2012年08月17日

文先生のために わが教会の祈祷会


多くの方の記事にもありますように、
文先生が緊急入院されました。

一時は大変な状況だったようですが、
好転されているとのことです。

身内に何か特別なこと(不慮の事故・病気など)が起こると
その人自身にも問題があると思うだけでなく、
自分自身を省みる思いにさせられることがあります。

今回のことも、特に文先生ご夫妻を
「真の父母」と慕っている者たちにとっては、
特別な思いにさせられたと思います。

知り合いの方からも連絡があり、
「仕事が手につかない」ということでした。

「自分が足りないからこうなってしまった・・・」
これは人が言ってどうのこうのではなく、
その人自身が本心で思うことだと思うのです。

そんな中、昨日から40日間の
「真のお父様の安危のための祝福家庭特別精誠」
が実施されました。

祈祷会が始まるまでは、私自身も
不安な思いを抱えていました。

文先生の容態が好転されたと言っても、
まだどうなるかわからない状況です。

もう93歳になられる文先生ですから、
「もしかしたら・・・」
ということが全くないわけではありません。

変な話ですが、
「時間が止まって欲しい」
という思いにさえなりました。
「元気なお父様の姿のまま、
時間が永遠に止まればいいのに」
不可能な願いを神様に託しました。

おそらく私だけではなく、
同じような思いを持つメンバーとともに、
教会長を中心に祈祷会が出発しました。

祈祷会の時間前、
こんなことを書いたら失礼かも知れませんが、
普段、集会や祈祷会にあまり参加されない
韓・日、日・韓家庭の婦人たちが多数来られていました。

もちろんいつも以上に
参加された方が多かったのです。

韓国婦人たちの存在が
私の心を和ませてくれました。

やはり心情が違う、
血の繋がりがある韓国の方は違うな、
率直な思いでした。

その後、教会長のみ言葉を受け、
心がさらに落ち着きました。

内容は明日、掲載したいと思います。

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皆さんは、みんな先生に関心があるでしょう? 
先生がどこかに行き、何か言葉を言うようになれば、
全部電話線をつけて回りながら聞かなければならないのです。

私が神様に対して父母と言うのと、
皆さんが先生に対して父母と言うのと、
どちらが易しいかというのです。

(略)
先生は、苦労してこそ会いましたが、
苦労をしないで会ったから、
もっと嬉しくなければならないでしょう。
私は、億千万ドル払って買ったのです。
皆さんは一銭も払わなかったから嬉しいでしょう? 
皆さんが何を払いましたか? 
やってきて原理のみ言を聞いてみたら、みんな分かって、
「真の父母」と言えば、
「そのようになったのだな」とみんな分かるのではないですか。


「真の父母」より


posted by ten1ko2 at 09:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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