2020年01月22日

一年前の新年から基元節、独生女は何を語られた?! 〈2019の摂理@〉



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「天地人真の父母様聖誕100周年および
天宙聖婚60周年記念行事」まで
あと2週間となりました。

中和新聞に
「真の父母様を中心とした2019年の摂理」として、
昨年を振り返り、
天地人真の父母様を中心とする主要行事と
真のお母様(韓鶴子総裁)のみ言が掲載されています。

今回は、新年から基元節行事までを紹介します。


[1]神統一韓国時代開門汎国民祈祷会

天一国6年天暦11月25日(2018年陽暦12/31)午後10時、
韓国・清心平和ワールドセンターで
「神統一韓国時代開門汎国民祈祷会」が行われ、
陽暦で新年を迎える午前零時、真のお母様が祝祷。
韓国に対する新年の標語「神統一韓国時代開門安着」が発表されました。


《元旦午前零時 真のお母様の祝祷(要旨)》

「新たに迎える己亥(つちのとい)の年は、
この国が祖国統一に向かう…。
1919年、己未(つちのとひつじ)の年3月、
キリスト教の民族主義者と学生たちが世界の前に
大韓独立万歳を叫んだその日から、
今年は100年を迎える年でございます。…

私たちが天の前に約束した(ビジョン)2020に対して
1年しか残っていないこの年に必ず、
主人が、真の主人が誰であるのかを知る民として、
天一国の民として、祝福を受けた民族として、
天の前に責任を果たす民族となって、
世界の前に中心国家としての責任を果たす、
この国の民になることを願います」




[2]「ワールドサミット2019」開会式・世界平和頂上連合出帆式

天一国7年天暦1月4日(2019年陽暦2/8)、
韓国・ソウルの蚕室ロッテホテルで、
「ワールドサミット2019開会式および世界平和頂上連合(ISCP)出帆式」が
盛大に開催され、韓鶴子総裁が次のように語られました。


「昨年(2018年)1年間、アフリカ大陸において
奇跡のような多くのことが起こりました。

一人の義なる国会議員がこの国へ来て、真の父母様
(文鮮明・韓鶴子総裁ご夫妻)の誕生を知りました。
そして、その方は誓いました。
自分が故国に帰ったら、
この事実を知らせると言ったのです。
その国は、イスラム国家であるセネガルです。

何の宣教基盤もなかったその国に行き、
私は大統領に会って頂上会議をしました。
これが人間の力だと思いますか。

キリスト教基盤のある数多くの国々を後回しにして、
どうしてそのようなイスラム国家で、一人の義なる
預言者を通してその国に愛を伝えたのでしょうか」




[3]第3回「鮮鶴平和賞授賞式」

天暦1月5日(陽暦2/9)、ソウルの蚕室ロッテホテルで、
第3回「鮮鶴平和賞授賞式」が開催。
アフリカに農業革命を起こしたアキンウミ・アヨデジ・アデシナ博士と、
FGM(女性性器切除)廃止のために活動してきた
人権活動家のワリス・ディリー女史の2人に鮮鶴平和賞が授与されました。


[4]「世界日報」創刊30周年記念式

天暦1月7日(陽暦2/11)、ロッテホテル・ソウルで
「世界日報(セゲイルボ、韓国紙)創刊30周年記念式」が行われ、
韓総裁が次のように創設者メッセージを語られました。

@
共産主義に対して脅威は感じたかもしれませんが、
米国が危険な状態にありました。

世界の首都と言えるワシントンDC に、
新聞社は1つしかありませんでした。
「ワシントン・ポスト」は保守紙ではありません。

その時、「ワシントン・タイムズ」の創刊を
決心しました。



A
なぜそうしたのでしょうか? 
私は、私たち夫婦はメシヤです。
救世主です。
神様を正しく知って侍ることができる人類となるよう、
教育をすべき責任があったからです。




[5]「天一国指導者総会」閉会式

天暦1月11日(陽暦2/15)、
韓国・HJ天宙天寶修錬苑の天城旺臨宮殿大聖殿で、
「2019天一国指導者総会」の閉会式が行われ、
お母様が次のようにみ言を語られました。


「真のお父様の聖和以後は本当に、言葉にできない、
私一人だけ残ってしまった≠ニいう、
そのような立場でした。
多くいる元老食口たちも、
摂理を全て知っているとは思えなかったので、
相談の相手になることができませんでした。

天が願われる真の父母の位相から見るとき、
国家的な基盤で、世界の全ての国々の元首たちが
参加した立場で、(お父様の)聖和式が
行われなければなりませんでした。

そうできなかった状態で摂理を導いていかなければ
ならない私の立場は、独りきりでした。
まるで荒漠たる砂漠に砂嵐が吹き荒れ、
目を開けることのできない環境で、
小さな針1本を探さなければならない心情でした。…

そのような想像することができない状況で、
探すべき針を私独りで探し出しました」




[6]天一国基元節6周年記念式・天一国神氏族メシヤ連合創立大会

天暦1月13日(陽暦2/17)、HJ天宙天寶修錬苑で
「天一国基元節6周年記念式および天一国神氏族メシヤ連合創立大会」
が挙行されるとともに、「天寶苑グランド奉献式」が行われました。
以下は、その際のお母様のみ言です。


@
私は天の前に約束しました。
それは、私が地上にいる間に、お父様が
(実体的に)成就することができずに逝かれた夢、
天の父母様(神様)の夢を
成してさしあげるということです。

(すなわち)「実質的な国家の復帰の環境を、
少なくとも7ヵ国以上、
最善を尽くしてつくるようにします」と誓いました。



A
今、私たちは最初に天の前に約束した2020を
前にして、あと1年しか残っていません。

きょうは天寶苑に登載される代表家庭を
祝福する日でもあります。
天の父母様と真の父母様の願いは
国家の復帰、世界の復帰です。



真の父母様を中心とする
2019年の摂理〈前編〉
中和新聞


2019年は、本当にいろいろなことがありました。
今日紹介したのは前編ですが、
これも2回に分けて紹介するくらいです。

思えば、お母様の祝祷から始まった2019年。
「神統一韓国時代開門安着」と宣布されつつも、
お母様はワールドサミットを出発点として、
世界を回っていかれました。

しかし、世界を巡られつつも、
その根底には、韓国にも意識を注がれた、
真のお母様であったことを思わされます。

前編の後半はのちほど。





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2020年01月21日

「為に生きる」 宇宙で一番実践しているのは「太陽と空気」?! 《浅川先生》



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浅川先生の自叙伝講話、
「為に生きるのが宇宙の原理」。

真のお父様の自叙伝のみ言と共に、
「君はどうして国立大を卒業できたか」という
質問に始まる、松下幸之助さんのエピソードが
紹介されています。

 
人は誰でも幸福を求めて生きています。
ではどのように生きたら幸福になれるのでしょうか?

文鮮明(ムン ソンミョン)先生は、
少年の頃から人の幸せを真剣に考え悩みました。


「私は人々の流れる涙をぬぐい、心の底に
 積もった悲しみを吹き払う人になりたかったのです。
 ……人々に幸福をもたらす者になろうという
 心だけは固まっていきました」
(自叙伝58ページ)


文鮮明先生が悟られたのが、人は「宇宙の原理」に
従って生きれば幸福になれる、ということでした。

では、宇宙の原理とは何でしょうか?
とても単純な原理です。
お互いを認め合い、助け合って生きることなのです。

まず与え、そして、受けることです。
まず、愛して、それから愛されることです。

神様が創造された宇宙はその原理によって動いています。


忠実に実践しているのが、太陽と空気です。

地球創成以来、一貫して人間に与え続けています。
人間の生存には絶対不可欠なものです。
この二つがなければ人間は生存できません。

ところが、多くの人が感謝していません。
太陽と空気に、毎日「ありがとう」と
挨拶している人がいますか?

子供が友達からプレゼントをもらえば、
「ありがとう」と言います。
困窮したときお金を支援されれば誰でも
「ありがとうございます」と言います。

無償であればなおさらです。
太陽や空気は感謝されなくても、与え続けているのです。


文鮮明先生は

「空気とは何か。
 愛である」
   (『成和学生の道』54ページ)

と語られています。

空気がなければ人は瞬間的に死んでしまいます。
生活に絶対不可欠な空気を私たちはただで、頂いているのです。

光熱費などのように、今月の「空気吸い込み料金請求書」は来ないのです。
節約主義のお母さんが子供に
「今月は空気を吸いすぎよ。ときどき、息を止めなさいよ」
などと怒らないのです。

太陽はどうでしょう。
地球が誕生して以来、光と熱を与え続けています。
人間が戦争やテロを行っても与え続けています。
光や熱を悪用されても忍耐強く注いでいます。

しかも、ただです。
水道、ガス、電気には公共料金がかかります。
しかし、有り難いことに、太陽からは、請求書が来ません。

節約主義のお母さんが子供に
「今月は太陽に当たりすぎよ。
日射料金がいつもより高いじゃない。
家に閉じこもっていなさいよ」などと怒ったことはないのです。


太陽や空気は宇宙の原理を率先躬行(きゅうこう)しています。

「宇宙の原理」は、まず与えて「お互いを認め合い、
助け合って生きている」ことなのです。
この原理にそって生きれば幸福になれるのです。
まず、「ために生きる」ことなのです。

そして、もう一つ悟らなければならないことがあります。
人のおかげで生かされていることです。
誰かが私のために生きてくれたからこそ生活できるのです。
誰かが私を認め、助けてくれたから生かされているのです。


このことを悟って経営を行い、成功した実業家がいます。
経営の神様と言われた松下幸之助さんです。
こんな逸話があります。

ある時期まで、松下さんは直接人事面接をしました。
国立大学卒業後、松下電器に入社して何年にもなる社員を呼んで
面接したそうです。

「君は、どうして、国立大学を卒業できたと思うかね……」
と質問しました。

彼は得意そうに答えました。
「はい、私が一生懸命勉強したからです」。

松下社長はさらに尋ねます。
「それだけかい……もうないのかい」。

彼は、かなり考えてから答えました。
「あ、そうだ。父母が授業料を送り続けてくれたからです」。

彼は親の苦労を思い出したのです。
普通なら、これで面接は終わりですが、さすがは経営の神様です。
さらに、尋ねました。
「それだけかい。まだないかい……」。

彼は困惑しました。かなり考えましたが、
ついに答えを思いつきませんでした。
無言で悩んでいる彼に向かって、松下さんは、こう言いました。

「大学があったからじゃないか。
大学がなかったら君は受験できなかったじゃないか」。

彼は、恥ずかしくなって下を向いてしまいました。
当たり前のことに気づけなかったからです。
さらに社長は言いました。

「君の卒業した大学は国立大学だろ。
ということは、国民の税金で成り立っているわけじゃないか。

誰もが君のように大学に入れるわけじゃない。
同年配の青年たちは、高校を卒業してから働いているだろ。
その給料から税金を納めているんだ。
そのおかげで、君は勉強できたんだよ。

だから、君は、その恩を返すために、
社会の発展のために有益な商品を開発しなければいけないんだよ」。
そして、最後にこう言ったそうです。

「その道理が分かったなら、君を工場長に人事する。
その精神を忘れずに頑張ってくれたまえ」。


ところで、幸福は家族円満にあります。
古来、「家和して万事成る」とも言われます。
では、どうしたら、夫婦円満、親子円満になれるのでしょうか。

夫婦円満も「宇宙の原理」にそって成されるのです。
伴侶のために生きるという愛の原理を悟って、
まず、与え、尽くすとき円満になれるのです。

 
文鮮明先生は結婚の意義についてこう言われています。

 
「結婚は、私のためではなく相手のためにするものです。
 結婚するとき、立派な人やきれいな人ばかりを
 追い求めるのは間違った考えです」
  (自叙伝228ページ)


「結婚は、ただ婚期が来た男女が出会って
 一緒に暮らすことではありません。
 結婚は犠牲の上に成り立ちます。

 男性は女性のために生き、
 女性は男性のために生きなければなりません。

 私の利己心がすべて消えるときまで、
 絶えず相手のために生きなければなりません」
(自叙伝230ページ)


もし、夫が「俺の世話するために妻がいるのだ」と思い込み、
妻に要求ばかりすれば、妻は反発して夫婦関係に亀裂が生じます。
「宇宙の原理」に反するからです。

もし、妻が「夫は自分のために働くのだ」と思い込み、
夫に要求ばかりすれば、夫は猛反発するでしょう。
妻から雇われてるわけではないからです。

夫婦関係は社長と労働者の関係ではありません。
自分を利用していることが分かれば、誰でも反発するのです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第三章 お互いを認め合い助け合って生きる
為に生きるのが宇宙の原理


ために生きる道理を教えた、
松下幸之助さんのエピソード。
そのような印象的な面接を受けた人の心には、
私たちはすべて誰かのおかげで生きている、
と、しっかり残ったことでしょう。

当たり前のように日々享受している光や空気。
自然のありがたさ、貴さを感じなければならないと思います。

自然環境を当たり前のように思っていたら、
自己中心的に使ってしまうのではないでしょうか。
その究極が、地球温暖化であり、自然破壊です。

今、一年で最も寒い時期なのに、
それほど寒さを感じない日がありますね。
寒くないのもうれしい気持ちもしますが、
今後のことを考えると、
ある面、恐ろしささえ感じます。

お母様は、
「地球は熱病にかかっている」
そのように語られています。
自然環境が泣き叫び、訴えている、
肌身で感じておられる方の、
み言である、と感じざるを得ません。

「為に生きる」
宇宙の原理原則に沿った、
そのような歩みを成していきたいと思います。





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2020年01月20日

まさに神ワザ! 「目」は全てを知って生まれてきた? 続・進化論、へんじゃない?!  



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大谷先生の「ダーウィニズムを超えて」より、
今日は、人間の目の構造から、
進化論の疑問にせまってみます。


次に、創造か進化かという論争において、
中心的なテーマになった目の問題を取り上げてみよう。

脊椎動物の目のように、複雑な機能と構造をもつものが、
ランダムな変化の中から、いかなる自然選択によってできたのか、
全く説明は困難である。

ダーウィン自身、
「(極度に完成化し複雑化した器官である)目が
自然発生によってつくられたであろうと想像するのは、
このうえなく不条理に思われる」と率直に告白したのであった。


ところが彼は、単純な光感受性のある点(細胞)から
洗練された人間のカメラ型の目に至る進路の経路を
示すことにより、目が進化によってできたものであると主張した。

しかし博物館で、自動車が年代順に
古いものから新しいものという順序で並べられているのを見ても、
誰も、走る競争をしているうちに車が進化したとは考えない。

車は技術者の絶えざる創造力の投入によって発展したのである。
同様に、単純な感光点から高級な目まで並べてみても、
それが進化の証拠とはなりえない。

実際、目が発展するそれぞれの段階が大きな飛躍であって、
段階を示すだけでは進化といえないのである。


科学ジャーナリストのリチャード・ミルトン(Richard Milton)も次のように言う。

 現代のダーウィニストはたいそう楽観的な考えをもっているようだ。

 光を感知する細胞といった
 進化の初期段階における基本的な革新さえ起きてしまえば、
 視力の累積的選択がいくぶん起こりやすくなるという。

 しかし光を感知する組織が存在しても、
 水晶体や虹彩のメカニズムや瞼(まぶた)などに関する
 突然変異の起こりやすさには何の影響も及ぼさない。


(リチャード・ミルトン、竹生淑子訳『進化論に疑問あり』
1995年、186頁、)


しかも生化学者のマイケル・ベーエ(Michael J. Behe)が指摘しているように、
単純な感光点が、そもそもどこから来たのか、
ダーウィンは説明しようとせず、
目の究極的な起源の問題は放り出しているのである。

実際、感光点それ自体、単純なものでない。
ダーウィンにとってはブラックボックスでしかなかった。
それはテレビの複雑さよりもはるかに複雑なものであり、
多くの生化学者の研究によって、ようやく視覚の
生化学的な構造が明らかになりつつあるのが現状である。


目は、自然界がどうなっているかということがよく分かっていて、
周到につくられたものであること、
したがって目を見れば神の存在を否定できないと、
文鮮明師は次のように語っている。

動物世界では、生まれる時に、
まず目が最初に生ずるようになっています。
目自体は物質です。

目は生まれる前から、太陽があることを
知っていたでしょうか、知らなかったでしょうか。

物自体である目は何も知らずに生まれてきましたが、
太陽を見られるように生まれたということは、
目が生まれる以前から、太陽のあることを
知っている存在があったというのです。

すなわち、目は太陽があることを
知っていて生まれたということになるのです。

目自体は、空気があることも、
(ほこり)が飛び散っていることも、蒸発する
輻射(ふくしゃ)熱があることも知らなかったとしても、
既にそれらを知っている存在があって、
目を守るために、瞼が準備されたり、
涙腺をもって防備させたりするのです。

大谷 明史・著
(光言社刊『ダーウィニズムを超えて〜科学の統一をめざして』より)
第一章 進化論を超えて
(二)生物はデザインされたものか
(2)目の問題


設計者がいて、設計図があって、
さまざまな作品が生まれます。
人間のその創造性も、神様から受け継いだもの。

そもそも神様の創造の過程は、すべて
人間に幸せになってほしいためでした。
人間が、何よりも貴い、価値のある存在だというのです。

それなのに、「進化した」と言って、
創造主を尊ばないというのは、
神様から見れば、どれほど寂しいことでしょうか。

知れば知るほどに、神様の創造は素晴らしく、
私たち人間の価値も本来素晴らしいものだとわかります。
偶然に進化した、と簡単に片づけることができません。

神様を誇り愛する私たちにならなければ・・・
改めて思うのです。

不定期に続きます。





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