2014年04月17日

私たちはなぜ南北統一を願うのか?! 79年前の今日は…何の日?


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1935年の今日、4月17日は、
数え16歳のお父様が、イエス様から啓示を受けられ
人類のメシヤという重責を担われた、記念すべき日です。


さて、昨日、韓国の平和大使をお迎えしての
歓迎集会が行われました。

浦安の一心教育研修院でセミナーが行われていて、
南千葉と北千葉教区のいくつかの教会に
表敬訪問をされるということで、
私の教会は小さいので、お隣の大きな教会のスタッフとして、
ドライバーを担当させていただきました。

約40名前後の平和大使の先生方は
ほとんど一般の方でありますが、
ささやかながらの私達の歓迎に
とても喜んでくださいました。

集会では二人の方が証しされましたが、
そのうちの一人の婦人は、
率直にご自身の感想を述べられました。


ご主人が平和大使なのだが、
今まで活動に反対していた。
何でこんなことをするのか、と思っていた。
子供が大きくなり、時間ができたので、
気乗りがしなかったが、今回初めてセミナーに参加した。
統一運動がここまで南北統一のため
また世界平和のために活動しているのを知って
物凄くびっくりした。
さらには、日本の皆様がそのことに
大変関心を持って、活動していることも知り、
今まで反対していたことを申し訳なく思った。
これからは、私も平和大使としてがんばります。
また、知人にも声をかけて参加するように伝えます。


最後に、脱北者の方が唄を歌ってくださいました。
歌う前に自己紹介をしてくださいました。

この婦人は、中国、ラオスへと渡って
韓国に来られたのですが、
6人兄弟で、この方以外は、
全員北朝鮮に残っているということでした。

どれだけ苦労してこられたのか、
その深い話はしておられませんでしたが、
その気持ちを唄に乗せてくださいました。

北朝鮮でも芸術団に入っておられ、
韓国でも芸術団の一員なのだそうですが、
本当に見事な歌声でした。

一曲目は、「イムジン河」でした。
故郷である北朝鮮には、
簡単に帰ることができない。
愛する兄弟のことを思って
歌われているんだろうと思いながら聞いていました。

そして、二曲目は、「日本の唄を歌います」と言われました。
何かと思ったら、「北国の春」でした。
日本語もとても流暢でしたが、
二番は、一番の詩をハングルで歌われました。
故郷を思い、故郷の春を思い、
そこで暮らしている家族や同胞を思い、
涙しながら、何度も歌ったのだろうと思いながら聞くと
胸があつくなってきました。

こういう方たちのためにも
南北統一が実現されるように、
一人でも多くの人に、
真の父母様の平和を愛する思想、
南北統一のためにかける思いを
伝えていかなければならないと感じました。

ある宇宙飛行士が宇宙から地球を見たときに
国境線がなかったと言っておられましたが、
もともと地球上にはどこにも見えない国境線を固守して、
それゆえに多くの隔たりと無理解と
悲劇が生まれきました。

私たちは日本人ですが、
平和大使の方たちが驚かれるように、
何でこんなに南北統一のために
意識と関心を持っているのでしょうか。
それは、私達の真の父母様の
切実なる願いがあるからなのです。

1935年のその日から今まで、お父様は全生涯をかけ、
また御聖婚以後はご父母様として継続して
多くの不可能と思われるような摂理を推し進め、
偉業を成し遂げてくださっています。

南北統一は、朝鮮人だから願うのではなく、
天の願いであるということを私たちは知っています。
そして、それが世界の平和、私たちの幸福に
繋がることを信じて諦めずに、父の願いを受け継いでいきたいと
心から思うものです。




お父様のみ言

文総裁でなければ、世界、南北韓の統一は
成し遂げることはできません。
南韓の国民も九〇パーセントはそれを認めています。
文総裁でなければ、
統一の門を開くことはできない
ということを知っているのです。
分かりますか?

以前、先生が金日成に会いに行こうとしたとき、
父母の墓前に行って姉と妹が痛哭しながら、
「お父さん、お母さんが願っていたお兄さんが来ました」、
「弟が来ました」という、哀切な声を聞きました。
人であるならば涙を流さざるを得ない場面です。

しかし、わたしがそこに行ったのは、
息子としてそこに行ったのではありませんでした。
南北を統一することのできる偉業を中心として見るとき、
どれほど悲惨に死んだのか分からない
北韓の墓場に埋められている多くの息子、娘がいるのに、
自分の父母の墓前でかわいそうであるといって
涙を流すことはできないのです。

姉や妹がそれを見るとき、わたしはこのように祈りました。
「父母様、申し訳ありません。わたしは公人として来たので、
これはしかたがありません。
わたしが南北統一を成して、
天下全体万国がやってきてから、
お母さんの眠っておられる場に訪ねていき、
息子の責任、孝子の責任を一度、果たします。
万国の分裂した嘆息の国家が統一され、
神様をお迎えして万民の祝福を祈ってあげることのできる
統一の王国を建設してからお母さんに侍ることによって……」

先生は、生涯で親孝行を一度もできませんでした。
父と母にポソン(韓国式足袋)一足も買ってあげられませんでした。

しかし、今まで統一教会の数多くの人々には服も買ってあげ、
家も買ってあげ、さまざまなことをしてきたのです。
しかし、先生の一族には何もしませんでした。


(「三・十節」の御言より
1999年9月10日 京畿道九里市水澤洞、中央修練院大講堂)


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昨日、事故で沈没した韓国のフェリーに
300人という高校2年生の
若者たちが取り残されて
安否がわからない状態です。
今は一縷の奇跡を信じ、必死で祈るしかありません。
祈祷、よろしくお願いします。



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posted by ten1ko2 at 11:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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