2010年09月01日

被害者の妻から見た拉致監禁7 〜霊肉の条件〜

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◇「日本には帰りません」と覚悟して、海外での活動に精進した妻でした◇


拉致監禁されている主人のために私ができることは、
一つは、多くの人から祈ってもらうこと
もう一つは、中心につながること
またもう一つあげるなら、教会の言葉で「条件を立てる(積む)」ということでした。

私は、まだ慣れたとはいえない海外の生活をしながら、
神様が私に与えてくださった使命を少しでも果たしたいと思いました。
私が頑張ることが、主人が拉致監禁下にあって頑張れる霊的なパワーになると思いました。

私たちが条件を立てるために、自分の身を打つ「断食」をすることがあります。
一般的には「?」というものでしょうが、70年断食の印ヨガ聖者の記事でも述べているので
参考にしてください。

拉致監禁の知らせを受けて、私は、直ちに三日断食をしていました。
しかし、それは、取りあえずであって、
自分の限界を超えるような条件が必要だと思っていました。
一度、七日断食をしていましたから、どこかでそれをするつもりでした。

三日断食を明けて一週間しないで、七日断食を始めました。
場合によっては、体を気遣って許可が下りないこともあると思うのですが、
許可して頂いてありがたかったですね。
私の固い決意を何度も確認されました。

訓読(御言葉の拝読)、祈祷、というものに加えて、
この断食も私はよいものだと思っています。

断食をしたから何かが叶うとか、そういうものではありませんが、
切実に何かに祈り求める時、内的には断ったもの以上のものが得られると、
私は感じています。

何かできることがあるなら、なんでもしたかったのです。
監禁されて、霊的に大変な戦いをしているであろう主人の、力になれること。
私自身ができることはほとんど何もありませんでした。
断食しなければ悔やむことになったでしょうね。

うちの教会の断食というのは、一人で勝手にできるものではありません。
必ず報告して、祈って意識して頂いてる土台で、神様から守られるものだと思います。
私の力ではできません。

「死なんとする者は生きる」
「人はパンのみによって生きるのではなく、神のみ言によって生きる」というみ言葉は、
そのみ言葉自身が真実であり、活きたものだと私は思います。

私はこの断食で衰弱はしましたが、何かに守られたように、とても気丈に過ごせましたし、
通常の活動もこなすことができました。
やはり、食べ物を断つということは見えない恵みをたくさん得るのかもしれません。

それに、私の周囲のチームメイトや現地の兄弟たちが、とてもよくしてくれて
私は本当に愛を受けました。
涙が出るくらい嬉しかったし、心はいつも何かにつけて監禁中の主人に向いていましたが、
泣いたりすることはなかったですね。
すごく泣き虫なのですが、こういう時には、涙も出ないのです。
多少出たとしても無意識であって、記憶にないし、おそらく泣く余裕がなかったのだと思います。

その頃、主人は頑張り徹してくれていました。日々の強制改宗に耐えながら…。

他人から何と言われようと
他人が何と思おうと
けっしてあきらめることなく
自分が信じる道を歩み続けると決意するならば、
その瞬間
皆さんは信仰者として最高の基準に到達することができます。
その基準に到達した時に
神様は無条件で皆さんを信頼することができるのです。
だから、孤独の時、さびしい時こそ
神様のことを思いなさい。
神様を信じて
けっして希望を失わないこと、
これが信仰者にとって大切なことです。
「こころの四季」より


◇また不定期に続きます◇


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