2021年06月27日

「幸福は私を待っている」・・なのに幸せに至れない理由 《浅川先生の自叙伝講話》



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久々ですが、
浅川先生のみ言を紹介します。
今回は、「待っている幸福に出会えない理由」です。


人は幸福を求めて生きています。
人生の目的は幸福になること、と言っても過言ではありません。

結婚するのも、
子供を生んで育てるのも、嫁を迎えるのも、
幸福になるためではないでしょうか。

ところが、なかなか幸福になれないのが現実です。
幸福を必死に求めて、不幸になっています。
なんだか、幸福が自分を避けているみたいです。

では、幸福は求めれば求めるほど逃げてしまうのでしょうか。
まるで、捕まえようとすると飛んでいってしまう蝶(ちょう)のように……。

いいえ、そうではありません。
文鮮明(ムンソンミョン)先生は
「幸福は常に私たちを待っています」
と、断言しています。

幸福は逃げも隠れもせず、むしろ、
今か、今かと私たちが来るのを待っているのです。

人生をマラソンに例えてみましょう。
ゴールはスタジアムの定位置にあり、決して動くことはありません。
ひたすら、最初のランナーの到着を待っています。
ゴールが動いたり、隠れたりはしません。
不動です。

では、なぜ、幸福を求めてスタートしたランナーは、
ゴールにたどり着かないのでしょうか。
答えは簡単です。

ランナー自身が道を間違えたか、途中で走ることをやめたかです。
幸福のゴールが動いたのではないのです。
正に、「幸福のゴール」の立場から言えば、
待ち人来たらず、なのです。

何が人生のランナ─に道を迷わせたのでしょうか。
文鮮明先生はこれを、“欲にくらんだ目”だと言われます。
走者自身の我欲が行く道を阻んだのです。


「幸福は常に私たちを待っています。
 それでも私たちが
 幸福を探しだすことができない理由は、
 欲望が行く道を阻むからです。
 欲に眩(くら)んだ目は
 前を見ることができません」
(自叙伝339ページ)


我欲のせいで幸福への正しい道を見失ったのです。
不幸へ直進する道に迷い込んでしまったのです。
車の運転であれば、「目的地へ右折」標示を見間違えて左折して、
さらに「この先、崖にて通行禁止」の標示を直進して
転落するようなものです。

そればかりではありません。
「我欲」に捕らわれた人生の運転手は、
目先の幻想に惑わされて人生を浪費するのです。
文鮮明先生も言われています。


「たったいま地面に落ちかけた
 黄金のかけらを拾おうとして、
 その先にある大きな黄金の山を見ることができず、
 ポケットに入れることにあくせくし、
 ポケットが破れたことも分かりません。
 ……利己的な人生は、
 自分のために生きているように見えますが、
 究極的には自分を破壊する人生です」

(自叙伝339〜340ページ)


かけらにすぎない断片に人生の大半を消耗して、
ポケットの穴から断片がこぼれ落ちていることに気がつかないのです。

「幸福になろう」という欲望は悪ではありません。
人間として当然のことです。
しかし、他人に犠牲を強いてまでも我欲を満たそうとすれば、
結局、不幸になってしまいます。

人を不幸にさせれば、怨(うら)みを買います。
一時期、繁栄しても、無残に転落してゆくのです。
歴史を見れば、卓越した指導力をもつ権力者が多く登場しました。
しかし、自分や一族だけの権勢を誇示しようとして、
結局、破滅しています。

利己的な人生を歩んで自分と家族を破滅させてしまうのは、
歴史的な人物だけではありません。
私たちの人生でもあることです。

「殺人、強盗は極悪人のやることだ」と思うのは間違いです。
ニュースを騒がす犯罪事件の主犯も、かつては善良な人だったのです。
何かのきっかけで、欲に目がくらんで、
「自分を破壊する人生」に転落したのです。

どんな人間にも自己中心的で過分な欲望が潜んでいます。
目がくらんだ欲望が何かの機縁で噴出して人生を破壊させてしまうのです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第六章 家和して万事成る
「待っている幸福に出会えない理由」


心のあり方 27
(なお、この記事に記載されている
「自叙伝『平和を愛する世界人として』」のページ数は
創芸社出版のものです。)
blessed lifeより



「人間は、何人といえども、
不幸を退けて、幸福を追い求め、
それを得ようともがいている」

食口であれば、誰もが知っている
総序の書き出し部分です。

私も願い、人類誰もが願いますが、
その通りになっていないのが現実です。

ゴールを神様が示してくださっています。
しかし、たどり着けないのは、
自己中心的な欲望に苛まれてしまうからです。

浅川先生は、また
「蝶を引き寄せる花にならなければならない、
すなわち、幸福を呼び寄せるためには、
真の愛の実体になる必要がある」
そのことも強調されますね。

ゴールにしっかりとたどり着けるよう、
しっかりとした信念を持つと同時に
義なる歩みを積み重ねなければならないと
改めて思うのです。




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posted by ten1ko2 at 09:21 | Comment(0) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月26日

霊的成長段階でおこる現象?! 男女の問題をいかに越えるか 《李ヨハネ先生の信仰サプリ》



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天正宮の花


李耀翰(リ ヨハネ/イ ヨハン)先生の
信仰と生活より「男女の問題」です。


相当、信仰目的に徹した馬力のある人でも、
横的に流れる情のために、縦的に馬力を
出せなくなってしまうことがあるのです。

一番初め教会に来た時には、とても熱心なのです。
家にいても、御飯を食べたならすぐ走って来るのです。
教会長の主管の中にいたい、
教会長の命令なら何でもやりたいというのです。

それは旧約時代、祭司長の命令の下にあった時代を
蕩減する期間なのです。

その期間が過ぎると、教会にもあまり行きたくない、
教会長の命令も、あまり聞きたくないという時期が来るのです。

その時、信仰している兄弟に対して、
縦的よりも横的に親しくなっていくのです。
だから、縦的な心情が強くないと、横的に流れてしまいます。

男女も、霊的に近くなりますが、それは霊的な成長だから
一概に「いけない」と言ってはいけないのです。
そういう問題は、復帰路程において、必ず現れる現象なのです。


もし自分がそういう問題に悩んだなら、教会長に話すのです。
すべて告白してしまうのです。
この問題は、自分たち同士で、
平面関係で話すのは絶対にいけません。

教会長は、愛を主管できなければなりません。
両方の中心に立って、情を神に結んであげなければなりません。

だから、自分も知らないうちに、
強く横的に情が流れやすい時期があるから、
それを縦的に自分から主管していかなければならない
ということを、あらかじめ知っておいたほうがいいのです。


愛の問題は、蕩減条件として出るのです。

これは、堕落がそうなっているから、私たちは、
堕落の行為を越えなくてはいけないのです。

こういう問題が起こった時、もちろん、
横的に流れた情を縦的にするその位置は、
自分がつかまなくてはいけないのです。


「情」というのは流れです。
愛は、相対基準を結べば流れるのです。

伝道するのは、それまで全く関係ない人なのだけれど、
一日中話して、その人と関係を結んだ時には、
仕事よりも何よりも、その人を待つことが
一番中心となってしまうのです。

つまり、情がその人に流れるのです。
だから指導者としての情を結んでやらなくてはならないのですが、
情をそこだけに結んで、他の仕事をみんな逃す
というわけにもいかないのです。


結局、愛の問題については自分が主管しなくてはいけないのです。
この愛が自分の愛か否か、分別しなくてはいけないのです。

何か恋しいという時、それは自分が恋しいのか、
それとも神が恋しいのか、それもまた、
聞いてみなくてはいけないと思います。

間違ってはいけないのは、自分の感ずるものを
自分のものと思って、勝手に結んではいけないということです。

それを教会長なり、地区長なり、
その関係に入っていない人と相談すると良いのです。

関係ない人と話してみると、その人はよく分かるのです。
その事情に陥っていない人が事実を聞けば、
全体から見て、これが間違っているかどうかを、
分別してくれるのです。

また、教会長がそういう立場になった時には、
兄弟が二、三人集まって、中心のために祈って、
それから地区長へ手紙で相談するか、
会って話すか、一回報告しなくてはいけないのです。

1.牧会
男女の問題

信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」
李耀翰
(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)


堕落の原因は、男女問題にありました。
なので、サタンは信仰をもつ私たちに対しても、
一番弱いところを狙ってくるわけです。

横の問題は、縦を通して、解決する。
今までお世話になった牧会者の中でも、
性に関する話を説教で語られたのは、
韓国牧会者だけでした。

私たちは、「家庭連合」なので、
教会自体がまさに「家庭」です。

ですから、愛の問題、性の問題に関しても、
現状としては、家庭教育局が対応していますが、
本来は、牧会者を中心に解決できる、
本音で授受できる関係を
天は願われているのではないか、と思います。


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posted by ten1ko2 at 07:40 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月25日

文信出様カップルに3つの質問 〜これから祝福を受けるすべての2世たちに〜



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以前、Youth Blessing Festival(祝福祝祭)での
文信出様、張ジウ様の証しを掲載しましたが、
TPマガジンに全文がありましたので、
再度紹介したいと思います。
題目は「貴い純潔を相手のために」です。


こんにちは、文信出・張ジウ家庭です。
きょうは 真のお母様直接主管してくださる祝福祝祭の場で、
孝情の分かち合いとして、皆様にお会いできて光栄に思います。

信出:私たちは2020年、天地人の真の父母様から祝福を受けました。
   皆様、1月4日に真のお母様が
   婚約発表をしてくださった日を覚えていますか?

   私にとって最も幸せでときめく日でしたが、
   この日の写真を見ると、相対者は
   まるでどこかに売られるかのように、真っ青な表情をしています。

   どの程度かというと、その後ろにいる人が叔父なのですが、
   叔父がマイクを渡すかどうか、迷っていますね。

ジウ:皆さん! 悔しいです。
   売られていくような表情ではありませんでした。
   とても緊張していたんです。

   私は信出様にふさわしい人物であるのか悩んだと同時に、
   本当にこれから真の父母様のために
   頑張らなければならないという悲壮な表情をしていたのです。
   あの時の感情がリアルに思い浮かびます。

   今回の 「孝情の分かち合い」でどのような話をすれば、
   私たちの気持ちがよく伝わるかと、思い悩んでいたところ、
   祝福を願っている友達にありがたくも
   様々な質問や意見をもらいました。

   今日私たちはその中か らベストの質問を3つ選び、
   一緒に共有して、お話ししたいと思います。
   では1つ目の質問です。


Q1. 配偶者に出会った前と後の世界はどう違いますか?

信出:祝福を受けるまでは何の意欲もなかったし、
   意味をあまり感じることができませんでした。

   周りによい友達も多かったし、仲良く過ごす時は
   幸せでしたが、別れて家にいる時間や思索に耽ると
   人生のある部分が空しい感じがしました。

   しかし、相対者に出会ってからは、
   足りない部分が満たされ、 「世の中に色が満たされた」
   という表現がふさわしいと思いますが、
   人生の満たされない部分が解決されました。

ジウ:はい、私は祝福を受けて真の家庭の一員になり、
   環境的には非常に大きく変化しました。

   内的には、何より祝福前は世の中を眺めるときの
   基本単位は、私一人だけを考えて、
   自分だけが上手くいけばいいというものでしたが、
   祝福後は何かを考えるときに主体者と一緒に
   考えるようになり、夫婦中心の思考に変わりました。

   何よりも私より自分自身を考えてくれる存在がいる
   ということに感謝し、本当に心強いです。

   次の質問です。


Q2. けんかした時はどうやって仲直りしますか?

ジウ:度々自分が意図しなくても相手が傷つくことがありますが、
   相手の立場で考えることが重要だと思います。
   相手はどんな事情があってこのような話をしているのか
   考えてみれば、 上手くいくものだと思います。

信出:仲直りする方法は決まっていません。
   相手から受けた傷よりも、相手を
   愛する気持ちの方が大きいので、
   先に和解しようとするのだと思います。


Q3. 祝福を決意している青年学生たちにしてあげたい
 アドバイスがあれば、どんな話をしてあげたいですか?

信出:私がしてあげたいアドバイスは、実は
   私たちの教会の原則に従って、祝福を受ける前の
   2世たちは異性との交際がないため
   異性との交流を美化する傾向があるようです。

   祝福を受ければ、完璧な夫婦になれるだろう
   という偏見を持っているようですが、
   結婚と祝福というのは、2つの文化圏が出会って
   一つになることなので、最初から順調ではないでしょう。

   しかし、そこで失望して諦めないでほしいです。
   配偶者が憎い時もありますが、
   これだけは覚えておいてもらいたいです。

   相手が自分何より祝福のために、この世で
   何よりも大切な純潔を守ってきて、
   その純潔をあなたに捧げたということです。

   これは何よりもありがたいことであり、
   感謝であると思います。

ジウ:私は何よりも私たちが真の父母様から貴い祝福を受けた分、
   祝福を受ければ男女がお互いに出会って、
   幸せな愛を分かち合うのもいいですが、
   それを超えて祝福家庭は責任が伴うとおっしゃられたので、
   素敵な祝福家庭らしく夫婦が一心同体となって、
   与えられた責任を果たす祝福家庭になってほしいと思います。

   その点で祝福家庭の先輩たちと、
   今日婚約した後輩祝福家庭の方々と一つになって、
   純粋な気持ちで真の父母様のために
   全力を尽くしたいと申し上げたいです!

信出:はい、ありがとうございます。
   決まった時間があるのでこの辺で終了することにし、
   この場を借りて貴重な祝福を与えてくださった
   天地人真の父母様に感謝いたします。

   世界中の祝福家庭が一つになって、
   真のお母様のお役に立てればと思います。
   ありがとうございました!



写真を見ているだけでも微笑ましいカップル♡
お二人ともとても率直な証しでしたね。
様々な葛藤を乗り越えて、
たどり着いた祝福なのだろうな、と思います。

祝福結婚は、夫婦が幸せな家庭を築くこと。
さらには、社会に対しても希望な姿をみせること、
二つの目的があるように思います。

それは、私たちの願いでもあり、
神様の願いであると思います。

きっとこれから祝福を受ける
2世たちの心にも届いたことでしょう。
そうして、すべての祝福2世、3世たちが
祝福の道に行き、幸せになることを、
天が願っておられることを感じるのです。

文信出様カップルが
神様の喜ばれる夫婦になることを祈りつつ、
私たちもそのようにならなければ、
と改めて思わされます。




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