との心中を考えているわけではありません。

やはり、客観的に見て、合理的に行動すればよいのです。

自閉性障害はどういうものなのかを調べ、
家庭でどのような関わりをしていけばよいのか、
どんな学校に通わせ、どのような療育を受けさせればよいのかを知って、
そのように対応していけばよいのです。

また将来が不安ならば、同じ程度の自閉性障害の人たちが、
大人になってから、どのような生活をしているのかを調べ、
そうした生活に向けて準備を進めていけばいいのです。

心中を考える必要はありません。

  
私の知り合いは、子供に障害があることがわかってから、いろいろと調べました。
その結果、家族が住んでいる地域に、
その子が将来生活をするのに適当な施設がない、ということがわかりました。

両親は、それならば、自分たちで施設を造ろうと考え、
実際に施設を造ってしまいました。

その両親の話を聞けば、「この子が障害をもって生まれてきてくれたおかげで、
自分たちが気づかなかった大切なことを知ることができましたし、
地域に素晴らしい仲間を得ることができました。
この子の障害のおかげで、私たちは幸せな人生が送れています」とおっしゃいます。

この二つの例を見てもわかるように、何かがあるから不安になるのではなく、
私たちの心の中にある不安の種が何かと結びついて不安になってしまうのです。

 
逆の例を挙げれば、もっとわかりやすいかもしれません。

全般性不安障害という病気があります。
以前私がカウンセリングしていたクライアント(相談者)で、
この全般性不安障害を抱えている方がいらっしゃいました。

彼は、ちょっとしたことで不安になります。
ある日の面接でも、面接室に入る時から不安そうな顔をしていました。

「また何か、不安になることがあったのですか?」と尋ねると、
「わかりますか? 実は、宝くじが当たったのです」と、答えられました。

なぜ宝くじが当たって不安になったかを聞くと、
彼は、「宝くじが当たったのは良いことなのですが、
良いことが起こったから、代わりに何か悪いことが起こるのではないか
という思いが浮かんできてしまい、不安になりました」と言うのです。

 
「宝くじが当たって不安になるなんてばかばかしい」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
そのとおりです。

不安の本質をわかりやすく示していると思います。
「借金」も「子供に障害がある」のも「宝くじが当たる」のも、全部同じなのです。
自分自身の中にある不安が結びつくと、何でも不安になってしまうのです。

不安というのは、状況が問題ではなく、
私の中にある心の問題であるということがわかっていただけるかと思います。

 
怒りも同様です。

通常、私たちは、相手が悪いから怒ると思っています。
自分が悪いのではなく、相手のせいでこのようになってしまった、
だから腹が立つと言います。
それは本当でしょうか。

怒りっぽいと言われる人がいます。
そうした人は何かにつけて、すぐに腹を立てます。

新聞を読んでは、「首相は、なんて身勝手なんだ」とか、
「政府は、いつも金持ちの味方だ」と言って怒っています。
道を歩いていて、落ちているものにつまずいたりすると、
「誰だ、道の真ん中に、こんな物を落としたままにしているやつは!」
と言って怒ります。

一方、気持ちが穏やかで気長な人は、同じ状況でも怒りません。

新聞の記事を読んでも、「希望が見えない世の中になってしまった」
と嘆くことはしても、怒ることはしません。
道に落ちているものにつまずいても、
「こんなところに落ちていると危ないなぁ」と言って、道の脇に片付けます。
別に怒ったりしません。

このように、同じ状況でも、怒る人と怒らない人がいます。
こうしたこと一つを考えてみても、相手が悪いから怒るのではなく、
自分の中に怒りがあることがわかります。


しかし、多くの場合、怒りを相手のせいにします。
相手が悪いから怒るのだと思っています。

なぜでしょうか。

それは、怒りは、堕落により破壊衝動となってしまった、
均衡を失った気持ちの状態であり、堕落性そのものではないとしても、
堕落性を多く含む否定的な環境に影響されて、それが増幅されやすいからです。

なので、責任転嫁します。
破壊衝動をもっているのは自分なのに、
自己正当化し、自分の怒りを相手の責任にするのです。

「でも、相手が悪い場合もあるでしょう」と言う方もいます。
そのとおりかもしれません。
相手が悪く、あなたが被害者なのかもしれません。
しかし、それでも怒ってはいけないのです。

怒っても、物事は解決しません。
かえって、怒りの連鎖が広がるだけです。

堕落以来、そのようして怒りの連鎖(破壊の連鎖)が広がってきました。
「相手が悪いから、私は怒るのだ」と叫んで……。
そして、悲惨な地上地獄が広がっていったのです。

大知 勇治・著
(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)
第1章 不安と怒り
不安と怒りの構造


大知先生のみ言を読みながら、
「環境によって変わる葉となるな」
というお父様のみ言が浮かんできました。

お父様は、「天宙主管の前に自己主管」
そのような精神を持って歩まれました。

お父様も不安や怒りの思いが、
全くなかったのではない、と思います。
しかし、環境に主管されるお父様ではありませんでした。

ちょっとしたことで、
心を奪われる自分であってはならない、
そのように思わされました。




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2019年05月12日

お母様、ありがとうございます!! 「希望の5月に、約束を果たそう」 《5.4のみ言》



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1万本のカーネーションと真のお母様
東京大会(’17.5.14)


今日は、母の日。
肉身の母に感謝するのはもちろんですが、
何より、真のお母様に感謝を捧げたいと思います。

韓国では、先週が父母の日でした。
今月4日、韓国第1地区に対して語られた
真のお母様のみ言です。(抜粋)


今日の堕落した世界が、76億の人類となるまで、
創造主・神様とは関係のない世界を
つくってしまったので、創造主たる神様は、
喜びの神様だったでしょうか。
涙の神様だったでしょうか。

喜びの天の父母様ではない、栄光の天の父母様ではない、
悲しみの涙を流されざるを得ない父母様でした。

神様の創造は、永遠性をおいて行われたので、
必ず、人間を通して、責任を果たす
独り子、独り娘が出てこなければなりません。
真の父母が顕現しなければ、堕落した人間としては、
天の前に出て行くことができません。

それゆえ、堕落した人類でしたが、
本心では父母を慕ってきたのは事実です。

特に、5月には、(韓国の)父母の日があります。
美しい風習ですか。この美しい季節、希望の季節、
5月に、1地区において、国家の復帰をかけて、
国民を教育する、祝福する場をつくります。

これを天の父母様がご覧になられる時、
喜ばれるでしょうか。悲しまれるでしょうか。

いまや、2千年を経て、この民族を通して、
独り娘、真の母が誕生されることによって、
真の父母が顕現されたのです。

私たちが7年前に、真のお父様が聖和される時には、
祝福家庭の子女として孝行することができませんでした。
国家のレベルで、世界の首脳たちの前で
聖和式を行って差し上げるべきでした。

独り娘である私と共に、天の父母様の夢を
なして差し上げようと言いました。
しかし、今までの方法をもってしては、
天の前に約束したその約束を果たすことができないので、
この国を大陸とみなし、五つの地区に分けました。
そうして、最も下から、
慶尚国、全羅国、忠清国、京原国です。

一地区は、まだ、国家レベルに上がることが
できませんでした。どう思いますか。
奮い立たなければなりませんね。

今回、5月17日に見せて下さい。
ですから、私は、1地区を「京仁国」として命じます。

今回開かれる大会は、天が共に臨まれるでしょう。
現時点で、この国には未来がありません。
四方が塞がっています。

しかし、我々がいるので、京仁国があるので、
天の希望を、勝利をもたらすでしょう。
皆さんによって、
天の父母様の涙をぬぐい去って差し上げる、
第一地区、京仁国となることを祝願します。



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神統一韓国時代開門安着 天地人真の父母様主管 第1地区特別集会
天一国7年 天暦3月30日(陽5.4)HJ天宙天寶修錬苑
(HJグローバルニュースより)


日本も韓国もそして、アメリカも、5地区体制になり、
それぞれが国単位の立場でお母様が祝福してくださいました。

韓国は4つの地区が『国』として祝福されていましたけれど、
1地区を最後にお母様は祝福されたのですね。
地区長の心境はいかばかりだったでしょうか。。。

そして、今回、祝福を受けたので、
5月17日の大きな大会に向けて、
地区長はじめ、1地区の食口たちは、
本当に決意しておられるのではないかと思います。

お母様と一つになれば、すべてがうまくいく。
ウリヌンハナダの精神をもって、
与えられたみ旨をまい進していきたい、
母の日に、真の美をお返ししていきたい、
そのように思わされてなりません。





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2019年05月11日

お母様、半端ない! 米4.6祝福式に込められた43日精誠 《田中地区長1》



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先日、第1地区の地区長である田中富広副会長をお迎えして、
特別礼拝がありました。

とても素晴らしい説教で、
皆様にもお伝えしたいと思いましたが、
なかなか書き起こす時間と余裕がありませんでした。

少し遅れてしまいましたが、今後も
時間が取れる時に紹介したいと思います。
説教題目は「摂理的視点」です。


アメリカでノエルジョーンズ司教が
真のお母様をお迎えして、
自分の教会で、信徒たちに祝福式をしました。

このことを私たちはどれだけのレベルで受け止めているか、
お母様がこの祝福式に臨まれた視点と、
私たちが見つめている視点と、
どれくらいギャップがあるでしょうか。。。

それは、お母様の行動を通して、わかります。
最近、大きな集会や大会でお母様が行かれるのは、
2万名を下回ったら行かないでしょう。

ましてや、米国で、最終的には6000名でしたが、
当初、1万名と言われていたこの大会に行かれたのです。

そして、この大会に臨まれるにあたって、
お母様はどんな準備をされたのでしょうか。
43日前に、お母様はアメリカ(ハワイ)入りをされたのです。
そして、ハワイで精誠を立てられました。

これ自体がびっくりです。
昨年一年間の、一連の世界的な大会を見ていたら、
この一教会の祝福式にこれだけの精誠を立てられる。

お母様が日本に来られた時でも、
それくらいの精誠を立ててくださったか、というほどでした。

このお母様のお姿、一点だけ見ても、
お母様が臨まれる姿勢は半端ではありませんでした。
簡単ではない、そのことを
私たちは感じ取らないといけないと思います。


昨年12月25日、クリスマス会を開きました。
この時、お母様はアメリカのリーダーを全員呼びました。
朝食会の時、お母様は次のように語られました。

「アメリカの牧師たちは、私が壇上に立つ時、
私のことを証しはする。
でも、自分たちの信徒たちに祝福をしないじゃないか。
世界を見てみなさい。
アフリカでは、牧師たちが自分の信徒に祝福式に参加させている」

このお母様のみ言に対して、衝撃が走りました。
一番、衝撃を受けたのは、金起勳大陸会長だったでしょう。

そのことを通して、アメリカスタッフたちが奮起したのか、
霊界が導いて、今回、ノエルジョーンズ司教が
自分の教会で祝福式を行ったのです。

アメリカの牧師の中で、これだけの信徒を抱えて、
しかも自分の教会で祝福式をする、ということが
どれだけ重要なことであったのか、
そういう意味で、43日間の精誠が、
お母様の望まれる姿勢がいかばかりなものであったのか、
そのことを示しているのではないでしょうか。

(文責:ten1ko2)


そうでしたよね。
お母様が43日前から精誠を立てられている、
そのようには聞いていましたが、
お母様の深刻な思い、心情の世界まで、
深く尋ね求めることをしなかったな、
反省しきりです。

新たなる道を切り開いていく、
そういう時には、ここまで
「精誠」が重要なのですね。。。

私たちもまた、重要なことをするときには、
お母様のように、精誠を捧げることが大事だな、
そのことを改めて思わされました。

というか、天宙の真の母である、お母様でさえ、
精誠条件を立てていかれるとするなら、
私たちは当然、「しかり、アーヂュ!」
ということではないでしょうか。

ノエルジョーンズ司教に関しての話は、
次回も続きます。
不定期になりますが、お楽しみに。






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posted by ten1ko2 at 07:55 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする