2019年08月07日

ハンパない親心! 真の父母様とリーダーたちのあるある集 《金元弼先生》



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金元弼先生の講話。
今回は、『親の心で尽くされる先生』です。


皆さんは真の親に出会って一緒に生活したことがないので、
私は真の親と一緒に生活した体験者として、
真の親の愛がどういうものか、きょうは一つのポイントをお話ししたいと思います。

先輩のリーダーたちが名節のお祝いで先生にお会いし、
それが終わった後には、先生に
「これから任地の国に帰ってやらなければならないことがたくさんあるので、
もう帰ってもよろしいでしょうか?」
と尋ねるのが共通の話題になってきます。


なぜリーダーたちはそのように聞かなければならないのでしょうか。
会議が終わったら帰るのが当然ですが、先生は会議が終わっても、
「まだ残っていなさい」といつも言われるからです。

それで待っていると食事に招待され、いろいろな話をされます。
そうしていると夕方になってしまい、また夕食に招待されます。

そこでリーダーたちはやるべきことがたくさんあるので、
「このようにただ食事をし、話をするよりは早く任地に帰りたい」
と思うようになります。

それで先生に「忙しいのでもう帰ってもいいでしょうか?」
と聞きますと、先生は「まだ帰らなくてもいいですよ」と答えられます。

ところが先生と一緒にいたら、リーダーたちは
夜の十二時、一時になっても休むことができません。
先生は帰られないで、リーダーたちの報告を聞いたりアドバイスをされるのです。

そして朝食が七時ですから、六時半には来なければなりません。
二、三日はいいですけれども、それが一週間続いたら、
そこにいたくないという思いになります。

そうした中でリーダーたちは
「自分が疲れているので帰ります」とは言えないので、
「先生、お疲れでしょうからお休みになったらいかがでしょうか」と尋ねます。

私たちも、日常生活の中でそれと似たようなことがたくさんあるでしょう。
例えば自分が疲れていて眠りたいので
「あなた、もうお休みなさい」と自己中心的な動機で言います。


ところで先生は、なぜそのように帰ろうとする
リーダーを引き止めようとされるのでしょうか。

皆さん、もし気に入らない人がいるとするならば、
早く帰ってほしいと考えるでしょう。
あるいは理屈を言ってまでもその人から離れようとします。
その口実は、何であっても、私たちはその人の心を読み取ることができます。

もし口実をつくって他の所に行ったとするならば、
その口実どおりにしなければなりません。
それをしないとするならば、だれが問題となるでしょうか。
あなた自身が問題になります。

先生が「まだここにいなさい」と言われるのは、愛の心があればこそです。
それはいつも共にいたいという心です。
それが親心ではないでしょうか。


例えばあなたの子供が、勉強のために親元を離れていたけれども、
休暇に入って帰ってきたとします。
そうしたら親の心はどうでしょうか。

子供がまた行く日が近づけば近づくほど、
もっと子供と共にいたいという思いでいっぱいになります。
そして子供が行こうとすると、寂しくなって涙を流します。
それが親の心です。


リーダーたちに先生が「まだ帰らなくてもいい」とおっしゃるのは、
「任地を心配する必要がない」という意味ではありません。
先生はその事情をだれよりもよく分かっていらっしゃいます。

それを知りながらも「もっといなさい」ということは、
「私と一緒にいることによって、
その責任分担がうまくいくように助けたい」という心があるからです。
一年でできることを、一カ月でできるようにしてあげたいからです。

それで先生はいつも「もっといなさい、もっといなさい」とおっしゃるので、
リーダーたちの間では、
「先生に会うために入国ビザを取るのも難しいけれども、
先生から帰ってもよいというビザをもらうのはもっと難しい」
という流行語が出てきました。

このように、いつも子供たちと共にいたいというのが先生の心です。


その真の父母の愛がどういうものであるかということを、
具体的な例を挙げてお話ししましょう。

それはイーストガーデンが新しく改築された時のことです。
私は家内と共に先生ご夫妻を訪ねました。
そして先生は、私たちに部屋を全部見せてくださいました。

最初に見せてくださったのは先生ご夫妻の寝室で、
バスルームもすべて見せてくださいました。

皆さん、自分の一番大切な部屋を他人に見せますか?
西洋世界はとてもオープンですが、
たとえ皆さんがいかにオープンであったとしても、
最も重要なものは見せないでしょう。

貯金通帳を見せますか?
皆さんは部屋を見せても、そういうものは見せないのです。
そのように韓国では、一番重要な部屋は、特に身近な人以外には見せません。

しかし、先生ご夫妻はすべての部屋を見せてくださり、
食事も同じテーブルで、全く同じものを食べられます。

ただ一つ違うことは、兄弟姉妹が先生に最初の物をささげることです。
しかし、その後は同じ物をみなで食べます。

先生ご夫妻は特別の物を食べられて、
その他の人々には違う物をあげられるというようなことはありません。
いつも同じです。
外食をするときも、運転手も警備員も同じ物を、
時には同じテーブルで食べられます。


私がこのようなお話をするのは、
これを通して皆さんが真の父母の愛というものがどういうものかということを、
もっとよく理解できると思うからです。

私たちも、そのような真の愛をもって、
互いに尽くさなければなりません。

ですからだれかが訪ねてきたら、「早く帰ってほしい」と思わず、
「もっと彼と共にいたい」と思わなければなりません。



昨日は、心が乱れることがありました。
実は、妻が怪我をしているので、
代わりに子供の面談に学校に行き、
彼の成績の酷さに愕然としたのです。

どうしようもない思いが続いたので、
元弼先生に救いを求めた時に、
なぜかこのみ言に目を奪われて、
いつの間にか、心情が回復していました。

自分の思いに対する、答えではないのに、
心が整理されてしまいました(笑)
み言の力を感じさせていただきました。

真の父母様の、真の愛の世界に、
触れさせていただいたからなのかな、と思います。
金元弼先生、ありがとうございました。







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2019年08月06日

私を幸せにしてくれる人に出会いましたか? 素直に受け入れ、実行 《浅川先生》



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浅川先生の自叙伝書写講話。
今回は、「幸福になるための三つの取り組み」です。


幸福になるためには、三つの取り組みが必要です。

三つとはどんな取り組みなのでしょうか?
知ってみれば、あまりにも単純明快です。
そして、当たり前のことです。


第一は、私を幸福にしてくれる人に出会うことです。

人生の幸不幸は出会いで決まります。
私を幸福にしてくれる確かな生き方を教えてくれる人と出会えばいいのです。

車の運転が上達したければ、上手な運転指導員と出会えばいい、
子供の成績をアップしたければ、優秀な家庭教師と出会えばいいのです。

「もう出会ったけど不幸になりました」と言わないでください。
多分、夫のことだと思いますが、大丈夫です。
これから出会う人だけでなく、既に出会っている
夫や妻、親子、嫁姑、職場の人たちとの向き合い方を
教えてくれる方との出会いです。

今、不幸でも、それを幸福に転換してくれる人との出会いなのです。
人生の真の教師との出会いです。


第二は、素直に耳を傾けるということです。

どんなに、ためになる話でも反発しながら聞けば心に入りません。
私を幸せにする人は必ず何かを諭してくれます。

古来、聖人といわれる人は必ず良い話をしました。
イエス・キリストやお釈迦(しゃか)様もそうです。
一生、無言だった聖人などいません。

語った教えが世界に拡大して今日でも大きな影響を与えているのです。
それを素直に聞き入れた人だけが、救われたのです。


三番目は、実践するということです。

花の種は蒔(ま)かない限り
絶対に芽が出ず、花も咲きません。蒔かない種は実らないのです。
どんなに、「素晴らしい花が咲くよ。実が実るよ」と言われても、
聞いただけでは、実りません。

素晴らしい話も、素直に聞いただけでは結果は出ません。
聞いたとおりに実践しなければ結果は出ないのです。
幸福の種は蒔かない限り芽を出さず、花も咲かないのです。


 第一に、私を幸福にしてくれる人と出会うこと。

 第二に、素直に話を聞くこと。

 第三に、実践すること。

この三つが幸福になる取り組みなのです。


浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第一章 苦しんでいる人類を救い、神様を喜ばせてさしあげなさい
幸福になるための三つの取り組み


三つの中で、一番重要なのは、やはり、
一番目「私を幸福にしてくれる人と出会うこと」
ではないか、と思います。

私たちは、すでにこの一番目を実現しています。
すなわち、真の父母様に出会いました。

また、人によっては、
「真の父母様」と呼ぶことができない、
そのような人がいると思います。

さらには、お父様とは正しく出会っても、
お母様とは、正しく出会えなかった。。。
そういう人もいると思います。

私たちは、正しく出会った者として、
残りの二つ、
素直に話を聞くこと。
実践すること。
しっかりと成していきたいと思います。






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2019年08月05日

「私はこれくらい捧げたのだから」 天に選ばれた理由 《お母様のみ言》



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先日天正宮において語られた、真のお母様のみ言です。


皆さん、勝利とは何ですか?
神氏族メシヤの勝利。国家の復帰の勝利。そうですか。

皆さんは知らなければなりません。
父母様が地上にいる間に、皆さんのように父母様と
一緒に写真を撮ることも重要です。

後代、皆さんの後孫がこの写真を見て、私たちの
先祖は父母様が願われた成績を
どれだけ捧げたのだろうと話すでしょう。
一方では(この写真は)後孫たちに
恥ずかしくなるかもしれない、ということです。

今日、世界人類は76億を越えています。
皆さんは先に祝福を受けた者、選ばれた者として、
どれだけ天の父母様と真の父母様の願いを
成して差し上げたのか、ということが重要です。

真の愛とは、代価を求めるものではありません。
真の父母の愛は「私がこれだけ施してあげたから、
お前たちは私にその10倍、100倍を返しなさい」
ということではないのです。

イスラエル民族は、なぜ天が選ばれた民族であるのか
という意味が分かりませんでした。
(天は)堕落した世の中で、選民だけを
祝福されようとしたのではないのです。
選民を通して、人類を救おうとされました。

しかし、イスラエル民族は「私がこれだけ苦労したの
だから、代価はこれくらいだ」と考えたのです。
言い換えれば、自分を先に考えたというのです。

神様も分からず摂理も分からない立場で、
天がこのように4000年間導いて来られた選民である
という天の保護のもと、大きな絵を描くことができずに
自分の民族、自己中心なことを先に考えました。

真の父母を通して祝福を受けた皆さんは、
各自に責任があるということです。
氏族の復帰はもちろんであり、国家の復帰、
国家の復帰に責任を持たなければなりません。

いまこの時期に韓日問題が台頭して複雑になっています。
人間を中心とする、政治の力では解決できません。

本来、宇宙の主人は創造主神様であられます。
韓国、日本、アメリカ、世界の200を越える
全ての国々の主人は神様なのです。

神様の所有を、自分の思い通りに
「自分のものだ」ということはできません。
堕落による無知のために、神様を知らないために
(そう考えるのです)。

真の父母を通して祝福を受けた皆さんは
知らせてあげなければなりません。
教育をしてあげなければならないのです。



(抜粋編集、文責:ten1ko2)


お母様のみ言を訓読させていただきながら、
このように思っているのではないか、と思いました。

「過去の栄光に留まってはならない、
私も最前線で歩んでいるのだから、
あなたたちも責任を持って、
神氏族メシヤに向かって前進してほしい」

「過去の選民たちの過ちを反省して、
真の父母に侍る正しい選民になってほしい」

来年行われる基元節7周年では、
お父様の御聖誕100周年と
真の父母様、御聖婚60周年をメインタイトルとして、
様々な行事が行われることになっています。

大きな節目となるこの時に、
精誠を捧げていきたい、
そのことを改めて思うのです。






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posted by ten1ko2 at 09:08 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする