2015年01月28日

今日、お父様御来日50周年! 「なぜ私がお前を愛するのか」 《桜井節子先生の証し》



new_JV001.jpg


待ち受けた兄弟姉妹の間から期せずして
聖歌「園の歌」の大合唱が湧き起こりました



今日は、50年前、真のお父様の来日された日。
その時、日本の食口たちはどのように
その時を迎えたのでしょうか。

「先駆者たちの証言」に桜井節子先生の証しが掲載されています。
50年前の1月28日と、9月の御来日時の証しです。

いくつか省いてはいますが、貴重な証しなので、
とても長い記事になります。



『日本統一教会の草創期の思い出』


1965年1月の末、
いよいよ待ちに待った真のお父様のご来日が決定されたのです。
前年の秋からお迎えのための準備が内外共に進められ、
本部も下北沢から広い芝生の庭がある二階建ての
白亜の殿堂(渋谷区南平台町)に移転しました。

そして1月28日の夕刻、夢に見た懐かしい
真のお父様ご一行を羽田にお迎えできたのです。
み言を聞いてから満四年余り、こうして初めて
真のお父様にお会いする機会が訪れたのです。
満面に笑みをたたえられた真のお父様が、
空港の正面玄関を出て来られると、
待ち受けた兄弟姉妹の間から期せずして
聖歌「園の歌」の大合唱が湧き起こりました。
どの顔も喜びと感激に輝いていました。

その夜は、渋谷の南平台の本部にて歓迎夕拝が持たれ、
神様の愛をテーマとする深い内容の説教は二時間に及び、
悲痛な神様のお心を訴えられながら、
真のお父様の目からは幾筋も涙が流れました。


その年(1965年)の9月末、真のお父様は世界40ヵ国を巡回されて、
再度日本にお立ち寄りくださいました。
主な地区を巡回されたほかは、本部教会にて連日連夜、
熱心にみ言を語ってくださいました。
相変わらず原理講義所で入門講義を担当する私は、
それらの半分くらいしか参加することはできませんでした。

やがて、真のお父様のご帰国が近づいたある晩のこと、
私を気遣ってくださった美植先生が、
お話を終了されお部屋に引き取られたお父様のもとに
私を案内してくださったのでした。
すでに12時を回り、他の人々は皆引きあげお部屋には
お父様と崔元福先生のみがいらっしゃいました。

そのような場所に案内され、胸がわくわくするほど嬉しい反面、
何か身がすくむような思いがしました。
確かに地方巡回にお伴をさせていただいたり、
何度かお近くでお話を伺ったことはありましたが、
このようにたった一人で真のお父様の前に立つのは
この時が初めてだったからです。

しかし真のお父様は、お優しい笑顔をされて私を迎え入れてくださり、
その日の聴講者たちの様子などを尋ねてくださった後、
「ところで、節ちゃんは日ごろどんなことを考えるの?」
などと問いかけられるのです。
初めは遠慮がちに受け答えしていた私でしたが、
「それで?」「それから?」と、
まるで私の話を聞くことが一番の楽しみであり、
そのことのために自分は生きているのだといわんばかりに、
全神経を集中して私の話に聞き入られる真のお父様のご様子に、
ついつい引き込まれて自分でも不思議なくらい緊張がほぐれ、
次第に子供のような気分に立ち返っていきました。

そして「ああ、このお方になら、自分の何もかもをお話ししてみたい。
このお方だったら、どんなことでも、どんな醜いことも恥ずかしいことも、
すべてを受け止めてくださるに違いない」
自分の心の秘密をすべて吐き出して、
重荷を下ろしたいような思いに駆られました。

しかし、その場は楽しい話題で終始し、なおも真のお父様は
いろいろお話ししてくださった後、
「先生はね、早く節ちゃんを祝福して幸せにしてあげて喜ぶ顔が見たいな」
などと、父親が幼い子供に語りかけるような
慈しみ深い眼差しで優しくお話ししてくださったのです。
私は幸福で胸がいっぱいになり、まさに天国に昇ったような心地でした。

お部屋を出て自分の部屋に戻りましたが、眠るどころではありません。
使徒パウロの「わが恩恵汝に足れり(わたしの恵みはあなたに対して十分である)」
(コリント人への第二の手紙第12章9節)
の聖句が思い出され、今後いかなる恩恵に浴さずとも、
天の私に対する報いは足りて余りあるという満たされた思いでした。

それまでの二十数年間の生涯が思い浮かびました。
無邪気だった幼年時代の思い出、しかし、中学、高校、大学と成長するに伴い、
自らの中に罪の思いが頭をもたげ、
次第にそのような思いに振り回されるようになっていった
自分自身の姿が思い浮かびました。

やがて求道生活が始まりました。
しかしこの道に導かれてからも、相も変わらず
後から後から芽ばえて来る堕落性と闘いつつ、
自らの汚れと醜さに胸を打って泣いた日々のことなど、
それまでの生涯の歩みが走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。

どう考えても今晩のひとときは、私には身に余る光栄なのです。
何度も真っ暗な天井に向かって
「お父様。なぜ今晩あなたは、こんなにも私を愛してくださったのですか?」
と問いかけた瞬間でした。
にわかに大きな力が私に臨み、その力の奥底から一つの澄んだ思いが
私に向かって降り注がれてきたのです。


「なぜ私がおまえを愛するのか。
それはおまえが私の子であるからだ。
おまえは今でもよく自らの幼い日を恋しがり、
『あのころは清かった、美しかった』と言って懐かしむんだね。
しかし、そのころの清さや美しさが比較にならない、
私のおまえの中に埋めた神の似姿としての真の生命は、
私自身が慕わざるを得ないほどに清く尊く美しいものなんだよ。
しかし、生まれながらに罪の子としての
運命のもとに生まれざるを得なかったおまえには、
成長とともに罪が芽生え、次第にその罪が
おまえを支配するようになっていった。
おまえは悩んだね。

やがて私に救いを求め、信仰の道の門を叩いた。
しかし、このみ言を知ってからも
自らの罪と汚れに胸を打って泣いたね。
しかしそういうおまえを私が一度でも責めたと思うか。
そういうおまえが醜いからといって、
顔を背けたことがあったと思うか。
おまえが苦しむ前に悲しむ前に、
私自身が苦しみ悲しんでいたんだよ。
なぜなら、それが本当のおまえではなかったから。
なぜ私がおまえを愛するのか。
それはおまえがかけがえのない私の子であるからだ……」



激しく、強く、魂を揺さぶるそのみ声を聞きながら、
私は初めて神様の真実の愛に目を見開かされる思いがしたのです。
それほどまで神様の愛が、深く切実なものであったとは
考えてもみなかったことでした。
神様は深い憐れみによって人間を愛しておられるけれど、
私のような見苦しい者を心から愛することなど
おできになるはずがないと考えていました。

しかし神様は、そのような私をご覧になっておられたのではなく、
神の子として私にお与えになった本当の生命、
神様の似姿としてつくられた私の本質を信じ愛しておられるゆえに、
現実のまだ醜い泥だらけの私をそのままみ胸に抱いてくださったのです。

それほどまでに貴い生命を宿した、神の子ゆえに
大きくはかり知れない愛によって愛されていた私だったのです。
ああ、そうであるとしたら、何という長い期間、
私は自らの本質でないものに悩まされてきたのであろうか。
私が今日まで苦しみ、悩み続けてきた罪は悪魔が私の内に植えつけた、
やがては跡形もなく消え去っていかざるを得ない偽りの私だったのです。

しかもそのような私に関しては、私が悩み苦しむ以前から神様ご自身が悩まれ、
心配されてこられたというのです。
人は自らの重荷を理解し、共に背負ってくれるそのような存在を見いだす時、
救いを得る思いがするものですが、
全能なる神様がこの私の悩みを悩まれ、
共に歩んでいてくださったということを知った以上、
ほかに何を悩むことがありましょうか。
あとはただ一日も早く、古い偽りの自分自身を脱ぎ捨てて、
神様がそれほどまでに愛してくださる本来の私自身を
発揮するためにのみ生きるべきなのです。

平安が臨み、限りない希望と感謝の思いが心に溢れました。
「さあ、今までの一切のことを忘れて、
これからは未来の本当の目的に向かって力いっぱい前進するんだよ」
神様がそう言ってくださっているように思えました。
思えばこれまでの私は、自らの罪を背負いつつ必死になって歩んで来たのです。
そのような歩みが、私にも初めてけなげなものに思われてきました。
自虐的なまでに自己に対する責めと嫌悪感を持ち続けてきた自分の姿が、
何とも痛々しく感じられました。

しかし、今晩からは違うのです。
愚かなことに拘泥してきた私は、すでに過去の自分であり、
これからの私は喜び勇んで目的の世界を目指して邁進するのみなのです。
かくして、とうとう一睡もしないうちにその素晴らしい夜は明けてしまったのでした。


それから二、三日後、いよいよ真のお父様を
羽田空港にお見送りする日がやって来ました。
その日美植先生が私と並んで歩きながら言われました。
真のお父様が私のことを「あの子はいい子だよ」と褒めておられたというのです。
「えっ、私がいい子」。
思わず涙が溢れそうになりました。

私はいい子などではあり得ない。
自分のことは誰よりも自分自身がよく知っているのです。
しかし次の瞬間、これは真のお父様が
本来の私に対しておっしゃってくださったのだということに気がつきました。
本当の私はいい子に違いないのです。
そう思うと真のお父様のお言葉が素直に嬉しく、
私のような者をそのように見つめてくださる
お父様の愛に私は力いっぱいお応えしていこうと心から思いました。

すでに機上の人となられた真のお父様に向かって、
きっとこの恩恵報いる真の子女になりますと心で叫びながら
限りない感謝と新しい決意を込めて、
機体が青空の中に消えていくまで手を振り続けたのでした。

真のお父様のご来日によって、神様の真実の愛が
いかなるものであったのかを懇切に教えられた私は、
碓かにその日から大きく変わっていきました。
そして、それから幾日もたたないある日のこと、
お部屋で真のお父様にお会いしたあの晩、
神様が私に語りかけてくださったみ言こそ、
同時に実体のお父様が私に与えてくださった
愛のみ言であったのだということに気づかされたのです。

あの日、惨めな幼い娘を前にして、
真のお父様がお心のうちに抱かれた思いが、
霊界を媒介として私に注がれてきた恩恵であったと知った時、
私は改めてしみじみとその恵みをかみしめたのです。

まさにこのお方こそ、罪の中に呻吟する私たちを
罪の世界より救いあげ、贖いのみ業を成就される救い主であられるとともに、
かつての自分自身とは違うまったく新しい人格と心情に、
万民を新生させてくださる永遠なる生命の父母様であられることを、
心の内にはっきりと見る思いがしたのでした。

e3951dd2414e3909577e4645a09f9f30-300x203.png



桜井先生の証しは、若きお父様の映像を通して、
語られているビデオを多くの方がご存知かと思います。

桜井先生に語られたお父様ではありますが、
今、まさに「私自身」に語られておられるのです。
今日は、お父様は、日本に来られているに違いありません。
そして、私たち一人一人に語りかけてくださっています。
「おまえは、いい子だよ」
「○○は、いい子だよ」と。


応援のクリックをお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 10:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>今日は、お父様は、日本に来られているに違いありません。

文鮮明サマは亡くなっておられるのにどうして日本に来られているのですか?

Posted by 田黒吾寛 at 2015年01月28日 15:04
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック