2021年07月31日

(証し)周藤先生が見た「平和の母」の真実、東京ドーム5万人大会の舞台裏



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光言社刊「真のお母様感謝します」より
「お父様の願いは何としても成し遂げる絶対従順の方」



一九七〇年頃、ソウル・青坡洞の前本部教会に
真の父母様をお訪ねしたときのことです。

父母様がいらっしゃる二階に上がると、すでに先客がいました。
それは一人の日本人姉妹で、ちょうど真のお父様から
お叱りを受けている最中でした。

聞くともなしに聞いていると、彼女は、どういう事情があったのか、
突然父母様をお訪ねしたらしく、
そのことをお父様はかなり厳しく怒っておられたのです。

「何事にも秩序があるんだよ。
原理原則を踏まなければならない。分かったか!」と。
その姉妹は泣きながら「分かりました」と申し上げました。

その言葉をお聞きになったお父様は、
それまでの険しい表情と打って変わって満面の笑みとなられ、
とろけるような愛の眼差しで、
「気をつけて帰るんだよ」とおっしゃったのです。

すると、それまでそばで黙って聞いておられた真のお母様が
突然立ち上がられ、「ちょっと待って」とおっしゃって、
急いで一階に降りて行かれました。

すぐに戻ってこられたお 母様は、手に指輪を持っておられました。
確か瑪瑙(めのう)のような赤っぽい宝石が付いていたと記憶していますが、
その指輪を彼女の指にはめてくださったのです。

まるで、父親に叱られた娘を慰めるお母さんのようでした。
その後、お母様は、日本に帰るその姉妹を、一階の窓から
手を振りながら見送られました。
涙を流しておられました。

そのお姿の中に私は、いつまた会えるか分からない、
ひょっとしたら二度と会えないかもしれない
わが子を見送る切ない母の愛を感じたのです。

そこには、子供の出来がいいとか悪いとかは全く関係がない、
何の分け隔てもない、そして絶対に変わらない無償の愛がありました。


それから時代は下りますが、私自身も、お母様が、
与えたい情があまりにも強すぎるがゆえに、考えるより先に情的に感じて、
すべての事情を超えて与え尽くされる方であることを実感した経験があります。

ニューヨークでのことですが、真の父母様のもとに伺ったとき、
お母様が私に「あなたの顔を見ると、
無性に何かを上げたくなる」とおっしゃり、
特に何のためにということも なく、二千ドルを下さったのです。

実は、私はその時、あることでお金が必要で、
頂いたお金でそれを解決することができたのです。
本当に不思議でした。


一九九二年四月十日、お母様は韓国・ソウルで
統一運動の世界平和女性連合の創設大会をなさり、
その勝利圏を日本に相続させるために、
日本の七カ所で巡回講演をなさいまし た。

その皮切りが東京ドームの五万人大会(九月二十四日)でした。
日本巡回の二週間ほど前、漢南国際研修院で
父母様との少人数の食事の場に同席させていただいた時のことです。

お父様が突然、「オンマ、今度の講演は日本語でやるんだね」
とおっしゃったのです。

その時のお母様の驚かれた表情を、私は忘れることができません。
それでも、お母様は「できません」とはおっしゃいませんでした。
少しの可能性も見えないままでも、「はい」と従順に従われたのです。

それからお母様は二週間、猛訓練をなさいました。
末永喜久子さん(七七七双)の助け を受け、
日本語の文章にハングルでルビをつけて練習なさったのです。

そんなお母様を心配して、朴普熙先生(36双)が
「何かあったら代わります」と申し上げたのですが、
お母様の決意は揺るぎませんでした。

そして、五万人の日本人の前で、堂々と
日本語でメッセージを語られたのです。
あのお母様のメッセージで、
どれだけの日本人女性が勇気を得たことでしょうか。

これを契機に、お母様を中心とする摂理が
展開されていくことになったのです。


お母様の従順さは、ただ「はい」と言って従うだけのものではありません。
お父様のおっしゃったことは何としても成し遂げる、
実現するまでやり通すという、固い決意に裏打ちされた従順さです。

言葉だけではなく、実体で示されるお母様でいらっしゃるのです。

お父様が、お母様に感謝していることとして、
「霊的に鋭い」
「み旨に対して絶対従順」
「私心がなく限りなく与える」
の三点を挙げられたことがありますが、
お母様は正にそのとおりのお方です。

周藤 健(四三双)

真のお母様、感謝します(心を打つ、50の証し)


周藤先生、素晴らしい証しありがとうございます。

「お父様のおっしゃったことは何としても成し遂げる、
実現するまでやり通すという、
固い決意に裏打ちされた従順さ」

まさにお母様は終始一貫、
天の父母様(神様)と、真のお父様を
喜ばせ、その夢と願いを果たしたい、
この一心でひたむきな心情で歩んでおられます。

東京大会を日本語で語られる証しは、
お母様の自叙伝にも掲載されていますが、
詳細は、初めて知りました。

日本語を話せる代役を準備している、ということでしたが、
朴普熙先生だったのですね。。。

お母様が、指輪や服などなんでも人にあげてしまい、
それを忘れてしまうということも
お父様の自叙伝にも、お母様の自叙伝にも
書かれていますが、それを裏付ける
貴重なエピソードでした。

「霊的に鋭い」
「み旨に対して絶対従順」
「私心がなく限りなく与える」

お父様も感謝されていたという
お母様の美徳。。。

霊界のお父様の願いを、果たしたい思いを
持ち続けておられるお母様に
私たちも追いていいきたいと思うのです。





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2021年07月30日

「この若者たちを記憶してください」留学時代の思い出を語る 《文先生の足跡・早稲田篇》



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日本留学時代の話を交えながら語られる文先生
(1965年10月8日、東京都中野区野方・早成寮)

 
「日本を愛される文先生の足跡」
今回は、早稲田、高田馬場の特集です。


1965年10月8日、文鮮明(ムン・ソンミョン)先生は
東京都中野区野方にあった早大原研寮(成和寮、後の早成寮)を訪問されました。
そこで日本留学時代のことを話されたのです。

「早稲田の高田馬場の道を、
 先生は一日に2回ずつ歩いたよ。
 よく歩いた。
 今も歩いてみたらなんだな、月が出ておるよ。

 それを思うと今晚近い所へ来たんだから昔を思い出す。
 一度歩きながら、神に対して祈った日本での情が
 日本の一角に成しえられた感謝の念を抱きたい、
 先生、こう思う。  
 
 もしもそういうことをできずして国に帰ったならば、
 君たちがそういう気持ちでもって、
 早稲田の戸塚町を、高田馬場から歩いてほしい。
 わかりますか?

 そこにある角道、そこにある電信柱、
 そういう君たちの記憶に慣れている所には
 先生の涙があることを思っても、
 それは間違いないでしょう」


(『日本統一運動史』、p71〜72)


そして「この早稲田の若者たちを
記憶してください」
と祈られました。

その日、成和寮は文先生によって早成寮と改名され、
「天宙成寮 早成勇士」という揮毫を下さいました。


帰り際に、文先生はテーブルの上に用意されていた
上等なリンゴやバナナを、集まっていた一人一人に手渡してくださり、
ご自分は粗末な小さなリンゴをひとつ手に取り、
「先生はこれを頂いて行きますよ。
本当はこれがおいしいんだよ」
と言われました。

そして先生の車にいつまでも手を振っているメンバーたちに、
窓から手を出され、車の屋根をバン、バン、バンと
たたいて行かれました。


学生時代、下宿された三橋家を訪問

学生時代、文先生は東京都淀橋区戸塚町1丁目
(現在の新宿区西早稲田2丁目)の
三橋(みつはし)孝蔵・イトさん宅の2階に下宿しておられました。

早成寮訪問に先立つ65年1月29日、
文先生は下宿先であった三橋家を長時間かけて捜され、
三橋イトさんと劇的な再会を果たされました。

留学時代は文先生にとって、メシヤとしての使命を
全うされるための深刻な準備の期間だったのです。

「文総裁はこの原理を捜すために、
 満身創痍(そうい)になって、一日に12時間も
 14時間も祈祷したことが何年も続きました。
 …原理の本には血と汗と涙が絡み合っています」


(『真の御父母様の生涯路程』@、p199)。


原理の解明のみならず、品川の貧民街や新宿の裏町に行かれたり、
川崎の造船所で労働されたり、あらゆる体験と研究をされたのです。

韓国人蔑視(べっし)と差別の強かった
戦時中にもかかわらず、三橋家は
快く文先生に下宿を提供され、温かくお世話されたのでした。



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「天宙成寮 早成勇士」という揮毫を下さった  学生時代の下宿先の家主、三橋イトさんとの再会
(1965年10月8日、早成寮)           (1965年1月29日)


(光言社『グラフ新天地』384号[2000年7月号]
「日本を愛される文先生の足跡」より)
【文鮮明総裁聖和節記念】
日本を愛した文先生の足跡 3
〜 早稲田 〜


早稲田の学生時代、お父様は
涙を流さない日はなかったといいます。

45度以上、頭を下げ
罪人のような立場で生活されて、
原理の解明のためにひたすら精誠を尽くされた
その土台があり、統一教会は出発しました。

世界宣教は、日本から始まり、
西川勝(韓国名:崔奉春)宣教師が派遣されました。
西川先生が日本で活動された場所が
何と早稲田、高田馬場の地でありました。

最初に礼拝を捧げた時計店、雄鶏舎は、
くしくも、お父様が下宿された
三橋家の徒歩5分のところにあったとのこと。

このことは、西川先生があらかじめご存知で、
早稲田の地から宣教を出発されたのではありません。
すべて天の導きの中でなされていかれたのでした。

天に対する精誠は、
このような形で実りを結ぶのだと思わされます。




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2021年07月29日

「やっぱり謝れない夫たち」の行動パターンから「愛」を見る 《橘先生*夫婦愛講座》



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橘先生のコラム
「やっぱり謝れない?」です。


「講座で聞いておいてよかったわ」

ショッピングモールでばったり出会った友人が、
あいさつもそこそこに、こう言ってきました。

どの講座かと聞けば
「男性はプライドがあって謝れないって言ってたでしょ」
と彼女。

大半の男性は一般的に、気持ちはあってもプライドが邪魔して、
妻に対して「ごめん」「悪かった」がなかなか出てきません
(深刻な問題の場合は別です)。

私自身、このことを知って20余年、わが夫を見れば
思い当たることが時折あります。

男女の心理の違いを知らなかったら、
内心責めていたかもしれません。


友人が話してくれたのは、こんなエピソードでした。
 
ある件で話をしている時、旦那さんがイライラし始めて、
ついには強い口調で何か言い放って部屋を出て行きました。

彼女は、「どうして怒るの?」と理解できません
(よくあるパターンです)。

やがて気が収まらないのか、旦那さんは出掛けてしまいました。

彼女は、「え〜っ? そんなに怒っているの?」
とあぜんとします。
「私の言い方が気に入らなかったのかしらねぇ?
他に考えられない」。


男性は怒ると、

@手が出る、
A物に当たる(壁をたたく)、
Bその場を離れる、

と覚えていたので(これを聞いたある男性は
“3パターンともよく分かります”と言っていました)、
彼女は夫の気が鎮まるのを待つばかりです。

「講座を受けていない若い頃の自分だったら、
もっとあたふたしていたと思うし、
うちの主人は出て行くタイプなだけよかったわ」


数時間後、旦那さんはブスッとしたまま帰ってきました。
手にはしゃれたデザートの入った袋があります。

「あ、これも聞いたとおりのパターン!」と心の中で思う彼女。
男性は悪かったと思うとき、言葉ではなく態度で表すのです。

女性は「ごめんね」の一言を聞きたいかもしれませんが、
その行動自体が「ごめん」と言っているのですから、
男性なりの謝罪を受け入れるのが肝要、
と知っている彼女は、ぎこちないながら受け取ります。

「でも今は便利な時代ね。
翌日仕事先から謝罪の絵文字を一つ、
ポツンとLINEで送ってきたの。
私も絵文字で返したわ」


時には、子供に対してもなかなか非を認められないことも
あるかと思います。

子供としては納得しかねるかもしれませんが、
男性の(父親の)プライドを考慮に入れると、
少し受け止めやすいかもしれません。

神様は男性と女性に異なった特性を与えられました。
「堕落性だ」などと責めるのは控えて、
愛を見るようにしましょう。

夫婦愛を育む 165
やっぱり謝れない?
ナビゲーター:橘 幸世

(blessed lifeより)


これは、お恥ずかしながら、
自省の念を込めて紹介させていただきました。

とともに、「男性というのは、往々にして
プライドが高いんだな・・・」
とちょっとホッとしたような気持にもなりました。。。

自分が正しいことを主張しても、
相手は(間違っていることを自覚したとしても、)
非を認めようとしない、ということがあります。

思春期真っただ中の我が家の三男は、親からは
「お小言しか言われない」と思う節があり、
何かあるとすぐにその場を離れてしまいます。
食事をとる時くらいしかじっくり話せません。

相手を愛する気持ちを先立てて、
より良い家族関係を築いていきたいものです。
もちろん、自分の非は棚に上げないように・・・





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