2014年09月08日

幸せになるためには?! 〜「赦し、愛し、一つとなる」天国人になるために 5 *タイトル変更、追記あり




天国人になる道
「愛する」ことと「一つになる」こと
まとめて紹介します。


第四に必要なことが「相手を愛する」ことです。

愛の原理、発展の原理は、「授受作用」です。
授受作用とは、授けることと受けることですが、
何よりも重要なことが授けることですから、「為に生きる」ことです。
受けることを意識しなくても還ってくるので、
授けること、為に生きること、愛することを心掛けることが大切です。

「人に与えたものは、必ず自分に還る」ようになっています。
「他に幸せを与える者は、幸せな人生を送る」ようになっています。

「与える」と言いますが、ただ与えればいいというわけではありません。

ポイント@として、「与えるとは与え続けること」です。
一度与えたからといって止めてはいけません。
与えることが癖になるまで、与え続ける姿勢が大切です。

ポイントAとして、「与えた相手から還ってくるとは限らない」ということです。
与えるという積善や精誠は、与えた人からではなく、
違った人を通して還ってくることもあります。

ポイントBとして、「還ってくることを狙ってやると続かない」ということです。
見返りばかり考えている人は、人間関係がうまくいきません。
愛の実践も打算的になり、純粋に与え続けることができません。
そのような観点から見れば、「真の愛は与えて忘れなさい」
というみ言がすべてであることを感じます。


最後に必要なことは「相手と一つになる」ことです。
相手を受け入れることも、赦すことも、最終的には一つになるためでした。

人それぞれ様々な願い事を持っています。

その願いを大きく三つに分けるとしたら、
一つは「健康になりますように!」という健康に関する願いです。
二つ目が「愛が実りますように!」という愛に関する願いです。
三つ目が「お金持ちになりますように!」という万物に関する願いです。

これらは、二つの手を合わせて合掌するというように、
「二つが一つ」ということです。

健康とは「心と体が一つ」になった状態であり、様々なバランスが大切です。
愛情とは「人と人が一つ」になることです。
万物も「人と万物が一つ」になることです。

このように、「二つが一つ」になっている姿こそ、
愛であり、平和であり、幸せです。
これを一言でいうならば「絆」でもあります。

しかし、「一人の方がいい」という考えがあります。
それは「個人主義」です。
本来は、一人だけで生まれることも、生きることもできません。
「一緒に」生きているのであり、「二人は一つ」です。

このような考え方が「関係主義」であり、「家庭主義」です。
関係なくして生きることができません。
その基本が家族です。

個人主義は、判断基準や評価の基準はすべて「私」「個人」です。
合理的なようですが、私を主張する中で
「自己中心的な思想」となり孤独な生き方となります。
関係主義は、「私」ではなく「私たち」、
「個人」ではなく「関係」から判断します。
関係を通して育まれる「愛」を中心とした生き方です。

親子関係も「親あっての子供」であり、「子供あっての親」です。
夫婦も「夫あっての妻」であり、「妻あっての夫」です。
また、すべての人間関係が「あなたあっての私」
「私あってのあなた」という存在です。
まさに、あいてのおかげで成長し、完成するようになっているということです。
このように、「私の視点」から「私たちの視点」への転換が大切です。



最後に、真のお父様が「ウォーターゲート宣言文」として
1973年11月30日 ニューヨークタイムズ及びワシントンポストに
掲載した文章を紹介して終わります。

私は神に・・・熱烈に祈ったのでありました。
・・・神が語られた最初の言葉は「赦せ」というものでありました。
・・・神が私に語られた第二の言葉は「愛せ、
彼を愛することがあなたの義務であるというものでありました。
・・・そして最後の言葉は「団結せよ、
アメリカは団結して一つにならなければならない」というものでした。


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追記:
タイトルを変更しました。元のタイトル
「自分を不幸だと思う人は、周りを不幸にしている」
は、本文には編集上うまく入れられませんでしたが、
教会長の礼拝のみ言にあったものです。

(「相手を愛する」の部分より)
人を幸せにしようとすれば、幸せになります。
自分を不幸だと思う人は、
周りを不幸にしているのです。
相手を幸せにしたいと思うから、伝道するのです。
相手が幸せになるためにと愛すれば、
お互いが幸せになります。


※ このブログは、
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posted by ten1ko2 at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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