2019年12月16日

独り娘、 真の母による女性解放の日?! 《アジア太平洋大統領夫人サミットのみ言》



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オセアニア圏パラオ大会でのお母様のみ言の一部(代読)と、
現地報告を紹介します。
上は一連の行事を報道した、現地の新聞の紙面です。


指導者の皆様! 先に申し上げましたように、すべての
文明は大韓民国を中心に太平洋文明として結実されます。
それは天の天命です。

したがって私たちは、過去キリスト教基盤に
根を置いていながら奪って征服する文明として転落した
『大西洋文明』のような『利己的文明』ではなく、
与えてまた与える天の父母様の真の愛の心情を
基盤とする孝情文化が根となる『利他的文明』である
太平洋文明圏をつくって安着させなければなりません。

したがって太平洋文明は、人類歴史の遺産である
大陸文明と海洋文明、東洋文明と西洋文明、
精神文明と物質文明の大和合・大統一を成し、
さらに一歩進んで『天の父母様のもとの人類一家族』の
理想を実現した共生・共栄・共義に土台を置いた
平和理想世界のモデルをつくらなければなりません。



このような理由で私は2017年韓国、日本、アメリカ、
タイなどの国境を往来し、数十万名が参加した12回の
希望前進大会を通して「ために生きる真の愛の
心情文化革命」である「太平洋文明圏」を宣布しました。

そして2018年、天の父母様に侍る『神大陸』、
「神世界」を開くために、セネガルから始まった
「アフリカサミット」の仕上げを
「アジア太平洋サミット」として締めくくりをした
理由も、そして 2019年大韓半島を中心に中国、
アメリカ、北朝鮮、日本など、太平洋文明圏をともに
安着するようにしなければならない列強たちの葛藤と
混乱を終結させて、北東アジア平和のために
「アジア太平洋ユニオン」の創立を提案・宣布したことも、
全てこのような理由からでした。



指導者の皆様!
古来から『海洋』は『女性』を、『母親』を象徴します。

したがって 『太平洋』を『大きな平和の母(太平母)』
として象徴するという時、
『太平洋文明圏』は 最後の摂理のひととき、
人類の独り娘、真の母を中心に歴史の中に隠蔽された
神様の女性格である『天のお母様』の位相を取り戻し、
奪って征服する文明ではなく、与えてまた与える
真の愛の心情文明圏、孝情文明圏として成して、
人類の縦的真の父母であられる
天の父母様を父母として侍り、
人類一家族の理想を実体化する文明圏です。



特に今回のアジア太平洋大統領夫人サミットは、
このような太平洋文明圏の安着のために
あまりにも重要な意味を持っています。

環太平洋の門のような立場であるこのパラオで、
太平洋文明圏の中心である女性指導者たち、
その中でも大統領夫人たちを中心に開催される今回のサミットは、
天の父母様を中心とする
太平洋文明圏安着の礎石になると確信します。



どうか今回のサミットが、
目前に迫る2020年の歴史的な年を前に、
天の父母様を中心とする太平洋文明圏が安着することに
寄与する、貴い大会となるように祈ります。


(「2019 アジア太平洋大統領夫人サミット」
真のお母様の特別メッセージより)


パラオ大会は「天上」 (霊界)を代表して孝進様(姸娥様)、
興進様(薫淑様)家庭を特使として派遣され、
ちなみにその後に行われた、ドミニカ共和国大会には
「地上」(肉界)を代表して善進様家庭を特使として送ってくださったとのことです。

このサミットについて事務総長はこのように報告しています。

 まさに歴史的な勝利の一日でした。
 参加者の報告によると、この日は、人類の独り娘、実体聖霊であられる
 真のお母様が作ってくださった女性の解放の日であったというのです。
 通常の頂上大会と違い、きょうだけは男性が女性のために大会を準備し、
 サポートした、完璧な女性の日であったということです。



340個の美しい島々で成り立っているパラオは、
太初の創造本然の美しさを秘めた所であり、
人口約2万名のうち5000人余りは、フィリピン人(民族)だそうです。

真の父母様が2005年度に、天宙平和連合創設のために初めて来られ、
2006年度には真のお母様が真の子女様とともに来られて
全国民を対象にみ言を伝えられた摂理の地でもあるとのこと。

特に今回のサミットを「大統領夫人サミット」というコンセプトとして決め
ここで開催した理由は、パラオが母系社会で構成されており、
家庭や社会などすべての伝統において「お母さん」が
その中心になっている場所だからであり、
同時にパラオ大統領夫妻が、1992年以降、
積極的に私たちの運動を支持してきたからだといいます。

太平洋文明圏の安着は、女性たちが先頭に立って展開しなければならないことから、
神統一世界の出発、オセアニアの母系社会であるパラオで、
今回のサミットと祝福式が開催されたことは、意味深いと思われます。

過去に真のお父様は「環太平洋時代の到来」を宣布され、
アジア太平洋の摂理を何度も強調してこられました。

真のお父様のみ言です。


14人が一つになってオセアニアを一つの国につくる
のです。そこにオーストラリアとニュージーランドまで
一つの国につくるのです。

そのようにしなければ、いつ食われて しまうか分かりません。
そうしてもやっと4000万にしかならないでしょう。
いつでも食われてしまうのです。

そうしておいて私が大洋州(オセアニア)圏に対して
助けてあげようと思うのです。
(中略)

だからオセアニアが一つの国にさえなれば、オセアニアが
一つになれば、韓国の統一も問題ないというのです。
その次にはアジアの37個の国々も
一つにつくることができるようになるのです。
アジアを一つにつくって、地上と霊界を解放することも、
何らの問題がないのです。分かりますか。

……アジアがそうであれば、これからアジアだけ
(そう)すれば、アフリカは問題なく、
アフリカがうまくいけば、南北アメリカは問題ないのです。


(マルスム選集487−254〜255)


真のお母様は、真のお父様のこの「環太平洋時代」を地理的概念ではなく、
文明圏の概念としてさらに拡張され、2017年、
韓国、日本、アメリカ、アジアなど12回の希望前進大会を開催され、
「太平洋文明圏時代」を宣布されました。

そして、2018年のセネガルに始まる世界摂理と、
特に今年は、韓日一体化の摂理を通して、「アジア太平洋ユニオン」を提唱され
さらに推し進めてこられています。

パラオは食口の基盤がほとんどないということですが、
お母様ご不在の中で、代身としてその場におられる妍雅様、薫淑様、
そして現地の責任者、食口たちの精誠で、
勝利の式典が開催されたのだと思います。

もちろん、その場にはおられなくとも、
お母様が精誠を捧げてくださり、祈ってくださり、
霊的に共にあってくださったにちがいないと思うのです。






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2019年12月15日

傷だらけの人生──それは「我」が多いから?! 空気のような愛を 《浅川先生》



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真の家庭祝福祝祭および平和祝福式 (2019.11.29)
ニジェール・ニアメ Palace of Congress☆


今、私の心の中には
小さな傷一つ残っていません。
真の愛の前にあっては、
傷など何でもないのです。

文鮮明先生の自叙伝より☆


浅川先生の自叙伝書写講話。
今回は、「悪なる心を断ち切る真の愛」です。

個人的にも、お勧めの、とても深い内容です。
では、どうぞ。


この(怨みなど)悪なる心を断ち切らない限り、幸福にはなれません。

幸福とは、愛する心、愛を感じる心、感謝する心、素直な心、謙虚な心、
そしてすべてに責任を取ろうとする心から生じます。

では、どうしたら悪なる心を断ち切れるのでしょうか?
愛の刀で断ち切るのです。

ただし、それは普通の愛ではありません。
普通の愛とは、「我」がある愛です。
自己本位に人を愛する愛です。


「我」があれば、必ず心に傷がつきます。

柱にナイフを刺せば傷がつくでしょう、柱という形があるからです。
しかし、空気は決して傷がつきません。

ひたすら、人のために存在している空気には
「我」という形がないからです。
100パーセント人のために生きています。

人のために生きる心には、我がないのです。
もし、どこかに我が潜んでいれば、傷がつきます。


もし、自分が幸せになりたいために、夫を愛しているなら、
妻は夫の一言で傷つきます。
妻は「夫の言葉が私を傷つけたので愛せなくなった」と言うことでしょう。

しかし、真実は違います。
妻の心の底に「我」があるので傷ついたのです。
傷つけば歩けなくなるように、
夫を愛する心が停止してしまったのです。


「我」のある愛は、憎しみや怨みを断ち切ることはできません。
「我」という根源が同じだからです。

「私が」不幸にさせられた、「私が」面子を潰された。
「私が」不愉快な思いにさせられた、
「私が」尽くしたのにお返しがない。
「私が」愛されたい。

「私が」の心は、憎しみの心、許せない心、
そして怨みの心へと肥大するのです。

そのため、「我」の入った愛は、鈍くてほころびやすく、
そのため、憎しみの心を断ち切れません。
簡単に折れてしまい、逆に怨みの刀で断ち切られてしまうのです。


真の愛は、「我」がない愛です。
相手の幸福のために生きるという純度100パーセントの愛なのです。
空気のような愛なのです。

与えたことを忘れて、また与える心なのです。
相手が不幸であれば、自分の不足を恥じてさらに、与える愛なのです。
父母がひたむきに子女に与える無償の愛なのです。

それゆえ、真の愛の刀だけが、怨みや憎しみの心を、
断ち切ることができるのです。


文鮮明先生の素晴らしさは、「我」のない、
真の愛で人類を愛されたことです。

迫害や拷問、牢獄、誹謗(ひぼう)中傷など、
ありとあらゆる困難に出遭いました。

もし、普通の愛であれば、傷だらけとなり、
途中でやめていたかもしれません。
しかし、こう言われます。

「日本の植民統治時代と北朝鮮の共産政権、
大韓民国の李承晩(イ スンマン)政権、
そしてアメリカで、生涯に六回も主権と国境を超えて、
無実の罪で牢屋暮らしの苦しみを経て、
肉が削られ血が流れる痛みを味わいました。

しかし今、私の心の中には小さな傷一つ残っていません。
真の愛の前にあっては、傷など何でもないのです。

真の愛の前にあっては、
怨讐さえも跡形もなく溶けてなくなるのです」

(自叙伝5ページ)


浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第二章 愛の刀で苦悩を断ち切る


「我」がない、というのは、
空気みたいなものだ。。。

なるほど、さすがは
浅川先生です。

与える心情、真の愛に満ちていれば、
たとえ誰がなんと言おうと、へこたれない、
怨みの心情にはならない、ということです。

「うちの夫は、〇〇で・・・」
ということを言われる方は、よくおられるかもしれません。
で、ご主人のお話を聞くと、
とても良い方で、もっと忍耐されていたり
ということもあります。

うちの夫婦の場合も似たり寄ったりかもしれませんが、
今回のお話を通して、
自分の動機を正される気がしました。

この浅川先生のお話を心に刻んで、
それは素晴らしいお話ですが、
相手に求めたとしても裁きになってしまうので、
まずこういういいお話を聞いた人、知った人が自覚して、
悟らないといけないということでしょう。

真の父母様が越えた道、
それを私たちも歩むことができること、それが
感謝なのだと思い、歩んでいきたいと思うのです。





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2019年12月14日

み言を伝える責任がある?! よいリーダー、よいメンバーとは 《金元弼先生》



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(平壌)



金元弼先生のみ言
「み言を伝える責任」です。


先生の証をしたいと思います。
先生が北韓でろう屋に入られた時に、
多くの霊能者が先生を証し、
従っていたということを私は何度かお話ししました。

しかし先生はろう屋に入られ、
多くの迫害がやってきてもだれも導いてくれる者はなく、
しかも韓国動乱のただ中にあって、
その霊能者たちは一人また一人と離れていきました。

先生はろう屋の中におられても、
そうした事情をよく分かっていらっしゃいました。
皆さんも楽な時はいいですけれども、
難しい時に人々が理解してくれない心の痛みは、
よく経験したことでしょう。

先生がろう屋で非常に難しい時に、
信者が離れていくということを知った先生の心は、
どのようだったでしょうか?


しかし先生は一日に三回、残してきたメンバーのために
ろう屋でお祈りされました。

それだけではなく、ろう屋を出られた後に、
そこから先生の故郷まではそんなに遠くありませんでしたけれども、
そこを訪ねられませんでした。

その代わりに一人一人の信者たちを訪ねました。
先生が直接行くことができない時には、
私を通して訪ねられました。

そこで先生は、一人一人に何を語られたかというならば、
「私は無事にろう屋から帰りました」という一言だけでした。
なぜでしょうか?

食口たちが離れたのは、
先生はろう屋に入られたのでもう帰ってこない、
死んでいる、と思ったからです。
それで先生は、生きて無事に帰ってきたということを知らせたのです。

最後の食口は八十歳近くでもう亡くなる直前のような状態でしたので、
その子供たちはその人を別の家に送っていましたけれども、
たとえそうした人にでも私を送って、
「帰ってきましたよ」と知らせました。


なぜ先生がそのようにされたかというならば、
それが先生の責任分担だからです。

もし先生が帰ってきたということを知らせないで、
そのままその人たちが霊界に行ったとするならば、
「あなたが帰ってこられた時、私は平壌にいました。
それなのになぜ私に何も言ってくださいませんでしたか?」
と、きっと言うでしょう。

ですから、先生の責任分担はそれを伝えることです。
そして使徒たちがついて来るか来ないかは、
彼らの責任分担です。

先生はその摂理を全うするために、
実の親兄弟に会いに行くことはできませんでした。


ですから私たちも、神のみ言を
すべてのメンバーに知らせる責任があります。

リーダーのミーティングで話す内容は、
「あなただけが聞いておきなさい」
ということで話しているのではありません。
み言は公的なみ言です。

リーダーが、公的な神のみ言を受けたとするならば、
それを他のメンバーに伝えるという責任分担を
必ず全うしなければならないのです。

ですから、先生がリーダーにみ言をあげるために
長い時間をかけて、心を尽くされたように、
リーダーもメンバーにそうしなさいというのです。

先生のみ言はこのようにリーダーを通してきますけれども、
メンバーに届かないことがあります。
それが問題です。

リーダーはよくみ言が分かっているので動くけれども、
メンバーはよく分からないので
動かないというのは当然ではないですか?
ですからリーダーは、メンバーの一人一人に
十分にみ言を伝えていかなければなりません。

そして、メンバーがそれを実践するかしないかは、
彼ら一人一人の責任分担です。


私がメンバーである皆さんに言いたいのは、
もし皆さんがみ言を受けたならば、
その次は皆さんの責任になるということです。
絶対に自分のリーダーを讒訴することはできません。

リーダーが先生の元から帰ってきたなら、
皆さんは自ら進んで、
「どういうことがありましたか?
話してください」という心が重要だということです。

なぜならば早くみ言を聞いて、
早く実践しなければならないからです。
十二時に出発しなさいと言うのに、
なぜ翌日まで待って出発しますか?

だれが良きメンバーであり、
良き子女であるかというならば、喜んでみ言を求めようとし、
即座に行動しようとする者たちです。



真のお父様は、神様を本当に貴く思う方です。
だからこそ、神様を中心に出会った食口たちに
「牢獄から戻ってきました」
そのことを伝えていかれたのだと思います。

また、このみ言を読みながら、
リーダーを私たち祝福家庭、
メンバーをみ言を知らない人たち、
このように当てはめてみました。

お母様は、「77億人類に真の父母を伝えなさい」
そのように常に語られます。
伝えなさい、と語られるだけでなく
お母様自ら、先頭に立っておられます。

世界巡回路程を通しても、
国のVIPたちと会われて、
直接、み言を語っていかれます。。。

お父様は、興南から戻られたことを
昔の食口たちにあまねく伝えられました。

真の父母様の心情に立って、
真の父母様を堂々と証する
私たちになっていかなければと思うのです。







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