2020年08月13日

自分を苦しめる人を通して、私が神をどれだけ苦しめたかを知る 《金元弼先生》



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金元弼(キム ウォンピル)先生
「悔い改めは出発の時と同じ」より
『兄弟を通して神の心情を知る』です。


皆さんは、神の心情が知りたい、
先生の心情が知りたいと願います。
知りたいのですが、なかなか分かりません。

神の心情が分かりますか。
分からないでしょう。

神の心が知りたい、先生の心情を知りたいという人に、
神は神の心情を知らせる義務があります。
また神は、人々に神の存在、神の親心を
知らせなければいけないのです。

 
ところが、どのようにして私たちに神の心情、
親の心情を知らせるのですか。

神の心情を知らせようとして、我々の兄弟を使うというのです。
あるいは他の人々を用いるというのです。

例えば、ある人が私を苦しめるので
本当に嫌だということがあるとします。

そういう時には、今その人が私を苦しめるごとく、
私が親の心をこんなに苦しめているのだということを、
その人を通じて兄弟を通じて、あるいは世間の人を通じて、
知らせてくれたのだということを忘れるなというのです。

 
自分を中心としたら、絶対にそれを解決できないのです。
自分を苦しめるその人の立場に自分もいると考えるのです。

自分がどのように神を苦しめているかが分からないから、
私を苦しめることによって、
「お前はこんなに苦しいだろう、
死にたいくらいに苦しいだろう。
そのくらいに私はお前のことで苦しんでいるんだよ」
と知らせてくるのだと考えなさいというのです。

兄弟だと考えると「けしからん」と叱りつけてしまうのです。

そうではなく、“あっ、これはこのように
先生が私のために気を遣って苦しんでおられるんだ、
神様が私のことでこのように苦しんでいらっしゃるのだ”
と考えるのです。

そして神の苦しみを慰めるための
お祈りをしなければいけないのです。

このことを考え直した時に、
こんなに私が神の心に痛みを与えたのですかと、
まずおわびを申し上げ、お許しを願わなければならない
私を発見することになるというのです。

  
そういう立場にある者が、人を叱りつけることができますか。
神様は私のためにこのように心を痛めた、
けれどもこのような私を、いつかは愛される子となるようにと、
私を叱りつけないで遠く眺めておられるのです。

そして、私の心を見て本当に良くなってほしいと願って、
私に対してくださったと考えるのです。

その時に、神様の、先生の心を慰める立場に
立ち返っていくというのです。

そうした後に、
「ああ私はこのようにあなたを苦しめたのですね。
それじゃ、私はそんなことをこれからしません」。

そう考えると同時に、その人に対しても、
「神様や先生は私たちのためにこんなに苦労しておられるんだ。
だからあなたはこれからはこのようにしないでほしい」と言うのです。

  
ところがそう考えずに、自分の気分が悪いから、
しゃくにさわるからその人に対して
「なぜ、そんなことをするんだ」と言うのです。

そうなれば相手の人はかえってまた反抗します。

ですから、人が私を苦しめるのは、
その人を通じて神の心情を知らせんがためだということを考えると、
人に対して「悪い」という前に、
「あなたがこのようにしてくれて本当に感謝します」
と感謝の心までもつことができるというのです。

自分を悩ませる人に対して感謝の念で対するようになるというのです。
なぜならその人は、神の心情、先生の心情を
知らせてくれたありがたい人であるからです。
このようになるというのです。

「悔い改めは出発の時と同じ」 
1975年11月2日 川崎・楚麗邑


人間関係を通じて神様の心情を知る。。。
なるほど、とても重要なみ言です。

自分の思い通りにいかない時、
人に要求し、裁くこともありますが、
「その人が私にしていることが、
私が神様にしていることなのだ」
そのように発想することが
どれだけ重要でしょうか。

神様を中心に人間関係を見つめる、
そのようなくせをつけるようにしていきたいですね。






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posted by ten1ko2 at 09:40 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする