2021年01月13日

天国には、白髪も‘’ハゲ‘’の人もいなかった?! 《森山先生の霊界体験》



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昨日、奈田婦人の証しを紹介しましたが、
記事のために検索していたところ
森山先生の証しを見つけました。


天国には日本人の席というのがあって、
パイプ倚子がダーッとはるか彼方まで並んでいました。
ずっと向こうを見ると、たくさんの人が講義を聴いています。(中略)

講義は全て黒板講義で、パワーポイントは使っていませんでした。
今霊界に来ている講師は黒板講義をしていた人たちで、
パワーポイントを使える講師はまだ聖和していないのだと思います。

講義をしている人も聴いている人も、
みな若々しく元気な姿をしています。

私が講義を聴いている一人のかたに、
「あの講師は誰ですか?」と聞いたら、
「李相軒(イ・サンホン)先生です」と教えてくれました。
私が知っている李相軒先生はハゲなので、びっくりしました。

霊界では白髪やハゲはいません。
若いときの凛々とした姿のままなのです。

私の夫も”真のハゲ”ですが、
「パパ、あの世に行ったら髪の毛がふさふさなのよ」
と後で慰めてあげました。


地上で親しくさせていただいていた
奈田寿美子さん(777双、1989年聖和)が、
「教会がこんなんじゃ駄目よ。
もっと原理講義がみちあふれていないといけない」
などと言っていました。
「奈田さんのお姉さんらしいなあ」と思いました。

松本ママ(松本道子役事、2003年聖和)は
霊界でもやっぱり旗を持って歩いています。
こういうことを知るにつけ、霊界は楽しいなあと感じます。

神様が、私のような心の弱い、
信仰者には地獄のほうはあまり見せずに、
いいところだけ見せて、
励ましてくださっているのかなとも思いました。

森山操
信仰手記「私の見てきた霊界」
トゥデイズ・ワールド・ジャパン
天一国元年11月(2014年陽暦1月)号

「今日もいいことがある」ブログより
https://true-love-family.at.webry.info/201401/article_6.html



言われてみれば、そうですよね。
余談ですが、髪のことをいえば私自身も、
数年後、仲間入りしそうなのです(笑)

この世での生活も、
今まで生きてきた年数より短いことでしょう。
頭のことも、地上で
もう少し我慢するだけだ、ともいえますね・・・

もうちょっと考えると、
地上で障がいのある方は、
霊界では関係なくなるのかな、
そんな風に思わされます。

やはり、地上生活において、
真の愛を体恤する努力をすること、
これに勝るものはないと感じました。

あと、奈田先生が、霊界で、
「原理講義がみちあふれていないといけない」
このことも肝に銘じることだと思います。

最近、「原理の復権」が叫ばれて、
2日修錬会が頻繁に行われています。

うちの教会長も前線メンバーに
原理講義を始められました。

真理と神霊に満ち溢れた教会を目指すべく、
私自身も、与えられた責任を
果たさなければ、と思うのです。





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posted by ten1ko2 at 07:03 | Comment(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月12日

連載を開始します 「父母と共なる生活」を遺した49年の生涯 《奈田寿美子先生》



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昨年紹介した、中村牧師の証しの中に
奈田寿美子先生のお名前があったのですが、
なんと先生の娘さんから、
感謝のコメントを頂きました。

奈田寿美子先生といえば、
「神と共なる生活」
「キリストと共なる生活」
「父母と共なる生活」
この三部作がありますが
学生時代に何度も読んだことが思い起こされます。

そこで、今回より、
「父母と共なる生活」を
紹介することにしました。

野村健二先生が書かれた前書きに
出版の経緯が記されています。


  「はじめに」

1989年3月7日、もう一度見たいと言っておられた
桜も見ないままに、奈田寿美子さんは
神にささげた*37年の尊い生涯を終えられました(*49歳で聖和)

昇華(聖和)される一週間ほど前に私は妻とお宅を訪問しましたが、
その時はもう言葉を語る力もなく、
必死に病と闘っておられる時で、
ただ手を握りしめることしかできませんでした。

しかしその後、奇跡的に病状が一時軽くなり、
その時に、「前に父母観について講義したものがある。
大切な内容なので、ぜひ本にしてほしい」と言い遺され、
それがこの度、出版されることになったのです。

5本のテープと、5冊の講義のプリントを照合しながら
立体的に組み立てるというやり方で編集しました。

奈田夫人が語られたことをできるだけ逐語(ちくご)的に
採録したいと思い、最初は一言一句そのまま書き写しました。

しかし、何よりも読者に分かりやすくということで、
最終的には、逐語的というよりも、
故人が言おうとしておられることを
できるだけ正確に伝達することを目的として、
多少リライトしたところもあります。


この講義の中で奈田夫人は特に、
メシヤ観と父母観とは違うということを強調しておられます。

そのところを若干私見も交えながら解説すると、
メシヤ観の中心となるのは、
過去の自分や自分の先祖が犯した罪の償い(蕩減)をして
赦していただくことで、自分からさかのぽって
過去の先祖のことが問題となるのに対して、
父母観の中心は、自分が真の父母となって
いかに自分の祝福の子女を完全な者に育てていくか
ということで、子女と未来が問題の焦点となります。

その未来は前人未踏の道で、真の父母と
そのご家庭を見習うしか方法がなく、日本では今、
直接のふれ合いがほとんど得られない立場にあるので、
大変困難な問題です。

そこでどうしても文鮮明先生の説かれる原理を
頼りとせざるをえません。

そういう意識をもって奈田夫人は
先生のお言葉を実に幅広く収集し、
具体的な指針が得られるように
細かく配慮しておられることが分かります。

祝福の子女は私たちを超えて、
むしろ私たちの先祖となるような重要な立場なので、
これは読者の皆様にとって本当に貴重な研究だと思います。


この編集に献身的に協力してくださった
光言社の方々に感謝いたします。

私事ながら私は、奈田夫人の実家で二か月ほど、
直接夫人から厳しく温い信仰の訓練を受けながら
執筆していたことがあるので、
このようなお手伝いができることを感謝し、
少しでもお役に立てばと思っている次第です。

神のみ旨の成就のために日夜励まれる皆さまがたの
信仰生活と夫婦生活、子女教育に
この書が役立つことを心から祈りつつ。

1991年3月 
統一思想研究院顧問 野村健二

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「父母と共なる生活 信仰生活の真髄をつかむ」 
奈田寿美子


奈田先生は、49歳で亡くなったといいます。
37年とあるのは、立正佼成会時代を含む
信仰の生涯のことでしょうか。。。

(私の勘違いで、間違った年齢で
お伝えしてしまい、申し訳ありません。
訂正するとともに注釈を加えました。)

「父母と共なる生活」は、
野村健二先生の手も加えられて、
精誠のこめられた貴重なものだと思います。

以前読んだ時も
とても重みがあり、
心に響く内容だったという印象が残っています。

真の父母様を正しく見つめなおす、
珠玉の信仰の手引きとして、
もう30年近く前の本ではありますが、
今の時だからこそ、さらに貴重であると思います。

もう一度読み返せることを、
私自身も楽しみにしています。

不定期に紹介しますので、
ご期待下さい。




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2021年01月11日

息子にかけた夢、大きな声で「駄目だ」と言いそうに・・・ 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラムによる、
良心との対話。

今日は、韓国人牧会者(牧師・教会長)の体験談、
「与えられた言葉は『謙遜』」です。


韓日祝福を受け、日本に来て23年になります。

私は長く牧会者をしていたので、息子にも
牧会者になってほしいという夢がありました。

最近その息子が、「鮮文大で神学を学んで、
牧会者の道を行きたい」と打ち明けてくれました。
とてもうれしかったです。

ところが詳しく聞いてみると、息子の予定としては、
STF1年、語学院1年、軍隊2年、
そして鮮文大4年で、
卒業までに合計8年かかるというのです。

「これは長過ぎる」という気持ちが湧いてきて、
「もっと短くする方法はないか」ということで、
息子と話し合いました。

けれども息子は、
「自分の考えは決まっています」の一点張りです。


大きな声で「駄目だ」と言いそうになりましたが、
「自己牧会プログラム」のことを思い出して、
踏みとどまりました。

そしてその教えのとおり、
「自分が正しいという思いに囚(とら)われてはいけない。
相手の意見をありのままに受け止めてみよう」
と思い直したのです。

その上で天のみ意を尋ねてみたら、
良心から「謙遜」という言葉が与えられました。


実は私は、鮮文大在学中に伝道されました。
大学で出会った先輩の二世、同輩の二世たちは
今、公職に就いて立派になっています。

私はその先輩や同輩の謙遜で美しい心に感動して
統一原理を学び始め、み旨を歩むようになったのです。

そのことを思い出し、謙遜になって
息子の意見を聞いてみようと思いました。


こうして、もう一度息子と話し合ってみると、
思いがけず息子が学生時代に感じた
たくさんの苦しみについて聞くことができました。

このように息子と向き合うことがなければ、
知ることができなかったと思います。

わが子を神の子女として信じて、
最後まで見守っていきたい気持ちはありながらも、
自分のこと、自分の気持ちで
いっぱいいっぱいだったことを反省しました。

これからも自己牧会プログラムを通して、
良心との対話に基づいた生活ができるように
頑張っていきたいと思います。

(日本在住・韓国人男性 50代)

私の心の中にいる神様 51
与えられた言葉は「謙遜」
(blessed lifeより)


息子さんが、御自身と同じ
「牧会者の道を行く」
そのように言われただけでも
素晴らしいのにな。。。
そう思ってしまうのは、
私だけではないでしょう。

このような立派な息子さんに対しても
ダメ出ししたくなるのが、
親心なのかもしれません。

私自身を見ていて感じますが、
親の欲目というのは、
限りなく出てきてしまうものですね。

自分の思い、感情に囚われそうになる時、
一歩立ち止まって、良心の声を聴く、
これは、習慣になるくらい、
意識し、実践しなければならないと、
つくづく感じさせられました。






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