2020年11月24日

(証し)お父様に「歌いなさい」と言われたら?!/夜中にトイレの前で出会ってしまったら… 《森山先生》 



201124.jpg


お父様が一言、言われました。
「今まで大変だったね。
これからは大丈夫だよ」

皆さん、今日まで、
大丈夫だったじゃないですか。
そして、これからも大丈夫なんです。


森山操先生


昨日、ふと、すでに聖和されている
森山先生のことを思い出しました。

以前、聖和される前に講演に
来てくださったことがありました。

皆様もご存じの、あの有名な証しなど、
真のお父様との出会いについて、
さまざまお話ししてくださいました。

お父様が地上におられない今となっては、
さらに貴重に感じられます。


お父様に呼ばれて、
アラスカに行ったことがありました。

アラスカのコディアックというところで、
魚釣りをみんなでするんです。

白夜なので、夜遅くなっても、夜が更けないんですね。
夜中の12時まで、お父様と釣りをしました。

宿舎に戻ってきましたが、
帰ってすぐに寝るんじゃあないんですよ(笑)。

お父様のみ言があるんです。
気持ちは聞きたいんですけど、
体がついていかない。
眠くて眠くて、どうしようもありませんでした。

そして、お父様は
「この中で一番歌の上手な人が歌を歌いなさい」
と言われました。

私は歌が上手いわけではないのに、
参加した皆さんが
「先生、歌ってください、歌ってください」
と推薦するもんだから、
お父様も、「あんた、歌って」
と呼ばれてしまいました(笑)。

それで、ふるさとを歌ったんです。
歌い終わって、お父様が
なんて言ったと思いますか。
「今度は、もっと若い者が出るように」(爆笑)

ただ、お父様は
もう一言、言われたんですね。

そこには、花が飾ってありました。
お父様はその花を見ながら、
「あなたが歌ったら、この花も一緒に歌ったよ」
そのように言われました。

お父様って、普通の人と観点が違うな、
見えないものが見える方なんだ、
そのとき、そう思いました。


昔はお父様のことを真のお父様ではなく、
大先生と呼んでいました。

お父様は、日本に来られたとき、
「よく来たね」
と言われました。

来たのは、私たちじゃなくて、
お父様のはずなのに、
「よく来たね」なんて、おかしいですよね(笑)。

でもそれは、
「君たち、いろんな困難があったと思うけど、
よくこの道に来たね」
そういう意味が含まれていると思いました。


あるとき、韓国の修練会がありました。

そのとき、お父様は「膀胱」について話をされました。
何で、天宙のメシヤたるお方がそんな話をするんだろう、
そう思って、なんだかその日は眠れませんでした。

それで、夜中にトイレに行きました。
廊下を歩いていたら、
突然、向こうからお父様がやってきたんです。

私は、パジャマ姿ですし、
「何で、こんな時に」
そう思って、とても緊張して、
お辞儀どころじゃなかったんです。

それで、とうとう、お父様と
目と目があってしまいました。

それで、一言、こう言われました。
「今まで大変だったね。
これからは大丈夫だよ」

(講演で自分の身の上を何度も話しましたから)
私の素性は皆さんご存知だと思いますが、
実は、夫と祝福を受けるまで、
そういう過去のことを、食口の方に
話したことは一度もなかったんです。

だから、お父様にも当然わからないはずなんです。
なのに、「今まで大変だったね」と言われた。

今までのことを、言わなくてもわかるとするなら、
親ならわかるはずだ、
だから、お父様は魂の親だと
本当に思いました。


そして、「これからは大丈夫だよ」
これは、私だけでない、
みなさんたちにも言えるんです。

皆さん、今日まで、大丈夫だったじゃないですか。
そして、これからも大丈夫なんです。

お父様は私だけじゃなく、
皆さん一人ひとりに、「大丈夫」
と声をかけてあげたい思いをもっておられるんです。



森山先生がアラスカに行かれたのは、
1990年代初めだったと思います。
森山先生の歌声は、魂の歌、というか、
とても気持ちが入っている歌声でした。

「よく来たね」と語られたお父様。。。
いろんな思いが込められていると思うと、
なんだかしんみりとしてきますね。

「これからは大丈夫だよ」
魂の親であるお父様は、
今の私にも語ってくださっている。。。
そう感じました。




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posted by ten1ko2 at 08:49 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月23日

昨日の希望前進大会、速報! 70年前韓国を救った国連軍に感謝、平和の母のメッセージ 



201123-20201122.JPG


昨日行われた
第3回希望前進大会において語られた
真のお母様のみ言(抜粋)を紹介します。


創造主、神様の夢を実現することができる
人類の願いを実現することができる、
天運の春の風が起こり始めました。

その時の環境は、1945年、解放に加え、
1950年に6.25動乱が起きました。
天は6000年の間待ってこられ誕生させた
独り娘を保護する必要がありました。

南と北が民主と共産に分かれながら、
韓国の民主主義は、北を相手にすることができる
すべてのシステムを備えていない状態で、
6.25動乱が起きたので、
天は摂理の春の風を逃すことができません。

どのように世界に知られていない小さな国の動乱に
国連の16ヵ国が参戦することができたのでしょう?

さらにその時、参戦した勇士たちは、
ほとんどが10代、20代の年齢であったと聞いています。
人間の中で最も純粋で純潔な、
天が愛する息子、娘なのです。

彼らがどのようなきっかけで、恐れることなく
韓国の平和のために、
世界の平和のために先頭に立ったのでしょうか。
これだけ見ても、創造主の神様は、
私たちとともにあられます。(涙)

彼らの流した血が真の父母の誕生を宣布しました。
どれほど、人類が願い天が願ってきたことでしょうか。

この戦争の血を流した勇士たちは、永遠に
歴史に残ることができる勇敢な摂理の勇士たちです。

堕落した人類、そして真の父母を通じなければ
創造主の神様、天の父母様のもとに進むことが
できないため、天も人類も6千年間待ってきました。

しかし、その基盤となるべき、キリスト教の基盤が
責任を全うできない立場になって、真の父母の摂理は
60年という長い歳月を通して、世界に、今日の
義なる指導者によって、今日のような天の秘密を、
真実を、伝えることができる時を迎えたのです。

今、私たちは、これ以上の中断があってはなりません。

1950年に参戦した勇士たちは、今高齢です。
残っている方も80、90を眺めるような立場に
ありますが、彼らが願ってきたのも、
統一韓国でした。

ところが今、世界で起こっているすべての難問題を
見る時、韓国だけの問題ではありません。
これらの問題を解決することができる中心が
天の父母様でなければならないのです。

世界のすべての人類が、すべての国が
天の父母様の下の人類一家族、息子、娘になるならば、
今起こっている問題が問題ではありません。
父母が願うとおりに行うことが
息子、娘の道理であります。

6千年待って来られた天の父母様の前に、
6千年間孤児として生きてきた人類が、
真の父母に会って、孝行し、侍り、本来願われた
地上天国に歌いながら暮らせるということ、
どれほど興奮する、幸せなこの瞬間であるかを
深く知らなければなりません。


(文責:ten1ko2)

201123-20201122 (2).PNG

第3次神統一世界の安着のための希望前進大会
天一国8年天暦10月8日(陽暦2020.11.22)
清心平和ワールドセンター
み言の中ほどの部分を
そのまま抜粋しています
前後のみ言は下に全文掲載しました


今回の大会は、韓国動乱70周年を記念して、
国連軍16か国など、韓国のために戦った兵士たちを
慰労、解放するための大会でした。

午前9時から始まり、終了が午後1時すぎ、
本当に長かったですが、それ以上に
とても感動的な大会でありました。

真の父母様の自叙伝にもありますように、
6.25動乱は、真の父母様を生かすための「聖戦」でありました。

ですから、参戦兵士たちは、摂理的な意義もわからずに、
命をかけて戦っていきました。
お母様が語られるように、
名もなき、極東の小さな国のために戦ったのです。

「真の父母」になるためには、
彼らの犠牲があったのでした。。。

真の父母様はどれだけ感謝しておられることでしょうか。。。
その感謝の思いが今回の大会として表されたことを
胸深く感じさせていただきました。

参戦兵士たちは、80代後半や90代の方たちばかりで、
実際には霊界にいかれた方がほとんどだと思います。

これほど、長い時間の大会でしたが、
ここまで長くなったことも、
霊界におられる方に、心からの感謝を伝えたいのだな、
そんな風に感じました。

愛は与えて忘れられる真の父母様ですが、
受けた愛は、絶対に忘れることがないし、
その恩を何倍にしても返していきたい・・・
真の父母様の深い愛を感じました。

最初の映像から感動的でした。
リトルエンジェルスの公演も素晴らしかった。。。

VVIPたちのスピーチも現職の大統領など、
今まで参加しなかったような方もおられて、
コロナ禍の中でも、
渉外が進んでいることを感じました。

昨日は、お母様とともに、
お父様もその場におられる感覚がありました。
私自身にとって
改めて、「お父様とお母様は一つだ・・・」
そう実感した今回の大会でした。

ありがとうございました。



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第3次神統一世界の安着のための希望前進大会
真のお母さまのメッセージ

 愛する全世界の各界の指導者の皆さん! お会いできてうれしいです。
 今日の世界の至る所で起きている予想だにできない問題は、もちろんコロナウイルス・パンデミックにより、世界各地で政治的、経済的、宗教紛争、言葉にできない、前の見えない現実が展開されています。 これまでの人間の努力では限界が来たことを、みなさん感じていることでしょう。 しかし、私たちは、今、この時点で、すべての問題を解決し、明るい未来を見ることができる、その中心に創造主、神様に侍る運動が起きなければなりません。

 創造主は美しい地球を創造され、人間と一緒に地上で、天国の生活を送られ、永遠な世界まで人類と一緒に生きようと準備されました。 その言葉は、創造主の神は、人類の父母であるということです。 人間の堕落は、父母との関係のない立場に陥ってしまったことが、今日の現実です。 今までの天は、失われた子供を探したてる、救いの摂理の歴史をしてこられました。 そして孤児のような人類の前にメシア思想を教育してこられました。 それは聖書で言う6000年人類歴史です。 2千年前のイスラエル民族を通して、その御心を成そうとされましたが、イエス・キリストの十字架によってなすことができませんでした。イエスは、再び来られて、子羊の婚宴をする、と言われました。キリスト教の歴史は、事実、イエスの本質を知らなかったのです。 2千年流れながら、多くの問題を作ってきました。 しかし、天は救いの摂理を遅らせることができません。 6000年ぶりに、天は摂理の完成をもたらすことができる独り娘を韓半島を通じて誕生させました。

 この言葉は、創造主、神様の夢が実現することができる、人類の願いを実現することができる、天運の春の風が起こり始めたのです。 その時の環境は、1945年、解放に加え、1950年に6・25動乱が起きました。 天は6000年の長く待ってこられ誕生させた独り娘を保護する必要がありました。 南と北が民主と共産に分かれながら、韓国の民主主義は、北を相手にすることができるすべてのシステムを備えていない状態で、6・25動乱が起きたので、天は摂理の春の風を逃すことができません。 どのように世界に知られていない小さな国の動乱に、国連の16カ国が参戦することができたのでしょう? さらにその時、参戦した勇士たちは、ほとんどが10代、20代の年齢であったと聞いています。 人間の中で最も純粋で純潔な、天が愛する息子、娘なのです。 彼らがどのようなきっかけで、恐れることなく韓国の平和のために、世界の平和のために先頭に立ったのでしょうか。 これだけ見ても、創造主、神様は、私たちとともにあられます。(涙)

 彼らの流した血が真の父母の誕生を宣布しました。 どれほど人類が願い、天が願ってきたことでしょうか。 この戦争の血を流した勇士たちは永遠に歴史に残ることができる勇敢な摂理の勇士たちです。 堕落した人類、そして真の父母を通じなければ創造主の神様、天の父母様のもとに進むことができないため、天も、人類も6千年間待ってきました。 しかし、その基盤となるべき、キリスト教の基盤が責任を全うできない立場になり、真の父母の摂理は、60年という長い歳月を通して、世界に、今日の義なる指導者によって、今日のような天の秘密を、真実を、伝えることができる時を迎えたのです。

 今、私たちは、これ以上の中断があってはなりません。 1950年に参戦した勇士たちは、今高齢です。 残っている方も80、90を眺めるような立場にありますが、彼らが願ってきたのも、統一韓国でした。 ところが今、世界で起こっているすべての難問題を見る時、韓国だけの問題ではありません。 これらの問題を解決することができる中心が、天の父母様でなければならないのです。 世界のすべての人類が、すべての国が天の父母様の下の人類一家族、息子、娘になるとするならば、今起こっている問題が問題ではありません。 父母が願うとおりに行うことが、息子娘の道理であります。 6千年待って来られた天の父母様の前に、6千年間孤児として生きてきた人類が、真の父母に会って、孝行し、侍り、本来願われた地上天国に歌いながら暮らせること、どれほど興奮する、幸せなこの瞬間であるかを深く知らなければなりません。

 だから私は手遅れになる前に、国連の16カ国が参戦した国はもちろん60数カ国で韓国を支援したすべての国に、大部分の16カ国には、追悼碑が、設置がされていますが、戦死者の名簿を備えてはいないことを知っています。 私は彼らの名前一人一人を永遠に記録されることができるよう作りたいです。 そして、そのほかに追悼碑が、記念碑が設置されていなかったところには、継続して早い時期に立てていくことを約束します。

 そしてもう一つ、私は世界平和のためにすべての機構を創設しました。 これから最後に、世界平和芸術人連合を創設します。 過去のキリスト教文化圏で再び来られるメシヤに待って、主にヨーロッパ大陸を中心に古典的な美しい文化が形成されました。 これまでも、世界中の人々が愛しています。 その文化はメシアを描く文化です。 しかし、私が今言いたいのは、6000年耐えて来られた私たちの天の父母様を、これまで堕落によって不幸にきた人類が、父母の前に捧げる、愛と喜びと頌栄の美しい芸術が、心情文化革命で永遠に輝かせるようになることを願っています。 この芸術を通して、世界が一つになることができる、近道となるでしょう。 人類はますます増えています。 しかし、この人類の未来を守るべき地球が受難を受けています。 今回2020年に起きた天災、集中豪雨、山火事、恐ろしい台風、これらの問題をただ単に見過ごす私ではなく、責任を負うことができない行動をしてはいけません。 私たちだけではなく、私たちの愛する子女の、未来がかかっているからです。 そして、何よりも無知の人間によって、本来創造主、神様が創造してくださったこの美しい地球を、もう一度回復させるのに、早い段階で、回復させなければいけないという声が、世界各地で出てきていますが、それは言葉だけで終わってはならない深刻な立場にいるのも事実です。 であるならば、声を一つに合わせて、この問題を一つ一つ解決できる道は、天の父母様に侍り、父母様の指示に従って動くことのできる、人類一家族の真の孝子孝女になることでしょう。

私たちには希望があります。 天は、私たちと一緒におられます。 私たちは、天の前に多くの借りがあります。 その借りを私たちの子孫に残してはいけません。 そのため、今日のこの大会は、70年前、韓半島を通して起きた6.25動乱において、天が、世界がともにあり、韓国の民主主義を守ってくれたので、今日、大韓民国ができたのです。 この一例を見ても、今日、世界人類が共に一つになって行く道は、真の父母を通し、天の父母様が「私の息子であり、娘である」と抱くことができる、その場に進む道だけが、今日の人類が生きる道であるということを、再び皆さんの前に願い、未来に向かって祝願いたします。ありがとうございます。
(文責:ten1ko2)

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2020年11月22日

アボジの押し、日本人の中で「冒険のできる男」 梶栗会長 (横井夫人の証し)



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梶栗会長の証しを三回にわたって掲載しました。
今回は、43双横井夫人の梶栗会長の思い出です。


梶栗玄太郎さんが、当時「下北沢」(東京都世田谷区)にあった
教会本部に通って来るようになった1963年頃の青年時代の話です。

梶栗さんは、小豆色のような不思議な色のスーツを
いつも着ていて、とにかくスッキリした顔立ちの
男性だったのをよく覚えています。

ある朝、東京・八王子から電話がかかってきました。
電話は梶栗さんの「霊の親」である前川浩子さんからで、
梶栗さんと2人で一晩中歩いて、
下北沢から八王子まで行ってしまったというのです。

梶栗さんは教会で「復帰原理」の講義を聴く中で、
様々な霊的な体験をされていました。
例えば、「ノアの洪水」の部分では、
洪水が押し寄せて来る中に
自分が巻き込まれていくような場面に遭遇したのです。

そのようにして原理講義をひととおり聴き終わり、
梶栗さんが前川さんと2人で教会の外に出たところ、
街の中は昼間なのに暗く、全くの灰色で
ゴーストタウンのように見えたそうです。

通りを行き交う人々は、みんな蛇のような、
死んだ人のような目をしていました。
霊的に見るとそのように見えたというのです。

そんな中で、梶栗さんは「前川さんに聖歌を歌ってもらうと、
その場だけが清まった」と語っておられました。
ちなみに、梶栗さんはその後、
様々なものを霊的に見ることを意識的にやめるようにされたとのことです。


一方、とても度胸がある方でした。
1966年頃、当時青年部長だった梶栗さんが
渋谷駅のハチ公前広場で路傍伝道(演説)をされた時のエピソードです。

梶栗さんは「『ご通行中のみなさん』と呼び掛けると、
その後は何を語るか自然に言葉が出てくる」と聞いていたけれど、
『ご通行中のみなさん』と言っても何も出てこない。

仕方がないので周囲を見回し、
もう一度『ご通行中のみなさん』と言うと、
言葉が下りてきたんだ」とおっしゃっていたのを思い出します。


ある時、文鮮明先生が私たちに
「日本には冒険のできる男がいないよ。
それでも2人いる」と言われたことがあります。
そのうちの一人が梶栗会長でした。(談)

梶栗玄太郎会長を偲んで(2)
2012年12月27日
横井捷子さん(43双)

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「下北沢から八王子まで行ってしまった」
梶栗会長だけでなく、霊の親の
前川夫人も大物だったのだな、と思います。

霊的に敏感だったのに、
意識的に辞めてしまわれたのは、
何か、意図されるものがあったかもしれません。

晩年、東日本大震災の時、霊的に
多くの人の苦しむ声を聞き、
渋谷で街宣カーのマイクを持たれたということでした。

地上で大きな使命を担われて、
お父様も「冒険のできる男」
と言われるくらいの人物だった梶栗会長。

私たちも自分の個性を発揮すれば、
私にしか担えないことが必ずあることでしょう。

私が〇〇のようになりたい、というのでなく、
天が必要なところに用いてくださる者になりたい。。。
そんな思いをもって歩んでいきたいと思うのです。





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