2014年11月19日

再臨主に侍って60余年! 「キリスト教牧師を代表して入教した」李ヨハネ先生、白寿の誓い?!



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最近夢で真のお父様が現われて、
本当に苦労したと語ってくださいました。



白寿を迎えられた李耀翰(イー・ヨハン)先生
(リ・ヨハネ先生)の証を紹介します。


白寿記念式において、李先生は以下のように挨拶されました。

「このような場を持つことは大変遠慮しましたが、
真のお母様が特別に承諾してくださったので、それに順従に従いました。

私はいつも二つのことを気に掛けて生きています。
一つ目は良心の三大主体思想を生活観として暮しており、
二つ目には心情から滲み出る生活をいつも確認して暮らしているのです。

最近夢で真のお父様が現われて、本当に苦労したと語ってくださいました。

私は今後とも良心を中心とした三大主体思想で
心情から滲み出る生活を続けていきます」



その白寿記念式において、
共に草創期を歩まれた姜賢實(カン・ヒョンシル)会長は
李耀翰先生のことを、このように言っています。

「真のお父様はキリスト教牧師を代表して、
この李牧師が入教されたと語られました。
李牧師は真のお父様の命を受けて、
草創期に神霊団体を回りながら苦労されました・・・」



李耀翰(イー・ヨハン)先生は1916年、旧暦9月4日、
平安北道信川郡で生まれ、今年で99歳、白寿を迎えました。
1952年、真のお父様にお会いして以降、
教会巡回師室長、統一神学校長、本部特別教域長など
さまざまな責任分担を歴任され、
2008年からは真の父母様から世界巡回の命を受け、
韓国と世界を巡回しながら食口にみ言を伝えて来られました。

日本語も堪能で、日本人向けのみ言も多く
日本食口からは「リ ヨハネ先生」と呼ばれ
慕われ、尊敬されてきました。


以下、李耀翰先生の様々な証しを御紹介します。


李牧師の家族が満洲に移住し、貧しい生活を送っていた小学校時代に、
新聞を配達してもらったお金で商店に陳列されたパンを買い、
父親に渡した時、言葉が出ない程感激した父親の姿を、
後に真のお父様を通じて再び目にしたいと孝の道を休みなく駆けて来ました。

パン一つにそれほど喜んだ父親の姿のように、
人類の父母であられる神様も、子女である人間の差し出した小さな愛の手に、
どれ程喜ばれるかと偲びながら一生を邁進して来たのです。




私が母の腹中にいる時の事です。
ある日お坊さんが家に立ち寄り、母の膨らんだお腹をじっと見て、
「お腹の中にいる子供は偉人に出会わなければならない人であり、
一人では寿命を果たすことが出来ない人だ。」
と伝えたと言います。

……そのお坊さんの言葉通りに、私が真の父母様に出会って、
神様の摂理の第一線で暮して来たため、
これ程の寿命を享受しているのはではないか。

回顧録 『天愛で導かれた人生』(成和出版社、2012)より



一九四五年終戦と共に、私の信仰にもう一つの激変期が訪れた。
その年の一〇月に韓国へ帰った。
信仰を再び持てる喜び、韓国語、韓半島を再び取り戻した喜びに国中が沸き返っていた。
それもつかの間で、アメリカ軍政が設置され新しい政治の波が起こると、教会は再びそわそわとしてきた。
アメリカから救援物資が入って来ると、教役者たちは物欲に目がくらみ、
政治に参観するようになると、聖職を捨て去ってしまった。
教会が純粋性を失い世俗と妥協するようになると、
信仰を失った日帝時代の痛みを再び忘れるに至った。

そうした中でも満州や故郷、あるいは日本であった教友たちが集まって、
信仰を失わないための努力がなされた。
どう見ても通っている教会がおかしいと考えた私は、
牧師たちが裸になったりタバコを吸う夢を見るようになった。
教会は何か恥ずかしい状況に行きつつあるな、と言う考えが直感的に胸をかすめていった。
また現在の教団に「神の火が移ってしまった」という夢示や、
「韓国に主の再臨」という文字が、号外新聞のように見える夢を見るようになった。
漠然と私が心配しているので、このように夢示が下りて来るのだと思いながら、
自分なりに信仰をより徹底するよう努力した。

「証言」より


李耀翰先生は、キリスト教徒であり、
さらには、牧師をしておられたのですが、
玉世賢(オク・セヒョン)先生を通して、
統一教会に入教されました。
当時、キリスト教会からも激しい迫害を受けていた
統一教会であるにも関わらず、
真のお父様を求めて来られ、
今もなお信仰の道を変わらずに歩んでおられます。

一度、お父様を慕ってから、
60年以上も変わらない信仰を持っておられる李ヨハネ先生。
まさに私たちの信仰のお手本であると思います。


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posted by ten1ko2 at 16:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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