2012年12月16日

1986〜88年、UC史上最多の拉致監禁数、魔の3年間に反牧教会でおこっていたこと


後藤裁判ブログに新記事が
掲載されました。

新記事は、先回の裁判で提出した
原告準備書面の第一弾です。

 後藤徹氏の準備書面(12)その1−
宮村氏は、「マニュアル」を通して自身の手法を統一教会に反対する全国の牧師等に指導した


一般的に裁判が進むにつれて、
準備書面における双方の主張が水掛け論になり、
内容が面白くなくなる傾向があります。

ところが、本裁判においては
原告側から次々と
新たな重要証拠(物証)が発見された結果、
今回もなかなか読み応えのある
準備書面となっています。

内容に少し触れてみます。

荻窪栄光教会の森山諭牧師から始まった
「拉致監禁による脱会説得」が、
その後、森山牧師の衣鉢を継いだ
被告宮村峻により脱会確率の
極めて高い暴力的方法へと昇華(?)されます。

その宮村の実績が瞬く間に
全国に広がった結果、
荻窪栄光教会に信者父兄が
殺到する事態になる状況、等々、
今まで漠然と言われてきた事柄が
新証拠発見により改めて立証され、
明らかになっています。

私がこの準備書面を読んで、
非常に気になったのが、
甲128号証「創立30周年記念誌」
巻末に報告されている「教勢と財勢」のグラフです。

20121213205251446[1].jpg


管理人の方も言っていますが、
「荻窪栄光教会が脱会説得で
どれだけ潤ったかが一目瞭然」なのです。

見ての通り、
85年から3年間で、
強勢と財勢ともに、
3倍近くになっています。
驚異的な数です!

さらに表を細かく見ると、
一番伸びている1988年(表の最後)は、
なんと1月から6月の半年間だけです!

現代の日本キリスト教史において、
ここまで伸びた教会が
他にあるでしょうか。

森山牧師の荻窪栄光教会の信者が
神業的に、伝道をして、
ここまでの実績をあげたのでしょうか。

そんなことはあるはずはありません。
彼らが拉致監禁をして、
荻窪栄光教会に
「伝道」され、
統一教会食口がキリスト教信者となり、
ここまで伸びた・・・
そう解釈したほうが、
自然なのではないでしょうか!

この86年から88年の
3年間は特に、多くの食口が
拉致監禁を受けた、特別な期間でもあります。

こんなにも多くの食口たちが
拉致監禁を通して、
キリスト教会にいってしまうといのは、
なんとも悲劇としか言いようがありません。

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是非、ご一読をお勧めいたします。
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注)実際、題目のように86年から88年が最大の拉致監禁ではなく、92年だったかも知れません。
しかし、相当多かったことを勘案して、上記の題目としました。ご了承ください。

posted by ten1ko2 at 08:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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