2020年08月19日

「許せない!」 傷つくのは、傷つける人ではなく、私の我(ガ)のせい?! 《浅川先生》



200819.jpg


第30回、7.1節、おめでとうございます。

浅川先生の「『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ」
今回は、『怨讐のために祈る自分のない生活を実践する』です。


神への祈りは、幸福の道を開きます。
 
では、誰のために祈るのでしょうか。
 
大概は、自分の健康、生活の安定、仕事や
人間関係の改善のために祈ります。
さらに家族や友人のために祈ります。

しかし決して祈りの対象にならない人たちがいます。
自分を傷つけた、憎らしい人たちです。
敵であり怨讐です。

怨讐のいる人は、幸福にはなれません。

夫婦が怨讐関係になったらどうでしょう。
絶対に夫婦円満は望めません。

夫がどんなに仕事がうまくいっても、
家に帰れば妻という怨讐が待っているからです。
妻がどんなに楽しいドラマを見ても、
夜になると夫という怨讐が帰ってくるからです。


怨讐とは、自分を傷つけた人です。
ではなぜ、傷ついたのでしょうか。

「自分が」という「我(が)」があるからです。
我が柱のように立っているからです。
柱は刃物で傷つきます。
「我柱(がばしら)」と言ってもいいでしょう。

相手の言葉や行動で、自分の「我柱」が
傷つけられたので、相手を憎んでいるのです。

我のある人が誰よりも愛しているのは「自分」です。
怨讐をつくり出しているのは、他でもない、自分なのです。

我のある人は 許せない人、憎む人をつくり出し、
自ら幸福への道を遮断します。


ところがこの世界で我がなく、傷つかないものがあります。
空気です。

人は食事をしなくても、ある期間は生きることができます。
しかし空気を吸わなければ、瞬時にして死にます。
まさに空気は愛なのです。

空気には我がありません。
空気のおかげで生かされているのに、
感謝する人はほとんどいません。
だからといって空気は傷つきません。


空気のように為に生きれば、我が消滅するのです。
愛は我をなくします。

真の愛とは、与えて、それを忘れ、
さらに与える愛です。

相手を幸せにするために、
喜んで与え続ける愛なのです。
空気のような愛なのです。

報いを求める愛には、根底に我があります。
それ故、愛の見返りがないと相手を怨讐にしてしまいます。

真の愛は、与えて自分を誇るのではなく、
不足を恥じる愛なのです。

自分の我が怨讐をつくり出しているので、
「自分がある生活」をしていたら、
怨讐のために祈ることはできません。


「平和の母」は語られています。

「怨讐の顔を見ながら、そこに神様の顔を
 見いだそうという努力をしていない限り、
 実行できないことです。

 怨讐を怨讐として考えず、むしろ
 その人のために祈り、許すこと。

 これは、『自分がない生活』をしていてこそ、
 可能なことなのです」


(韓鶴子総裁自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』300ページ)

『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ 9
怨讐のために祈る自分のない生活を実践する
浅川 勇男


お母様の自叙伝は、文章の一つ一つに
深い意味合いが込められています。

いつも訓読していても、そのことを
発見できずにいますが、
浅川先生は、精読しておられるのでしょう。
わずか一文に込められた心情を読み取られるのは、
さすがだな、と思いました。

真の父母様は恩讐という概念をもっておられない方。
まさに浅川先生が表現されているように、
空気のような存在であると思います。

ですから、真の父母様をしっかりと理解し、
心情においても近くなることを通じて、
清い空気に触れる者となり、
心が洗われていくのだな、と感じます。

真のお父様は、7.1節の時、子女の責任分担として、
『氏族メシヤ』としての出発を願われました。
メシヤとは、恩讐のない、真の愛を持った立場です。

真の父母様の勝利圏を相続すべく、
地域、氏族圏に対しても
真の愛をもって接していく者となっていきたいと思うのです。







にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)



2020年08月18日

(証し)伝道勝利の秘訣は、一体化と自己牧会プログラム 「大丈夫、神が成す」



200818-20180507.jpg


自己牧会プログラムより、
「大丈夫、安心しなさい、神が成す」
青年宣教師の証しです。


天一国青年宣教師としてジンバブエ(東アフリカ)での歩みを終え、
日本で伝道路程を歩んでいた時のことです。

朝はいつもみ言(真の父母様の教え)を訓読をして出発するのですが、
その日は、ペアとなる兄弟と、
偶然にも同じみ言を読んでいたことが分かり、驚きました。

内容は「主体と対象が一つになって神様をお迎えすれば、
不可能なことがない」
というものでした。

私たちはそのみ言を胸に、
「無私の心情で歩もう」と決意して出発しました。


街頭に立って間もなくのこと、声を掛けた1人目の男性(大学生)が
伝道センターに来てくれたのです。
とても素直な青年で、人間関係や人生の問題について
学んでみたいという意欲を持っていました。

実は前日の夜、ジンバブエのチームで“霊界予約”をしていました。
みんなで、どういう人に出会いたいかを具体的にイメージし、
「その人に必ず会います」と霊界に宣言していたのです。

その時に描いたイメージは、大学1年生、
時間に比較的余裕がある、
伝道センターに通いやすい所に住んでいる、
人生について真剣に考えている、の4点でしたが、
出会った青年がまさにそのとおりの人だったので、びっくりしました。

ペアとの一体化や兄弟姉妹の精誠の土台で導かれたのだと思います。


早速、彼に入門の講義を聞いてもらうことになり、
私も同席しました。

ところが、一緒に講義を聞きながら、
「いや、あまりにもうまくいき過ぎている。
最後の最後で断られるのではないか」
という不安が湧いてきたのです。

ネガティブな思考はダメだダメだと、
必死で押し殺すのですが、不安は消えませんでした。


その瞬間、「自己牧会プログラム」の
「自覚を取り戻す」ワークを思い出しました。

このワークは、心配事などに心が支配されそうになったとき、
意識を「今ここ」に置いて、
自覚を持って目の前のことに集中するというものです。

そうすると、今この瞬間には何の不安も恐れもなく、
平安そのものであることに気付くことができるのです。


私は早速、「自覚を取り戻す」ワークをしました。
 
「私は今、講義を聞いている」
「講師のそばには花が飾ってある」
「隣には、さっき出会ったばかりのゲストが座っている」

などと、目の前のことを一つ一つ、
自覚をもって見、聞くようにしました。

すると、それまで以上に講師の姿が鮮明に見え、
声もはっきりと聞こえてきて、同時に自分の心に平安が訪れてきたのです。

その時、良心の声を感じました。

「大丈夫、安心しなさい、神が成す」

その言葉は、決して自分から出たものではありませんでした。

すっと肩の力が抜けて、それからは全てを委ねて、
リラックスしながら講義を聞くことができました。


その日、ゲストは講義に感動し、受講が決定しました。

全てを委ね切った時に神様が働くというのは、
理屈では分かっていましたが、
そもそも「全てを委ねる」というのは難しいものです。

「自己牧会プログラム」はその方法、
近道を教えてくれる、とても実践的なプログラムです。
これからも伝道に生かしていきたいと思います。

(天一国青年宣教師 男性 20代)

私の心の中にいる神様 30
「大丈夫、安心しなさい、神が成す」


私たちの日頃のみ旨での歩みに通じる、
素晴らしい証しだと思いました。

不安に駆られるような時、
「自覚を取り戻す」ワークをして、
目の前のことに集中して、
自覚をもって、見聞きする。。。
すると良心の声を聴くことができる。。

前線の時もそうですが、
日常で思い通りにいかない時、
良心の声を聴くくせをつけていきたい、
そのように思わされました。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


  「私の心の中にいる神様」シリーズ

良心との対話で、ワクワク感が止まらない!

真の父母様が、「第二の神様」であると言われた“良心”。
自分の心の中にいる神様―良心―と対話(瞑想、祈り)することによって、
自己中心的な思いに囚われていたことに気付き、
本然の自分を取り戻していくことができます。

そんな真の父母様のみ言と解説、それに基づいた
実践(ワーク)を軸に展開されている自己牧会プログラムの中で
多くのかたが感じた体験をお届けします。

(Blessed Lifeより)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:31 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月17日

(証し)徹夜でみ言を語られ、お父様のお体は… 6500双裏話 《史吉子先生》後半



200817-6500.jpg
6500双のカップルにみ言を語られる文鮮明師☆


史吉子(サ キルジャ)先生「原理に関するみ言の証」より
『殉教を覚悟して語られるお父様』後半です。

「み言を語っている途中、倒れて殉教すること」
これが真のお父様の願いの一つだということですが──
壮絶な証しです。


私は一度、心の中で慟哭したことがあります。

1988年に龍仁にある一和のメッコールエ場で挙行された、
6500双の祝福式の時でした。

私が前にも言いましたが、日本の食囗たちの中でも
既成家庭の方たちが精誠をたくさん尽くします。
この既成家庭の約250双が祝福を受けに来る日でした。
女性たちは反対する夫を説得するか、半強制で連れて来る途中でした。

この方たちが、夕方7時頃に到着すると連絡が来ました。
ですから、お父様はこの方たちが到着した後に食べると言われながら、
夕食を召し上がりませんでした。
既に約婚した韓国の祝福対象者たちにずっとみ言を語られながら、
食事をされませんでした。
ところが夕方7時が過ぎても、彼らは来ませんでした。

その既成家庭が翌日の早朝5時頃に到着するまで、
お父様は彼らを待つために、み言を継続して語られながら夜を明かされました。
お父様は寝ないようにと、み言を継続して語られたのです。

遂に日本の既成祝福予備家庭の人たちが到着すると、
彼らを講堂に集めておいて、
二家庭ずつを壇上に上がらせ、代表祝祷をなさった後、
協会長に代わりに祝福式を主導するように指示されました。


その当時、私はお父様の指圧を担当していて、
どこであっても少し眠っておかなければならなかったので、
講堂の一隅でうずくまって寝ていたようです。

急にお母様が、「吉子(キルジャ)!早くこちらに来なさい!」と
大声で呼ばれて、急いで駆けつけました。

お部屋に行ってみると、お父様はみ言を語られるために、
ずっと立っておられたので、足がどれだけ固くなっていたのか、
座ろうとしても曲がりませんでした。

お父様はあまりにも血が足に集まって自然に座ることができずに
まるで枯れ木が倒れるようにその大きな体が
「どん」と音をたてながら、横に倒れました。

本来(の担当として)、尹(ユン)と言う、
お父様に指圧をして差し上げる人がいました。
彼は先ず上半身部分を指圧して、私は足を揉んで差し上げました。

ところで足を指で押すのですが、どれだけ固くなっていたのか、
押すことができませんでした。
その時は本当に慟哭しそうになりましたが、
必死にその思いを押さえました。

お父様の足は角材のように固くなって、
指では指圧ができませんでした。
仕方無く、痛いでしょうが、肘でして差し上げました。
それでもよく押せませんでした。

本当に息も止まりそうな瞬間でした。
お母様もどうして良いのかわからない様子でした。
お父様の全身が固くなっていたからです。

私は大きな危機意識を感じました。
なぜならば、既にアメリカで一度、経験していたからです。


(米国で)その日も、お父様は12時間も立ってお話されました。
お父様は毎日、強行軍をされて足が麻痺状態になっているのに、
ものともされませんでした。

その日の夜、お母様と一緒に寝室で休まれました。
お父様は眠っている途中、トイレに行くために起きられました。 
トイレはどこかと言うと、寝室を過ぎると
お父様の書斎があり、トイレはその隣です。

お父様は辛うじて寝室を通って書斎に行かれましたが、
足が固くなってそのまま倒れたそうです。
完全に感覚が無かったそうです。
お父様は、「私はこのまま霊界に行くかもしれない。」と思われそうです。

暫くの間、気を失って倒れておられてから、
「だめだ。逝ってはいけない。」と思いながら気を取り戻されたそうです。

お父様が、足が固くなって倒れるくらいになっているのなら、
手足に麻痺状態が来ていると言うことではないでしょうか?

この時、お父様が足に、「足よ!もう一度立ち上がって欲しい。
お前がもう一度立ち上がって私の体を支えてくれるなら、
私か天国へ行く時、おまえもついて行けるじゃないか?」
と説教なさったそうです。

その程度なら、足だけが固いのではなくて、全身が固くなっているのです。
お父様は普段、鍛錬された体力と意志力を総動員して揉まれたので、
暫くしたら血が巡って来たそうです。
ですから、どれだけ深刻な状況だったでしょうか?


この話を、お父様から直接お聞きしました。
私がこのような話をお父様から聞いていた上、
直接、その光景を目撃したのですから、どれだけ驚いたと思いますか? 

しかし、私が驚いたことはそうだとしても、
お母様は更にどれだけ驚かれたでしょうか?
皆さんも一度、想像してみてください。

私はどれだけ怖かったかわかりません。
お父様の心臓が止まったのではないかと思うくらいでしたが、
到底申し訳無くて、胸に当てて確認してみることができず、
本当にもどかしかったです。

尹と私は、角材のように固くなったお父様の足を指圧しながら、
思う存分泣きたかったのですが、泣くこともできませんでした。
お父様とお母様が横にいらっしゃるのに泣くこともできず、
張り裂けそうな胸を辛うじて押え付けていました。


いつか、お父様がみ言を語られている途中に急にばたんと倒れて
逝ってしまうと言われたのですが、こんなことが何度か更に有れば、
本当にそうなるのではないかという心配をしたりしました。

このようにお父様の体が、言葉では言い表せないくらいに、大変です。
私たちが思う時、お父様はメシヤであられるから、
特別な体質を生まれつきに持っておられるから健康だろうと
思いやすいのですが、そうではありません。

お父様は、今も死力を尽くしてみ言を語っておられると言うことを
知らなければなりません。

お父様は、今から寝ようと思って緊張を緩めたら、
恐らく10年は寝ても眠りが足りないだろうとおっしゃいました。

一部割愛、編集 文責:ten1ko2

史吉子先生「原理に関するみ言の証」
第7章、復帰原理 緒論
『殉教を覚悟して語られるお父様』


肉体の限界の限界を超えて歩まれたお父様。。。
6500双の既成祝福は、
「神様から、するように言われていません」でした。
本来、行う予定ではなかったそうです。

しかし、急遽行うことになり、
日本の食口たちも突然行くことになって、
それで、到着するのが、遅くなりました。

お父様はずっと待っておられて、
朝方まで、み言を語られたのでした。

当時、その場におられた倉本先生の証しを
いつか書こうと思うのですが、
徹夜してみ言を語られたのは、
「蕩減条件を立てられた」ということです。

しかし、その背後に、
このように壮絶なエピソードがあったとは。。。

み言をまさに実践されたお父様でした。
肉体の限界を超えられたので、
「霊的には」殉教の道を行かれたのと
同じような条件を立てられたのではないでしょうか。

真のお母様も、また同じように
肉体の限界の限界を超えられながら
歩んでくださっています。

私たちのために、
このような道を歩んでくださる父母様、
本当に感謝しかありません。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)




posted by ten1ko2 at 07:49 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする