2021年04月15日

若き文先生に嫉妬した夫たち、家庭と社会からの迫害の始まり 《金元弼先生》



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金元弼先生の平壌開拓時代の証し。
今回は、「家庭と教会からの迫害」です。


先生を訪ねてくる人々は、
教会でも家庭においても、また周りの人々からも
大変尊敬されていた人たちでした。

ある人は直接神の啓示を受けて
先生のことが分かった人もあれば、
先生のみ言を聞くことによって
先生のことを本当に分かった人もいました。

こうした人たちは、先生と生活をしているうちに
先生に対する信仰が、日を増すにつれて
どんどん深く強くなりました。

いくら啓示を受けるといっても、毎日受けるのではありません。
また疑いがないというのでもありませんでした。
疑いがあるときには、他の人の啓示を通して刺激されます。

ですから疑いがあれば、その人の行動の一つ一つが
ふさがれてしまうのを感じるのでした。

また聖書を読むと、疑いをもっているその自分の状態を
見付けることもありました。
疑いをもつと再び啓示があります。
こうしたことの連続の中で、信仰は篤く深くなり始めました。

み言を聞いて、真理を通して先生のことをよく分かった人でも、
時には人と話をした後に
自分の受けているみ言に対する疑いをもつことがあります。

そういう時は気落ちすることもありましたが、
み言を聞けば復活し、先生に対する信仰は一層深く強くなるのです。


真理によって霊的価値をよく悟った人であっても、
外部からいろいろな迫害を受けると、
上がり下がりがあったのです。

そういう連続の中でも、神が直接守られるがゆえに、
私たちの信仰は非常に燃え上がっていきました。

恵みの中にいるときは良かったのですけれども、
恵みを人に与える段階になりますと、
人々は素直に受け入れてくれません。

そういうときは、先生に尋ねて
アドバイスを受けなければなりませんでした。

 
反対された理由の一つは、
神の啓示の意味はよく知っているのですが、
霊能者たちは聖書を通して説明が十分できなかったからです。

もう一つは、初期の人たちの伝道は
結果をまず先に立てて、特に「再臨主が来ています」
というようなかたちで行ったのでした。
それで大変な迫害に遭ったのです。

こうして伝道していた人たちは、
非常に信仰が篤かったので、家庭においても
教会においても、他の人の模範となっていた人たちでした。

この人たちがみ言の恵みにあずかると、
元の教会にも家にも帰らず、
教会にとどまってみ言を聞き、
信仰の交わりをもつ時間が多くなっていきました。


一つの例を示しますと、結婚して間もない家庭がありました。
夫に対してよく世話をする、仲の良い夫婦でした。
また熱心なキリスト教の家庭でもありました。

奥さんがみ言に接すると、夫の夕食の時間になっても
以前のようには準備ができませんでした。

既成教会にいるときには本当によくやってくれたのに、
うわさによれば若い青年の先生が牧会する
という教会へ行くようになってからは、
以前のようにはよくしてくれなくなったと気が付きました。
そしてなぜだろうという疑いをもたざるを得ませんでした。

また教会へ行くという理由で、夫と共にする時間を
どんどん断っていきます。

このことよりももっと理解できない一つの問題がありました。
皆様は原理を聞いてよく理解していますから、
その理由は何かということはよく御存じでしょうけれども、
彼女がみ言を受け入れて、先生がどれほどの方かを知り、
そしてこの恵みの生活の中にあって、
彼女自身に一つの大きな異変が起こっていました。

今までは夫との関係はこの上ない幸せなものでありました。
けれども、夜になって夫と一緒に寝ていても、
夫が近寄ってくると、蛇が近寄ってくるように
嫌な感じがするというのです。

誰が彼女に教えたのでもないのに、
そのように感じられて仕方がないというのです。
しかし夫にはそれが理解できなかったのです。

彼女もなぜそんなに嫌になってくるのか
理由が分かりませんでした。


皆さんはそのことが理解できますか?
皆さんでしたら、なぜそうなるのか、
その夫人や主人に説明ができるでしょうか。

一九四六年ころのことですので、先生以外は
誰もそれに対して説明してあげる者はいませんでした。

しかし、啓示を受ける人は、
原理的な説明はつかないけれども、
なぜそういうことが起こるのかという簡単な説明はできました。

若い婦人やだんなさんだけに起こるのではなく、
壮婦においても、たとえ六十以上の
おじいさんおばあさんであっても、
こういうことは共通して起こりました。

家でのこうしたお話は、夫婦間のことですから、
誰かに言うこともできない難しい問題でした。
韓国の四六年ころの社会では、
そうしたことは言い出し難い問題でした。

そこで、そうした婦人のだんなさんは、
他のことで少し時間が遅れるとか、
よくやってくれないということに対しては、
まだ理解しようとするのです。
しかし、このことについては理解し難かったのでした。


彼らから見れば先生は若く非常にハンサムですから、
自分の奥さんが教会へ行くことによって、
先生の方をより愛しているから
こういう態度をとるのではないかと
疑いを強くし始めたのです。

そして、家庭での迫害が始まりました。
「教会にはこれから出ないようにしなさい」
ということになったわけです。

しかし、いつもいつも主人と一緒にいるわけでもないのですから、
そう言われても時間の合間を利用して先生の所を訪ねました。

苦しい中でどのように信仰をもち続けていったらいいのか、
アドバイスを受けざるを得ませんでした。
また食口に会うことで大変力づけられ、
慰められるので、迫害されればされるほど
教会を訪ねて行くのでした。


彼女たちの夫は、仕方なく自分の親を訪ねて、
自分の奥さんに関するすべての話を報告するのでした。
韓国では、自分の娘が他家へ嫁に行ってそこから追い出されると、
再婚することは許されませんでした。

そこで、その嫁入り先のだんなさんに
たとえ難しいことがあっても、
我慢して幸せをつかむようにと教育していました。

大変仲の良かった夫婦なのに、自分の娘が
教会へ行くことによって、二人の仲が悪くなり、
家庭が破壊状態になっているのを聞くと、
お父さんはそのだんなさんに加勢するのです。

そして娘には教会へ行くのを
やめさせようとしたのでした。
今まで娘に手を出したこともない親でしたけれども、
自分の娘に手を出したりするようになりました。

しかしながらその娘を引き止めることはできませんでした。
なぜならば、その娘は統一教会と出会うことで
この上もない神の恵みを得ていたからです。
また真理が分かったという確信をもっていたからでした。

お父さんは教会の中心者である牧師を訪ねて、
自分の娘のことを話さざるを得ませんでした。

そうしたらその牧師が若い先生を訪ねて、
どれほど異端なのか、間違っているのかを目の前で証明して、
娘さんを教会から離してくれるだろうと思い、
相談することを心に決めたのでした。

ところが、牧師は一人では先生に会って議論する
自信がないと思ったのです。

それで平壌中のいろいろな重要な教会の牧師と
力を合わせて、先生を訪ねると決めたのでした。

皆様、万人の婦人の例を取り上げましたけれども、
教会に来ている他の食口たちが属している
既成教会の牧師たちも、全く同じような立場に立っていました。


おじいさんが統一教会へ来ました。
ところが、おばあさんとの間に
さっきお話ししたようなことが起こったのでした。

おばあさんは同じように疑ったのです。
おじいさんのことをどうしてそんなに疑うのか
理由が分からないと考えると思います。
先生は男であるから。

そのおばあさんは、自分のおじいさんが
教会に行くことによって変わったというのです。
教会にはおばあさんも通っているし、
若い中年の婦人もいます。

おじいさんと同じような年のおばあさんもいるから、
そうしたおばあさんと仲が良くなって、
自分に近寄らないと疑ったのでした。

この家庭内で起きた、疑いの話を聞いて、
牧師はこの教会は大変間違った教会であると決めつけたのでした。

こうした人たちは、反対する夫や妻の話を
裏付けるかのように夜遅く帰ったり、
時には泊まりがけで通っていました。

礼拝は男と女が一緒になって行い、
時には踊る人もいます。
こういう姿を見ると、これは間違いであると考え始めたのです。

I 平壌開拓から興南解放
第一章 平壌開拓の日々
「家庭と教会からの迫害」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


「夫が蛇のように見える」
このような霊的現象は、
堕落論を知らない人には、
全く理解できないことでしょう。

既成キリスト教会が
当時の統一教会を反対した理由は、
こういうところから来ていたのですね。

ただの異端ではなく、
夫婦生活にも支障をきたす、
恐ろしい団体である、という
レッテルを貼られたのでした。

ご主人や、おばあさんに、
「あなたも一緒に行きましょう」と
誘って一緒に行けば問題なかったでしょうが、
あまりに夢中になりすぎたのでしょう。

ご主人や奥さんたちも憶測だけで
「そこはどういうところだろうか」と、
教会を訪ねるということはしなかったのですね。

今の教会の婦人たちも、
同じようなことで夫との関係がこじれている場合が多いようです。
特にかつてみ旨が激しい折には、なおさらでした。

今では、教会ではそういう指導はしないのですが、
夫に誠心誠意尽くしたうえで、教会にくるというよりは、
家庭そっちのけになってしまう。。。
これは、今も共通の課題ではないでしょうか。

どんなに反対されても、
お父様を求めて、教会に通い続けた当時の信徒たち。
これを止めることは誰にもできませんでした。

お父様が、彼らのために、祈り、愛を投入し
熱い火のようなみ言を語っておられましたから、
当然だったのかもしれません。

次元や動機が違いますが、
お父様ご自身も、どんなに迫害を受けつつも、
止めることができないみ旨の道でした。





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2021年04月14日

祈りの中で与えられた聖歌、「私は祭物、この身はどうなったとしても感謝」



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世界家庭4月号、「続・聖歌のめぐみ」より
聖歌15番『我は供え物」です。


  この身はどうなったとしても感謝≠ニいう思いが聖歌になる
  このコーナーでは、私たちがふだん讃美している聖歌が誕生した背景について、
  聖歌編纂委員の天野照枝さん(777双)が解説しています。

  今回は聖歌15番「我は供物」です。
  劉孝元(ユ・ヒョウウォン)統一教会初代協会長のいとこに当たる、
  劉孝敏(ユ・ヒョウミン)さんによって作詞作曲されました。

  以下は、本誌からの抜粋です。

-----------------------------

   お父様の切実な説教

1956年から57年頃、真のお父様が涙とともに語られた説教に、
劉孝敏さんは深く感動しました。
復帰摂理を導いてこられた神様のお心を、「祭壇と祭物」という内容で話され、
私と共に死の場を超えてくれないかと訴えられた説教でした。
祭壇とは、時代性や環境をも意味します。
お父様は次のようにおっしゃったそうです。

「神様がどれだけ長い歴史を耐えて、心を尽くし、
犠牲をいとわず、祭壇を準備なさったかを考えてみなさい。

そのように祭壇を準備されても、祭壇に供えられる清い供え物が悪に侵害されて、
全てが崩れる瞬間の神様の悲しみと、苦しみを思ってみなさい。

アブラハムに、愛するイサクを捧げよと言われるとき、
無慈悲に命令した神様だと思うのですか?

十字架上のイエス様の祈りを、神様はどう聞かれたと思うのですか?

死んでくれと言うとき、神様も泣いておられるのです。
ご自分の心も言えずに泣かれるのです。
私たちは、その心情を知って、神様を慰労する祭物となって祭壇に上り、
今こそ勝利の峠を越えていかなければなりません」

そして、アブラハムのイサク献祭の話をされ、
「そのとき、イサクは、生きているけれども死んだ立場でした。
祭物とはそのようなものなのです」と言われました。
イサクは、自分を祭物として捧げようとする父アブラハムの姿に、
一瞬は驚きながらも、「あんなに自分を愛していた父のすることだ」と、
条件なしに父を信じ、父の信じる神を信じたのです。

イサクがもし逃げ回ったらどうなっていたでしょうか。
アブラハムの忠誠と、それに劣らないイサクの忠誠とが合致して、
共に死んだ立場からよみがえることができたのです。


   祈りのうちに与えられた詞と曲

劉孝敏さんは、真のお父様のその説教に心を深く動かされ、
涙と共に数日を過ごしました。
神の摂理の途方もない忍耐が何のためだったのかを思い、
またそれを語ることもできず、言葉なく泣かれる神の涙を知ったのです。

そのとき、「神よ、あなたの切実なる思いを、私は今、知りました!」
という思いがほとばしったのです。

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▲作者の思いが込められた原譜(草創期の韓国語の聖歌集『성가』から)

そのように、心の深い所で天と交流しながら、祈りのうちに、
一つ一つの言葉と曲が与えられていったので、
この聖歌は「霊歌に近い」と劉孝敏さんは言われました。

祈りは徐々に決意に変わっていきました。
私は祭物だ、この身はどうなったとしても感謝である
という思いが、聖歌「我は供物」として結実したのです。




「祭壇と祭物」
お父様はどんな心情で語られたことでしょうか。

義人たちが通過してきた思い、
それを見つめる神様の心情を誰よりもご存知であり、
お父様ご自身も神様を慰めるために、
喜んで祭物の道を歩まれたのだと思います。

劉孝元先生のいとこの先生が
この曲を作られたことを初めて知りましたが、
曲が作られた背景を知ることによって、
一層深い思いで、歌うことができます。

ありがとうございます。






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2021年04月13日

結婚願望のなかった私が祝福を受けたのは、自叙伝書写のおかげ*体験談と書写のすゝめ



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「自叙伝書写のすゝめ」より、
自叙伝書写の意義と手順をお伝えし、
体験談も一つ紹介します。

自叙伝書写が初めての方、
久しぶりにやってみたい方、
さらに、毎日やっている方も
参考にしてみてください。


自叙伝書写の意義

・み言(ことば)に自分の心を合わせる。

・神仏の心に似るため。

・心にみ言の種をまく、み言の苗を植える、み言を刻み込む。

・毎日書写する。

・邪心はみ言を妨げ、本心は受け入れる。

・継続しなければ、流れ去っていく。

・目、口、耳、手でみ言をまく。


自叙伝書写の手順

1. 静かな心落ち着く時間(なるべく早朝)に行ってください。

2. 口をすすぎ、手を洗い、静かな場所で書写の準備をします。

3. 姿勢を正し、心を落ち着け、願い事が成就するように祈念し、真心の報謝をささげます。

4. その日書き写すみ言を訓読します。(声を出して三度、読んでください)

5. 一文字、一文字、真心を込めて書き写します。(用紙に写すと同時に心に書き写します)

6. 書き終わったら、願い事がかなったことをイメージしながら瞑想(めいそう)します。

7. 書写したみ言を生活の中で、意識しながら実践します。(一日の終わりに気付きを確認してください)

(参照:冊子『自叙伝「平和の母」に学ぶ心の書写』〈非売品〉)

※用紙は、半紙または書写用紙を使用しましょう。
※詳細は最寄りの家庭連合にお問い合わせください。

自叙伝書写のすゝめ 2


書写を通して統一原理を学び、祝福を受け家庭を出発
(東京都、55歳男性)


私は文鮮明先生のみ言(教え)を読んだり、
書写をしたりしています。

一文字一文字に心を込めることによって、
自分の心の在り方が変わっていったことを感じます。

それをきっかけに、書写の貴い言葉の
原点と言っても良い、「統一原理」を学ぶようになりました。

そこで、私の人生観は本当に変わりました。

元来私は、「結婚したくない」人間でした。
どうしてかと言いますと、世の中の結婚の在り方、
家庭の姿を見てきてあまりいい話を聞いてきませんでした。

嫌な思いまでして、どうして結婚しなければならないのか。
「結婚は人生の墓場」という言葉があるように、
結婚や家庭に対して希望を持てませんでした。

20代の頃は憧れもありましたが、
人生は一生一人でいたほうがずっと幸福だと思ってきました。


しかし、「統一原理」を学び、考え方が完全に変わりました。

統一原理を通して、人間の価値や人生の目的を学び、
結婚が人生の中でいかに大切なことかを知りました。

男性は自分のためでなく女性のために生まれ、
女性は男性のためにこの世に生をうけ、互いにために生きること、
それが結婚であることを知りました。
そして、純潔の大切さと貴さを学びました。

また、最も大切な愛についても学びました。
愛には四つの愛があることを明確に知りました。

それは、「夫婦の愛」「父母の愛」「兄弟姉妹の愛」「子女の愛」です。
その中で最も大切な愛が「夫婦の愛」であること、
そして愛は二人で完成させるものであり、
この世で一番大切なものが「真の愛」であると教えられました。

人を愛することの大切さも実感させていただきました。

今年(2014年)、神様が私に素晴らしい縁を持たせてくださいました。
そのかたは、自分にとって今まで想像もつかない、
とても素晴らしい女性です。

人間は幸せになりたいというのが究極的な目的であると思います。
私は「統一原理」を学ぶことで、新しい人生を出発できました。

結婚に希望を持てなかった私が、
結婚して素晴らしい家庭を築きたいと
望んでいることは、まさに「奇跡」です。

私は声を大にして言いたいです。
「もし、まだ『統一原理』を知らない人がいたとしたら、
ぜひ、『統一原理』を学んでみてください」と。

そして、人生の目的、結婚や家庭の価値、
真の愛の家庭を築くためにどう生きたら良いかを知ってほしいです。

皆さんも、新しい人生を出発してみませんか。
心からお勧めします。

自叙伝書写 感動体験集 19
書写を通して統一原理を学び、祝福を受け家庭を出発


書写の証しというよりも、
統一原理や祝福の証しに発展していましたね。
とても素晴らしいです。

自叙伝書写には、たくさんの証しがありますが、
やはり、重要なのが、毎日継続して行う、
いわゆる精誠を捧げる、ということだと思います。

精誠を捧げることにより、
悟り、気づきを得ることができます。
やはり、継続は力なり、ですね。

先回の掲載から日にちが経ってしまいましたが
「手順を教えてほしい」という方がおられたので、
掲載させていただきました。





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