2021年04月18日

真の父母の春風で、日本の北から南まで一掃! 《先週の希望前進礼拝のみ言》



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先週行われた希望前進礼拝
(神日本第2地区・仙台家庭教会)より、
真のお母様のみ言を紹介します。


  「真の父母の春風で
   北から南まで一掃してください」


愛する祝福家庭と新しい食口の皆さん、
きょう皆さんが摂理の完成に対して
必ず勝利するという決断を
見せてくれたことに対して、ありがたく思います。

今日、世界人類は希望を追求していますが、
どこにも希望を感じることのできない
暗たんたる世界であることは間違いありません。

コロナの大流行によって、互いに疎通して
共にしようとする人類の願いは、
あまりにも程遠いものとなっています。

最近世界のニュースを聞いてみれば、希望がありません。
このような時に、天の父母様聖会の下の
人類一家族の夢を実現しようとする家庭連合こそ、
人類の前に希望であることは間違いないのです。

創造主は本来、私たち人類の父母になられようとして
天地万物と人間を創造されました。
人間にご自身の創造力を与えるための祝福を、
人間が完成できませんでした。

今日の人類歴史は、堕落した歴史として、
戦争と葛藤、自国の利益を中心に、
ますます分裂して混沌となり、
平和の世界とは程遠く、地球の終末に
近い世界へと進んでいる現実を私たちは見ています。

方法は一つしかありません。
創造主、天の父母様に侍る人類、
全ての国にならなければなりません。

そのようになるためには、
天地人真の父母に侍る国と民族に
ならなければならないでしょう。

先になった者、知っている皆さんが
声高く叫んで教育し、
真実を明らかにしなければなりません。

今の韓日問題を超えて
この極東の問題について見るとき、
韓国と日本が一つになってこそ
天の祝福を受けることのできる道が
開かれるということを分からなければなりません。

それで、北海道から祝福の津波を起こして、
九州の南端まで、全て真の父母の春の風で
(全ての問題を)一掃してください。




やはり、天の父母様を知ること、
さらには、天の父母様に侍ること、
これ以上の天運はないですね。

さらに言うならば、
祝福結婚を受けること、
これも貴い天の祝福でしょう。

今日は第4地区の希望前進礼拝です。
希望をどんどんと与えてくださる
真のお母様に感謝しつつ、
しっかりと備えていきたいと思います。



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posted by ten1ko2 at 08:43 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月17日

不平不満・怒りはサタンの入り口 怒りやすい人が教会に来ると・・・ 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言。
今回は、「主管性転倒3」です。


主管性転倒(3)

聖書に禁じてあるのも、このことに関してなのです。
すなわち、不平、不安、血気、怒気ということで、
これがサタンが人間の中に入る、入り口なのです。

いつも怒らずに平和に、そして感謝、忠孝、忠誠、
真心、謙遜を戒めとして示してくれているのです。

結局、堕落性を脱ぐには、だれにつながって、
どの立場において情を使うかということにおいて
分別していかなくてはならないのです。

情は、自分勝手に使うのではなく、神に使うか、
あるいは、サタンに使うか、二通りしかないから、
自分の情が神の立場にあればそれは平和であり、
自らを考えずに、迫害されながらも
喜んで感謝して行けるのです。

怒られても、にこにこ笑う。
すると向こうは、もっと赤くなって怒るのです。
というのは、私の血気まで
向こうで引き受けてしまうことになるからです。

例えば、ある人が不平を十もってきて、
私の五つの不平をもらいにくるのです。
私がにこにこ笑うと、その人は十五になって、
血気が強くなってしまうのです。

しかし、もしここでその人に付き合って不快に思うと、
五つをお互いに分配してしまうのです。
分配してしまうから、けんかがすぐ終わってしまうのです。

信仰する立場で反抗すれば、すぐその事件は終わって、
自分もサタン主管圏内に入ってしまうことになるのです。
もし、ここで忍んで笑って耐えるとすれば、
向こうがサタンの部分を引き受けて、蕩減することになるのです。

だから、よく血気早い人は、血気早い人に殴られるのです。
しかし、謙遜な人は、血気早い人に殴られることはないのです。

だから、この教会に来る前に、よく怒ったり、
また人を殴ったりしたことのある人が来た時には、
それ以上強い人に任せて、一度は袋だたきにしてしまう
というような、そういう蕩減をするのです。



血気怒気の情は本当に厄介なものです。

教会での人間関係においては、
ずいぶんと少なくなった気がします。

問題は家庭での人間関係、
夫婦、親子間において、
自分の感情のままに動くことがあると、
血気怒気の情をもってしまうことがあると思います。

最近は、自己牧会プログラムや、
「天寶修行」という言葉があるように、
祝福家庭として、天一国主人として、
より内的なものを質される私たちです。

やはり、家庭も公的なものである、
という思いをもって生活しなければ、と思うのです。




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posted by ten1ko2 at 11:20 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月16日

砂漠でオアシスに出会ったよう、語るメシヤと、聞く劉孝元先生 主の直伝講義



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篠ア先生の「喜びと幸せの生活伝道」
『原理講論』のできるまで です。


真のお父様の原理講義

劉孝元先生をはじめ兄弟、親族が10人ぐらい集まり、
真のお父様による原理講義が始まりました。

その講義は、創造原理を語られているかと思うと、
復帰原理になったり、堕落論からいきなり復活論に飛んだり、
聞く者の心霊に合わせてあちこちに移りました。

お父様は講義に熱中してトイレにも行かれず、
1人でも食口がいれば語り続けられるので、
みなトイレに行きたくても我慢しなければなりませんでした。

そこで、トイレに行くときは周りに合図をしました。
「おまえも、おまえも行きたいだろう。
一緒に行こう。よ〜い、ドン!」と。
そして全員が終わるのを待って一緒に戻ってきました。

お父様のみ言を逃さないように、
トイレに行くのも組織的に行ったというのです。


このように朝から晩まで21日間講義が行われました。

お父様のみ言は神様から頂いた真理であり、
霊界の内容まで飛び出してくるので、
大体は分かっても、細かい部分は理解できません。

劉孝元先生は自分が確実に理解できるまで
「これはこうですか? こうではないですか?」
と、質問し続けました。

まるで劉孝元先生1人のための
特別原理修練会のようになりました。

劉孝元先生にとっては
生涯を懸けて探し求めてきた真理であり、
待ちに待った先生との出会いです。

正に砂漠の中のオアシスで水を飲むごとく
一言もこぼさずに吸収しようと、一生懸命に学びました。

お父様はこの21日間で、劉孝元先生を
原理講師として完全に立てるために投入されたのです。

劉孝元先生の原理講義

21日が終わると、「あなたが原理講義をしなさい」
と、お父様から言われました。

そして3年8カ月の間、劉孝元先生は
1日も休まず毎日18時間、原理講義をされました。

2日間で一通りの講義をしたのです。
対象者がいないときも講義をして精誠を尽くされました。


お父様がいらっしゃれば、劉孝元先生は
もっとお父様が気に入られる講義をしようと、
声を張り上げて熱心に講義をしました。

劉孝元先生は片方の足が不自由でしたが、
痛いのも忘れて行ったり来たりして歩き回り、
黒板に字を書いては消して、
汗と涙を流しながら語り続けました。

その講義ぶりは、前に一人が座っているだけでも、
百万の大軍の指揮官のように汗と涙を流す、
情熱的で感動的なものでした。

居眠りしている人がいれば、
「今死ぬか生きるかの瞬間なのに、
居眠りするとは何事だ!」と激しい剣幕で怒鳴ったのです。

 
その時の真剣で熱心な講義を受けた先輩は、
「あの時が懐かしい。天宙がひっくり返るようで、
とにかくあっけにとられて、いつの間に自分が
教会に入ったのか、自分でもよく分からない」と言います。

講義を聴いた者は食口にならざるをえない雰囲気だったのです。
劉孝元先生のこのような姿に、
当時迫害を受け続けておられたお父様は
どれほど励まされ慰められたことでしょう。

劉孝元先生は、独立運動に身を投じた先祖がいる、
3代のクリスチャンの家系です。

正にメシヤを証(あか)す「洗礼ヨハネの立場」であり、
人々を神様の救いに導く「祭司長の立場」でした。

 
真のお父様は劉孝元先生が聖和(ソンファ)された後、
「あなたがたは、私たちがどれほど深い因縁で
 結び合っているのか知らないだろう」


「迫害の中、どうすることもできなくて、
 2人で抱き合って慟哭した。
 だから今もそういう思い出を
 1日も忘れることはできない」

としみじみ語られました。

私たちもどんな迫害があろうとも「原理」を誇り、
劉孝元先生のように「原理」を情熱的に語り、
人々の魂を蘇生させていきましょう。

篠崎 幸郎・著
(光言社・刊『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第一章 原理のみ言があなたに届くまで
二、『原理講論』のできるまで

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(7)

(blessed lifeより)


「迫害の中、2人で抱き合って痛哭した」
お父様が泣かれるほどの迫害・・・
どれだけ凄まじかったことでしょうか。

何の基盤もなく、迫害から出発した教会。
天の保護と導きがなければ、
ここまで発展することができなかったでしょう。

劉孝元先生の原理講義。。。
その頃の映像があったらなぁ、と思います。

今は、霊界の修練所で講義をされ、
多くの霊人たちに生命のみ言を語っておられます。

霊界でのご活躍をお祈りするとともに、
そういった背景があることを自覚して、
講義を語らせていただきたいと思います。



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