2011年03月29日

「震災で私も死んだ」ヨナの如く証かす時!


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今回の震災を通して、
日本のある責任者の方は、祈りを捧げながら、
「自分も死んだのだ」 と悟られました。
そして「死んで生かされた立場である」と感じられました。

この話を聞きながら、
さらには、福島の教会長の証しなどを通して、
ニネベの町で叫んだ
ヨナの姿を改めて思いました。

ヨナは、神様からニネベに行くように言われ、
悔い改めるように叫びなさいと命令されました。
しかし、彼は神様の命令に背いて逃げてしまいました。
何故なら、ニネベはイスラエルの敵国であったからです。

ヨナは船に乗って逃げました。
しかし、乗った船が嵐に遭い、
船乗りたちは、誰が乗ったことによって嵐が起こったのか、
そのことを決めるためにくじ引きをしました。

くじ引きに当たったのは、ヨナでした。
彼は、自分が神様の命令を守れず、
逃げてこの船に乗ったことを話しました。
そして、自分を海に投げ入れれば、嵐は止むといいました。
嵐は一向におさまらなかったので、
船乗りたちは、ヨナを海に投げ込みました。

ヨナは大きな魚に飲まれ、三日後、陸地に吐き出されました。
彼は、勇気を持って、ニネベに向かいました。
そして、王様や民たちに叫んだのです。
王様も民たちも意外にも素直にヨナの言葉を
神様の言葉として受け入れました。
心から悔い改めて、断食をして祈りを捧げ、
ニネベの町は滅びなかったのです。

神様を信じ、文鮮明先生を真の父と信じる私たちは
そのことを堂々と証しする立場です。
しかし、過去の自分の姿を見ても、
ヨナのように、逃げる立場ではなかったか、
と反省させられます。

一度、大きな魚に飲まれましたが、
再び蘇ったヨナのごとく、
もう一度生かされた立場なのです。

ニネベの民たちは、ヨナが叫んだので、
悔い改めることが出来ました。
ですから、私たちが文先生の自叙伝を通して、
あるいは、さまざまな媒介を活用して、
いまこの時、神様と真の父母様を、
声高らかに叫ぶ時であると改めて感じています。

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posted by ten1ko2 at 09:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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