2014年07月03日

(証し)そして、奇跡が起こった?! 迫害を越え「信仰の根」となった金仁珠先生〈後編〉


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金仁珠先生の証し、続編です。
昨日は、実父からの激しい迫害、
今日は、これも激しい御主人からの迫害の証しです。
しかし、天は守ってくれました。
(1978年に話された証しより)


「あなたを迫害する者は安全ではないだろう」という
啓示を受けて、暫くたった後のことです。
不思議なことが起こりました。
父と親しい長老がしばしば家に訪ねて来て、
よく私のことを話していたのですが、その長老が半身不随になったのです。
また、ある母の友人が、私のことで母を苦しませていたのですが、
その人も盲になってしまったのです。

その他にも色々な事件が起こりました。
その時、神様が直接役事なされるということを実感させられました。

また、私に、霊的試練が起こりました。
ある日、サタンが私を(夢で)試みに来たのです。
そして「私が多くの財物を上げるから、
統一教会に行くことを止めなさい」と言うのです。
私は「絶対にそんなことはできません! 
韓国の国土ほどのダイヤモンドをくれたとしても、この信仰の道を
捨てることはできません」と言って拒否すると、
サタンは銃と剣で私を突き倒しました。
殺されながらも私は「神様、どうか私の魂を受けてください」と祈りました。
目ざめてみると、全身が汗でびっしょり濡れていました。


また、夫の迫害も激しく、夜遅く帰ってくる夫は、
私に一日中の行動を話すようにと言うのでした。
私が今日は教会に行ってきたと話すと、
立ち所に腹をたてて、私を拳で殴るのでした。
堅い拳で殴られるたびに目から火花が散るようでした。
私はそのたびに『彼は、何も知らずにやっているのですから、
いつかはみ言を知ることができるようにしてください』
と必死に祈っていました。

ある時は、お膳を三回も用意したことがありました。
夫は私と話をしていて、何度も
「食事が冷めたから、もう一度温め直してきなさい」と言うのです。
そして、必ず「もう教会に行くな!」と言うのでした。
私はご飯を温めようとお膳を持って台所に行きましたが、
ご飯の入った食器が見つからないので、
夫の部屋をのぞいた時です。
突然、障子戸越しに食器が飛んできました。
以前バスケットの選手だった夫は、
その食器を正確に私の顔に目がけて投げたのでした。
私はすぐに身を伏せましたので、
食器は台所に投げ出され粉々になりました。
もし、真直に私の顔に当たったらどうなっていたかと思うと、
目まいがする思いでした。

その内に私はとうとう心臓病にかかってしまいました。
全身が腫れて、生きていくのが恐ろしくなるくらいでした。
幸いに姉が漢方の薬を使って看病してくれたので、
病気もようやく治りました。

その当時は、統一教会という看板もなく、
原理も体系化されていませんでした。
しかし私は、このみ言がこれからの時代の
新しいみ言であると確信したので、
そのみ言をどんなことがあっても捨てることができませんでした。
そのため、迫害も多く受けましたが、私は堂々と越えたのです。
私は迫害を受けながらも、胸の中には一つの確信がありました。

そのうちに私の夫(1978当時、慶煕大学体育学部長)は、
教授アカデミー(1973年創設)で主催した
第一回原理公聴会に参席して帰って来ました。

そして、「統一教会は異端ではなかった。
それがハッキリ判明された。
今まで私があなたを憎んだり、
叱ったりしたのは何も知らなかったからで、
本当に申し訳なかった。
私も教会に出ることにする。
だから、私たちの子供たちも全部教会に出るようにしてください」
と言ったのです。

この夫の一言を聞き、私は感謝の涙がどっと溢れ出てきました。
そして、言葉ではとても表現できない喜びが私の胸を詰まらせました。
このことをどれほど願っていたことでしょうか。
神は彼に、神の事情を知るようにしてくださったのです。
私は今までのことを考えると、
以前に啓示で見た時のように長い長い洞窟の中から、
光り輝く外の世界にやっと出て来たという実感でした。


私は金元弼氏を伝道しました。(1946.7)
彼は私のいとこです。
彼は師範大学を卒業した後、
教師をしていましたがみ言を聞いて入教し、
やはり多くの受難の道を歩みました。
初創期の時に教会に来た人は、誰もがこのような受難の道を歩んだのです。
その時、数多くの人々が教会に来ていたのですが、
周囲の迫害に勝つことができずに、皆倒れてしまいました。

北韓で因縁を結んでいた車相淳牧師、池承道おばあさん、
金元弼氏、鄭達玉氏等は私たちの信仰の根ということができます。
この方々が信仰を守って来た道と、
私が歩んで来た道を振り返ってみる時、
現代の皆さんがこの道を信じて歩んで行くことは、
容易いことだと思います。
今は一生懸命にみ旨を成そうと思えば、
いくらでも大きなことができる土台があるのです。

私は昨年が還暦でした。(1978年当時)
今はもう、どんなにすばらしい働きをしたくとも
体がいうことを聞いてくれません。
人間にはやはり、限界があるようです。
ですから、若い時に働かなければ後悔するような気がします。
「生命がなくなるまではこの道を行こう」という、
一つの目的を明確に定めてからは、
どのような迫害も嘲笑も私にとっては問題ではありませんでした。
かえって、それは怠ける私の信仰を呼び覚ましてくれるものでした。

しかし、それらの迫害よりも耐えがたいことは、
それは時に自分の信仰が揺らぐことです。
このようなことは信仰をする人であれば誰もが体験することだと思います。
自分の信仰が確固たるものであれば、
何ものもそれを崩すことはできないでしょう。
信仰するということは、一時的な平安を得るためではなく、
他人の機嫌を伺いながら行く道でもありません。
永遠なる神の愛に向かって行く道なのです。
ですから、七面鳥のように常に変わるような信仰を持ってはならないのです。
神は多くの迫害の中でも、常に私たちを守ってくださり、
導いてくださっているからです。



ご主人は、統一教会の信仰を反対して、
殴ったり、皿を投げつけるような
そのような迫害をする激しい方でした。

それなのに、公聴会に参加され
「統一教会は異端ではなかった」
と、詫びたご主人でした。

親の反対、ご主人の反対に屈していれば、
三弟子の一人、金元弼先生は
統一教会にいなかったに違いありません。

こういう方のことを「烈女」というのかな、
と思います。

「烈女」というと、強烈の烈ですから、
強い女性というイメージがありますが、
内的に強い女性であり、それは信仰と
愛ゆえの強さではないかと思います。

うちの教会でもご主人の長きに渡る迫害、反対を乗り越えて、
先日、見事に祝福式にカップルで参加した方がおられます。
この婦人は、とても控えめで、か弱くも見える印象なのですが、
「統一教会に対して、どんなことを言ってもいい。
でも、私のことを信じてください」と、
どんなに反対されようと、文句を言われようと、
この姿勢は変わりませんでした。

『私が変わらない・・・』
この信仰こそが、周りを変えていくのだと感じます。


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posted by ten1ko2 at 11:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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