2021年03月28日

真のお父様は人の心を開く天才、その秘訣とは・・・ 《浅川先生》



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今日は久しぶりに浅川先生の
「平和を愛する世界人として」自叙伝書写講話より
「心を開く三つの秘訣」の一番目です。


文鮮明(ムン ソンミョン)先生は人の心を開かせる
達人と言うべき人です。


「私は誰とでも気持ちがすっと通じます。
 お婆さんが来ればお婆さんと友達になり、
 子供たちが来れば子供たちとふざけたりして遊びます。
 相手が誰であっても、
 愛する心で接すればすべて通じるのです」
(自叙伝 76ページ)


では、文鮮明先生はどのようにして
人の心を開かせることができたのでしょうか?

それは、まず、自分の心を開いて人と向き合うことです。
「相手が心を閉ざしている」という前に、
自分の心をオープンにするのです。

さて、文鮮明先生のご指導から、
人の心を開かせる三つの秘訣(ひけつ)をまとめてみました。
きっと、あなたが人の心を開く一助になるでしょう。

 
まず第一は、相手の幸福を思いやる心です。
人は自分を思いやってくれる愛を感じたとき、心を開くのです。

相手を利用しようと思えば、相手は心を閉ざします。
誰もが自己中心的な人に反発するのです。

夫婦関係も同様です。
夫が「妻とは夫のためにいるんだから、俺の言うことを聞け」
などと妻に要求すれば、妻は心を閉ざします。
「お茶ぐらい自分でいれてよ」と。
妻は夫のメイドさんではないのです。

また、妻が「妻を養うために夫がいるんでしょ。
私のために一生懸命働いて出世してよね」
などと、要求すれば、夫は反発します。
「誰のおかげでめし食ってるんだ」と。
妻と夫は労使関係ではないのです。


ところで、世の中には人のために生きる職業があります。
お医者さんです。
病気を治して健康にする職業です。

お医者さんも看護師さんも患者に思いやりをもちます。
そのため、患者はお医者さんには心を開くのです。
自分の健康を気遣ってくれるからです。

診察室で、お医者さんから
「どこがお悪いですか。いつからですか?」と質問されて、

「よけいなお世話だ、ほっといてくれ」などと
捨て台詞(ぜりふ)を吐く患者はいないでしょう。
あるいは、全く心を閉ざして黙秘(は)しないでしょう。
警察の尋問ではないのですから。

「風邪ですね。お薬を出しますから、
必ず、食前に飲んでください。
しばらくはお風呂に入らないほうがいいですよ」と言われて、
「いやだね。あんたなんかに言われたくない」
などと逆らう患者はいません。

「分かりました、そうします。
ありがとうございました」と言います。
自分のために言ってくれる人には誰でも心を開くのです。

 
夫婦は互いに看護師または医者役になれば円満になれるのです。
妻は女医であり、看護師さんです。

夫は仕事以外で心が傷だらけになった重症患者です。
まさか、女医が言葉のメスとハサミで
夫に最後のとどめを刺したりしません。

また、夫は院長さんです。
妻は子育てと姑の世話で疲れ果てた臨死状態の患者です。
まさか、院長さんが瀕死(ひんし)の患者を放置して、
飲み会には行かないでしょう。

 
文鮮明先生は、悲しい人、寂しい人、貧しい人たちを、
思いやりをもって訪ねる人でした。


高校時代、時間を見つけては、
必ず行くところがありました。
ソウルに流れる漢江(ハンガン)にかかる橋の下です。
そこには、住み場所がない貧民たちがいたのです。

私は漢江の橋の下の貧民窟を訪ねて行き、
彼らの頭を刈って心を通わせました。

貧しい人は涙もろいのです。
胸の中に溜まりに溜まった思いが高ずるのか、
私が一言声をかけても泣き出して、
大声で泣き叫びました。

手には、ぼりぼり掻くと白い跡ができるほど、
べっとりと垢がこびり付いています。
物乞いでもらってきたご飯を
その手でじかに私にくれたりもしました。
そんな時は、汚いとは言わずに
喜んで一緒に食べました。

(自叙伝 74〜75ページ)

※この記事に記載されている「自叙伝『平和を愛する
世界人として』」のページ数は創芸社出版のものです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第四章 愛する心があれば誰でも心を開く
心を開く三つの秘訣


夫と妻は医師であり、看護師である。
浅川先生のたとえ方は、名言ですね。

病院に行くと、医師のアドバイスを受けます。
本当にわかりやすく病気の原因を説明し、
処方箋を通して、病気が治ったり、
症状を抑えてくれます。

医者は病気の専門家ですが、
私たちは、家庭では、医者や看護師のように
夫や妻、時には子どもの
心を慰労する、専門家のような
立場かもしれません。

浅川先生のご指摘の通り、
真の父母様がいつも念頭に置いておられる
「相手の幸福を思いやる心」
私たちも常に意識していきたいです。





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2021年03月27日

(証し)寒い中も表情を変えなかったお母様、実は・・・ 《徳野会長》



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2016年4月22日☆ご聖婚56周年☆


徳野会長(現:日本分苑長)のお母様の証し、
「お父様とお母様だけが知り得る
多くの天の秘密がある」です。


今日まで私が真のお母様に侍らせていただく中で感じるのは、
お母様はいつも真のお父様のことを
思っていらっしゃるということです。

2014年9月、妍進(ヨンジン)様と情進(ジョンジン)様の
祝福式が挙行された後、
少人数によるお母様へのご報告の場が持たれました。

そのとき、私たちに向かってというよりは、
まるで独り言のようにお母様の囗から
漏れ出た言葉が、忘れられません。

「お父様が私に残された
 多くの宿題の一つが解決したわ……」


私たちには量り知れない、想像すらできない、
お父様とお母様だけが知り得る多くの天の秘密や
事情がおありなのだなあと、私は直感しました。


2016年10月に来日された折にも、お母様は、
きれいな景色をご覧になれば、「お父様と一緒に来たかった」、
おいしい物を召し上がれば、「お父様にも
召し上がっていただきたかった」とおっしゃいました。

お母様はこのように、お父様との深い心情の絆を
力の源泉にしてみ旨に向かっていらっしゃるのだと思います。


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ご聖婚五十六周年の記念式(2016年4月22日、
天正宮博物館)は野外で行われました。
四月とはいえ、日が落ちると、真冬のような寒さになりました。

私は我慢できず、コートを着て出席しました。
しかし、お母様と同じヘッドテーブルに座っていた
宋龍天(ソン ヨンチョン)総会長は
そういうわけにいかず、コートなしで忍耐されたのです。

後で総会長は、「おなかと背中にホカロン(使い捨てカイロ)を
忍ばせていたので、何とか耐えられた」と言っておられました。

そういう中、お母様は表情一つ変えずに座っておられたので、
私は不思議でならなかったのですが、その後、来日された
妍娥様(孝進様令夫人)と食事をさせていただいたときに、
その疑問が解けました。

記念式の翌日、お母様が妍娥様に「きのうは本当に寒かったね」
としみじみ、おっしゃったのだそうです。

妍娥様が「でも、お母様は全然、寒そうなお顔では
ありませんでした」と申し上げると、
「私がそんな顔はできないでしょう」と
笑いながら言われたそうです。

お母様もやはり、平気なはずはなかったのです。
それでも、天の父母様と全人類の前に真の母としての威信と
体面を立て、母として子供たちに心配させないように、
寒さを耐えてくださっていたのです。

「さすが、お父様から五十二年にわたって
徹底して訓練をお受けになったお母様だ!」
と、改めて敬服の念を深めた次第です。


やはり、何と言っても、お父様のご心情や願いを
最もよくご存じの方は、長年お父様に侍られたお弟子さんでも、
真の子女様でもなく、お母様であられます。

お母様は五十二年間、お父様と寝食、喜怒哀楽を共にされました。
夫婦としてお母様は、寝室に入ってからもお父様に侍り、
お父様を支えてこられました。

そのようなことができたのはお母様だけだったのです。


また、お父様が地上生活で最後に祈祷を捧げられた日
(2012年8月13日)を前後して、お父様は、
お母様と二人だけでお過ごしになる時間を多く持たれたと伺いました。

人間は誰でも、間もなく霊界に旅立つ運命を悟るとき、
心情的に最も近い人と過ごしたいと思うに違いありません。
お父様にとって心情的に最も近い方は、
間違いなくお毋様だったということです。


お父様の聖和式後の、私が実体のお母様に接するたびに感じる、
実感としての信仰の究極的核心部分は、
天の父母様とお母様との直接的な親子の心情の絆、
すなわちその親子の心情関係の深遠さです。
                             ’
「(地上で生を享け、物心ついた年頃から)ずっと
自分の親は天の父母様だと思って育ってきたのよ!」
と言われました。

この天の父母様との心情の絆の強さ、深さのゆえに、
今日までの幾千幾万もの心情の十字架の路程をも、
奇跡的に乗り越えて勝利してこられたのであり、かつ、
お父様からの直接的な心情的・信仰的試練をも見事に乗り越え、
昇華し、お父様との最終的な心情一体の勝利基準までも、
天地の前に、人類の前に打ち立てることが
おできになったのだと確信するのです。

お父様とお母様だけが知り得る多くの天の秘密がある
徳野英治(六〇〇〇双)


徳野分苑長は、長い間、日本の会長として
お母様に侍られました。

梶栗会長の聖和(2012年12月26日)後、宋総会長とともに、
その後も日本会長として立ってくださり、
ビジョン2020を掲げた7年路程を
お母様と一つとなって、日本を率いてくださったのです。

余談ですが、徳野会長が会長として立たれたのは
2回目でしたが、奇しくも
安倍首相が再就任した日(2012年12月26日)の翌日でした。
また、退任も数か月後となりました。
日本も新たな時代に入っていると感じます。


寒い中でもじっと耐えていかれたお母様の姿は、
お父様の聖和式の翌日、すぐに大きな大会をされて、
「中断なき前進」と語られ、私たちを鼓舞された
お母様の姿に重なってきます。。。

「お父様が私に残された多くの宿題の一つが解決した」
これは、お母様の本音ともいえるべき言葉ですね。

すべて私の当代に果たすと明言されて、
今も一つひとつ、その宿題を果たして
いかれているお母様。。。
まだいくつ宿題が残っているかわかりませんが、
それは私たちの宿題でなければならないでしょう。

摂理の黄金期と言われるこの時、
お母様に喜んでいただけるように、
与えられたみ旨を果たしていきたい、と思うのです。







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2021年03月26日

マインドコントロールよりすごい、原理の力?! 人を作り変えるわけ 《篠ア先生》



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篠崎先生の氏族伝道講座「喜びと幸せの生活伝道」
今回は、『原理講論』のできるまで です。


『原理講論』は劉孝元(36家庭・韓国初代協会長)先生が、
真のお父様のご指導を受け、
全身全霊を懸けてまとめたものです。

約3年間、朝から晩まで、自分の部屋もなく、
ご飯もろくに食べられない貧しく苦しい環境で
耐え忍びながらまとめられました。

正に血を絞るごとく、
自分の頭脳を完全に燃やして生まれたのです。

そして劉孝元先生は3年8か月間、
1日18時間、原理講義をされたのです。


「原理」の力による蘇生

『原理講論』の冒頭に、

「人間は何人(なんぴと)といえども、
 不幸を退けて幸福を追い求め、
 それを得ようともがいている。

 個人のささいな出来事から、
 歴史を左右する重大な問題に至るまで、
 すべては結局のところ、等しく、
 幸福になろうとする生(せい)の表現に
 ほかならないのである」

とあります。
さらに総序の最後には、

「暗い道をさまよい歩いてきた数多くの生命が、
 世界の至る所でこの真理の光を浴び、
 蘇生していく姿を見るたびごとに、
 感激の涙を禁ずることができない。

 いちはやくこの光が、全世界に満ちあふれんことを
 祈ってやまないものである」
とあります。

このように、原理のみ言によって
人は生まれ変わり、幸福になることができるのです。


「原理」の力について、
真のお父様は次のように語っておられます。

 
「原理には、神の直接の啓示にはるかに勝って、
 人間を指導し、つくり変える
 偉大な力があるので、原理を知ること自体が、
 啓示や高い良心基準の役割を果たしたのです。

 ……とにかく何のゆえにか、幸運にも、
 たまたま先生と巡り会ったことによって、
 あなた方の上に大きな変化が起こり、
 あなた方は急に献身的な信仰生活を
 送るようになったのですが、それも
 原理の力によって、あなた方の心の中に
 何か奇跡的な内的変化がもたらされたからこそ、
 喜んで献身生活のできる人間に
 変えられたのだといえます」
(『祝福家庭と理想天国(U)』608ページ)



伝道は人の心に変化をもたらす奇跡です。
それは「原理」の力によってのみ可能なのです。

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(5)
篠崎 幸郎・著

第一章 原理のみ言があなたに届くまで
二、『原理講論』のできるまで


「劉孝元先生は3年8か月間、
1日18時間、原理講義をされた」
これはどれほどの基準でしょうか。

先生は、脊椎カリエス、という病気にかかっておられました。
講義は杖をついてされ、
ある時は椅子に座って講義をされ、
さらに横になって講義をされた、と聞いています。

おそらく、講義をする相手がいなくても、
講義演習のように、講義をし続けられたのだと思います。

お父様の原理原本を読まれて
伝道された劉孝元先生。
1ページ1ページ、涙なくして、
読むことが出来なかった、と言います。

「骨を削って、粉にしてさらして得た結晶」
お父様が血と汗と涙を流して、解明した貴いみ言
その原理原本を劉孝元先生は、
「原理講論」という形で体系化してくださいました。

そのような精誠が積まれているみ言なので、
力が働かないはずがありません。

そのような貴いみ言を与えられていることに
心からの感謝を捧げ、
私たちも精誠をもって、訓読し、
講義をしていきたいと思うのです。





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