2020年08月30日

生意気な中学生の息子、本当に許すべきか?! 良心の声は── 《自己牧会プログラム》



200830.jpg


毎回好評の自己牧会プログラムの体験談。
今回は、「愛は許すことから始まる」です。


中学生の息子がいます。
ある日、この子が授業で行った発表がとても良かったと、
担任の先生から聞かされました。

親として誇らしく思い、その夜の食事のときも
その話題で盛り上がり、食事の場はとても和やかでした。

ところが、それを聞いていた娘(妹)が無邪気に、
「でもお兄ちゃん、その日、(学校に)遅刻したよね」
と言うのです。

息子は「うん遅刻した、以上」と、
それ以上、話題が広がるのを避けたい感じで答えました。

息子は普段からゲームをしていると
全てを忘れてしまうところがあり、その日の朝も
ゲームに熱中してしまったようです。

息子の、遅刻を正当化するような言い方に、
私は引っかかってしまいました。

「高校受験もあるのに、授業に遅れてOKとは何ごとか」
という思いがむくむくと湧いてきました。
そして、言わない方がいいと思いながらも、
つい、「遅刻したらお小遣いあげないぞ!」と、
“昭和時代”のような「禁止令」を叫んでしまったのです。

和やかな空気は一変し、息子は納得できない顔で部屋に引っ込み、
私も「そこまで言うことはなかったのに」と後悔しました。


すっきりしないままその日を終えてはいけないと思い、
「良心との対話」のワークに取り組みました。

「息子のあの態度は良くないですよね」と良心に語り掛けると、
「大したことではない、許しなさい」という声を感じました。

「本当に許していいんですか」と聞くと、「本当だ」
「本当に本当に許していいんですか」と
再度投げ掛けても、「本当だ」と返ってくるのです。

それでも納得いかないので、
「どうしてですか。この貴重な時期に
努力をしなくてもいいんですか」と食らいついたら、
「お前も許されてきたんだ」という声を感じたのです。

その瞬間「ああ、そうだった」と納得し、
もやもやがすうっと解けていきました。

いろいろと不足なことがあったけれども、
たくさん受け入れられ、たくさん許されてきた自分の過去が
走馬灯のように思い起こされ、心が熱くなりました。

愛は許すことから始まるということを改めて教えられました。

(男性 40代)

私の心の中にいる神様 32
愛は許すことから始まる
(Blessed Lifeより)


我が家も似たような光景に
何度も遭遇しています。
思春期の子供たちに対して
どう接するか、悩むところです。

「愛は許すこと」
なるほど、本当にそうですね。。。
やはり、神の愛と許し、
ここが原点かもしれません。

妻が、女性連合の役員をしているのですが、
ある先生が子供への教育に対して、
以下のようなアドバイスをしておられるそうです。

・命令しない
・否定しない
・指示しない
・子供の願いを叶える

4つとも簡単なことですが、
いざ取り組むとなるととても難しいです。

逆に言うと、子供に対して、
「命令・否定・指示」
このことを意識して話さないようにすると、
これまでこの発言がどれだけ多かったか・・・
と反省せざるを得ません。

良心の声は、どこまでも
私自身の行くべき道を正しく導いてくれます。
本当に感謝以外のなにものでもありません。








にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


  「私の心の中にいる神様」シリーズ

良心との対話で、ワクワク感が止まらない!

真の父母様が、「第二の神様」であると言われた“良心”。
自分の心の中にいる神様―良心―と対話(瞑想、祈り)することによって、
自己中心的な思いに囚われていたことに気付き、
本然の自分を取り戻していくことができます。

そんな真の父母様のみ言と解説、それに基づいた
実践(ワーク)を軸に展開されている自己牧会プログラムの中で
多くのかたが感じた体験をお届けします。

(Blessed Lifeより)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:45 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする