2020年04月12日

*名称変更パート2* 真の父母を勝利したからこそ語れる「天の父母様」 《田中地区長》



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田中地区長(副会長)のメッセージ
「お母様の発表した名称変更に
違和感をもつ人へ」の続きです。


徳野会長がお母様のメッセージをお届けしました。

これを聞いて、また名称変更か、と反応された方も
おられるかもしれませんし、
「天の父母様」それ自体にも抵抗し
反旗を翻す分派活動もあります。

全世界の末端の食口まで、伝えなさいとご指導された背景と
ご心情圏を踏まえながら、考えてみたいと思います。

そもそも「天の父母様」という言葉に対して、
「天のお父様」を祈りの中心にすえてた者にとっては、
もちろんこの私もそうですが、「えっ!」という感を
もつことは誰もが通過したのではないでしょうか。


(先回の記事で紹介したみ言を引用しながら)
正に原理で言えば、本陽性と本陰性、
これが一つとなった中和的主体、
それが神様であるということです。

このような「天の父母」概念、このことを
明確に私たちは理解しておかねばならないし、
また父母を中心として物事を考え、
父母の事情、心情、願いに立つ子女と
なっていかねばならないということであります。


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お父様が聖和される直前にも、父なる神だけを信じ、
母なる神を見失ったこの宗教界が、
「自分の神こそ絶対である」と自分の正当性を主張して、
宗教的エゴをまき散らす、この姿に対して
お父様が苦悩されたということがここでもよくわかります。


このようにお父様は天の父母、神様をすえるときに
父母であることを、一番の教育の柱にしなければならないと語られました。

まさに天の父母は、地上における実体の父母が立つことを通して、
より神様が父母であることがわかるそのような時代を迎えているので、
力強く宣布されたといえます。

まさに、真の父母様が父母として勝利したからこそ言える
メッセージであって、
それなくしてはこのメッセージは
生まれてこなかったということは、言うまでもありません。

自分が父母である以上、真の父母の位置にある者と、
そして祝福を受けた子女たちは、
共に責任があるんだということですね。


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そのうえで「地上にいる間に
思想政治経済などを一つに束ねていく制度を作っていきたい」
と、このようにお母様は強い姿勢を示されて、
その上で出されたのが、今回の
「天の父母様教団」への名称変更のメッセージでありました。

まさに宗教が一つになれない理由は、神観が違う、
この神様は自分の神であるというのが基本でありますが、
その神が父母であるというとらえ方が今までできなかった、
あるいは言葉であったとしても、
そこに情まで父母であると思える情を、我々信仰を持つ側が啓発できなかった。

なぜか。それは実体の父母が立たなかったからです。
今は実体の父母が立ちました。

ですから私たちは、真の父母の前に自らの中に
子女としての情を生み育てていくことのできる環境圏ができた、
だからこそ私たちは今、力強い言葉で
まさに真の父母様は父母である、神様は父母である
ということを、実体の父母をもって
確信をもってメッセージを発信できる
そういう時代圏にあるのだということをあらためて感じています。

第1地区 田中富広地区長 激励メッセージ
 VOL5.(4月6日) より


お母様も自叙伝の序文で語られていますが、
今まで歴史は男性中心の歴史でした。
それは神様が「父なる神」と認識されていたことが
一つの要因であったと思います。

また、西洋社会で女性解放運動、
ウーマンリブ運動が展開されてきましたが、
これもある意味では、男性支配に抵抗する、
怨みから出発した運動でした。

しかし、真の父母が勝利され、
真のお母様が独り娘を宣布されたがゆえに、
神様も本来の神様、すなわち
「天の父母様」と堂々と叫ぶことのできる、
歴史的転換の時にいるのだ、
そのことを知らなければならない、と思うのです。

(また近いうちに続きをご紹介します。)





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2020年04月11日

真のお母様とご家庭のため捧げられた、ひそやかな生涯 [聖賢ソクラテス夫人聖和]



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先日、金明熙(キム ミョンヒ)先生(聖人祝福家庭)の聖和式が
韓国本部主催で行われました。
中和新聞に掲載されている、
李基誠(イ ギソン)会長の聖和の辞を紹介します。


尊敬する聖人祝福家庭 金明煕女史の聖和式を迎え、
天の父母様(神様)と真の父母様に感謝をお捧げします。

また、新型コロナウイルスの影響にもかかわらず、
早朝より訪ねてくださった皆さんに心より感謝を申し上げます。
協会聖和式に見合うように盛大な聖和式を挙げなければならないのですが、
感染予防のための政府の政策に呼応し、
少数で聖和式を挙げることを申し訳なく思います。

真のお母様は、金明煕女史の聖和の報をお聞きになると、
「生涯にわたって天の前に忠誠を捧げ、
 天上世界へと旅立たれるようになったことに感謝します」
と語られ、

 祝 神統一韓国時代開門安着忠誠子
     聖人祝福家庭  金明煕  女史

との揮毫を下さり、『協会聖和式』をもって、
お送りすることを許してくださいました。


金明煕女史は牧師である父親の影響で小学1年から祈祷生活に目覚め、
生涯を神霊と真理で信仰生活をされました。

回顧録を読めば、どれほど再臨主を待たれたか、
飛行機が噴き出す白い雲を見ても、
『もしかして主が来られるのではないか』と考え、
夜には天の星を見て主の啓示を切に求められました。  

母方は、独立万歳運動を主導し、失った祖国を探すために先頭に立った家門です。
父方は牧師である父親が、日帝のキリスト教迫害に立ち向かって逮捕され、
拷問と獄苦に遭うほどの篤実なキリスト教の家門でした。  

金女史は1954年1月7日、『原理』のみ言を聞いて入教されたあと、
数多くの霊的体験をされながら、
55年、日本において文喜進様をお生みになり、
59年4月1日、釜山に帰国されました。  

以後、真の父母様のために多くの精誠を捧げられ、
生涯を祭物としての信仰の道を変わることなく歩まれました。


その上で98年6月13日、
哲学者を代表する聖人ソクラテスと霊肉界祝福を受けられました。
この時、喜進様も李惠信様と霊人祝福を受けられ、
お二方が同じ日時に真の父母様の祝福を受けられました。

金女史は、この日のことを
『祝福を受けて新しい人生を迎えた気持ちでした』と回顧されています。  


金女史は、真のお母様に侍るために最善を尽くされました。

回顧録を読めば、

真のお母様のために祈祷をたくさんしました。
 お母様に対する私の信仰は最初から変わることがなく、
 真の父母様の家庭のための祈祷が私の日課でした


と話されました。  
そして、

真のお母様は清く純粋で、
 天が準備された本当に大切なお方です。
 統一教会のシンボルとして、ただ、天のためにお生まれになったお方です。

 食口たちはお母様が願うことをしてさしあげながら、
 その深い心を推し量らなければなりません。
 それは、そのまま神様にしてさしあげることと同じだからです


と語られています。  

このように金女史は、天のみぞ知る、
蕩減復帰摂理の祭物路程を黙々と歩まれ、
生が尽きる日まで変わりなく、
真の父母様に侍って忠と孝の道理を果たされました。

それゆえ、絶対信仰・絶対愛・絶対服従の模範となる道を
歩まれた真なる孝女であり、忠誠子であられたのです。

天一国8年天暦3月11日 (2020年陽暦4/3)


表に立ってみ旨を牽引する方もいれば、
陰に隠れて、精誠を尽くされる方もおられます。
君影草の別名で知られるスズランのような、
そんな歩みをされたのが、まさに
金明煕先生であったと思います。

最後までお母様のために祈られた方。
み旨に対して、絶対に、変わらずに歩まれた方。。。
私たちの模範ともなるべき歩みをされました。

西川先生が日本宣教をされる前、
お父様の以南入監中の時期に、
日本でひっそり喜進様を出産されたのですね。

ずっと韓国の一食口として歩まれながら、
晩年お会いした人によれば、
つつましい信仰者であり、
日本のこともとても愛しておられたといいます。

さて、日本では、同じころ亡くなられた
43双の阿部千鶴子夫人の聖和式(4月6日 3月30日聖和)がありました。

先に聖和された新國夫人と同じように
鶴の字がつく名前をもつ方の聖和であり、
意味があると、田中地区長も話されています。

基元節7周年と、御聖婚60周年を迎え、
勝利されたお母様を象徴されるような方たちが
聖和されていると感じます。

心からご冥福をお祈りいたします。






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〈金明煕(キム ミョンヒ)女史の略歴〉

1930年12月12日、平安北道朔州郡水東面で父の金ヂョンオク先生と、
母の洪ファクシル女史の長女として生まれ、
54年1月17日、ソウルの延世大学英語英文学科3年の時に
世界基督教統一神霊協会ソウル本部教会に入教、
その後、日本宣教活動を経て帰国し、
60年から青坡文学会会員として詩の創作に携わるとともに、
67年、釜山長老会神学校卒業。79年、ソウル漢城女子大英語英文科卒業。
81年から統一神学校で英語を教えるとともに、
ソウルの中央大英語英文科大学院とロンドン大学クイーンメアリー校大学院に学び、
86年に中央大学校英語英文学科修士を取得。
漢城大学と京畿大学で英語英文学科の講師をしながら、
92 年、京畿大学英語英文学科博士課程を修了。
98年6月13 日、3億6000万双1次国際合同祝福結婚式で
聖人ソクラテスと霊肉界祝福を受けられる。
天一国8年天暦3月9日(2020年陽暦 4/1)午前11時1分、満89歳で聖和。



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2020年04月10日

☆奇跡☆ 参加できなかった指導者会議、お父様が霊的に顕われる! 《神明先生》



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神明先生の『UTS時代の神体験』より、
「お父様の愛が実際に顕現した証し」を紹介します。


私がまだUTSの教授時代のことです。
当時、UTS総長は、UTSで働く一人の米国人の兄弟
Aさんを寵愛しておられました。

それも当然です。
総長は1959年に韓国から米国に宣教師として派遣され、
苦労してこられた方なので、米国人を重要視して
立てようとする思いが格別だったのです。

なので、イーストガーデンでのお父様を中心とした
教会指導者の会合があるときなどは、
AさんがいつもUTSの代表として送られました。

Aさんは霊的にも肉的にも私よりずっと若い兄弟でした。
私も、これでもプライドがある人間なので、
お父様に直接お会いできる指導者会議に
自分が参加できないことを寂しく思いました。
ある種の嫉妬です。

しかし、私はこうべを垂れて祈りながら、
総長の事情を理解するように努めます、と神様に誓いました。

そして、米国にいる限りは、
Aさんのようなアメリカ人を愛して
立てていくように努力します、と決意しました。


その後、Aさんがイーストガーデンから帰ってきて、
指導者会議でのお父様のみ言を伝えてくれる
報告会がUTSで開かれたのです。

学生やスタッフが全員参加しました。
私も参加しました。
彼はお父様のみ言を
英語の通訳からしかメモしていないので、
彼の報告は不十分です。

しかし、彼の報告を聴いているとき、
霊的な現象が起きました。

彼の声が不思議な波動に変わって伝わってきて、
私の心に響きわたり、愛なるお父様が
私の所に訪ねてくださっているのを実感したのです。
お父様のあの男性的な強い声まで聞こえるようでした。

それで、嬉しくて泣きました。
それこそ天国のようでした。


しかし、そのAさんも、あるときに、あることで
不注意にも総長に暴言を吐いてしまったことがありました。

その頃、Aさんは総長から見込まれて、
副総長に抜擢される可能性さえあったのです。
なので、かえって総長はカンカンになって怒り、
彼を左遷しようとされました。

そのとき、彼の間違いは私にとっての出世のチャンスだ、
などという思いは決して生じませんでした。

かえって、これは大変なことが起きたと思い、
私は総長にお願いして、どうか彼を許してください、
この私が彼を励まして助けてあげますから、
彼を辞めさせないで下さい、と訴え出ました。

そして実際に彼と話してあげたのです。
その結果、彼も涙で改心し、総長も彼を許されました。

そのときの私のうれしさといったら、
言葉で表現できませんでした。

真の父母様の愛が共にあるのを感じました。
そして、その愛に泣けて泣けてしかたがありませんでした。



神明先生の証しを通して、
二つのことを感じました。

「愛の減少感を感じた時がチャンスであること」
「立てられた中心の位置に侍ることが大切であること」

Aさんに対して、嫉妬の思い、寂しい思いをもった時、
神明先生は、天に対して祈りを捧げられました。
そして、お父様を霊的に感じられたのでした。

やはり、私たちは、マイナスの思いを感じた時に、
どのように対処すべきかが重要だと思わされます。

そして、最後の部分です。
中心を人間的に見るとしたなら、
神明先生はいろんな意味で、Aさんより
実力も信仰もあるでしょう。

しかし、彼を許してください、
そのように総長にとりなしをしておられます。

そのことにより、Aさんは許されただけでなく、
神明先生も心からの喜びを実感し、
真の父母様の愛を感じられたのです。

私たちの信仰生活においても、
教訓として、とても学ばせていただきました。
ありがとうございました。






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