2021年06月09日

天に祝福された米国、責任を果たす米国へ、平和の母の警告 《Peace & Blessing》 



210609-2021.0605.JPG


先日、紹介したように、アメリカにおいて
6月5日(日本時間6日午前7時)
Peace & Blessing が開催されました。

その時に語られた、真のお母様のみ言を紹介します。


愛する世界各界の指導者の皆様!
今日皆様は、皆様に従っている多くの民のために
決断をしなければならない時点にいます。

人類は平和で自由な世界を夢見てきましたが、
一日といえども実現したことはありませんでした。

創造主は創造原則通りに行わざるを得ませんでした。
堕落した人類をそのまま捨てる事が出来ずに、
救援摂理歴史を始められたのです。

本来神様は、人間と一緒に
地上天国を作ってゆくことを願われたのです。
しかしながら、協力しなければならない
人間始祖はこのみ旨を
成し遂げることが出来ませんでした。

天は、「再び来る」という再臨のメシヤの環境圏を
作るために、分裂した国々を統合することが出来る
新しい国を立てるにおいて許可をされたのです。
これが今日のアメリカです。

アメリカは清教徒によって民主主義の国として
建設されました。
彼らは最初に天に侍る教会を建てましたし、
未来を指導する学校を建てられました。
そして、その後で彼らが生活できる家を建てました。

しかしながら彼らの夢は、与えられた環境が
思い通りにいかず、今日のアメリカの歴史を見れば
400年掛かりました。

(その間)特に第二次世界大戦において、連合軍で
中心的役割を果たしたアメリカの勝利で終えましたが、
韓国を中心とした天の摂理がどのように
成し遂げられるのかは、分からなかったのです。

万が一、(当時のアメリカが)天の摂理を知って、
天の声を聞くことが出来たならば、今日の韓国は
南と北に分かれていなかったことでしょう。

天が祝福したアメリカは、責任を果たせなかった
立場になったのです。
しかし、天はアメリカを祝福されました。

ところが、第二次世界大戦後、アメリカの実情は
家庭破綻、青少年の道徳の不乱、麻薬問題等々、
深刻な状態に置かれています。

私たち夫婦は真の父母であり、天がアメリカを立て、
世界人類を抱こうとされていることを知っていたので、
1971年にアメリカに渡り、
アメリカを復興、復活させました。

私たちは天が去ろうとするアメリカを、しっかりと
掴んで切実に祈祷しました。

その時、多くのアメリカの青年たちが
真の父母の教育を受けて、世界宣教に出て行きました。
そして、今でも宣教地で最善を尽くしています。

今日(きょう)私は、アメリカに対して警告します。
天の祝福を受けたアメリカとしての
責任を果たすべきであるというのです。
これ以上、二度と天に背反する立場に
立ってはならないというのです。

清教徒たちは、天に侍ることにおいて、
家庭の重要性を知りました。
しかしながら、今日のアメリカにおいて、
家庭はどうですか?

どうして青少年たちが学校で、社会で、
更には小学生までが、学校で銃を乱射して、
友達を殺す事件が起こるのでしょうか?

私はアメリカの政治家にお尋ねします。
聖書で“剣や槍を溶かして、鍬と鎌を作り、
自然に戻ろう”と言いました。

そして、今日強大国のアメリカは何故国民たちが
銃を持たなければならないのですか?
なぜ理由なく、多くの生命が死んでいくこの環境を
そのまま傍観しているだけなのでしょうか?

それで私は、アメリカが、特にACLC、
アメリカのキリスト教の牧師達が、
決断しなければならない時点であると考えるのです。

この40年間に、本当に多くの事が起きました。
ダンベリー事件に対して、宗教の自由を叫んだ
有名なジェリー・ファウェル牧師、
現在はそのご子息がいます。

さらに、オーリン・ハッチ元上院議員は、
退任するその日まで、嘆願書を提出しました。
「アメリカにレバレント・ムーンに対する調査は、
正しくない」、とトランプ前大統領に至るまで
嘆願したと理解しています。

この様な義人たちがいたために、私は今日アメリカを
再び覚醒させる過去の清教徒精神に帰ろうという
旗をあげて、アメリカが生きて世界が生きる道は、
創造主神様、我々人類の父母になられたい
天の父母様に侍ることだけが、多くの問題を
解決することができるのだということを
強力に主張します。

この間、私と同じ志を共にしたACLCの牧師達、
皆様方が積極的に氏族の実体的なメシヤになり、
アメリカ国民を祝福家庭化するため、
総力を傾けることをお願いします。

400年の間苦労された天の父母様の前に、
アメリカが責任を果たす祝福を受けた長子国としての
使命を果してくれることを願い今日のみ言を伝えます。

どうかこれ以上機会を失わない智慧深いアメリカの
為政者と国民になることを願いながら、
今回のみ言を終わります。

ありがとうございました。


(要約しています 文責:ten1ko2)

[PEACE starts with ME]
Peace & Blessing
June5 6PM
下にみ言の全文を添付します
(公式訳ではありません)


渡邊教会長も礼拝の時、語っておられましたが、
とても熱い思いがほとばしるような、
迫力と情感のこもった、時には涙されるような、
アメリカに対して、特別なメッセージでした。

1970年代、お父様が
「アメリカよ、神に帰れ」と全米に向けて、
何度も語っていかれたように、
お母様も清教徒が立てたアメリカは、
神様に帰らなければならないことを語られたのです。

今回の大会は、祝福式が行われたのではなく、
牧師たちの祝福の証しなどを通して、
祝福の動員を呼び掛ける大会だったと思います。

長い期間、アメリカを愛し
尽くしていかれた真の父母様。

下記にありますが、
ニューヨーカー・ホテルの改装
ワシントンタイムズビルディングの建設など、
政界、経済界の中心地に、神様を据えられる
お母様の決意と覚悟を感じるのです。





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Peace & Blessing
2021.6.5(米国)
真のお母様のみ言

愛する世界各界の指導者の皆様!

今日皆様は、皆様に従っている多くの民のために決断をしなければならない時点にいます。

創造主、神様を離れてしまった人類始祖は、今日の戦争と葛藤に綴られた人類歴史を歩んできました。

しかしながら、今日また予期せぬウイルスとの戦争が起こっています。

数千年が流れ、人類は平和で自由な世界を夢見てきましたが、一日といえども実現したことはありませんでした。創造主は創造原則通りに行わざるを得ませんでした。

堕落した人類をそのまま捨てる事が出来ずに、救援摂理歴史を始められたのです。しかしながら、そこで絶対的に堕落した人間の中で、創造主神様と一つとなれる勝利した人類始祖となることが出来る人間が現れるまで、天の摂理は長い6000年をかけて、今日の時点に至りました。

2000年前、天はご自身の創造理想を成し遂げることのできる勝利した一人の息子を選ばれました。しかしながら、当時の人達はイエス・キリストを見て、悟ることができませんでした。イエス様が地上で責任を果たすことができるすべてを奪われてしまいました。結局は十字架で亡くなられ、「再び来る」と言われました。

「再び来る」というキリスト教の歴史が出発したのです。長い期間をいつ来られるのか、再び来ると言われたので待って来たキリスト教信徒たちは、イエス様の本質を知らず、創造主神様がどんな方であられるかを知りませんでした。したがって、人間中心とした考えをもって教会が発展したので、多くの宗派に分裂してしまいました。

皆さんが知らなければならないことは、本来神様は勝利した人間始祖と一緒に地上で、天の父母様として一緒に生きることを願われたのです。言いかえれば、人間と一緒に地上天国を作ってゆくことを願われたのです。しかしながら、協力しなければならない勝利した人間始祖はこのみ旨を成し遂げることが出来ませんでした。

キリスト教の2000年の歴史が流れてきましたが、天は必ずやご自身の創造原則を立てることが出来る目的を達成されなくてはなりません。ですから、イエスは「再び来る」と言われ、再び来るときには、子羊の宴をすると言ったので、キリスト教環境圏は「再び来る」というイエス・キリストの前に相対となることができる独り娘を探さなければならないのです。

天は、さらには待つことが出来ない状況を知っているが故に、「再び来る」という再臨のメシヤの環境圏を作るために、分裂した国々を統合することが出来る新しい国を立てるにおいて許可をされたのです。これが今日のアメリカです。

アメリカは清教徒によって民主主義の国として建設されました。彼らは最初に天を待る教会を建てましたし、未来を指導する学校を建てられました。そして、その後で彼らが生活できる家を建てました。しかしながら彼らの夢は、与えられた環境が思い通りにいかず、今日のアメリカの歴史を見れば400年掛かりました。

400年掛かる間に、アメリカは多くの予期せぬ事件が起こりました。特に第二次世界大戦において、連合軍で中心役割をしたアメリカの勝利で終えましたが、何故に韓国を中心とした天の摂理がどのように成し遂げられるのかに対することは、分からなかったのです。彼らが万が一、天の摂理を知って、天の声を聞くことが出来たならば、今日の韓国は南と北に分かれていなかったことでしょう。

もう一度言いますと、天が祝福したアメリカは、責任を果たせなかった立場になったのです。しかし、天はアメリカを祝福されました。ところが、第二次世界大戦後に、アメリカの実情は家庭破綻、青少年の道徳の不乱、麻薬問題による青少年たち等々、深刻な状態に置かれています。その時に、私たち夫婦は真の父母であり、天がアメリカを立てて、世界人類を抱こうとされたことを知ったので、1971年にアメリカに渡り、アメリカを復興、復活させました。

天が去ろうとするアメリカを、しっかりと掴んで切実に祈祷しました。その時、多くのアメリカの青年たちは真の父母の教育を受けて、世界宣教に出て行きました。彼らが、今でも宣教地で最善を尽くしています。

私は、今日アメリカに対して警告します。天の祝福を受けたアメリカとしての責任を果たすべきであるというのです。これ以上、二度と天に背反する立場に立ってはならないというのです。

清教徒たちは、天に侍ることにおいて、家庭の重要性を知りました。しかしながら、今日のアメリカにおいて、家庭はどうですか?どうして青少年たちが学校で、社会で、更には小学生までが、学校で銃を乱射して、友達を殺す事件が起こるのでしょうか?

私はアメリカの政治家にお尋ねします。聖書で“剣や槍を溶かして、鍬と鎌を作り、自然に戻ろう”と言いました。そして、今日強大国のアメリカは何故国民たちが銃を持たなければならないのですか?なぜ理由なく、多くの生命が死んでいくこの環境をそのまま傍観しているだけなのでしょうか?それで私は、アメリカが、特にACLC、アメリカのキリスト教の牧師達が、決断しなければならない時点であると考えるのです。

アメリカに40年の歴史が流れる間に、本当に多くの事が起きました。その中にはダンベリー事件をおいて宗教の自由を叫んだ有名なジェリー・ファウェル牧師と現在はそのご子息がいます。さらにその上、政界を代表して、オーリン・ハッチ元上院議員が退任するその日まで、嘆願書を提出しました。「アメリカにレバレント・ムーンに対する調査は、正しくない」、とトランプ前大統領に至るまで嘆願したと理解しています。

この様な義人たちがいたために、私は今日またアメリカを再び覚醒させる過去の清教徒精神に帰ろうという旗をあげて、アメリカが生きて世界が生きる道は、創造主神様、我々人類の父母になられたい天の父母様に侍ることだけが、多くの問題を解決することのできるのだということを強力に主張します。そうするためには、真の父母の重生復活祝福結婚を通して、再び生まれる天の父母様の息子娘として出て立つことのできるこの真の家庭運動こそが、アメリカを生かし世界を生かす道であることを、私は強力に宣布します。

この間、私と同じ志を共にしたACLCの牧師達、その周辺に関係のある人達を通して、皆様方が積極的に皆様の氏族実体的なメシヤになり、アメリカ国民を祝福家庭化するため、総力を傾けることをお願いします。

こうして、私はアメリカに全ての経済・文化の中心であるニューヨークのニューヨーカー・ホテルを改装し平和宮殿を建設し、世界全ての指導者たちが来て、教育を受け、真の人間、真の家庭運動を実践することのできる教育の場所にします。

そして、世界の首都だと言われるワシントンDCには、アメリカが共産化され得るそのような時に、アメリカの百万長者もすることができなかった、その途方もない天文学的な資金を投入して、ワシントン・タイムズを創刊して、レーガン大統領以後その全ての大統領に、祝福されたアメリカをどの様にして、民主世界の代表国として、どの様に世界の為にすることができるかを教育することに全力を投入しました。

そして私は、ワシントン中心街に、ワシントン・タイムズ・ビルディングを建て、その密接な情報との関係のゆえに、世界の全ての指導者たちがワシントンを訪問する時には必ず来て教育を受けなければならない場所にしようと思います。これはアメリカのためだけではありません。

誰が、父母であるか知らず孤児のような立場で彷徨している人類の前に希望を与えることのできるアメリカになることができるように、私は新しくアメリカが400年蕩減期間を越えて新しく出発するこの時にあって、特に摂理の春を迎えアメリカと全世界に祝福の種を植える象徴的な建物を建てて、その様に人類が待ちに待った、天の父母様が夢見られた真の父母が地上にいる間に、人類天宙大家族、地上天国がこのようのものだと見せてあげることのできる、そのような環境圏を韓国において、天の父母様に侍ることのできる6000年ぶりに初めてになる天一聖殿を奉献する日と、天の父母様の日を喜び感謝する心で全世界の民のともにすることのできるその日に向けて、400年の間苦労された天の父母様の前に、アメリカが責任を果たす祝福を受けた長子国としての使命を果してくれることを願い今日のみ言を伝えます。

どうかこれ以上機会を失わない智慧深いアメリカの為政者と国民になることを願いながら、今回のみ言を終わります。


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あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
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2021年06月08日

伝道しながらも、発展できないのはなぜ?! 実績以上に大切なのは 《李ヨハネ先生の信仰サプリ》



210608-paul (2).jpg
パウロ


李ヨハネ先生のみ言。
今回は、「実績」です。


私たちは、実績というと、
外面的なことばかりを思いやすいのですが、
そうではなく、問題は内面なのです。

私は教会に来てから三年、四年になるけれども、
伝道した結果は、献身した人もいないし、
教会に来る人もいない。
「自分の口から相当数の人が話を聞いたけれども、
献身した人がいない」と言って
心配する人がいるのですが、それは間違っているのです。

献身させるという外面的な実績は、
自分の実力によるのではなく、
祖先の功績によっているのであって、
自分はただ伝えるだけなのです。

だから、何を実績と呼ぶかというと、
自分が祖先の代わりになって伝える時に、
自分の心に何が残っているかということなのです。

ただ、ラッパを吹くのが使命ではなくて、
そのラッパの音を聞いた自分に何かが実らなくてはならない。
その内容が問題なのです。

伝道しながらも、自分は発展できない人が多いのです。
どんどん伝道して献身者を相当出した人でも、
自分が空になってしまう人もいるのです。
それはいくら伝道しても、神の前に立ち得るはずがないのです。


モーセは六十万を連れてエジプトを出たけれど、
自分は結局どうなりましたか。

紅海を打って道にしたけれども、
自分がカナンに入ることはできなかったのです。
モーセのなした業は、モーセがなしたのではなく、
神の力によったのです。

パウロも有名な神学者だったというのですが、
パウロのなした伝道は、パウロ自身がやったのではなく、
神がパウロを通して福音を説いたのです。

イエス様の霊を受けて一生涯伝道しても、
もしパウロの内面に実った何かが
なかったとすれば、結局ゼロになってしまうのです。


私たちも、献身して働くという時、
外的結果を見るために働くのではないのです。

中心的な立場に立つ人は、教会を立てるとか、
信者を大勢集めるとかという結果を見る目的で
仕事をさせるのではないのです。

その人の信仰が落ちるのは、働く時、
内的に得たものを喜ぶのではなく、
外面的にばかり働いてきたから、
自分は空になってしまって、ペチャンと崩れてしまうのです。

だから、教会長は、たびたび一人一人と付き合って、
その人が単に外的に喜んでいるのか、霊的に喜び、
内面で精神的な糧にしているかどうかを見てあげなくてはいけないのです。


大会をやって、大勢の人が集まりこの言葉を聞いてびっくりしていた、
と喜んでいてはいけないのです。
それを喜んだとしても、自分と関係ないのです。

それは神の勢力によって、その時期が来たから、
それだけの外面的な結果が得られたのであり、
この言葉はどこに落ちても爆弾の力をもっているのです。
だから、これは神がなすのです。

大勢集まってくるのも、なぜ集まってきたかというと、
天から霊人たちが総動員されて集めてくるのです。
それを見た私たちは、内面的に
そこから何かを得なければならないのです。

その時の効果を追う伝道活動として、事業的に流れてしまうと、
霊的には空になってしまいます。

そのまま、ある時期が過ぎるとペチャンコになって、
勇気が出なくなってしまうのです。

1.牧会
「実績」

信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」
(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)


「実績」というのは外的な結果であり、
そのことを通じて、どんな心情を復帰するか、
それは、私自身の問題です。

神様は、どんな結果であったとしても、
必ず摂理をされます。

だから、何を感じるか、
どんな心情を復帰するかが、重要だと思います。

結果が与えられたとしても、
傲慢になったとしたら、
次の摂理に展開されないと思います。

よく、「栄光在天」と言われます。
結果がよかった時、自分ではなく
神の力でできたと感謝し、
また、結果が与えられなかったとしても、
神様が働く道を残すことができる、
そのような者になっていきたいと思います。



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2021年06月07日

幼い頃から宗教家の片鱗が・・?! 少年期の証し 《小山田先生自叙伝》



210607.jpg


小山田先生の自叙伝より、
少年期の証しを紹介します。


  受験に追われた青少年期、人生の問題に悩む

私は1941年5月10日、山形県東根市郡山で生まれました。

同年12月8日、日本は太平洋戦争(第二次間界大戦)に突入しました。
物心がつく頃には、周りは戦争のまっただ中で、
父や私の兄たちは、戦争のために召集されるという状況でした。

そして戦争が終わりました。
わが家は大地主でした。
終戦後のどさくさに乗じて、近隣の人たちが
わが家の土地を乗っ取ろうと謀りました。
彼らの中には、村の駐在や親戚までも入っていました。

それを阻正しようと祖父と母が対抗したのです。
私が六歳の頃です。
母は口癖のように、「あの時のことを考えると、
今でも悔しくて眠れない」とよく話していました。

幼心に私は決心しました。
「この悪い村人たちを、(自分が)偉くなって見返してやろう」と。

しかし、一方で、「それじゃ駄目だ」という声が
心の奥底から聞こえるのです。
「その人たちの心を変えなければならない。
そのためには、宗教家になるしかない」という
相反する考えに心が揺れました。


中学生のときは高校受験に一生懸命励みました。
当時、受験勉強は「四当五落」と言われていました。
四時間しか寝ないで勉強すれば合格、
五時聞寝ると不合格と言われ、
私は時間さえあれば寝ないで勉強していました。

そのような状況でしたから、中学から高校、大学に至るまで、
私は極度のノイローゼに悩まされたのです。

私は高校生のとき、両親に問い詰めたことがあります。
「あなた方は私の親だから人生の先生だ。
その息子が今、悩んでいる。
人生と宇宙の存在の意義は何なのか。
私はどうしたらいいのか」と。

のんきな父は笑いながら、「そんなに焦る必要はない。
じっくりやればいいじゃないか」と答えました。
しかし、母はとても深刻に受け止めたようです。

1ヵ月考えたのちに、「私は母親として回答できない。
おまえはどこからか。母親″を探してきなさい。
そのような人がいたら、私が手紙を書いて、
おまえの母親になってもらう」と言い出したのです。

母は、哲学者タイプでした。
苦しむ私を見かねて、母が聖書をくれました。


  自分に課した生涯の三大課題

私か中学生のときのことです。
試験の最中、急にひどい頭痛に襲われ、
途中で試験を放棄せざるを得なくなりました。

そして、ちょうど実家に来ていた私の三番目の兄嫁に勧められ、
兄嫁が婦長(看護師長)を務めていた病院で受診したのです。
原因は勉強による過労でした。

その夜、私は、故郷の神社の境内に座り込み、
談判祈祷ならぬ、談判思索″をしたのです。

そして、「人はなぜここまで勉強しなければならないのか。
そもそも人生と宇宙の存在意義は何か。
生涯をかけて問うことにしよう」と、
自分に課題を課しました。

それは三つの内容です。

第一は、生死を懸けるにふさわしい永遠の真理を得たい。
第二は、それを教えてくれる永遠の師と出会いたい。
第三は、人生は一人では歩めないから、
永遠の友か、あるいは結婚するとすれば、
永遠の伴侶に出会いたい───。
 
私は、これらの問題解決のために集中して生きていこうと考えたのです。

そのような人生の師がいればよし、いないのなら、
歴史上の人物からでも学ぼうと考えました。
そして、自分の良心を基準にして解決していこうと思ったのです。


その瞬間、暗闇がぱっと開けて、二つの囗が
私をじっと見ているのを感じました。

のちに私がクリスチャンになっても、
その目は私をずっと見続けているのです。

そして、私の良心が言いました。
「ああするな、こうするな」といった禁止の言葉でした。

「ああせよ、こうせよ」ではなく、律法主義的な内容でした。
以来、良心は常に私に語りかけるようになりました。

柱時計のカタン、カタンと鳴る音からも、
燃える炎の中からも、私の名を呼びかけてきます。
故郷を流れる最上川に行くと、川からも声が聞こえました。


私は小学校から高校まで図書委員を担当しました。
人間形成のため、生涯の読書計画を作りました。
生涯読むべき日本と世界の名著を十五冊ずつ選んで、
それを年に一回ずつ読むというものです。

私はまた毎年、一年を通して旧約聖書と新約聖書を
ひととおり読むようになりました。
聖書は、私の人生の指針となっていました。

(一部割愛させて頂きました
文責:ten1ko2)




偉人というのは、誰しも
小さなころから、片鱗がありますが、
小山田先生は、まさにその一人だといえるでしょう。

さらには、良心の声を大事にされました。
その土台で教会に導かれたのだと思います。

続きます。





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