2020年09月23日

一日中続いた充実感、電車で席を譲ったら 《自己牧会PG》+堀副会長の講話



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自己牧会プログラム
今回は、「電車で席を譲ったら」です。

後に、堀副会長のみ言もあわせて紹介します。


私が使っている通勤電車はいつも混雑しています。
それで、持病の腰痛に耐えながらずっと立っていることが多いのですが、
その日の朝は珍しく優先席の端っこが空いたので、
座らせてもらいました。

ところが座った途端、80代かなと思われるおばあちゃんが乗ってきました。
他の優先席に座っていたのは30代から40代、
どう見ても私より若い人たちだったのですが、
そのおばあちゃんは、なぜか私の前に立ったのです。

「どうして私の前なんだろう?」という思いがよぎりましたが、
一方では「どうぞ」と言いながら笑顔で席を譲る自分の姿が見えてきました。
それが、良心が望んでいることだと感じました。

私は「よし」と思い、「どうぞ」と言って立ち上がると、
おばあちゃんは「ありがとう、ありがとう」
と言いながら喜んで座ってくれました。

すると、「お前が一番若く見えたんだよ」という良心の声を感じたのです。
何だかうれしくなりました。

結局、そのおばあちゃんは一駅で降り、
私は再びその席に座ることになりました。

その後は、心も体もワクワクして、一日中うれしい気持ちが続きました。

小さなことでしたが、少しの勇気で良心の声に従うと、
こんなにも心が晴れ晴れするのだと思いました。

(男性 60代)

私の心の中にいる神様 35
電車で席を譲ったら


電車で席を譲る、
このパターンはよくありますよね。

実行に移すか、移さないか、こういう時に、
良心の声を耳にするのではないでしょうか。

こういった経験は誰にもあり得ることで、
つまり、誰にも「良心」というものがある、
ということになるのではないか、と思います。

誰もが「譲る」「譲らない」と少しは悩むことがあるでしょうが、
即座に実行するということは、
素晴らしいことです。

こういうささやかことも、
普段から当たり前のように実践できる人は、
さらに良心が啓発されていくことでしょう。

では、堀副会長が、自己牧会プログラムの書籍を出版するときに、
語られたみ言を紹介します。


  真のお父様のみ言、真のお母様のご指導はたくさんあります。
  良心が両親にまさるという御言を聞いて
  理解しているという方は多いでしょう。

  けれども、ピンと来ているのかどうか? 
  生活圏の中で定着するのか? 
  というのは、また別の話です。

  み言が生活の中では流れてしまう
  ということが起こりがちと思います。

  (中略)

  問題は、いまお母様が願われていることも全部そうなのですが、
  「私がどうだ」という信仰の世界から、
  「天の目から見てどうなのか」という段階に
  信仰が成長していかないといけません。

  信仰の世界では、どうしても「神の前に私はこうこうしました!」
  という話になってしまいがちですが、
  孝情の世界は、真の父母様の前にどのようなものが義になるのか、
  という基準に合わせていく、ということが重要です。



常に天の目で自分自身を見つめながら、
孝情の心情で歩んでいきたいと思うのです。






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posted by ten1ko2 at 08:17 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする