2011年06月08日

「先生、本当は釣りが好きじゃないんだよ」ラスベガスで精誠を尽くされる文先生の真意とは


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本部の先生をお迎えしての特別集会に参加しました。

特にラスベガスにおられる文先生がどんな思いを持って、
精誠を捧げておられるかを話してくださいました。
語られた内容をまとめつつ、
感じたことを書いていきたいと思います。

先生は地獄を解放するために来た
と語られるごとく、
堕落した人類を神様の前に復帰する使命を持ってこられた方です。

その先生がこの世の地獄の象徴であるラスベガスで
精誠を尽くしておられます。
まさに最終的な使命を果たすために
ラスベガスに来られました。

具体的には、朝の訓読会を通して、み言葉を語られ、
さらには、フーバーダムで釣りの精誠をしておられます。
訓読会と釣りの精誠は、文先生のトレードマークのようです。

フーバーダムで釣りをされながら、神様から
『夜の神様、昼の神様』という言葉を教えられたそうです。

夜は、真っ暗であり、光がなく、何も見えません。
すなわち創造前の神様が夜の神様であります。
(そして、創造以後の神様が昼の神様です。)

見えない神様を知るには、被造世界を見ればわかるといいますが、
無形の神様が実体の神様として現れたのが、
すなわち真の父母様なのであります。
ですから、神様が創造の神様であり、
実体の神様が真の父母様であるというのです。

神様は目に見えませんが、
創造以前の夜の神様、創造以後の昼の神様として
夜のように昼のように、存在されるのです。

釣りをされる文先生は、釣りをするために生まれてきたように、
すべてを釣りに投入されます。
文先生が釣りをする目的は、二つあると言われました。

ひとつには、魚を釣ることを通して、人を釣る、
すなわち神様が準備した人を復帰するための精誠であるといいます。

もうひとつは、教会の兄弟姉妹のために釣りをするというのです。
どういう意味かというなら、

食口たちは、神様のために、迫害を受けながら、
汗を流して、また血の涙を流しながら歩んでいる。
文字通り血を流すこともあるだろう。
魚を釣ることを通して、魚から血が流れる、
その血は、食口たちの血の代わりなのだ。
だから食口が血を流さないように、
私が魚を釣って、血を流すんだ。

このように語られたといいます。


文先生は、南米におられたときも釣りをされました。
蚊がたくさんいるところでも、
刺されたままにして釣りを続けられたといいます。
これも蚊に刺されることを条件にされたというのです。
側近の方たちは、先生が何故そうされるのか
その時には、理由を説明されるわけではないので、
従っていくのが本当に大変だといいます。

「先生、本当は釣りが好きじゃないんだよ」
とも語られたといいます。
釣り師以上の執念を持って、釣りをされる先生の姿。
釣りが好きで好きでたまらない文先生だと思っていましたが、
そうではなかったことに少し驚きを覚えました。

別の目的があるがゆえに、そこまで徹底されるのだ、
そう思った時、最前線で歩む兄弟姉妹と
ともに戦っておられる文先生の姿を感じました。
食口が血を流さないために、代わりに魚の血を流すのだと言われ、
私のために精誠を尽くしておられる真の父母様、
「お父様、本当にありがとうございます」
こう思わずにはいられませんでした。


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一部訂正しました2012.2.20


posted by ten1ko2 at 08:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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