2020年07月22日

「7たびを70倍するまで許す」の意味 イエスはいつどこまで許したか?! 《金元弼先生》



200722-Dore.jpg


金元弼(キム ウォンピル)先生のみ言、
「悔い改めは出発の時と同じ」より
「七たびを七十倍するまでに許す」です。
 
 
イエス様には十二人の弟子がいました。

その第一弟子のペテロがイエス様に
「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、
幾たびゆるさねばなりませんか。
七たびまでですか」と質問した時に、イエス様は
「七たびを七十倍するまでにしなさい」と言われました
  (マタイ一八・二一〜二二)

ということは、完全に許しなさいということなのです。
結局はみな許し、何遍でも許しなさいということです。

その人が神に喜ばれる人になるまで、
何十遍、何百遍でも許してあげなさいということなのです。


そう言われた時に、ペテロはどういうふうに考えたでしょうか。
どういうふうに考えたと思いますか。

何遍許したら良いでしょうかと聞いたペテロは、
「七たびを七十倍するまでにしなさい」という答えを聞いた時、
あまりにもけた違いなので、ぼう然としたというのです。
ピンとこなかったというのです。

メシヤのみ言ですから、限りなく許さなければならないのだと
ペテロは考えたけれども、それ以上は考えられなかったのです。

それ以上は考えられなかったとは、どういうことでしょうか。

ペテロに対して、
「七たびを七十倍するまでにしなさい」と言うからには、
イエス様にも、許し難い怨讐があって、
そういう怨讐を
七を七十倍する以上許したという世界があったということを、
ペテロは考えなかったというのです。


皆さんもそうでしょう。

皆さんが私に
「Aさんが私をいじめます。どうしたら良いでしょうか」
と尋ねた時に
「永遠にその人を許しなさい」
と答えたとすると、
皆さんは私に対してどう考えますか。

えらいことを言うなあと考えるでしょう。
『ああ許さなければいけない、
そのように許さなければいけないかなあ』
とそう考えるでしょう。
それ以上のことは考えないと思います。


ところがイエス様がそのようなみ言を下さったからには、
イエス様にそういったような過去、
現在の内的世界があったというのです。
しかし、私たちはそれを知ろうとしないのです。

イエス様御自身、そのような世界に悩まれ、
そして勝利された世界があったからこそ、
ペテロにそう言われたのです。
イエス様は勝利したからこそ、そう言いきれたというのです。


皆さん、イエス様はいつ許したのでしょうか。
考えてみてください。
イエス様にとって本当に許し難い事件とは、
どんなものがあったのでしょうか。

マリヤがそうでした。
ヨセフがそうでした。
兄弟がそうでした。
洗礼ヨハネもそうでした。
イスラエルがそうでした。
理解できますか。

神の前に、メシヤを証して、そして否定していった
洗礼ヨハネは、イエス様の前にあっては
怨讐の中の怨讐であったというのです。

個人的に考えればそうではないのですが、
神のみ旨を中心としたときには、
そう考えざるを得ないというのです。

人々の前で、イエス様をメシヤだと証しながら、
後でイエス様を疑ったのです。

そして弟子を遣わして
「本当に、あなたは来るべきメシヤなのですか」
と質問した洗礼ヨハネは、神のみ旨を中心として見れば、
本当に許し難い怨讐中の怨讐であったというのです。

メシヤが十字架につかれたその遠因が
洗礼ヨハネだったのです。

「悔い改めは出発の時と同じ」 
1975年11月2日 川崎・楚麗邑



昨日、真の父母様の「真の愛」の世界を紹介しました。
「真の愛」というのは、
「与えて忘れる」ものだという昨日の
お話でしたが、また
「恩讐をも愛する」ものだといいます。

それを実践されたのが、2000年前のイエス様でしたが、
キリスト教会は、2000年間、
その信仰が続いたのでしょうか。

その精神をもって歩んできた聖人たちがいたので、
継続された部分もあったと思います。
ただイエス様の愛の基準に達すること自体
簡単ではなかったでしょう。

再臨主として来られた真のお父様を迎える
キリスト教の基台がなかったので、
何もないところから、
統一教会、家庭連合、天の父母様聖会を通して
「真の愛」の世界を成そうとしてきました。

統一教会時代、キリスト教会は、私たちを
三大異端のひとつだとして、認めませんでした。

特に私たちを迫害をしてきた牧師、
いわゆる反対牧師たちがいました。
彼らは、
「統一教会はサタンだからいいのだ」
と自分たちを正当化して、攻撃していました。

経験者として、耐え難い思いもありますが、
イエス様が歩まれた道、
さらには真の父母様が歩まれた道を思い、
相続する者になっていきたい。。。

そうすることを通して、
イエス様、真の父母様に通じることでしょう。

今は時代が変わりました。
すべてが天の父母、神様の子女として、
真の父母様と一つとなっていけば
越えがたきを越え、
許し難きを許していくことができます。

特にこの時代に導いてくださった
聖霊の実体である、平和の母、真のお母様に
心から感謝していきたいと思うのです。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:24 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月21日

愛が憎しみに変わる理由?! 決して変わらない母の愛 《浅川先生》



200720.jpg


浅川勇男先生の
「『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ」4
『ためらいなく与えて忘れる』です。

 
一般的に、愛は与えること、尽くすことであり、
幸福を結実することである、といわれています。

しかし与えて尽くした結果、憎しみや恨みが生じ、
不幸をもたらす場合があります。

スーパーのレジに並んだ買い物客と憎み合うことはありませんが、
家にいる家族と憎み合うのです。
愛しているはずの夫婦、親子、嫁姑(しゅうとめ)間で争いが起こるのです。

「愛憎」の言葉のように、愛と憎しみは
紙の表裏のように深くつながっているようです。


愛は、与えることです。
では、なぜ与えたのに憎しみに転換したのでしょうか。

それは、与えることをためらったからです。
与えることをためらうと、愛に汚れと傷がつくのです。

なぜ、ためらったのでしょうか。

自分が大切にしてきたものに執着心を持ち、
惜しむ心があったからです。
そして相手に貴いものを与えるだけの
価値があるかどうか疑念が湧いたからです。

葛藤して与えたとき、それが心の底に「記憶」として残ります。
残存した記憶からは相手への要求心や見返りを求める心が生じます。

それが後悔する心となり、やがて憎しみや恨みに転換するのです。
犠牲が大きかったものほど、それは強くなります。

 
では、この世にためらいなく与えて忘れる、
そんな純粋な愛が存在するのでしょうか。
存在しています。

母となった女性はその愛を経験しています。
自分の生んだ赤子にお乳を与える愛です。
母が乳を子供に与える愛は、決して見返りを求めません。
与えたことを覚えていません。
ためらいも躊躇(ちゅうちょ)もしません。

飲ませた乳の量をデータとして記録し、
お金に換算しておいて
物心ついたときに子に請求するという母親はいないのです。

乳を飲ませるのは営業ではありません。
飲ませた代価を要求することもありません。

母の子に対する愛は、
無私、無償、無条件であり、真の愛なのです。


韓鶴子夫人は、なぜ「平和の母」と呼ばれるのでしょうか。

人類をわが子として、
無私、無償、無条件で愛を与えるからです。
ためらいなく与えて忘れる人だからです。

それを誰よりも知っていたのが、
夫である文鮮明先生でした。


「妻は自分の結婚記念の指輪まで
 人にあげてしまうほど情け深い女性です。
 ぼろを着た人を見れば服を買ってあげ、
 おなかを空(す)かせた人に会えば
 ご飯を振る舞いました」


(光言社 文庫版 文鮮明先生自叙伝
『平和を愛する世界人として』223ページ)
 

平和の母、韓鶴子夫人は言われます。


「私は与えるのもためらいなく与えますが、
 与えると同時に、そのことを忘れてしまいます。

 自分が持っている物を与え、愛を与え、
 さらには命まで与えても忘れる人が、
 神様の一番近くに行くことができるのです」



(韓鶴総裁自叙伝
『人類の涙をぬぐう平和の母』186ページ)

『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ 4
ためらいなく与えて忘れる
浅川 勇男


結婚指輪の記述は、以前にも書きましたね。
それにしても、誰にあげたか覚えていない・・・
このように実践されるのは、
世界人類の中でも、
真の父母様以外、おられないのではないでしょうか。

それが「ためらいなく」
という言葉にあらわれていると思います。

ただの理論として発表されたのではなく、
具体的に実践しておられる真の父母様。
そのお方が私たちの親であるということ。
これがどれほどありがたく、感謝であるかしれません。







にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


2020年07月20日

玄海灘を渡り日本に来た皆さんへ、私の願いを託します 《日韓・韓日家庭へのみ言》



200720.jpg


この18日、
第1地区の韓日・日韓祝福家庭を中心に
集めてくださった特別集会に、
真のお母様が、メッセージを寄せられました。
(田中副会長(第1地区地区長)が代読)


愛する神日本第1地区の祝福家庭の皆さん!

太初に天の父母様には夢がありました。
ご自身の姿に似せて天地万物を創造され、
最後に人間先祖の男性と女性を創造されました。

そして彼らには特別な責任をくださいました。
生育し繁殖して、天の父母様に侍る
人類一家族の理想世界を作ることです。

しかし今日の世界はどうでしょうか?
絶対価値の不在により
家庭倫理の崩壊を迎えるようになり、
人間の精神的な傲慢と物質的な貪欲によって、
ますます一層混沌とした状態に陥っています。

結果的に天の父母様が待ちこがれ願われた、
創造本然の幸福な人生とは距離の遠い、
苦痛と悲しみの涙が絶えない、
不幸な人生を生きて行くようになりました。

このような混濁した時に、皆さんは真の父母様の
祝福を受けて、すべてのものを後にしたまま、
玄海灘を渡って日本に向かってきました。

知る人は誰もいなく、何らの縁故なしに
夫と妻が手を取り合い、天のみを頼りながら、
胸にはただ天の父母様の理想と真の父母様の願いを
叶えて差し上げるという一念だけで、
今日まで犠牲と奉仕の一筋の道を歩んで来たことを、
私は誰よりもよく知っています。

困難な状況の中でも昼夜を問わず、
呼べば無条件に駆けつけて来た皆さんでした。

そのような皆さんの苦労と精誠があるからこそ、
ビジョン2020の勝利と天一国安着の宣布、
そして天の父母様聖会の宣布が可能でした。

ただ天のみ旨だけを見つめながら、
休みなく駆けて来た皆さんの苦労は、
天の前に本当に貴いものです。

愛する祝福家庭の皆さん!

皆さん全員が知っているでしょう。
私は『生涯を終えるその日まで、
この地に必ず天一国を安着させる』と、
真のお父様と約束をしました。

そしてその夢は、これからは私だけの夢ではなく、
皆さんの夢にもなって、
一緒に成就して行っているのです。

それで私は必ず皆さんと一緒に、近付く2027に
必ず神統一世界を安着するでしょう。

このために神日本1地区の祝福家庭の皆さんは、
真の父母のみ言を通して、常に
目覚めていなければなりません。

み言で目覚めた第1地区を通して明るく輝く孝情の光が、
北には津軽海峡を越えて北海道まで、
南には東シナ海を越えて台湾まで照らして、
全日本が天の前に誇らしい母の国となることは勿論、
天一国の民の隊列に立つことができるように
しなければなりません。

神日本第1地区が、
その日に向かって前進してくれることを信じています。

私はこの場に参加した祝福家庭の皆さんに要請します。
ここに集まった皆さんは、勝利した真の父母様の
誇らしい真の子女であると同時に、神日本の
希望であるということを肝に銘じてください。

天の父母様のみ旨のために、韓国と日本の和合のために、
そして摂理の祖国・大韓民国が、天の父母様に侍る
神統一韓国になるように応援して支援する、
真なる子女になることを希望します。

そして自由と平和と幸福が溢れる統一の世界を建設する
真なる父母の道、真なる夫婦の道、真なる子女の道、
そして真なる祝福家庭の道を歩む皆さんとなって、
神氏族メシヤの使命を果す天寶になるように願います。

誇らしい祝福家庭の皆さん!
最後にひとつお願いがあります。

私が心から願うことは、真の父母の業績以上に、
天一国の億万世の盤石の上で、
末永く永遠に立てて行く二世圏を育てることです。

彼らは天の父母様の願いであると同時に、
真の父母の理想を実現させる、未来の主役たちです。
皆さんの子女たちは天一国のピュアウォーターです。

どうか未来の天一国を担っていく、
成熟した指導者として成長させてください。
きょう私は皆さんを見て、大きな希望を持つでしょう。

この大会を中心として皆さん全員が、
神韓国と神日本を生かし平和の国を成就して、
天の父母様の夢と人類の願いである
地上天国を成就する主役になることを願いながら、
皆さんと皆さんの家庭に天の父母様の愛と祝福が
ともにありますように祝願します。

真のお母様特別メッセージ
神日本第1地区の韓日・日韓祝福家庭特別集会
天一国 8年天暦 5月28日 (2020年陽 7月18日)
(前日に収録されたもの)


地区の集会のために
特別メッセージを語ってくださった、
真のお母様にまずは心から感謝いたします。

この日の集会は、丸一日行われました。
うちの教会長・サモニム(日韓家庭)も参加され、
「とてもいい集会だった」
と語っておられました。

また、当教会の壮年の方が、
証しに立たれたそうですが、
それも良かったそうです。

韓国と日本は、現時点においても、
いまだに難しい関係にあります。

摂理的には、父母の国である、韓国・日本。
ともに恩讐の思いを超えて、一つになれるように。
参加した方たちの使命は大きいですが、
私たちも同じ立場にいることを自覚して、
日々の歩みを捧げていきたいと思うのです。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 09:38 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする