2020年03月16日

真のお母様が、電話で徳野会長を激励☆ 自叙伝を平和の武器に、天が与えたチャンス! 



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2020祝勝会及び2027出征式(2020.2.8)
清心平和ワールドセンター☆


今の新型コロナウイルスの問題に憂慮されるお母様は、
先週3月7日、徳野会長に直接お電話をされたそうです。
その内容を会長が話してくださいました。



このような時期だからこそ、
むしろ天が与えた
絶好のチャンスだと思いなさい。

この度、出版された自叙伝を通して、
食口たちの信仰を深めなさい。
信仰的に充電しなさい。
食口たちをよく教育して、
自叙伝で復興するように。

この自叙伝は、み言の破壊力がある。
日本を生み変え、大きな影響を与えるために、
大いに活用しなさい。


(一部編集・文責:ten1ko2)



「天が与えたチャンス」
やはり、お母様はそのように発想されるのだな、
そのように思いました。

常に前向きに発想されるお母様ですから、
こういう時にしか、できないことを成す、
多くの食口たちもそう思っているでしょう。

我が家の家庭礼拝も
決して褒められ内容ではありませんが、
それでも家族で一緒に礼拝を捧げることができること自体が、
本当に感謝だな、と思います。

いつもアルバイトを入れてしまっている息子も、
この機会だけは、スケジュールを空けてくれています。
本人は何も言いませんが、
何か感じるものがあるのかもしれません。

そして、お母様の自叙伝です。
このタイミングで出版されるのも、
天の計らいである、という気がしてなりません。

実際には、光言社は注文が多くて、発売当日、
インターネットがパンクしてしまい、
それ以来、WEBも見れない状態であり、
手元に届くまで、しばらく待たなければならないようですが。。。

お母様が語られているように、
私たちのもつ悪しき習性・環境圏を破壊して、
本然の私たちとなって、影響を与えていくために、
大きなパワーを与えてくれるに違いありません。

この自叙伝を手にする人たちに、
きっと役事が起きていくでしょう。
私たちが自叙伝に酔いしれ、力を得ることも大切ですが、
さらに、私たち自身が
役事を起こさなければならない、とも感じるのです。



太平洋文明は、キリスト教に根を下ろしながらも
略奪と征服を繰り返す文明に転落した
大西洋文明圏のようになってはなりません。

利己的な文明ではなく、ために生きる
真の愛に基づいた利他的な文明圏を築き、
安着させなければならないのです。
それが神様の最後の願いです。

私は残された生涯を、神様のこの願いを
かなえてさしあげるためにすべて捧げる覚悟です。


『人類の涙をぬぐう平和の母』
序文より
(正式な翻訳ではありません)





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posted by ten1ko2 at 10:23 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

「あなたをどんなに愛しているか、知っているのか」イエス現る 《UTS時代の神体験》



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ひさびさに神明(しんみょう)先生の信仰エッセー、
『UTS時代の神体験』より、
「イエス様も絶対にメシアだ!」を紹介します。


私は統一運動のメンバーとして、
メシアであられる真のお父様と真のお母様の路程を思うと、
大きな愛と勇気の力が与えられ、
試練のときにも
人を心から愛し忍耐することができたと思います。

と同時に、2000年前に来られたイエス様も、
たとえ十字架上の死の路程を行かれたとしても、
いや、十字架の路程を行かれたがゆえに、
メシヤとしてのすごい愛の力を持たれる、
ということを言いたいと思います。

実際、そのようなイエス様を私は肌で感じました。


UTS で教え始めてから3年経った1988年頃のことです。

UTSスタッフの中に問題児の女性(白人の米国人)がいました。
彼女は協調性がゼロで、しょっちゅう人とぶつかっていました。
また、他人から忠告されたり指図されたりすると、
直ぐに怒り出すのでした。

後で分かったことですが、彼女は幼いときに実父から虐待を受け、
それがトラウマとなっていた、かわいそうな食口だったのです。 

彼女の問題を聞いた総長は、彼女を解雇することにしました。
しかし、総長の独断ではなく、その前に一応皆の意見を聞いて、
皆のサポートのもとに公式発表をしようということになり、
UTSのトップ7、8人を集めた会合が開かれました。

彼らは皆、すでに総長の願いを知っているものですから、
「はい、解雇すべきです」と答えました。


ところが私の心の中には、それとは全く異なる思いが
フツフツと湧いてきたのです。

その思いがあまりに強くなるので偽ることもできず、
「解雇すべきではないと思います。
今まで私たちは彼女のために、
一体どのくらいの時間を割いて、
面倒見ようとしたでしょうか」
と失礼にも言ってしまいました。

総長も皆もびっくりしましたが、総長は 、
「それでは、彼女をドクター・シンミョウが責任を持って、
面倒を見てくれたまえ」 と宣告して、会合が終りました。


それからというもの、授業の合い間を縫っては、
食堂の片隅のテーブルで必死に彼女を和動し、
カウンセリングをしました。

だいぶ良くなったので、これなら大丈夫だろうと、
彼女を仕事場に送りました。しかし、しばらくすると
また人とぶつかってキックアウトされ、
私のところに連れ戻されてくるのです。

そんなことを4、5回繰り返すうちに、
“やはり無理なのかな” という悲しい思いがあふれてきました。

しかし、絶対に彼女を助けたいという決意で、
今度は彼女を私個人のオフィスに迎えて
カウンセリングをすることにしました。

“これが最後になるかも知れない” と思うと、必死でした。


あまりにも必死だったせいか、
見よ、私の頭上1メートルぐらいの少し右側に、
突然イエス様の顔がはっきりと現れたのです。

その瞬間、驚くべきことに、
そのイエス様の顔が私の体に入り込み、
私の口を通して彼女に語り始められました、
大粒の涙を流しながら。

「この私があなたをどんなに愛しているか、知っているのか。
その愛ゆえに十字架に行ったのを知っているのか」

次にイエス様は、私の体を通して両手を広げて
彼女に歩み寄り、ハグし、泣かれました。

その時の私自身の意識は、そのような超自然的現象を
止めようと思えば止めることもできるというものでした。


さすがの彼女も非常にびっくりして、
涙ぐみながら「すみません」と言い、心から悔い改めました。

彼女はそれからは二度と問題を起こさず、
UTSのスタッフとして働き続けることが許されました。
実に驚くべき奇跡が起きたのです。

この証しで、私は自分の体験を誇るつもりは毛頭ありません。
ただ「皆に仕えるために歩みたい」と言いたいだけです。

そして、「イエス様も絶対にメシアだ!」と
声を大にして言いたいのです。

UTS時代の神体験:ドクター神明の信仰エッセー



素晴らしい証しですね。。。

私のように、キリスト教を知らない者からすると、
イエス様は、メシヤであることは知っていますが、
使命を果たせなかった方、
その思いがあって、申し訳ない限りです。

誰のゆえに果たせなかったかといえば、
私のような無理解な人類ゆえだったわけです。

2000年間の歴史を、イエス様は
クリスチャンたちを霊的に導いてこられました。
どれだけ愛したかったか、どれほど
天国を作ることを熱望してこられたのか。。。

クリスチャンたちは、神明先生に現れたように、
霊的な体験、恩恵を受けてきたのですね。

神明先生の、あまりに切実に愛したい、という
心情ゆえに、先生を通過体として
イエス様も現れることができたのだと思います。

問題児だった女性の
親に正しく愛されなかったトラウマも、
イエス様の、あまりに溢れる愛に触れて、
きっと解かされてしまったのでしょう。

勝利された、真の父母様に侍る者として、
イエス様を通して受ける恩恵以上の
霊的体験、恩恵を受けなければ、
そんな思いにもさせられます。

そのためにも、私が勝利したい、というよりは、
この人を愛したい、仕えたい
そのような心情が必要だと、気づかせて頂きました。

神明先生のエッセイ、不定期に紹介します。
お楽しみに。






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posted by ten1ko2 at 09:28 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

日韓家庭のお嫁さんの葛藤、濃厚な関係が良い理由?! 《大知先生・心理学》



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大知(おおとも)先生
「濃くて良い人間関係をつくる」の続きです。

 
創造本然の関係は、もちろん濃くて良い関係です。
ですから、濃くて良い関係をつくっていかなくてはなりません。

しかし問題は、私たち日本人は薄い関係に慣れてしまっているので、
濃い関係がイメージし難くなっていることです。
どのような関係が濃い関係なのか、よくわからなくなってしまっています。

また、良い関係を大切にしようとするあまり、
無意識的に人間関係を薄くするように動いてしまいます。

教会員やそれ以外の人たちの面接を通して、
濃い関係をつくるということが、
私たち日本人にとっては思いのほか難しいことだ、
という印象をもっています。


そうした私たちにとって、
濃い人間関係とはどのようなものか
ということを学んでいけるのが、韓国の文化です。

最近は韓国も変わってきているとはいえ、
韓国と日本の文化を比べたときの大きな違いの一つは、
人間関係の濃さです。

韓国人は薄い関係を嫌います。
濃い関係の中で生まれ育ってきているので、
薄い関係の中では、栄養失調になったように、
あるいは砂漠の中で乾ききって
身動きが取れなくなっているかのように
元気がなくなってしまいます。


私の妻もそうですが、日韓家庭の韓国人婦人は、
多くの場合、日本人の人間関係の薄さの中で苦しんでいます。

一方、韓日家庭で韓国に嫁いで行った日本人婦人は、
最初は韓国の人間関係の濃さがつらいようです。

シオモニ(姑)がずかずかと自分たちの寝室に入ってきて
勝手にタンスを開けているとか、
留守している間に近所の親戚が
家に上がり込んでくつろいでいたとか、
プライバシーがないことにつらさを感じます。

これは、日韓家庭の韓国人婦人とは逆に、
情の中でアップアップと溺れて苦しくなっているようなイメージです。


しかし、韓日家庭の日本人婦人は、韓国の人間関係の濃さに慣れると、
その心地良さから抜けられなくなると言います。
忘れていた本然の人間関係を取り戻すことができたのでしょう。

それに比べると、日韓家庭の韓国人婦人は、
日本人の人間関係の薄さに慣れることはないようです。
諦めることはあるのでしょうが、やはり息苦しさはいつまでも続くようです。

ですから、日本社会の中で韓国人婦人同士が固まって、
日本人の悪口を言うようになってしまいます。

話がずれてしまいましたが、
親子関係や兄弟関係、氏族関係を考えていく時も、
同じことが言えます。

大切なことは、私たちの親子関係や兄弟関係、
氏族関係がそれくらい濃い関係になっているか、ということです。

大知 勇治・著
(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)
第3章 氏族的メシヤ勝利と心の問題解決
「濃くて良い人間関係をつくる」より


日本人は、相対的な民族であり、
人間関係も上手に適度な関係を築いていきます。
なので、韓国人から見ると「薄い」ということになるのでしょう。

反対に韓国人は、主体性の強い民族です。
そして、人間関係でも、情の近い関係、
特に家族、親族の関係を大事にします。

以前お世話になった、ある韓国の牧会者が
お昼を食べる時、おかずを一緒に箸でつつくのが
当たり前だと思ってきたのに、
大皿には、取り箸があるのは、違和感がある、
そのように言っていたことを思い出します。

韓国の文化は、天一国の文化に近いので、
敬拝なども「侍る」心情の表現としては、
とても素晴らしいものだと思います。
もちろん、すべてがいい、というわけではないですが。。。

先回もお伝えしたと思うのですが、
こういう時だからこそ、
家族の関係を深める時ですよね。
明日も、家庭礼拝のあと、
ちょっとしたパーティーをしようと思ってます。





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