2021年08月12日

疲れて帰宅すると、妻が夕飯も作らずイビキをかいて寝ていたら・・・ 《浅川先生》



200912-20060606.jpg


浅川先生の自叙伝書写。
今回は、「夫は妻を至誠の限りを尽くして愛する」です。


夫が家に帰ってきたら、妻が夕食の準備もせず、
いびきをかいて寝ていたらどうですか?

短気な夫であれば、激怒して妻をたたき起こすでしょう。
その結果、妻は安眠を妨害されたことに怒り、
夫婦げんかになってしまいます。

実は、夕食を作りたかったのに、過労で
ついつい寝てしまったのかもしれません。
妻には妻の言い分があるはずです。

しかし、仕事で疲労困憊(こんぱい)した夫の夕食を
作る気持ちにならず、テレビドラマを見すぎて
寝てしまったとすれば、夫は、
妻の無責任さを怒ってもいいように思えます。

ところが、文鮮明先生は、そんな場合でも、
妻を怒鳴ってはいけないと言われるのです。

「家に帰ってきたとき、
 妻が横になって寝ていたとしても、
 『私が責任を果たせなかったので
 待っていないのだなあ』と、
 そのように考えてみたことがありますか。
 御飯も作らず、昼寝ばかりしていても、
 そのように考えなければなりません」


(『愛天愛人愛国』70ページ)


夫に、妻の苦労を理解せず、要求ばかりしていた、
愛の不足を反省しなさいと諭(さと)されているのです。
妻が夫の夕食を作る気になれないのも、
夫が妻を愛する責任を果たしていない結果だというのです。

妻は、夫の限りない愛情を感じれば、要求されなくても、
喜んで夫のために生きるのです。
夫は愛の主体、妻は愛の対象なのです。

だから、
「夫は、至誠の限りを尽くして
妻を愛さなければなりません」

(同、69ページ)
というのです。


◎ポイント

妻の不作為は、夫の愛不足の結果である。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸福を引き寄せる家庭の生活習慣』より)
第三部 幸福を引き寄せる夕べの生活

幸福を引き寄せる家庭の生活習慣 46
夫は妻を至誠の限りを尽くして愛する

(blessed lifeより)


「妻の不作為は、夫の愛不足の結果である」
なかなか厳しいみ言ですね。。。

浅川先生が語られている妻の例題、
いびきこそかいていませんが、
我が家にも似たようなことがあり、
また、恥ずかしながら夫の態度も、
似たようなことがあったりします。。。

夫婦というのは、
愛を与えあう存在のはずですが、
要求もしやすいのかな、と思います。

本当に、自分の問題であると、
心から感じる私になれるよう、
愛の器を広げていかなければならない、と思うのです。





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 10:24 | Comment(0) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする