2020年03月31日

反牧による親子断絶! 20年ぶりの里帰りで待っていたのは 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラムの証し。
今回は、「20年ぶりの親孝行」です。


韓日祝福を受けて韓国に嫁ぎ、
韓国生活は20年になります。

私の両親は反対牧師(家庭連合会員への棄教のための
拉致・監禁に関わり脱会を強要するキリスト教牧師)

つながって激しく反対していたため、
この20年の間、
連絡することも会うこともできずにいました。

2014年に初めて家族で実家(石川県)に行った時、
結局会ってもらえなかったというつらい過去があり、
それ以来、実家の家族と向き合うことが
とても難しくなっていました。

 
しかし「自己牧会プログラム」に出合い、
「良心と対話する」ワークを実践するようになると、
私の良心が「会ってもらえなくても、
会いに行かなければならない」と
叫び続けているのが分かってきたのです。

そして、「今まで親孝行をしてあげられなくて
申し訳なかった」と心から思えるようになり、
親の苦しみも以前より深く感じられて、
もう一度会いに行ってみようという気持ちが強まってきました。


2019年2月末、心を奮い立たせて、
娘と一緒に帰省しました。

教会に入教して以来、初めて実家の敷居をまたぎ、
母と会うことができました。
母は私と娘に「よく来たね」と言ってくれました。

しかし、なぜか父の姿が見えません。
聞けば、父はその3年前に自殺していたのです。

2014年に私が会いに行った時に、
私を追い返してしまったことに対する後悔が、
父の心を痛めていたようです。

私はショックで泣きながら母を抱き締めました。
そして、「こんなに遅くなってしまってごめんなさい。
これからは親孝行できるように頑張るから」
と謝りました。


自己牧会プログラムを通して心が勇気づけられ、
親に会いに行くという一歩を
踏み出すことができました。

本当に天一国時代が来たのだなと実感しています。

(在韓日本婦人 50代)


とてもショッキングな証しでした。。。

もし自己牧会プログラムを受けていなければ、
実家に帰ることもなかったでしょうし、
衝撃な事実を聞いたとしても、
とても受け止めることができなかったのではないか、
そのように思います。

私の良心ほど、心強いものはないですね。
良心を強める努力をしていきたいです。

そして、証しをされた方が、
お母さんとの関係を回復していけるように、
心からお祈りいたします。




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posted by ten1ko2 at 09:36 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月30日

(証し) 息子が変わった! 「願い事は必ず成就する」一日1冊(30枚)の書写



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自叙伝書写の証し。
「一日一冊(30枚)書写で祈願成就」です。


書写をするようになって8ヵ月になります。

私は自営業で一生懸命働いてきました。
仕事柄、出掛けることも多く、本当の意味で
子供に愛情を掛けてあげられなかったと反省しています。

そんなある日、心の書写と学びに出会いました。
子供に対する愛情の掛け方を指摘され、
まずは、私自身の心の在り方、
考え方を変えていく必要性を感じて書写を始めました。

何よりも家族だんらんと和合を祈願しながら
書写をしてきました。
数ヵ月たったころ、ある変化が訪れました。


私の家では私と長男夫婦と3人で暮らしているのですが、
なかなか同じ時間帯に一緒にいるということが少なく、
すれ違いの多い家族でした。

しかし、幸いにもわが家には
エアコンの付いている部屋が1部屋しかなく、
今年はとりわけ暑い日が続いた夏でしたので、
自然と3人がエアコンのある1部屋に集まるようになって、
顔を合わせるようになれたのです。

書写のおかげだと思いました。
「エアコンが1台しかなかったからでしょ」
と思われるかもしれませんが、
スタッフのかたは「書写のおかげですね」
と一緒に喜んでくれました。


そして3人が顔を合わせるようになっただけではありません。
息子が優しい声を掛けてくれるようになりました。

何か買い物に行けば
自分たちの物しか買ってこなかった息子夫婦ですが、
買い物に行く前に「何か欲しいものある?」と聞いてくれるようになり、
お願いすると買ってきてくれるようになりました。
本当にうれしかったです。

さらに私には願っていたことがありました。
この息子がちゃんと働くようになってほしかったのです。

息子と会話ができるようになったものの、
仕事の話はなかなかできませんでした。

 
そんなある日、書写会の館長さんが、
書写を1日1冊書くことで大きな気付きと心に変化があった人がいた
という証しをしてくださり、
「願い事は必ず成就できます」と力強くお話ししてくださいました。

それを聞いて、私もやってみたいと心が躍りました。

その日、早速、館長さんが「必ず成就します」
と言われた言葉を胸に、
一心に1冊の書写(30枚)を書き上げました。

2時間40分かかりました。
次の日はフラフラになり、スタッフのかたに
体を心配されるほどでしたが、
不思議と心は、やりきった思いでスッキリしていました。

「愛天愛人愛国・家庭生活講座」で学んだ、
笑顔の生活や掃除をすることは、なかなか実践できていませんでしたが、
だからこそ「書写だけはしっかりやろう!」、
そんな気持ちで1日1冊の書写を継続していきました。


すると2、3冊書き上げた頃、息子に変化が現れたのです。

わが家は不動産業の傍らハウスクリーニング業をしています。
職人さんが迎えに来て息子に声を掛けてくれるのですが、
今までは息子は笑っているだけで
一緒に仕事場に行くことは全くありませんでした。

それが最近では、ペンキを塗れる格好をして
「はい、行きます」と言って現場に出掛けるようになったのです。

1日1冊書写を始めてから、
短期間ですごい変わりようだと思いました。


その後、1日1冊書写は、スタッフのかたとの相談の上、
1週間1冊の書写にして続けていますが、その後も恩恵はありました。

お金のことで文句を言っていた息子が
一切お金について文句を言ってこなくなりました。

また、健康を害するほどに息子はお酒が好きなのですが、
そのお酒の量も減ってきたのです。


息子のことだけではありません。

私自身も以前より人を思いやる心や、
気遣う心というものをもてるようになり、
心が穏やかになったような気がしています。
毎日がうれしく感じられるようになりました。

不動産業にとって入居者のいないアパートは
頭が痛いところですが、
私が学ぶようになってから、
立て続けにアパートの4部屋の入居者が決まりました。

不思議とその連絡は私が勉強している時に
携帯電話に入るのです。
本当に感謝です。

「人類を幸せにしてあげたい」と思いながら
生涯を過ごされた文鮮明先生の愛の言葉に、
心の書写を通して触れることで、
たくさんのかたが幸せになってほしいと思います

(関東 女性)
文責:ten1ko2


素晴らしい証しですね。
一日に書写を一冊書く、
これは物凄い精誠だと思います。

文面を読むと、この方は、
食口ではなく、書写会員の方だと思うのですが、
なんというか、純粋に信じておこなう、
その真剣さ、切実さを通して、
天が役事したのでしょう。

願いを成就したい、
だから一冊書写をやるんだ、
という意気込みと、
これならできるという喜びをもって
一心に取り組んだのだと思います。

お父様の自叙伝のみ言が
心のうちに宿り
力を得ていったのかもしれません。

強く信じる思いとそれに見合う精誠。
見習っていかなければ、と思います。





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2020年03月29日

王の王、真の父の遺言?! 「お母様がいればいい」第2教主を指名 《自叙伝 平和の母》



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1990年3月27日真の父母の日
「女性全体解放圏」宣布 (NY)☆


最新版のU-ONEニュースにおいて、
小山田先生がお母様の自叙伝について語られています。

小山田先生は、一日で読まれたと言われながら、
日本にとって重要な部分、
カナダに4人の日本人女性を引き連れ、行われた
「顧命性(こめいせい)宣誓宣布」について言及しています。

その部分の前後を自叙伝から引用させていただきます。


モスクワに行く少し前、私たち夫婦は
統一教会の元老信徒たちに会って
時間を共にしました。

多くの信徒が、何とかして
私たちを引き止めようとしました。
「なぜ危険な共産主義の本拠地に、
あえて行こうとされるのですか?」

しかし何ものも、私たち夫婦の意志を
曲げることはできませんでした。

(ムン)総裁は信徒の顔を一人一人眺めた後、
思いがけない言葉を発しました。

「統一教会の第二教主を決定する時が来ました」

突然出てきた「第二教主」という言葉に、
誰も、何も言えませんでした。
文総裁はもう一度信徒を見回した後、
ゆっくり口を開きました。

「私がいなくても、お母様がいればいいのです」
この瞬間、「統一教会の第二教主」としての、
私の重大な使命が明確になったのです。

人々は驚いていましたが、
私は静かにその言葉を受け止めました。

世を救う独り娘、平和の母としての使命は、
既に三十年前から与えられたものでしたが、
私は文総裁が最前線で摂理を率いていけるよう、
内助に最善を尽くしていました。

その日、第二教主を発表したのは、
モスクワで起こり得る不測の状態に備えながら、
今後のことを念頭に置いた上での措置でした。
 

一九九〇年三月二十七日、統一教会の名節(記念日)の
一つである「真の父母の日」を迎え、
アメリカのニューヨークで行われた記念礼拝で
「女性全体解放圏」が宣布されることで、
私は統一教会の第二教主となりました。

その後、一九九四年十一月二十七日には、
ニューヨークのベルベディアで
第二教主としての私の公的使命が改めて公表され、
その意義が強調されました。

十六万人の日本人女性教育と各国での大会が終わり、
私の役割がさらに重大になっていた頃のことです。

その日、私は信徒たちの前で、
「みな一つとなり、真の父母の伝統を立てる
家庭になることを誓いましょう」と決意を促しました。


また、一九九一年六月には、
カナダのクレアストーンの本館で
「顧命性宣誓宣布」が行われました。

「顧命」とは、「王の遺言」を意味する言葉です。

文総裁は御自身が聖和(ソンファ)した後も、
私が神様の使命を引き継いで果たしていけるよう、
日本の女性代表が責任を持って
真の母を支えていくべきことを、
顧命として宣布されたのです。

この宣布には、日本が真の母と一つになり、
世界を抱いていかなければならない
という使命も含まれていました。

このように文総裁は、幾度にもわたって、
御自分が不在となる万一の場合に備えられたのです。


(人類の涙をぬぐう平和の母 218ページ〜221ページ)



「顧命」という言葉は初めて聞きました。
かつてカナダで日本の女性責任者を集めて、
特別な宣布をされたことは聞いたことがありましたが、
お母様が語られているように「遺言」だったのですね。

日本の女性を前にして、宣布されたことは、
やはり、日本の使命の大きさを感じます。

これに先がけて、お父様は、お母様のことを
「第二教主」と宣布されています。

これは、今から30年前のことであり、しかも
お母様がご自身で語られたのでなく、
お父様が宣布された、ということは、
肝に銘じるべき事実であると思います。

そして、今真のお母様は、
お父様の願い通りに、教主として
しっかり立ってくださっています。
遺言を受けた日本人の立場としても、
使命を全うしていきたいですね。

新型コロナウィルスの影響で、自粛する期間、
お母様は、「ピンチをチャンスに変えなさい」
このように語られています。

お母様の自叙伝を精読しつつ、
お母様の心情深くを尋ね求める期間にしていきたいと思うのです。






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