2020年03月28日

(証し)初めて会ったお母様は、まさに「おふくろ」だった! 《小山田先生》



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お母様は母としての性格を
天性的に備えているのです。

真のお父様



U-ONE TVにて、証しシリーズ
「真のお母様、感謝します」が紹介されています。

第1回目は、小山田先生の証し。
「お母様は天来の『おふくろ』」です。


真のお母様と深い因縁を結んだのは、
お母様が初めて来日された翌年の
1968年夏のことでした。

6月に韓国で開かれた統一運動の
「韓日大学生勝共大会」に、
学生を代表して、
私を含め7人が訪韓したのです。

韓国では地方を巡回し、
真の父母様に
ゆっくりお目にかかる機会は、
なかなかありませんでした。

2週間経った頃、
慶州にいた私たちに連絡が入り、
ソウルに上がることになりました。

前本部教会に到着し、
真の父母様に「ただ今、帰りました」
と、ご挨拶を申し上げると、

真のお父様が
「どうだったか?」
と、地方でのことを
お尋ねになりました。

ところが続けて、
「帰りはどうするのか?
チケットはあるのかね?」
と言われたのです。

私は、
「もう帰りの話をされるのか」
と思いました。

ようやく真の父母様に
甘えようと思っていたのですから。

私はちょっとふてくされて
「大丈夫です」
と申し上げました。

すると
この一連の会話を(通訳を通して)
聞いておられたお母様が、
「この子は来たばかりなのに、
『帰る』などと言って、
なぜ私を悲しませるのですか?」
とおっしゃったのです。

この言葉に私は驚きました。
なぜなら、
私の母の口癖と同じだったからです。

私が大学時代に
夏休みなどで帰郷し、
三日ほど滞在して帰るとき、
母は、
「おまえ、今来たばかりなのに、
『帰る』などと言って」
と言うのが常だったのです。

この出来事を通して、
お母様から
天から来られた方ではありますが、
私のおふくろだと思いました。

話が終わると、
お母様は日本語で
「おやすみなさい」
と言われ、
玄関まで見送ってくださいました。

そのとき私はお母様に
「今度伺うときには、
韓国語でお話しできるように
勉強してまいります」
と申し上げ、
韓国語をマスターすることを
固く決意したのです。



お母様から発された言葉が
小山田先生のお母さんとまったく同じだったとのこと。

まさに、心情の世界においては、
「母親」なのでした。

お母様は、真の母、全人類の母の立場ではありますが、
一対一の関係においても、
私のお母さん、という立場なのだと思います。

「私の母」でもある、
真のお母様に心から感謝いたします。

そんな真のお母様の愛に触れ、
小山田先生は、お別れの挨拶で
韓国語をマスターすることを決意されたとのこと。

小山田先生は、以前から韓国語が堪能です。
お母様の自叙伝韓国語版も
一週間で読まれたそうです。

その韓国語をマスターされた背景には、
お母様との出会いがあったことを知りました。
私たちも相続しなければなりませんね。





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posted by ten1ko2 at 09:49 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月27日

当たり前の関係ではない?! 世界を愛してから会われるアボジ 《金元弼先生》



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この世に
生を享(う)けた人の中で、
無意味に
生まれた人はいない


人類の涙をぬぐう
平和の母」
より


金元弼(キム ウォンピル)先生のみ言、
「理想的な出会い」続編です。


外的な目で見れば、今、先生は夫人、
子女様たちと同じ家で生活しておられるのですから、
先生はお子様に会うにしても、夫人に会うにしても、
世界を愛してから出会われているということを忘れてはいけません。

言葉を換えて言えば、先生は世界を愛してからでなくては、
たとえ夫人に出会ったとしても会っていないということです。
それを私たちは分からなくてはいけないのです。


皆さん、世の中の家庭を見ますと、
どの家庭も同じ家で一緒に生活をしています。
外的に見ればそのように一緒にいて、いつも出会っていますが、
もし心がそれぞれ違っているならば、
内的には全然出会っていないということを、
皆さんも聞いて知っていることと思います。

それは一緒に暮らしていても、一緒に暮らしていないということです。

では、私たちはどうでしょうか。

今、私個人のことを考えてみても、
自分の心と体が別々に動いているとするならば、
自分の心と体は一緒にいるのではなく分かれているのです。

もし、一つの部署において、あるいは教会において、
皆が一緒にいたとしても、
一人一人の心が別々であるとするならば、
それは一緒にいるのではなく、
別々に分かれているというのです。

私たちは現実の自分というものを、
はっきりと見つめていかなければならないと思います。
それは消化できていない自分を知らなくてはならないということです。


私たちは一年、二年と同じ教会で一緒に暮らしながら、
どれだけ自分の心を打ち明けられますか。

寂しい時には「私、寂しいの」、
喜ばしい時には「私、とてもうれしいの」と、
お互いにそういう状態の話し合いをできる人が何名ぐらいいますか。

そのように聞いた時に、皆さんは何名いると答えるでしょうか。

そう言うと、たいてい「一人」、
「二人」、
「いない」と答えるのです。
これが現状なのです。

特に、本当に自分の心情を打ち明ける、という点になると、
「誰もいない」ということになるのです。


皆さん、世の中では、10年、20年、30年間
一緒に生活している夫婦の間でさえ、
「あなたは私の心情をよく分かってくれない」
ということがよくあるのです。
これが世の中です。

そしてまた私たちの世界においても、
それが適用されているというのです。
そうですか。(はい)。

私たちはこれをはっきりしなくてはなりません。
そういうことを考えてきますと、
つまり夫婦の出会い、兄弟姉妹との出会い、
親との出会い、親戚との出会い、友達との出会い、
これらの出会いがうまくいっていない
ということが分かってきます。

それがはっきり分かることによって、
私たちが今後、このような出会いを
いかにしなければならないか、という道が開かれていくのです。


私たちの心と体はいい加減に出会っています。
そしてまた親子の出会いもいい加減にしています。
夫婦の出会いもいい加減にしています。
そういう結論になります。

ですからさっきもお話ししたごとく、
先生の神様との出会い、先生と韓夫人との出会い、
先生の子女様に対する出会い、
先生の私たちに対する出会い、
それらがどういうものであるかということを
考えながら解決していきたいと思います。


例えば今、私たちは相対者に会おうと思ったら
たやすく会えるものですから、
会うのはそれほど難しいものではないと考えています。

しかしながら、この出会いというものが
どれほど真剣なものであり、どれほど難しいものであるか
ということを立証するために、次の例をとってみましょう。 

一人の人が神のみ言から離れて間違ったことをしたとします。
そうしたときに、今までそういうことがなかった時には
相対者にたやすく会うことができたのに、
間違いを犯したその瞬間、その人は、
自分の相対者に会うことがなかなか難しいことを感じるでしょう。

そうではないですか。
ということは、本当に神だけを愛した自分でない限りは、
相対者を愛する、相対者と会う
ということが難しいということです。
それがはっきり分かるだろうと思います。

つまり、私たちが神の善なる道を行き、
その道を通さない限りは、
自分の相対者に会うことができないということです。
何か分かりますか。

ところが私たちは、この相対者と夫婦の関係になると、
たやすく会えるものと考えてしまいます。
これは非常に間違った考え方です。


メンバーとメンバーとの関係、
メンバーとリーダーとの関係も全く同じことです。

リーダーがメンバーと会う時、
「私はリーダーだから、たやすく会うことができる」
と思うかもしれませんが、
メンバーに出会うということがいかに難しいことであり、
真剣なことであるかを忘れてはいけません。

メンバーもリーダーに会う時、いつも同じ所で一緒にいますので、
それほど難しくないと考えるかもしれませんが、
それがどれほど難しく、真剣なものであるか
ということを忘れてはいけないのです。

「理想的な出会い」
先生の出会いに対する心掛け
(1981年9月27日ベルベディア)


元弼先生は、本当に人との出会いを貴く思われておられます。
それは、真の父母様がそのような出会いをしておられるので、
相続をされたのだと思います。

負債のある時は会いずらい、というのは、本当にそうですよね。
しかし、会うときは、当たり前のように会ってしまう。
これを正さないといけないわけです。

天から与えられている自然万物に対しても、
「当たり前」だと思うのか、
心から感謝して生活するかによっても、
その人の心情基準が違うように、
いつも出会っている家族、
周りの兄弟姉妹たちに対しても、
心から貴く思う生活を心掛けていきたいと思います。




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 私たちはみな、自分が生まれたことに対して深く感謝しなければなりません。この世に生を享けた人の中で、無意味に生まれた人はいないのです。また、個人の人生は、その人だけのものではありません。一人の人が生まれる背景には、天と地のあらゆるもの、宇宙万象が縦糸と横糸として編み込まれています。全世界の、さらには全宇宙の機運が調和し、凝縮されているのです。
 ですから、誰であっても、自分自身を取るに足らないものとして扱ってはなりません。宇宙の聖なる作用によって生まれた貴い存在であることを、心の底から悟るべきなのです。


自叙伝 人類の涙をぬぐう 平和の母」p64より



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2020年03月26日

真の父母様に近くなる方法?! えこひいきの上司をもったとき 《UTS時代の神体験》



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真のお父様から命を受けて
UTSに赴任した神明(しんみょう)先生は、
多くの伝説を生んでいきました。

いつも、真の父母様を身近に感じておられたということですが、
そのような境地に達するのは
簡単ではなかったようです。

『UTS時代の神体験』より、
「恵みを受けた弟たちに対して
嫉妬心を抱かなかったとき」です。


私は1985年の1月からUTSで教え始めました。
そのとき、「家族をUTS内に連れてこないように」
と初めに言われていたので、
いつもタリータウンの自宅から片道1時間半、
車を運転をして通勤していました。

そのうち、私のポンコツ車は使用不能寸前になってきたので、
通勤を継続するため、どんな車でもいいから
それを買うための費用の一部でもUTSで払ってほしいと願い出ました。
子供4人を抱えた私は、UTSでの安い給料では余裕がなかったのです。

しかし、UTSにも経済事情があったせいか、
私の願いは一蹴されてしまいました。
このくらいの願いだったら受け入れてもらえるのではないかと
期待していたのですが、だめでした。

しかたなく、週末は家庭教師のアルバイトなど他の仕事をして、
自分の責任で自動車を調達しました。


さて、私が教鞭を執り始めてから3年ぐらいたって、
米国人の後輩2人 (UTS卒業生) が、私と同じように
他の大学で博士号を取得し、UTSに戻ってきて教えるようになりました。

私の専門はキリスト教神学でしたが、
彼らの専門はそれぞれキリスト教会史と世界諸宗教でした。
幸いにも彼らは自分の妻子全員を
UTS内に連れてきて住まわせてもよいということになりました。

さらに、その2人の後輩は総長に、
彼ら2家庭が共同使用する新車のワゴンを
1台買ってほしいという願いを提出しました。
私のときと違って、総長はそれを承認しました。

いよいよ、スタッフと食口の教授陣を交えた
ある日の朝食会の会合で、
その承認の発表がなされることになりました。

そして、総長は自らがそれを発表した瞬間、
私のことが気になったせいか、私の顔をちらっと見たのです。

私も人間ですから、遠い自宅から通勤のために自動車は
喉から手が出るほど欲しかったのに、私の願いは蹴られ、
2人の後輩は学内に住んでいて自動車の必要性はあまりないのに
新車を買ってもらうという現実を、
正直言って受け入れ難かったのは確かです。

なので、そのときに私は文句を言うこともできたのです。
しかし、そこは我慢して、何もなかったかのごとくふるまい、
恵みを受けた後輩である弟たちを嫉妬せずに、
彼らをかえって祝福してあげられるような心情を
どうか持たせてください、と天に祈りました。

総長は、私の顔が乱れた様子もなく平安なようだと感じて
安心したらしく、会合の議題は次に移りました。


その後のことです、
私が真のお父様により近くなったように感じたのは。

内的にお父様がそばにいらっしゃるように感じ、
人を見ては涙ぐみ、
山や木、建物を見ては涙ぐむようになりました。

この愛の力の恵みは、
自動車などの万物には代えられないものでした。

「UTS時代の神体験:ドクター神明の信仰エッセー」
現在、『世界家庭』に連載中


神明先生の証しはとても具体的でわかりやすいですよね。
愛の減少感の局地を乗り越えていかれました。

人によって次元は異なるでしょうが、
誰もが通過する愛の減少感。
嫉妬にかられないためには、
神明先生のように切実に祈っていくと、
平常心を保て、越えていけることでしょう。

先生のような父母様との心情的出会いはなかったとしても、
愛の減少感を越えることを通して、
真の父母様が乗り越えていかれた境地に
一段階近づくのかもしれません。

また、苦しい立場に置かれたとき、
感謝して乗り越えることを通して、
神様、真の父母様が、ともにおられることを
改めて感じることができると思うのです。







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posted by ten1ko2 at 10:00 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする