2021年03月11日

召命ではなく「自覚」だった?! 神と一問一答、相撲をして育った真の父



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先日、篠崎先生の書刊
「喜びと幸せの生活伝道」を紹介しましたが、
なんと、Blessed Lifeで配信を開始してくださいました。

不定期でお伝えしたいと思います。
本日は、「お父様とイエス様の出会い」です。

第一章 原理のみ言があなたに届くまで
一、メシヤの自覚と人類救済の道
お父様とイエス様の出会い

真のお父様は1935年4月17日、16歳(数え)のとき、
イエス様から啓示を受けられました。

2012年7月16日、真のお父様の最後の講演となった
「アベル女性UN創設大会」の基調講演の前に突然、
お父様は過去の秘密の話をされました。


「私は小さいときから神様の声を聞いてきました。
 ……神様が私を育ててきました。
 そういう人生を生きてきたのです。

 16歳のときのイエス様との出会いは
『メシヤとしての召命ではなく、自覚であった』」


と、おっしゃったのです。


また、イエス様との意味深い霊的な一連の出会いについて、
1982年10月の世界言論人会議で、次のように語られました。


「一言で言って、霊的な世界が突然、私の前に広がり、
 私は自由にその霊的な世界にいる聖者たちと
 思う存分通信することができたのです。

 北朝鮮の地の静かな山中で、私は幾度か
 イエス・キリストと直接対話を交わしました。
 神ご自身とも直接対話しました。
 
 その時に啓示された真理の内容が今、
『統一原理』の核心になっているのです」
(1982年10月5日)


そして、啓示を受けて決意された後、最初に悟ったことは、
神様はキリスト教で言うように遠くで見守る方ではなく、
共に相撲をするような近い方であられるということでした。


「神に出会ってみた時、その神は
 栄光の神にあらずして、
 ユートピアを地上に実現するために、
 嘆かわしい、痛ましい心を持っておられる
 父母としての神であられ、
 またその神は、天道を明らかにされ、
 万物を胸に抱く真理と愛の光の神でありました。

 神のこの限りない愛に接した時、悟ったのは、
 神と人間と宇宙の関係を
 人間に明らかに知らせるために、
 神が深く抱いておられた深奥なる思想でありました。

 この思想を見る時、世界のすべての問題は
 完璧に分かり、直ちにユートピアが
 実現し得るということが証明されたのであります。

 この思想が、正に『統一思想』であって、私が今、
 世界的に展開している統一運動の
 基本理念となっているのであります」
(1983年12月)


第一章 原理のみ言があなたに届くまで
一、メシヤの自覚と人類救済の道
お父様とイエス様の出会い

篠崎 幸郎・著
(光言社・刊『氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
Blessed Life


「召命ではなく、自覚であった」
これは重要なみ言ですね。

お父様は神の独り子としてお生まれになりましたが、
そのことを悟るきっかけが、
イエス様との出会いであった、というのです。

私自身も含め、ただ単に「神様の召命」である、
と認識していた方も多かったかもしれません。

昔、タイガー朴(パク)先生と呼ばれた
朴鍾九(パクチョング)先生の証しを聞いたことがあります。

お父様がタイガー朴先生に
「先生がメシヤじゃなかったらどうする?」
そのように質問されたことがありました。

朴先生は、
「そんなことはありません」
と否定されましたが、
お父様は続けて何度も聞かれたそうです。

最後に朴先生は、
「お父様がメシヤでなかったら、
私がお父様をメシヤにしてさしあげます」
そのように答えられたあと、
もうお父様は質問されなかったといいます。

神様の心情を解き明かされ、
神様を解放するために全生涯をかけて、
み旨を歩まれたお父様。

そして、お父様と同じように、
神様を父としながら育ち、
お父様と共に歩まれたお母様。

メシヤの使命を自覚して下さり、
また真の父母として自覚してくださった。。。
でなければ、私たちの今はありませんでした。
真の父母様に心から感謝いたします。




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posted by ten1ko2 at 10:07 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする