2020年04月18日

礼拝は参加することに意義があるのではない?! 《田中地区長の*コロナに打ち勝つ3要素*2》



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今日は、田中富広地区長(副会長)の激励メッセージ
「こんな時こそ、基本に帰ろう!」2回目です。

今、教会の集会や活動は休止となって、
毎週、家庭礼拝をされていると思いますが、
とても参考になる内容です。

ちょっと長いですが、2つの3要素を続けてどうぞ。


さあそして、このみ言、実践、祈り、これを継続する中にも
私たちは、日常生活の中で
しっかり守らなければならない3要素があります。

それが「礼典生活」です。
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この礼典生活の基本は、まず
「敬拝式」を、しっかり神様を中心として
天の父母様を中心として、真の父母様を中心とした
私たちの生活の基点をはっきりさせるということが大事です。


もう一つが「十一条」生活。

自分の所有の全てを天に捧げるということを
認めていただけるのが、この十一条ですね。

1/10を捧げることを通して、全部を天に捧げて
そしてその9/10を改めて私が天に代わって使っていく。


私たちが日常生活で出費する時には、天に代わって使う出費なので
天の摂理の中でアベル的出費、カイン的出費ってあるんですよ。

このアベル的出費といういうのは、
たとえば、お弁当を買いに行ったときに
今日のお弁当は500円買わなくても
120円のおにぎりを食べてもなんとかなるよな、
と思ったら、その浮いたお金で献金に回すか、
あるいは公的なみ旨に使うことを、アベル的出費というのです。

カイン的出費というのは、
その時に使った120円のおにぎり代です。
自分の体を維持するために使ったお金。
これが、アベル的出費、カイン的出費。

別にカイン的出費は悪いというんじゃないんですよ。
必要な出費です。
でも、よりアベル的出費を増やしていくような考え方、
生活の仕方が私たちには必要だということであります。

いずれにしろ神様から任された9/10の使い方、
これをしっかり認識していかなければなりません。


また、「サタン的出費」というものがあります。
アベル的出費、カイン的出費、サタン的出費。
あってはいけないのはサタン的出費です。

サタン的出費というのはですね、
浮いたお金でエロ雑誌を買うとか、エロビデオを借りてくるとか、
これは明らかにサタン的出費、あってはならない出費です。

そういうことも踏まえていただいて、
人間が天の前に立つときは、
アベル的出費、カイン的出費をベースとして
日常の生活をしっかり確立していかなければならないし、
これを確立していれば天が守るし、私たちの心も安定します。


もう一つが「礼拝」です。

今は教会に集まって礼拝がなかなかできないこの時期ですね、
だからこそ礼拝の価値を理解してほしいと思います。

礼拝は参加することに意義があるのではないです。
礼拝は、捧げるところに意味があるんですね。

従って、教会で捧げるのも礼拝、
家庭で捧げるのも家庭礼拝、
個人が捧げる個人礼拝というのももちろんあります。
あるいは、地域で捧げる地域礼拝というものもあります。

共通しているのは、天の父母様に捧げるということ、
これを私たちがしっかりもって
礼拝を守っていただきたいと思います。


今は難しい環境がありますが、いろんな環境圏の中で
礼拝を捧げることを怠らず、投入していただきたいと思います。

ただ、案外、家庭で礼拝となって、あるいはスマホで見れるとかなると、
けっこう礼拝が横着になります。
なので、礼拝の基本的3要素を守ってほしい、ということを改めて思います。

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その礼拝の3要素をあげると、一つが「讃美」ですね。

これは1週間、神様が自分を守って、
再びここに導いてくださったことへの
感謝の思いをこめて、天を賛美する、
あるいは、試練を超えさせてくれたことへの
感謝をこめて賛美する。
あるいは神様を愛する思いをのせて賛美する。。。

そういう意味で、賛美は
神様に対する心を届けるメッセージでもあります。

ですからみんなで賛美する、あるいは
一人で礼拝を捧げる時も讃美をする、
これは大切にしてほしいと思います。


そして2つ目が、「説教」のみ言ですね。

直接教会長のビデオで送られてくる場合もあるでしょうし、
生配信で学ぶ時もありますね。

それも難しい時は、このみ言を読んでくださいという
指示があれば、そのみ言の中に、
1週間の生きる糧をいただくということで、
アベルから善なるみ言をもらって
1週間の歩みの中で善を繁殖させしていく。

これが私たちの使命でもありますので、
ぜひみ言を一言でもいいので受け止めて、
1週間を出発していただきたいと思います。


そして意外と横着になってしまうのが「感謝献金」であります。

1週間導いていただいたことに対しての感謝、
そしてこの1週間を、あらためて頂いたみ言を中心に
栄光を捧げますという決意の意味合いをこめて、
感謝献金というのがあります。

意外と教会に行くと感謝献金をしているんだけれど、
家庭ではしていないと聞きます。
ぜひ家庭礼拝においても感謝献金を捧げるようにしてください。

御父母様のお写真、献金を捧げる台、
あるいは献金袋等を用意しながら、
家族で捧げた場合には家族全員で感謝献金を添えて、
1週間分、あるいは1か月分を集めて教会にもっていくというように

感謝献金を捧げることの大切さを
小さい時から子供さんがいらっしゃるのであれば、
小さければなおさら、
10円でも50円でも、感謝献金の習慣を
身に着けてくださるのがいいかなと思います。

また、できれば、神様に捧げるので、
10円だったら10円で一番光っている10円、
50円なら50円で一番輝いている50円、
そういうものを選んで捧げるようにします。

子供たちには、よりよい教育になるかなと思いますので、
たとえ家庭でやっても、礼拝献金、
こういうものは忘れないですすめてほしいと思います。
(*編集、文責:ten1ko2)

第1地区 田中富広地区長 激励メッセージ
 VOL4.(3月31日)
「こんな時こそ、基本に帰ろう!」 より


信仰生活の3要素、
とても分かりやすいですね。。。

聖歌讃美や、感謝献金など
うちの家庭でもできていなかったので、
先週は聖歌を歌いました。
明日の家庭礼拝に、
さっそく参考にしていただければと思います。

こんな時だからこそ、
基本に立ち返って再出発する、
そういう期間だと思って、
一つ一つの物事に
精誠を込めていきたいと思います。





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2020年04月17日

聖霊の働き! 誹謗する相手を愛したとき感じた幸福感 《UTS時代の神体験》



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神明(しんみょう)先生の「UTS時代の神体験」より
『カインとアベルの関係における聖霊降臨の体験』
を紹介します。


私は紆余曲折を経て、1985年からUTSで教鞭を執り始めましたが、
それからというものは当時の総長に心から侍ることによって、
3年以内には総長から絶大な信頼を受けるようになりました。

私は教授という立場上、学生たちに教えているだけでよかったのに、
総長は次第にUTSの組織上の問題、財政の問題、
スタッフの心霊問題、学生の問題といった全ての問題について、
まず私に相談をしてこられるようになりました。

それは実に光栄ではありましが、
そんなに簡単なものではありませんでした。
というのは、周りからは私にさまざまな抵抗が生じてきたからです。

同じ統一食口の間でこんなことが起こるのは残念なことですが、
私を失脚させ追放するための画策が、
当時のUTSのリーダーやスタッフの間で、
見えないところでなされたりしていました。

私は米国の旧敵の日本人として、どこに行っても
苦労が付きものなのかな、とも思いました。


1990年代の初め頃に、あるスタッフの姉妹などは
総長に手紙を書いて、
「UTS内で最も危険な人物はドクター・シンミョウなので
気をつけてください。彼は問題がある所には必ず顔を出し、
その問題をかえって悪い方にこじらせた後、
自分の解決法を提示して点数を稼ごうとする悪人です」
などと讒訴したのです。

私を完全に信頼する総長はカンカンに怒って、
彼女を解雇し追放しようとされました。

それで、私は、私を讒訴する彼女の総長への手紙のことは
知らないふりをして、彼女と直接話してみることにしました。

彼女は私のオフィスに静かに入ってきましたが、
話しているうちに次第に
彼女の形相が見る見るうちに怒りと怨みに満ちてきたのです。

韓国や日本からやってたた東洋人が
教会のトップを占めていることに承服できない、
というのが彼女の一番の言い分でした。

彼女の毒々しい言葉を全部聴いてあげました。
それを聴いたら、普通だったら我慢できないような内容でした。

しかし不思議にも神様の働きのせいか、
私は彼女の怖い形相を見ながら、かえって愛の思いが
ふつふつと湧いてきて泣きそうになりました。

いよいよ彼女との話が終り、彼女が立ち去った後、
独りになった私は彼女に対する神様の無条件の愛を感じて、
机の上に顔を伏せてしばらく号泣しました。
そして私に対する彼女の個人攻撃の事実さえも
許して余りあるように感じました。

これも聖霊現象でなくて何でしょうか。
自分の力ではこんなことは絶対にできないはずです。


それで私は総長に訴えました。
私が必ず彼女を面倒見るので、彼女をクビにしないでください、と。
面倒を見れる自信はありました。
なぜならば、神様がいらっしゃると感じたからです。

総長は私の訴えを聴いてくださり、彼女をクビにされませんでした。

その後も何度も、いわゆるカインの立場にある人達の苦情を
真心で聴いてあげて、同じような聖霊降臨の体験をしました。
私がUTSの総長になってからもそれを体験しました。

そのときは、本当に神様の愛が充満して、
怨讐はもういなくなってしまうのです。
全ての人を愛せるのです。

それこそ天国に入ったような気持ちでした。
これ以上の幸福はないと感じました。


統一運動もこのような聖霊体験を基にして歩めれば、
どれほどよいでしょうか。

もちろん、組織とか経済などの外的な現実面を
無視するわけではありませんが、
現実面もこのような内的なものによって
支えられなければならないのではないか、とも思います。

要するに、カインとアベルの関係に
聖霊が降臨できるようになれば、いちばんよいと思います。

先生に確認の上
一部編集しています
文責:ten1ko2

「UTS時代の神体験:ドクター神明の信仰エッセー」
現在、『世界家庭』に連載中


先回は、神明先生が愛の減少感を感じる立場の証しでしたが、
今回は、逆の立場です。

アダム家庭においては、アベルは傲慢になり、
カインの怨みの思いは増幅して、アベルを殺害する結果になりました
彼女のために祈りを捧げました。
本当に素晴らしいな、と思います。

先生は、他にも様々な仕打ちを受けられたそうですが、
その試練を乗り越えられる中で、
神様の導きを実感されたといいます。

私たち、家庭連合には神様がともにあり、
しかもお母様の語られる、
本当の神様、天の父母様がともにおられます。

ですから、先生の語られる通り、
聖霊がともにある組織、統一運動が
実現可能であることを心から感じるのです。





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2020年04月16日

「こんな時こそ、基本に帰ろう!」 《田中地区長の*コロナに打ち勝つ3要素*1》



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新型コロナウィルス対策としての3要素、
「マスク」「手洗い」「うがい」そして、
いわゆる「3密」を避けるということがいわれています。

今日紹介するのは、もしかしたらそれ以上に
効果があるかもしれない、
心のコロナ対策ともいうべき、
生活の3要素です。

田中富広地区長(副会長)の激励メッセージより、
「こんな時こそ、基本に帰ろう!」
3要素シリーズでお伝えします。


4月度新しい年度の出発、始まりですが、
世界を席巻する新型コロナウィルスによって
不安や恐怖を覚えておられる方もおられるかもしれません。

あらためて私たちはこのときであるからこそ、
天の父母様と真の父母様を思いながら
摂理に向かっていかなればならないと感じております。

試練は悪いことばかりではありませんし、
我々の受け止め方次第であるというふうにも感じております。

ちょうど岸辺のこちらの岸からあちらの岸に渡ろうとするときに、
小舟で渡る時に、もし川がなければ向こう岸にたどり着けません。
また、もし、舟に穴が一つ空いていれば、
それは恐怖に変わります。

このように、私たちもいろんな試練に遭遇した時に、
むしろ私たち自身の中に穴があいていないかどうか、
しっかり確認しておかねばなりません。

今日私が皆さんに贈りたいメッセージは、
「こんな時こそ、基本に帰ろう!」
これが今日のメッセージであります。


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たとえば私たちの人間生活においても、
最も基本的なことに、「健康生活の3要素」というのがあります。

「食事」、「運動」、「睡眠」、この3つは
私たちの健康維持にはとても大切な3要素であります。

食事はもちろん言うまでもありません。
ただ、食事を食べすぎれば、食事はむしろ害になりますし、
また健康を害することもあります。

また、適度な運動をしなければ、食べたものも栄養に変わっていきませんし、
適度な運動を通して、いわゆる熟睡といいましょうか、
よりよい睡眠も与えられます。

そしてよく眠ることができれば、
朝から朝食もしっかり食べることができます。

このように私たちに食事、運動、睡眠という3要素があります。


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同じように信仰生活にも3要素があります。

それは一つが「み言」であり、
そして一つが「実践」であり、
そしてもう一つが「祈り」です。

「み言」は心の糧と言われますが、このみ言を私たちは得なければ
私たち自身が成長することができません。
また、天の願いも悟ることができないということになりますが、
み言も食べているだけでは、み言のメタボになります。

み言を通してみ言を確認する、
実践を通してみ言の実体になっていくということで、
「み言の目的は実体であり、実体の目的は心情である」
というみ言があるように、
私たちは必ずみ言を得たらその分、
行動に移さなければならない、実践が必要となります。

そして、実践があればあるだけ、
天の前に祈る気持ちが生まれてきますし、
祈りも具体的になります。
神様も私たちの祈りに耳を傾けてくださいますが、
祈りは具体的でなければならない。

まさに実践を通して神様の前に具体的な祈りを捧げ、
そしてまたみ言をいただいて、実践をしていく
と、このように信仰生活の3要素、
この基本を私たちが守っていれば、おそらく
心の中に侵入してくるウィルスには勝てるかというように思います。

不安、恐怖、こういうものも、
み言が弱かったり、実践が弱かったり、
祈りが弱いと芽生えてきます。

一日の生活で、なんか自分の心が不安定だなぁと思ったら
振り返っていただいて、
「あ、み言を最近読んでなかったな」、あるいは
「実践が足りなかったな」、あるいは
「ああ祈りが足りなかったな」と
何か自分に悟らせてくれるものがあります。

(*ブログ用に構成を組み変え
編集しています。
文責:ten1ko2)

第1地区 田中富広地区長 激励メッセージ
 VOL4.(3月31日)
「こんな時こそ、基本に帰ろう!」 より


新型コロナウィルスが収束するように、
日本の食口たちも祈りをささげています。

しかし、いつ収まるかわからない現実は、
不安でしかないですね。

歴史上最悪とも言うべき、困難なこの時に、
真のお母様が地上におられる、ということが
どれだけ有り難いことであり、
感謝であるかしれません。

地区長の語られているように、
信仰生活の3要素をしっかりと守って、
困難を乗り越えていきたいと思うのです。

このあとも、礼典生活の3要素、
礼拝の3要素など、
今のこの時期に特に大切で
参考になるお話が続きますので、
どうぞお楽しみに。






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posted by ten1ko2 at 07:55 | Comment(2) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする