2010年09月17日

被害者の妻から見た拉致監禁8 「中心に繋がらなければならない」

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◇監禁された私とは遠く離れた海外で
妻は私を祈りながら歩んでいました◇



主人が拉致され、監禁生活を送り始めた頃、私は、日本に連絡し
できるだけ多くの人に祈ってもらい、自らも断食したりしながら、活動していましたし、
やれることは何でもしたかったのですが、
何か越えられない霊的な壁があるのを感じていました。

文先生が夢の中で「信じあっていくんだね」と言ってくださったその言葉を胸に、
どうしたら霊的に彼を支えてあげられるかと考えていました。

今思うと、私の状況と彼の監禁下の厳しい状況はどこか連動していたように思えるのです。
その霊的な壁とは…。

一番大切なのは、「中心性と一体化」。
教会の生活の中で私が学んだことのひとつです。

私たちは、教会生活において、当然自分ひとりではなく教会のメンバーと関わっています。
常に報連想する直接の責任者、そして全体に責任を持つ中心者…、
そしてそれは、文先生ご夫妻に繋がっている、これが私たちの信じるところです。

私たちがしっかりと中心に繋がってさえいれば、
私たちには怪獣に押しつぶされそうな危機であっても、
トップの文先生は、「蚊にさされた」くらいの軽さで、それを払い落としてしまう。
しかし、人と人のこと、その繋がるということが簡単ではない時が多いのです。

私は当時、ボランティアメンバーとして、ヨーロッパに配属され、
国ごとに10人ずつのグループで活動していました。

ヨーロッパの中で活動するので、教会員としては当然ヨーロッパの中心者が私にとって
要の人となります。
また、日本からの派遣メンバーとしての別個のつながりもあったのです。
文先生から、使命、つまり辞令を受けた立場でしたから。
そして、ボランティア活動のために派遣された立場でしたから。

監禁された主人の行方は、ようとしてわかりませんでした。
霊的に私が感じる壁は、とても大きく強固で、
どうしたらいいのかパニックしそうなくらいの圧力で
私に迫っていましたが、幸い私はなぜかすごく落ち着いていました。

中心に繋がらなければならない。次に私が考えたことです。

その頃私は派遣された国の地方都市で、もう一人の日本メンバー(Mさん)と活動していましたが、
教会の地方の小さなセンターにお世話になる立場でした。

そして、正式には、みんなの前で夫の拉致監禁の話をしてはいけないと、
直接の責任者からは止められていました。
メンバーたちがまだ若く、教会の信仰にも浅いから、彼らには理解できないというのが理由でした。

私は、しばらくの間、各都市に散らばっている日本の十人のメンバー以外、
それを話して祈ってもらうこともできませんでした。

Mさんはいつも私を支えてくれましたし、現地メンバーも、何かあるとは思っていたのでしょう、
断食中や断食明けなど、とてもよくしてくれたのです。

私は、ナショナル・リーダーと呼ぶ、国の責任者に手紙を書くことにしました。
中心に繋がる道がなかったからです。

手紙の内容は、みんなで祈ってくださいというものだったと思います。
完璧ではない英語で苦労して手紙を書き、首都に行くメンバーに託しました。

あなたがもし、
疲れ果てて、もうダメだと思ったら、
「神様、
あなたは私よりも
もっと苦しんでおられます。
私がこうして苦労をすることで
あなたの心情に近づくなら、
耐えていきます」
と祈ってみなさい。
神様はあなたの一滴の涙まで
きっと覚えていてくださるでしょう。
「こころの四季」より


◇直接のアベルに届かない思い
ナショナル・リーダーには通じるでしょうか
妻の手記は、また不定期に続きます◇


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タグ:拉致監禁
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