2021年07月28日

私たちは真の父母を信じるのではなく、知っている・・・! 《文ヨナ様*傑作選》



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真のご家庭の中にあって、
現在もお母様を支えておられる文姸娥(ムン ヨナ)様。

2015年に来日された時のメッセージ。
blessed lifeに新連載で紹介されます。


  文姸娥(ムン・ヨナ)様(文孝進〈ムン・ヒョウヂン〉様令夫人)が
  8月14日から18日、真のお母様の願いを受けて来日され、
  各地を巡回して親しくメッセージを語ってくださいました。

  文姸娥様は一貫して、真のお母様のご心情に寄り添いながら、
  「真のお父様の願いを成し遂げようとされるお母様と共に、
  天に孝行を尽くしていきましょう」と訴えられました。

  ここでは、東東京教区新宿教会で8月15日に開かれた
  国際祝福家庭の集いで、首都圏の国際祝福家庭630人を前に
  語られたメッセージ(翻訳し、整理したもの)の一部を紹介します。
 
 なお、タイトルは(『世界家庭』)編集部で付けました。
(文責・『世界家庭』編集部)


  真の父母様を通して初めて、本当の天の父母様のお姿を知った私たち

皆様、こんにちは。
お会いできてうれしいです。

先ほど、25年前に孝進様が新宿教会に初めて来られて
聖別式をされたときの写真を見せていただきました。
それで、孝進様がいつも語っておられた言葉が思い出されました。


「自分自身の限界を知らなければならない。
 その限界の中で最善を尽くし、
 その限界を超える欲を持ってはいけない。
 自分がいくら努力してみても、
 真の父母様の子女であるだけだ」

「真の父母様の前に、私はただ通り過ぎる人にすぎない。
 どんな実績があったとしても、それは真の父母様によって
 与えられたものだから、真の父母様にお返しするものだ。
 全ては真の父母様を中心として始まったものだから、
 私という存在はないのと同じだ。
 全ては真の父母様に帰結されていくだろう」

 
このような孝進様のお考え、姿勢は、
正に真の父母様から来たものです。

真の父母様こそ、どのような誇らしい実績があったとしても、
全ては天の父母様(神様)の導きであるとして、
栄光をおささげになったではありませんか。

真のお父様のご在世時、アメリカでの大きな大会を
勝利された翌日の訓読会のときだったと記憶しているのですが、
お父様はこう語られました。

「全ては神様がなさったことだろう」と。
お父様のご生涯とは、
「天の父母様に孝行をするために最善を尽くされた」、
これに尽きると思います。

ここで、真のお父様のみ言を紹介しましょう。

  
「真の父母を知る、ということですが、
 皆さんは、真の父母の家庭については、
 信じるのではなく、真の父母様を知り、
 真の父母様の家庭を知っているのです。
 信じているのではありません。

 ですから、“真の父母様を信じている”
 と考えてはいけない、というのです。 
 “知っている”と考えなければなりません。……

 真の父母と生活しなければなりません。
 “知った”のですから、共に暮らさなければなりません。
 そうして、真の父母のように
 生きなければならないのです。……

 真の父母を知ることによって、神様を知り、
 この宇宙を知り、愛の世界を知り、
 それらすべてのものを知るというのです。……

 再臨主が来ることによって、
 真の父母が来ることによって、
 このようなすべてのことを知るようになった
 ということは、驚くべき事実です。

 皆さんは、神様の愛がどのようなものであり、
 宇宙がどのようなものであるのか知っているのです。
 統一教会は、すべて知っているというのです。
 それ以上、教えてあげることがありません」


(1997年9月14日、米国ニューヨーク・ベルベディア)
 
私たちは今、どうしてこの群れにいるのでしょうか?
この世の人たちには理解できなくとも、私たちには分かるからです。

真の父母様を通して初めて、本当の天の父母様のお姿、
その愛を知ることができたのだということを。

もう一つ、み言を紹介します。
私が訓読する中で、真の父母様のご心情について
深く考えさせられたみ言で、「精誠と愛」というタイトルです。

 
「自分だけの一生ではありません。
 私が死んでも、永遠の人類解放のために神様の前に
 精誠をささげた度数は残される
 ということを考えるとき、それを心配し、
 精誠をささげて愛さなければなりません。

 こうすることによって、皆さんが霊界に行けば、
 神様と関係したその世界を、昔、愛して
 精誠をささげたので、解放圏が広がるというのです。

 それを考えるとき、み旨を知った以後の道
 というものは、楽なことはないのです。
 個人のために精誠をささげ、
 家庭のために精誠をささげなければなりません。
 
 もちろん、自分の家庭ですが、それは世界を代表して
 精誠をささげる一つの祭物です。
 生きた祭物の家庭のように、このような立場で
 進んでいくべきなのが、皆さん、祝福を受けた人々の
 解放的完成圏に到達することだということを、
 いつも考えなければなりません。

 ですから、疲れることのできない道です。
 心が足らず、涙なしに行くことができない復帰の道だ
 ということを考えなければなりません。

 何か良いものがあれば、私が先に食べると
 考えてはいけないというのです。
 孝子の道、忠臣の道とはそのようなものです。

 天を考え、世界人類を考え、私が持つ、
 このおいしい物を、私だけ食べるのではなく、
 神様を通して食べるので、その世界を心配する
 神様の眷属(けんぞく)になるのです」


(1999年1月5日、ウルグアイ・プンタデルエステ)
 
真のお父様は、どれほど熱心に天の父母様のために生き、
努力されたことでしょうか。

どのような思いで祈られ、どのような思いで食事を召し上がり、
どのような思いでお休みになったことでしょうか。

それらのことを私は、自身の足りなさゆえに
見過ごしてきたのだなあと、このみ言を読みながら思いました。

私は真の父母様のご家庭と縁を持って、おそばで生活しましたが、
おそばにいながらも、見ることも感じることもできなかったのです。

遠くにいて学んだり経験したりできない皆様に
お伝えすべき責任があったのに、
それができなかったことを本当に申し訳なく思っています。

(『世界家庭』2015年10月号「文姸娥様のメッセージ
真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか」より)

私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜
真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか(1)

(blessed lifeより)


真の父母様を「信じている」のではなく、
「知っている」私たちである。
だから「ともに暮らさなければならない」
とても重要なみ言だと思います。

また、真の父母様は、
常に神様を中心に生活されている・・・
そのことを生活の中心に置かれています。

一挙手一投足を神様とともに成す。
真の父母様は、無意識の中で歩まれています。
私たちは、もっともっと意識して生活をなし、
無意識でも歩めるようにしていきたいと思います。



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2021年07月27日

北谷家の守り神は、天使と善霊だった?! 《死んだらわかるけど、それでは遅い》



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北谷先生の「死んだらわかるけど、それでは遅い」
今回は、『天使と善霊に導かれて』です。


私の家が神道の教会になり、母親を通じて“神様”の指示があったのですが、
その“神様”とはどのような存在なのでしょうか?

後に家庭連合の教義である「統一原理」の内容を知って分かったのですが、
母に入って指示していた“神様”は、キリスト教や家庭連合が信じる、
天地を創造された唯一神ではありませんでした。

それは神様に仕え、神様の使いとして善の業をなす天使であったり、
もともとは地上で生きていた人間で、
亡くなって霊界に行って高い位置にいる善霊(人) でした。

神道では、竜(蛇)や稲荷神社などのようにきつねなども祀っていますが、
それらはみな、神様の使い、天使なのです。

母の守り神は聖姫大神(ひじりひめおおがみ)でした。
その名前や柔らかい話し方からして、てっきり女性神と思っ ていました。
ところが、李相軒先生(一九九七年聖和)の霊界からのメッセージによると、
「天使はすべて男性格である」というのです。

そこで、聖姫大神に「あなたは男性だったのですか?」と尋ねたところ、
「そうです」という答えが返ってきて、驚いたことがありました。

神道ではまた、日本最古の歴史書『古事記』に登場するイザナギとイザナミ、
この二人から生まれた三貴子(天照大御神あまてらすおおみかみ、
月読命つくよみのみこと、須佐之男大神すさのおのおおがみ )をはじめ、
太古の昔から亡くなって霊界に行った人たち(善霊)も、“神様”として祀っています。

後に、母を通して出てくる “神様”の須佐之男大神に、
「あなたは人間ですか、天使ですか?」と聞いたことがあります。
すると、「人間であった」という答えが返ってきました。

また、私の守り神の金剛龍王は、「天使だ」と答えました。

ちなみに、天使の“神様”には、それぞれ担当する分野があります。
霊界を守る天使と地上を守る天使がいますし、
地上を守る天使にも、山を守る天使、海を守る天使など、
それぞれ担当する分野があるのです。
山の神、海の神とも言います。

それだけでなく、特に秀でた人のことを「学問の神様」などのように、
「○○の神」という表現も、日本では昔からよく言われています。

例えば、かえるのような姿をした
金福大神かなふくおおがみという“神様”は、経済を担当しています。
わが家では、無駄遣いをすると、この金福大神に叱られました。
千円のお金を使うのもチェックされるほど、厳しかったのです。

北谷 真雄・著
「死んだらわかるけど、それでは遅い」(光言社刊)


日本の神様は八百万の神々ですが、
統一原理の観点から考えると、
『天使』であり、『善霊』であるのです。

先回もお伝えしたと思うのですが、
北谷家だけでなく、私たちにも
護ってくださる、いわゆる『守護神』『守護霊』がいます。

私の守護霊が誰なのか、明確にはわかりませんが、
しかし、働いてくださっていることは確実です。

私たちの信仰生活における精誠条件は、
霊界の方々のための善なる栄養素である、と言えると思います。
そういう意味でも、日々の信仰生活、
まさに、天寶修行の重要性を感じます。。。



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2021年07月26日

(証し)「真の父母様は霊能者だ」と感じた時・・・ 《神明先生》



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神明先生の真のお父様に関する証しです。


私は、真のお父様が霊的直感力を持たれたかただと
実感した体験があります。

第一は、訓読会でのことです。
真の父母様がイーストガーデンにいらっしゃる頃、
毎朝、私は妻と共に訓読会に行きました。

訓読のみ言を聞いていると、これは誰でもあることだと思いますが、
時々、み言の深い世界に霊的に没入してしまうことがあります。

み言の中で、神様の心情、愛の心情世界を感じて、
天国に行ったような感覚になり、うれしくて涙が流れます。

また、うれしいだけではなく、神様が愛の思いを持って
この堕落した惨めで哀れな世界を心配して
ごらんになっているご心情が伝わってきます。

それで涙が流れるのですが、その泣いている顔を
真のお父様に見られたくないので、
私は、そのようなときは顔を下に向けて(前の人の)背中に隠れています。


訓読会では前から五列目くらいに座るときもあり、
また、二十列目くらいにいることもありました。

ところが、どこに座っていようとも、
心情的にスパークしたときは、不思議と
真のお父様に見つかってしまうのです。

お父様は、訓読をストップさせられ、
「神明、今、何か感じただろう。
皆の前に立って、それを話しなさい」
とおっしゃるのです。

要するに、私たちは時々しか、そのような
世界には入らないのですが、お父様は、
はるかに深い神様の心情圏に没入して一刻一刻を
過ごしておられるので、共鳴した人が分かるのでしょう。

そのような体験は一度や二度ではなく、何べんもあり、
あるときは立ち上がって、号泣しながら
真の父母様に敬札をし、お話ししたこともあります。

このようなときは、真のお父様は本当に霊能者だと感じます。

慕わしきわが主、わが父母 真の父母様との思い出
第16回ベルべディア家庭教会(ニューヨーク州)
神明(しんみょう)忠昭・澄江(777家庭)
(「世界家庭」2017.2/P.72〜81)
「深い神様の心情圏に没入し、一刻一刻を過ごされるかた」


これまで「世界家庭」に掲載された神明夫妻のお話を
紹介しましたが、今日の部分は、
神明先生がお一人で長く話されたところから取りました。

「お父様は、はるかに深い神様の心情圏に没入して
一刻一刻を過ごしておられる」
本当にそうなんだな、と思います。

神明先生は、その入り口に到達されたので、
お父様が証しをするように言われたのだと思います。

お父様が何時間も何時間も訓読をされても、
全く飽きることがないのは、
み言に酔っておられるからなのですね。

お父様にしかわからない境地を
神明先生が体得しておられることは、
本当に素晴らしいことだと思います。

やはり、そういう境地に到達するためには、
み旨の実践、今で言うなら、天寶修行を
積み重ねなければならないと感じるのです。

お父様が霊的に敏感だと感じた証し、
今日は1つ目ですが、まだまだ続きます。
次回をお楽しみに。





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