2020年06月12日

「ありがとう」と「ごめんなさい」を直接伝えてみよう! 《氏族伝道の心理学》



200612.jpg


大知(おおとも)先生の「氏族伝道の心理学」より
「『ありがとう』と『ごめんなさい』」を
2回に分けてご紹介します。


では、敬拝の次に何をしていけばよいのでしょうか。

私は、両親や兄弟、親戚の方々に
「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えたらいいと考えています。

最近、魔法の言葉として、「ありがとう」や「ごめんなさい」
などを唱えることを勧める本が評判になっています。

『豊かに成功するホ・オポノポノ』(イハレアカラ・ヒューレン著)
『鏡の法則』(野口嘉則著)などがその代表でしょう。

これらの本は、科学的な根拠はともかく、経験則として、
こうした言葉を唱えること、あるいは相手に伝えることが、
様々な良い影響をもたらすことを伝えています。


私も、こうした言葉を
親・兄弟・親族に対して直接伝えることをお勧めします。

ここで大切なことは、「直接伝えること」です。

写真や寝顔に言うのも悪くはありませんし、
心の中で感謝することも大切ですが、
直接伝えることがより重要です。


では、なぜ、「ありがとう」や「ごめんなさい」を
直接伝えることが重要なのでしょうか。

私は、氏族的メシヤとは、氏族の中の
堕落性(不安と怒りなど)の授受作用をなくし、
創造本然(愛)の授受作用のみの関係をつくることだと述べました。

「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉を伝えることは、
そうした創造本然の関係をつくっていく第一歩になるからです。


私たちは言葉を無意識的に発してしまうことがよくあります。
そうした言葉の中に、不安や怒りなどの
堕落性の思いが含まれている言葉が少なからずあり、
その言葉が相手に伝わる時に、
相手の不安、イライラを刺激してしまい、
怒りや不安の授受作用が始まります。

それに対して、「ありがとう」や「ごめんなさい」は、
相手の創造本性に届く言葉なのだと思われます。

もちろん、皮肉や嫌味で
「ありがとう」や「ごめんなさい」を言うことはあります。
ですから、正確に言えば、これらの言葉は、
創造本性の強い言葉、と言えばいいのでしょうか。

実際に、怒っている相手に対して、
「ありがとう」とか、ましてや「ごめんなさい」を
伝えることは、本当に難しいことです。

よほど自分の気持ちを整理しないと、
自分が悪いとわかっていても、相手に対する怒りがあるときには、
こうした言葉を伝えることはできません。

ですから、「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えることは、
自分の堕落性を整理して、
創造本性の情を刺激するようになりますし、
相手の創造本性が刺激されて、
創造本然の授受作用が始まるきっかけになります。

この「ありがとう」と「ごめんなさい」を
ご両親や兄弟、親族に対して伝えてください。
そこから、新しい関係が始まるきっかけが見つかるはずです。


ただし、ここで注意していただきたいことがあります。
それは、親兄弟に対して伝わりやすい「ありがとう」「ごめんなさい」と、
あまり伝わらない「ありがとう」「ごめんなさい」があるということです。

以前、私がある教会員に対して、親に「ありがとう」と
「ごめんなさい」を伝えることを勧め、
次回の面接までに何を言うか考えてくるように伝えたことがあります。

次回の来談時に、その姉妹が、親に対して考えてきたことは、
「このあいだ帰省した時に洋服を買ってくれてありがとう」と
「家の車に乗っていて、ぶつけてしまいました。
ごめんなさい」と、いう言葉でした。
こうした言葉は、なかなか伝わらないように感じます。

洋服を買ってくれたら、隣のおばさんにでも、
同じ教会の教会員に対してでも、「ありがとう」と言うでしょう。
車をぶつけた時には、レンタカー屋さんにも「ごめんなさい」と言います。

つまり、こうした「ありがとう」「ごめんなさい」は、
親子の「ありがとう」「ごめんなさい」ではないのです。
もちろん、こうしたことでも、伝えないよりは
伝えたほうがよいことは間違いありませんが……。


親子の「ありがとう」「ごめんなさい」は、
親子関係だからこその「ありがとう」「ごめんなさい」です。

「貧しい中、大学まで行かせてくれてありがとう」
「小さい頃、身体が弱かった私をいつも看病してくれてありがとう」
「中学校の頃、反抗して『大嫌い』って言ってごめんなさい」などは、
親子ならではの「ありがとう」と「ごめんなさい」でしょう。

そして、親に対する一番の「ありがとう」「ごめんなさい」は、
「生んでくれてありがとう」
「お父さんの娘でありがとう」でしょうし、
「親孝行ができていなくて、申し訳ありません」ということでしょう。

これらは子供にしか言えませんし、
生まれてすぐに離れ離れになってしまっていたとしても言える、
いえ、もしそうだとしたら、なおさら言わなくてはならない、
親に対する究極の「ありがとう」「ごめんなさい」です。

(一部編集、文責:ten1ko2)

大知 勇治・著(光言社・刊
『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)
第3章 氏族的メシヤ勝利と心の問題解決
「ありがとう」と「ごめんなさい」



一番シンプルですが、とても重要なメッセージですね。
心では思っているのですが、表現する、ということが大事なのだと思います。

人間関係においても心情を修復させる言葉ですよね。
「ありがとう」「ごめんなさい」は、
特に身近な人ほど話さなくちゃいけないというか。。。
わかっていても言葉に出なかったり、
口先だけ、ということがありますよね。。。

すでに私の年代では、(私を含めて)
両親が他界している人も多いと思います。
そういう人には、明日の記事をお楽しみに。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:57 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする