2010年08月22日

被害者の妻から見た拉致監禁5〜拉致を知らせる日本からの電話〜

◇この場を借りて、私が拉致監禁された際、祈祷してくださった方、
心配してくださった方々に、感謝申し上げます。
妻の手記の5回目です◇


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今年になって、文先生のご子息の國進様が意識してくださる前は、
拉致監禁・強制改宗のことを、教会員にすら、認知されていない状況でした。

青年の多い教会では、ずっと被害者が出続けていたので、心痛に感じながらも
どうすることも出来ないでいたのでした。

統一教会については、悪い評判ばかりで、
私たちにそれを否定する機会は与えられませんでした。
新しく入教した人たちが、評判との違いに驚くほど、
統一教会の真実はメディアにも取り上げられることはなく来ました。

私たち教会員は、日々世界の平和のために祈りながら、
奉仕の生活をしながら、
しかし偏見と中傷の中で、
統一教会員だということも周囲に明かすこともできないような
現実があったのではないでしょうか。

改宗屋に繋がった父母たちは、
間違った教会のイメージを、更に歪曲されて教え込まれ
(反対牧師・改宗屋たち主催のセミナーがあるということです)
何があってもどんな非道な手段を使っても、
子どもを改宗させなければいけないと、いうところまで教育されます。

そうでなければ、血の繋がった親兄弟、親族が、
人権を踏みにじるような犯罪行為をするはずがありません。

並々ならない覚悟の上で、相応とは思えないような金額を払って、
わが子を拉致し、監禁、改宗し続けるのですから。

そして、統一教会の信仰を持つ限り人間以下の扱いをする改宗屋に、
我が子を任せ、自らもそれを助けるのですから。
主人の親族もそうだったと思います。


さて、東欧の地で、私が電話で主人が拉致された知らせを受けたとき、
それは現地では夕方に近い時間だったでしょうか。

私たちは少し油断していたのです。
私の心のどこかにはまだ不安はあったのですが、
主人は自分の家族が私たちの教会を理解し始めてくれていると、
喜んでいる状態でしたし、
私も楽観的な性格ですので、ただただ、文先生の教理に従って、
人の役に立ちたいと、そういう思いで海外に来ていた矢先でした。
寝耳に水の話でしたが、私はすぐにそれを事実だと理解しました。

電話を受けて、私の様子がおかしいので、
日本人のメンバーが「どうしたの?」と尋ねました。
彼女の腕を掴みながら、へなへなと座り込んでしまったことを覚えています。

人間というのは、こういう知らせを受けた時にこうなるのだなぁと、
私は客観的にそんなことを思って、
とてもショックを受けていたにも拘わらず、落ち着いている自分もいたのです。

そして、電話をかけた来てくださった教会の責任者に、
教会で祈ってもらうことはもちろん、
とにかく彼の知り合いに連絡して祈ってもらうようにお願いしました。

私は現地の電話局に出向いて、
私の出身教会と、海外に出る前に所属していた教会の部署に電報を打って、
祈祷をお願いしました。
電話は、とてもかけにくい状況だったし、時差もあったし、
うまく伝わるかどうかわからなかったので、
慣れない中を、ローマ字表記の電報で、
主人の名前と拉致監禁された旨を知らせて祈ってくださいと、お願いしました。

そして、母に電話して、私の知っている教会員には、
とにかく知らせて祈ってもらうように伝えました。

心臓に持病のある母は、その知らせで不整脈を起こしたといいますが、
心配で胸がつぶれそうになりながら、祈り続けてくれたのです。

恥も外聞もありません。
あの時ほど、切実に天に祈った時はなかったと思います。
祈りの力を私は信じていましたし、そのような霊的なパワーを通してしか、
拉致監禁と強制改宗の非道な行為に対抗する術がなかったのです。


苦しい試練の時、
私は狼狽して祈ったことはありません。
「神様、あなたのみ旨はなされます。
私は勇気ある子供として生き、
そして死にます。
どのような苦しみも
私の歩みを止めることはできません。
私は進んでいきます。
神様みていてください」

「こころの四季」文先生の御言葉


◇――また不定期に続きます――
今、拉致監禁の被害にあっている方たちのために
切実に祈っていきましょう◇

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