2015年01月27日

明日はお父様に会える! 50年前、羽田に降り立った父を偲びながら



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真の父母様が今から50年前、
1965年1月28日に、来日されました。
要するに、50年前の明日ですが、
当時いた数百名の食口たちは、
今この時、お父様に会いたくて会いたくて、
内外の準備をしていたに違いありません。

そして、お父様ご自身も、
早稲田の学生時代以来、21年ぶりに訪れる日本。
この時は、西川先生、松本ママ、そして久保木会長を中心に、
多くのお父様を慕う兄弟姉妹たちがいました。
どれほど、待ち遠しい心情をもっておられたか・・・

お父様が来日されてすぐに、
東京教会で語られたみ言を毎朝訓読しています。

お父様は、最初にこのように語られました。



今から二十一年前、二十一年前になりますね。
二十一年前に使った言葉ですからね、
なかなか出ないんですよ。
あるいはどうしても
聞きにくいところがあるかもしれませんが、
宜しくお願いします。

心から本当は皆さんをお待ちしていました。
しかし飛行機に乗って来れば
一時間半ぐらいで着くことができますが、
いろいろな事情に縛られておる関係上、
この期間というと、その距離というものは、
五年、五年が過ぎるような、そういう遠い所で
あるということを飛行機の中で考えて来ました。
日本に来られたら、何を申しましょうか。
これを思う時に、まず先生が来られるということを
皆さんは心一杯で、あるいは歓迎の面で迎えたと思います。
しかし緊張したその態度をこの時間皆解いて、
自由自在な平凡なその心の態勢をとりまして、
今後の時間を過ごしていただければ、
まあ、良いと思います。




訓読している皆様も感じると思いますが、
お父様の日本語は、とても難解です。。。
21年前に使っていた日本語を
久しぶりに使ってこともあるでしょう。
同じ言葉が何度も出ているし、
使いまわしも少し独特です。

それでも、日本語で食口たちに話すことが
どれほど嬉しいお父様であったでしょうか。

また、個人的に、このみ言の中で、
一番心に残る部分を紹介します。



ある時、先生は神に祈りました。
「善なる神の目的、善なる神の人格、
その目的に適うその人格の人格を人格に適って、
神の心情、心情を中心として生活する場において、
神の事情を中心として、万物を抱きえる
真なる神の求める創造本然のその人は、
いずこにありますか?」
「おりません」
「過去におりましたか?」
「おりません」
「現在におりますか?」
「おりません」
「未来に、未来におるべきでしょうか?」
「わしは知らない」




古いメンバーならみんな知っている
可知講師が編纂された「マルスム」
の中にある一節ですね。

最前線に出かけるとき、
あるいは、前線で苦しいとき、
この本のみ言を読んで、
もう一度、「頑張ろう」
と力を出して歩んだのは、
私だけではないと思います。

そんなみ言をお父様は、
日本に最初に来られたときに語っていたんだ・・・

毎日、毎日、嗚咽しながら訓読をしている
食口も私の知人の中におられます。

そんなお父様のみ言を訓読しながら、
明日は、私も羽田空港にお父様を迎えに行き、
東京教会でお父様のみ言を聞くんだ!
そういう心情を持たせていただきました。


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posted by ten1ko2 at 08:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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