2014年05月01日

後藤さんの壮絶、12年5ヵ月!! 拉致監禁に見る「親の情」と「兄弟の情」の違い?!


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私たちが父母の位置に上がっていってこそ、
争いをやめさせることができます。
他の方法はありません。




拉致監禁撲滅のために活動しておられる
ジャーナリスト・米本和広氏のブログに
後藤徹さんのインタビューが掲載されていました。



夕焼け小焼けの音楽の場面など
私の体験とも共通する部分もあり、
改めて自分の過去を振り返る時間を持ちましたが、
さらに、私自身も体験しなかった、
涙を禁じ得ない箇所がありましたので、
その部分を転載させていただきます。


腹が減っていたと言えば、こんなこともありました。
フラワーホームで食事制裁を受けていた時、
飢餓と徒労感に苛まされながらも、
唯一の慰めが夜寝るときの「日替わり丼」でした。
今日は中華丼、明日は海鮮丼。

(ちょっと恥じらんだように)実は、その頃、
毎晩、どんぶりに入った美味そうな丼物を
食べることを夢想しながら眠りについていました。
とにかく腹が減ってなかなか寝付けない。
そこで、「もし、丼物を日替わりで食べるとすると
ご飯に何を乗せるか?」
と自問自答し、ズーと想像を巡らせる。

連日の夢想の結果、
定着した日替わり丼の一週間のメニューは
牛丼、カツ丼、中華丼、親子丼、海鮮丼、麻婆丼、カレー丼の7種類でした。

その夢想は、かなりリアルで例えば海鮮丼の場合、
イクラ、エビなど乗せる魚介類一つ一つを
具体的に思い描き想像しましたよ。
なぜ、丼物だったのか自分でもよく分かりませんが、
多分、一番手軽にかき込むように食べられて
種類が多いから想像しがいがあったのかもしれませんね。

だから、渋谷の松濤本部にたどり着いたとき、
守衛の方がカツカレーを買ってきてくれたことが、
ものすごくうれしかった。

肉も約2年間食べられなかったですからね。
カレーのいい匂いが目の前から漂ってくる。
それを冷たい目で見られることもなくおもいっきり食べられる。
もう、うれしいのなんの・・・。

監禁下での食事制裁中、
最もきつかったメニューはカレーでした。
家族は同じテーブルでカレーをよく食べていたのですが、
飢餓状態の時、特にカレーの匂いは強烈でした。
食事の後もしばらく部屋にカレーの匂いが残るんですね。
それが、またたまらない。

さらに、家族はいつもカレーのルーを残して
翌日のお昼にカレーうどんにして食べる。
もう、喉から手が出るほど食べたかった。

そんなわけで、解放後なんとか本部にたどり着き、
いつも食べたいと思っていたカツカレーが
パッと目の前に出されたとき、
瞬時に神の計らいを確信し、深く感動しました。



この文章を読みながら、
涙がとまらなかったのですが、
一つ頭に浮かんだのは、
戦時中、軍人が捕虜に会い、食事制裁を受け、
あまりの空腹に耐えかねて、
留置場で食べ物の絵を描いていたエピソードです。

イマジネーション、想像力というのは
大きな力を生むといいますから、
後藤さんにとっても、精神的な癒しとなったのでしょう。

ちなみに私の場合は、
一度目の拉致監禁は約3週間、
二度目は約2ヶ月でしたが、
毎日母がご飯を炊き、三食、美味しい食事を作ってくれました。

そこだけ見ても
親の情と兄弟の情は違うのだと思います。
もし、後藤さんがご両親の主導によって
拉致監禁にあった場合は*(下記)
これほどの食事制裁は受けなかったに違いありません。
兄と妹が主導して監禁されていたので、
そのような食事制裁を受けていたのではないでしょうか。

兄弟というのは、ある面、情け容赦がありません。
また、私なども伝道を通じて多少は、親(神様)の情に触れてはいましたが、
実際に自分の子を持ち育てながら、
ようやく親の情を実感するようになった気がします。

後藤さんが生還の後に
ご父母様に面会する機会があった時、
とにかく「この息子に食べさせてあげなさい」と、
何度も言われたといいます。
どれだけの親の情だったでしょうか。


以前、お伝えしたことがありますが、
私が拉致監禁から偽装脱会したあとに
教会に戻ってから、約2ヵ月後に
父が交通事故で亡くなりました。
そのことは知らされず、
私は葬儀に参加することが出来ませんでした。

葬儀のことを連絡しなかったのは弟でした。
母は私に連絡を取りたかったようですが、
弟が頑なに拒んだのです。

私に連絡しなかった理由は、私にはすぐにわかりました。
偽装脱会したあと、
弟と約束を交わしたことがあったのです。
「兄貴、統一教会、本当に辞めるんだな?
うそをついて、また教会に戻るんなら、
何かあっても呼ばないからな」と弟に言われ、
私は「大丈夫だよ」
と言うしかありませんでした。
まさか、このとき交わした口約束が
現実のものになるとは思ってもみなかったのです。。。

そういう観点からしても
親の情と兄弟の情は違うのだと思います。

それだけ愛してくれていた親ではありますが、
一方的に拉致監禁をし、強制棄教を迫られることは
たとえ美味しいご飯を食べたとしても
その根底には、「裏切られた」という傷を
持ち続けることには変わらないのかも知れません。。。

「親の情」とはいっても、私たちはなかなか
真の親の情、つまり神様の心情になれません。
もちろん、兄弟同士裁きあって、引きずり降ろしてばかりでは
天国には程遠いですが、
神様の真の愛、真の父母(親)の心情でなければ、
本当の和解も、本当の幸福も、
私たちの願う天一国も、実現していかないと思うのです。

み言にありますように、真の親になるしか
すべての解決の道がありません。

なかなか親になれない、と感じるとき、
愛せない壁に立ちふさがったときには、
食事制裁を受けている息子(後藤さん)を見つめておられた
神様を思い、愛していこうと思います。


今日は5月1日です。
今からちょうど60年前の今日5月1日に
韓国ソウル北鶴洞の地で
世界基督教統一神霊協会が出発しました。

この日を期して、
記事を書き続けながら、
拉致監禁撲滅のために
活動することを誓います。

後藤さんの控訴審期日は、
6月5日(木)午後2:30 です。

以下の記事も参考にしてください。。。
亡くなった父が私の身体に入った!



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天一国天聖経のみ言

民主世界の政治体制は、闘争の体制です。
私たちが父母の位置に上がっていってこそ、
争いをやめさせることができます。
すべての兄弟が、父母を中心として一つになるのです。
父母になってこそ争いを止められるのです。
父母の位置に行けば、
じっとしていても反対する人がいません。
他の方法はありません。
まず真の父母を探し出し、そこから真の子女、
真の国家、真の平和を含むすべてのものを探し出せるのです。
それ以外の方法はありません。
天父主義を中心として消化しなければなりません。
これは、天父主義でしてこそ可能なのです。


天聖経 第十二篇 天一国 2-5-16


米本氏が該当ブログのコメント欄において
「後藤さんの食事制裁については母親が黙認していたのです。
このことに、後藤さんの哀しみがあるのですよ。」
と書かれています。

ご両親がまったく関わらなかったのではない、というのは
私も承知しているところではありましたが、
誤解が生じないように、記事を訂正しています。
他にも、誤解を生じかねない不適切な表現がありましたので、
削除、訂正しました。

米本氏ブログ「火の粉を払え!」の記事のURLは↓
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-467.html



※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
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その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 11:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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