2011年11月11日

もう一度、柳寛順精神を


文先生が先回入国されてから、実に20年が過ぎました。

文先生は1992年3月26日に日本入国をされました。
1978年9月以来、13年半ぶりのことでした。
その一つの条件が柳寛順大会の勝利にありました。

何故、柳寛順なのでしょうか。

聖書の中で、イエス様を生み出したことに関して
重要な秘密を書いた場面が創世記第38章にあるといいます。
そうです。ユダの物語です。
ヨセフの物語が創世記の37章から50章に描かれているのですが、
何故か、突然38章のみユダの話が出てくるのです。

普通の人が読んだら、その理由がわからないのですが、
唯一わかる方がいるといいます。
それが、再臨のメシヤとしてこられた方だというのです。

文先生は、ユダの物語に現れた女性「タマル」こそが、
神様が送ったイエス様を生み出すきっかけとなった
重要な人物であると語られています。

しかし、このタマルという女性は、クリスチャンならば、わかるかと思いますが、
一般の人、特に日本においては、全く認識にないこともあり、
文先生は、柳寛順烈士の名前を挙げられて、
「大会をしなさい」と語られました。

この柳寛順烈士こそが、文先生の誕生に関わりのある方でもあることを思うと、
文先生が入国をされる一つの条件になり得るものであったのです。

そして、日本にいる双子の立場である民団と総連の方たちにおいても、
柳寛順烈士においては、独立運動の立役者として同じ認識がありますから、
柳寛順大会によって、ともに参加されたのです。

タマルが胎中聖別をした如くに、民団と総連の方が、大会に一緒に参加した、
一つになったという象徴的な条件ゆえに、
文先生が入国される条件が立ったといわれています。

実は、この大会をするように文先生が命令されたのが、
金明大(キムミョンデ)先生でした。
しかも、公式的に発表されたのではなく、
個人的に命令されたので、
日本の責任者にも知らされていませんでした。

金明大先生が、柳寛順大会の価値を訴えても、
誰も相対する責任者はいなかったと言います。

私が知っている6000双の日韓家庭の婦人が、
金明大先生のことをよく知っている方で、
ご主人が東京の一つのエリヤの責任者であったこともあり、
また、他の方たちの協力もあって、
少しずつ、柳寛順大会の意義が伝わっていきました。

そして、見事にパレードと大会が成功したのです。

1991年から20年が過ぎ、来年21年目を迎えます。
圓母平愛の摂理が成されているこの時、
もう一度、柳寛順精神を持って、
日本の使命を果たす時なのではないかと思うのです。

今日の記事は
「ユガンスンの価値について語りかけなさい」と
黒田かんごさんから、記事がありましたので、
それに対して私なりに答えた内容です。
かんごさんを通して、
深いメッセージを得ることができ、感謝しています。


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posted by ten1ko2 at 11:11 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
恵みでした。
ありがとうございます

昔、彼女について調べた時、涙が止まりませんでした。
30過ぎた大人の男が転げまわるように泣いた。
50過ぎた今なら泣かないだろうと思ったら、やっぱり泣き転げてしまいました。

私が泣いたのではないのです。
神様が泣かれたのです。
Posted by かんご at 2011年11月11日 14:02
いつも、楽しく拝見しています。
頑張って下さい!!
Posted by ジョリュジュ at 2011年11月11日 16:40
>50過ぎた今なら泣かないだろうと思ったら、やっぱり泣き転げてしまいました。
私が泣いたのではないのです。
神様が泣かれたのです。

かんごさんは、本当に純粋な方であり、神様が愛する方であると思います。
Posted by ten1ko2 at 2011年11月11日 18:15
ジョリュジュさん、コメントありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by ten1ko2 at 2011年11月11日 18:16
かんごさんのコメントに刺激を受け、初めてコメントします。20数年前に映画「柳寛順 」を観て、目が腫れるほど泣き続けたのがよみがえります。李相軒先生の「人生の果てにゆく道」に柳寛順の霊界での様子が鮮明に報告されているのです。神様が、どのように柳寛順をご覧になっているのか想像できる気がしてくる文章なのです。今、再度訓読してみて、熱く沁み入りました。今の私の問題点に対する、その答が、随所にあるではないですか。調べてみますと1902年11月17日生まれの方ですので、今度で生誕110周年となるのですね。ありがとうございます。
Posted by センシク at 2011年11月12日 05:24
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