2014年10月24日

「今までありがとう」 聖和者への送辞に涙! 〜御嶽山で犠牲の食口を悼んで〜



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昨日紹介したニュースレターですが、
本部のHPでも紹介されていました。

聖和式の写真とか、総会長との面談の写真など、
たくさん掲載されていますので、
見られる方にはお勧めいたします。

今回は、6000双水野利幸さんの次男、直利さんの送辞と
長山照利(あかり)さんの小4の時の作文「しょうらいのゆめ」を紹介します。


本当に突然のことで、言葉になりません。
父さん自身、一番びっくりしているんじゃないかと思います。

最近、思っていたことがあります。
僕も25 歳になって、世の中のことなどいろいろわかってきて、
あまり両親に、今までの様々なことに対して、
感謝の思いを伝えられていないな、ということです。

どうしても、男3人兄弟でぶっきらぼうだし、
父さんもあまり感情表現をしないので、
そういった思いを伝えるのを避けていました。

ちょっとお父さんに聞こえるか聞こえないかの声で
「ありがとう」と頼りなく伝えてみたりしたこともあります。

僕のそういった不器用さは父さん譲りです。

父さんは、いつも前向きで、責任感が強く、弱音を聞いたことがありません。
感動屋で、思い余って感動してしまったときは、
その姿を見せないようにしていましたね。
僕は気づいていました。

本当は、父さんの弱いところとか、悩みとか、そういった部分も含めてもっと、
いろいろと話したかったです。

正直、父さんの丸ごと全部を知りたかったです。

言葉足らずでも、父さんが僕に対して
誇りに思っていてくれていたのは、伝わってきました。

それなのに、何も言えないまま天国に行ってしまいました。

本当だったら、本当だったら、もっと伝えたかった感謝の思いがあります。
こんな形になってしまい悔しいですが、聞いてください。

小さいとき、山に虫取りに連れて行ってくれて、ありがとう。
カブトムシのオス、いっぱい取れたね。

真夏の夜、ホタルを全力ダッシュで捕まえてくれて、ありがとう。
あの時のホタルの光は最高にきれいだったね。
魚釣りに連れて行ってくれてありがとう。
米粒ひとつで入れ食い状態、大量に釣れたね。

何か新しいことを始める時、いつも「やってみろ!」
と背中を押してくれてありがとう。

大学受験、部活に明け暮れて、勉強の方で挫折し、
浪人した時、「この1年、いい経験になるぞ!」
と励ましてくれて、ありがとう。
あの1年、本当にいい経験になりました。

いつも陰ながら支えてくれてありがとう。
父さんの後ろ盾を感じていました。

そして、父さん。
僕の父であってくれて、ありがとうございます。

父さんは、僕の誇りです。
父さんの生きた証は、僕の中で生き続けます。

今日はたくさん、父さんを慕ってくださる方々が、来られています。
父さんは幸せ者ですね。

背中で語る父さんの思いを胸に、これからは兄弟3 人で力を合わせ、
母さんとばあちゃんを支え、手を取り合って頑張っていこうと思います。

天国から見守っていてください。

また会える日まで。




【しょうらいのゆめ】

私のしょうらいのゆめは、医者になって外国へ行き、
病院に行きたくてもまずしいため行くことの出きない人達のために、
かん者さんを観てあげることです。

どうして私が医者になりたいかというと、私が一年生のとき
「ナイチンゲール」の本を読んで、
私もこうなれたらいいなと思ったからです。
ナイチンゲールは、きけんな戦地に行き、ど力をしながら、
かいごのきそをきずき、かん者さんに、生きる希望をあたえた人です。
とても感動しました。

私も外国で医者をしながら、他にもやりたいことがあります。
一つ目は神様の話しをして、神様のことを教えてあげることです。
二つ目は、村の人達に「天父報恩鼓」をおどってあげることです。
三つ目は、家などを災害が来てもこわれないように、
じょうぶに作り直してあげたいです。
それらの事を通してみんなに少しでも元気になってほしいからです。

次に私が、医者になるためにがんばらないといけないことが、いくつかあります。
 
一つ目は、たくさん、勉強をすることです。
医者は、頭がよくなくては、いけないので、たくさん勉強しなければいけません。

二つ目は、「人を思う気持」ちを強めることです。
相手の話しをよく聞いて、かん者さんの不安を
少しでも取ってあげたいと思います。
でも外国に行ったときだけ人を思っても、きっとうまくいかないと思うから、
今から、人を思う気持ちを習慣ずけて、いくことが、たいせつだと思います。
そうする事で、きっとうまくいくと思うからです。
これらのことを、成功させるためには、いろんなことが必要かもしれないけど、
ナイチンゲールがそうだったように、私も、たくさんど力をして、
希望をすてずに、ゆめにむかってがんばりたいです。

(原文のまま)



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長山照利さんのお姉さんの送辞
「あかりへ、今までありがとう。
11年という短い人生だったけれど、
どんなことでも決してあきらめない子でした。
バスケも一生懸命だったね。
霊界でもずっと見守っていてね。
あかり大好きだよ」

ニュースレターを見ますと、
伊藤琴美さんは、9月23日の青年大会にも参加していたということです。
送辞は、教会の友人がしていました。

長山照利さんの送辞は中学生のお姉さんがされました。(上記)

三宅真一郎さんのご長男も、送辞の中でこのように言われています。
「今回のお父さんの死は、僕たち家族を含め、
多くの人に影響を与えたと思います。
ただ、亡くなって悲しいと思うだけではいけないと思います。
僕は心の中では、
お父さんが安心できるよう変わっていこうと思います」

今回、4人の方の、帰歓式と聖和式に
本当に多くの方々が参列されたということです。
伊藤琴美さんと長山照利さんの帰歓式には
在籍する学校関係者を含め、それぞれ700名参加するなど、
延べ3千数百人の人たちが参列し、その死を悼みました。

そんな中、不思議なことがありました。
琴美さんの聖和式の日に水野利幸さんの遺体が発見されたと
連絡がありました。
そして、水野さんの聖和式の日に長山照利さんが見つかり、
さらには、照利さんの聖和式の日に三宅真一郎さんが見つかったそうです。
本当に奇跡的ではないかと思います。

葬儀といえば、悲しむべき日ではありますが、
この聖和式行事に参列された一般の人たちも、
私たちが霊界の存在を確信し、
霊界に送る貴い式典に精誠をささげることに対し、
何か、心動かされたものがあっただろうと思います。

私たちは今を精一杯生きて、
悔いのない歩みをすること、
そして、祝福式とともに、聖和式の素晴らしさを
堂々と世間の前に示すこと
このことが重要なのだと思います。

最後に三宅さんの聖和式で
徳野会長が説教に引用された
真のお父様のみ言を紹介して終わります。



人間は早い、遅いの違いはあったとしても、いずれ霊界に行く。
その宿命は何人も避けることができない。
故に私たち自身も、自分自身の聖和に対して、
また身近な家族の聖和に対して、いつでも
そのような決定的な瞬間を迎えてもよいという、
心の覚悟が常日頃から必要である。


実の子供を5人も、自分よりも先に
霊界に送った親の気持ちが分かるか? 
それが先生の立場だよ。
5人の真の子女の一人ひとりの聖和を、
天の摂理を飛躍的に推進させるための
清い聖なる供え物として受け取ってください。
私は一切そのことを恨まず、
感謝して子女を天に捧げます。
このような祈りを捧げてきた先生である。




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posted by ten1ko2 at 11:04 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
失礼します。御一読ください。.
 題:聖職者が・・ですよ・・??
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書のイエスの弟子たちは・・、マッタクしょうがない人たちだと、表面的には思う。
 が・・しかし・・、
 その弟子たちについて、キリスト教は言う・・、
 「イエスの十字架の後の復活を見て、初めて弟子たちは、分かる様になった」・・と。
 「復活の光に照らされる様になった」・・と。
 「復活の光に照らされた時、初めてイエスの言う神の国が分かる様になった」・・と。
 そして、キリスト教は、さらに、「つまり」という言葉でつないで説明する・・、
 「つまり、神の国の中に自分を決定的に見い出す様に、(イエスに)された」から・・と、
 この説明でお分かりになりましたか?
 キリスト教は、何時も、この様な、中途半端な言い方をします。
 イエスが、神の国が分かるようにしたと言う・・、
 行為者が分かるが、実際、分からせねばならない神の国は・・一言も説明しない。
 そして、「だから、イエスの弟子たちが分かる様になったのです」の説明に・・なってない。
 「神の国の中に、自分を見い出す事が、出来ている弟子たちに出来るようになった」・・とは?
 これも、結果だけを言っているだけで・・、肝心な、どうして出来るようになって、その結果、どの様だったなど、肝心な説明は・・何もしていない。
 「出来るようになりました」・・で、終わっている。
 何時も、キリスト教は『この手の言い方』で、分かる気になった様にしている。
 錯覚のマインド・コントロールをしている。
 それなのに・・、
 このイエスの復活が分からなかった人は、「神の国」に入れないと・・、この言葉だけは、明確に、はっきりと説明する。怖(こわ)い、罰がありますと言う。
 イエスの復活は、神の国への招待ですと言うが・・、分からない人は、その御招待も駄目となっている・・と。
 そして、キリスト教は、「ウルトラ演技」の様な『言い訳』を言う・・、
 「復活が、明確に証明できないからこそ・・『信じるとか?」とか、『信じないとか?』とかの・・信仰が、生まれるのだ」・・と。
 これは詭弁(きべん)だ。
 「復活があったと、はっきり説明できれば、信じる信じないの話も生まれない」・・と、
 キリスト教は、この様な『観念の遊び』を信仰と称して、貴重な時間を空費している。まったく時間の無駄だ。
 逆でしょう?・・イエスの復活が、はっきりと説明されれば皆様が信仰するでしょう。
 当時の状況でさえ、既に、イエスの弟子たちが、復活話をでっち上げると、公的機関に知られていて・・その対策が講じられているではないですか・・この復活話は、この様な、古代の当時でさえ、『眉唾話を見透かされた社会情勢』だったでしょう。
 イエスが亡くなった頃の状況は、復活があったと騒いだのも、当時の公(おおやけ)の機関が、既に、見透かしていた通りの、『イエスの仲間の人たちだけ』でしょう。
 何ら、エルサレムの街が、こうなったとか、ああなったとかの話は皆無、何も無いのです。
 ほんのイエスの周囲だけの、一部の話に、終始しているだけではないですか?
 イギリスのキリスト教聖職者の方たちでさえ、報道機関の調査に、聖職者の過半数の、多くの、多数の聖職者の方々が・・、「イエスの復活は信じない」「信じることができない」と答えています。聖職者が・・ですよ・・?
..  (詳しくは、以下のブログへ)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
Posted by 高木康行 at 2014年10月25日 01:29
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