2020年02月17日

年頭の揮毫の意味 『天寶登載祝福家庭天一国百姓之完成』 百姓(ペクソン)?!



200217-20200207.jpg


基元節7周年関連の記事は、終わり、
と書きましたが、
祝福式の時に紹介されていた
「年頭の揮毫」について、紹介させていただきます。


天地人真の父母様は
歴史的天一国8年、元旦を出発されながら、
次の揮毫をくださいました。

『天寶登載祝福家庭天一国百姓之完成』

天寶に登載された祝福家庭は、
天一国の民の完成である、ということです。

私たちに貴い祝福をくださった、
天地人真の父母様に、
感謝の拍手をお願いします。

(司会:ユンヨンホ事務総長)

写真にありますように、
揮毫の最後には、
『天一国八年元旦 天地人真の父母』とあり、
お父様の名前ではなく、真の父母の署名となっています。

また書かれたのは
今年の天の父母様の日の日付になっています。
字はお父様の書のようです。

少し気になるのが、『百姓(ペクソン)』という文字ですね。
実は、日本で解釈するものと、
韓国での解釈は少し違うようです。

私たちは、百姓(ひゃくしょう)=農民
そのように考えますが、
実は、現在はあまり使いませんが
『ひゃくせい』とも読み、
この場合は、
『一般の人民、庶民』という意味になります。

今回、天一国の民、ということで、
国民に対しての意味合いを
以前、大知(おおとも)先生が語ってくださったことがありました。
うろ覚えですが、紹介します。


私たちは、日本人、と言いますけれど、
日本人である、という条件、
国民の条件とは何でしょうか?

それは、血統と文化にあると思います。
日本人である、という血統を持っていること、
また、日本の文化を身に付けている、ということ。

しかし、日本に住んでいながら、
日本人でない人がいます。
例えば、同胞と言われている人。
在日コリアンの人たちです。

日本に長く住んでいながら、
日本の文化は身に付けていますが、
血統は日本ではないわけです。
韓国の血統ですね。

彼らは、韓国に行ったらどうでしょうか。
血統は韓国なのですが、
文化は日本の文化ですし、
言葉も韓国語を話せなかったりします。
どちらの国からも誤解されてしまいます。

そう考えると、天一国、すなわち天国の国民、
それはどのように解釈したらいいでしょうか。

血統は、神の血統、すなわち祝福です。
では、文化というなら、どんな文化でしょう。
そうです、心情文化ですね。

天一国の国民ならば、神の血統を持ち、
心情文化を持っていなければならないのです。

参考:大知先生・心情文化講座
編集・文責:ten1ko2



私たちは、どれだけ切実に
天一国を求めているでしょうか。

神の国、天一国を建設するために、
私たちは頑張っているのですが、
作って終わり、というわけでなく、
そこに入らなければ意味がないわけです。

すなわち、天一国の民、として
ふさわしい者にならないといけない。。。

日本の血統を持ち、日本の文化を身に付けている者として、
どれだけ、天一国入籍のために努力して、
心情文化を求めている私たちでしょうか。

真の父母様は切実です。

父母様が、共に天一国に入る者がいないと
嘆かれて、
天寶という立場を用意してくださいました。

一つの節目、
基元節7周年を勝利で終えましたが、
新たなる7年路程に向かって、
さらに歩み続けているお母様と
一つになっていきたいと思うのです。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:06 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする