2013年03月07日

21日で終わるものではない?! 精誠期間におけるお母様からの指示です☆


526089_470437679674309_995447051_n.jpg


今回の21日精誠期間で
真のお母様は以下の指示をされています。

家族が集まって決まった時間に敬拝

1.真の父母様に敬拝 
2.夫婦間の敬拝 
3.子女が父母に敬拝

を捧げ、家族間で感謝したことを
一つずつ授け受けする。


敬拝においては、
我が家では
まだ小さい子も多いので、
親に対して、何の違和感もなく
素直に敬拝を捧げてくれます。

しかし、単身赴任であったり、
ご夫婦ともに公務で忙しかったり、
さらには、子供が大きい場合は、
実際どうでしょうか。

『自分の親に対しての気持ちはこれくらいだ』
そう言いたいかのように
立ったまま軽くお辞儀だけする子もいると聞きました。

逆に、海外のある姉妹の証しですが、
昨年から意を決して、
教会長が主催する
朝5時の訓読会に参加するため
家族全員で、近くの教会に
通っているそうです。

具体的なことは聞いていませんが、
神様に守られていることを感じ
またいろんな証しもおきているそうです。

我が家も朝5時からの訓読会をしていますが、
ほとんどは長男が一番早く起きて、
申し訳ないことに
私も妻も起こされています。

ただそんなこともあって長男は
霊的にとてもスッキリしているし、
子供たちも守られていると感じます。

とはいえ、その時間は
恥ずかしながら
まともな状態ではない子もいるので(苦笑)、
夜の祈祷会にお互いに敬拝を捧げています。

また夕食時に
今日一日の報告ということで、
恩恵交換の場を持っています。
それぞれ個性的な報告で、
なかなかいいものです。

しかし、私も仕事で出来ないときもあり、
食事をしてから、
また仕事に戻る場合もあったりします。
出来ない場合においては
何らかの対策が必要かも知れません。

それぞれの家庭に合わせて
工夫して、
その家ごとの伝統を立てて行く
時なのでしょう。

何よりもこの伝統を立てたくても
立てることが出来なかったのは
真の御父母様です。

『真の家庭』という称号がついていながら
いろんな批判をうける立場ですが、
実際、皆様もご存知の通り、
近いものより、遠いものを愛する道
ご自身の愛すべき子女様を犠牲にして、
食口を本当に愛していかれた
そのような道を歩んでいかれました。

一緒に敬拝も
訓読もすることが出来ませんでした。

その犠牲の代価によって
生かされてきた私たちであります。

そのことに心から感謝する意味でも
今回お母様が指示された内容に
深い意味があることを悟りつつ、
家庭での精誠が必要である
そのように感じます。

私たちに必要だから与えられた
伝統の出発のための
21日期間であると思います。

ですから、21日だけでいいというものではない、
やり続けなければならないものである。
そのようにも感じるのです。

↓ 応援のクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ


先生が皆さんを愛しているといって、
どれほど愛しているでしょう? 
直系の息子よりも愛しているのです。
皆さんはこんな愛を受けているのです。
こんな事実を知っていますか、
知りませんか? 
言葉だけではありません。
原理がこのようになっているのです。
なぜ先生が直系の息子よりも、
皆さんをより愛するのか? 
これは歴史的な主管を回復する一日を
迎えるためなのです。
そのために犠牲になった人間が、
どれほど多いかということを考えるのです。


(文鮮明先生御言選集 No.46
「祝福家庭の価値」より)


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 09:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック